「泥の河」 

-甲羅の鬼火-
1981年 東映/木村プロ 小栗康平監督



宮本輝原作小説映画化作品の最高傑作。(って全部は観てないけれども、これを凌ぐ作品はそうそう出来ないだろう)ワタシ的にはこれに次ぐ出来の作品として「幻の光」を挙げるが、とにかく「泥の河」はモノクロ画面の醸し出す詩情がえもいわれない作品だ。本作は昭和50年代の半ばの制作だが、見事に昭和31年の空気と風景を映し出していて、デビュー作にしてこんな作品を撮ってしまった小栗康平は実に凄いと思う。1本目でこんなのを撮ったら後が大変でもあるけれど。(でも小栗康平はその後も「死の棘」や「眠る男」などを生み出していく)手元にあったのは昔3倍速で録画したVHSのみだったので、高画質で録画できる機会を待っていた。


昭和31年の日本はまだまだ貧しい。わけてもナニワの川べりの、ポンポン船が行き交う泥水の河のほとりとくれば「場末」としかいいようのない界隈のように思える。
ワタシは特に宮本輝のファンというわけではないが、この人のライフワークとも言える「流転の海」シリーズは10年ほど前から新刊が出ると買って読んでいる。随分たつのに宮本輝その人がモデルなのであろう伸仁少年はまだ小学生。この先はまだ延々と長そうだけど、完結を楽しみに主人公一家の生々流転のありようを追って行こうと思っている。ともかく、その「流転の海」の中でも大阪の川べりで、伸仁少年が水上生活者と交流を持つ場面があったと思う。伸仁少年は宮本輝その人である。彼が少年時代に見た風景、知りあった人々が「流転の海」という父と息子の物語になるまえに、「泥の河」という作品に結晶したのがこの映画の原作である。



それにしても主役の少年の「昭和30年代顔」にはビックリする。制作当時の昭和50年代によくもまぁこんな顔の少年がいたものだけど、この少年を見つけただけでも映画は半分成功したようなものだったかもしれない。昭和30年代というのは昭和レトロであって、ニュースフィルムだの昔の映画だので知っているだけの時代だが(いわゆる「三丁目の夕日」に代表される、あの時代である)、それにしてもこの少年の顔はモロに、力道山に熱狂したり、赤胴鈴之助のラジオドラマに夢中だったり、栃若の対決に日本中が沸いていた時代の子供の顔だなという気がする。物語の背景は昭和31年。戦後11年目に入り、朝鮮特需が降って湧き、湘南には太陽族が出現して、そろそろ日本は敗戦のショックを脱して高度成長期に向かおうか(「もはや戦後ではない」)、という時代の入り口でもあるが、まだまだ全体的には貧しかったのだろう。わけても繁栄からは取り残されたような侘しい大阪の川べりには、太陽族など、どこかよその国のお話でもあるかのように、その日生きて行くのがやっと、という気配が色濃く漂っている。


見事な昭和レトロ顔 こんな顔の少年はいまどき殆ど居ないのではなかろうか…

主人公信雄少年の家は川べりで小さな大衆食堂を営んでいる。子供が幼いわりに年のいった父親には田村高廣。ステテコに腹巻きというのは、昭和30年代ごろの庶民のオヤジさんが家にいる時の典型的な夏のスタイルだったのだろう。本作での田村高廣は父・バンツマの面影を彷彿とさせる雰囲気。父の無邪気さや、えもいわれない人間臭さやエネルギッシュな感じや、スター・オーラはないものの、何といっても面差しが似ているし、おとなしく分別のある地味なバンツマ、という感じである。なんだかんだ言っても、長男というのは父親に一番似ているものなのかもしれない。田村高廣が演じる食堂のオヤジは満洲の戦地からシベリア抑留を経て復員した戦争の生き残りである。満洲での戦地の記憶は彼を捉えて離さない。やっとの思いで生きて帰った日本だが、繁栄の階段を昇り始めたらしい日本と彼の現実にはかなりの乖離がある。



夫よりかなり若い肉付きのいい妻に藤田弓子。夫とともに食堂で働く小太りのお母ちゃん役に藤田弓子はピッタリである。闇市で出会った年上の夫にベタぼれで、かなり精神的に依存している。豆ダヌキのような顔に似合わず、彼女は略奪婚で今の生活に入っているという過去がある。
そんな彼ら夫婦の一粒だねの信雄はある日、川べりできっちゃんという貧しい少年と出会う。日本中がまだ貧しい中でも彼は特に貧しい少年である。きっちゃんは向こう岸にもやっている小舟で生活する水上生活者一家の子だった。きっちゃんには美少女の姉、ぎん子がいて、信雄はこのさびしげな年上の少女に微かな胸のときめきを覚える。ぎん子を演じる少女もおかっぱ頭がよく似合う昔風なルックスの少女である。ぎん子は控えめな性格の為でもあるが、早くも人生を諦めたような、不幸が身に沁みてしまったような、幸薄い空気がかげろうのようにその全身を包んでいる少女だ。彼女は幼いながらに家事全般を引き受けており、姉弟は公園などへ生活用水を汲みにいくのも重要な日課である。ぎん子が信雄の家の米びつに手を突っ込んで「お米ってぬくいわ」と呟くシーンには彼女の幸薄さが沁み出している。一杯に米の入った米びつが視覚的に指先を温かくするのだ、という事に切実な実感のない信雄は、米びつに手を入れてみて「冷たいわ」と言う。
お米は冷たいものである。


早くも不幸体質が身についてしまったかのような姉

この作品はモノクロで撮られなければならなかっただろうと思う。予算の関係もあったのかもしれないが、まだまだ底辺では貧しかった日本の昭和31年という時代を表現するのに、安藤庄平のモノクロの撮影は絶大な効果をあげていた。カラーはこの作品には合わない。モノクロの画面が生み出す風情が雄弁に時代を物語り、登場人物の心の襞を描き出していた。まるで昭和31年当時に制作されたかのような錯覚さえ起すほどに昭和31年な気配がする。実際には知らない時代ではあるけれど、昭和31年は、きっとこんな感じだったのだろうと思うのだ。

小舟で生活する姉弟には父親が居ない。水上で荷を運搬するはしけ船の船頭だった彼らの父は事故で仕事中に死んでしまったのだ。以来、姉弟は小学校にも行かれずに、その日生きていくのが精一杯の生活を続けている。姉弟の母親は船の中にこもりきりで姿を現さない…。

きっちゃんを演じる少年も、いかにもそれらしい雰囲気の少年である。小柄で、ちょっと伸び気味のいがぐり頭。ランニングシャツにポケットの破れたズボン。穴のあいた運動靴。「じゃりん子チエ」の脇役にでも登場しそうな少年だ。ニカっと笑う顔は邪気がなく子供らしいが、彼は既に人が生きていく事の切なさや、陽の当らない人生の侘しい寒さ、影の暗さを知ってしまっている少年である。姉弟は幼くして、既に明日をも知れない、さだめない水上生活に疲れている。陸(おか)に上がって普通の生活がしたい、それが姉弟の唯一の望みなのだが…。


きっちゃんと信雄

信雄は貧しいながらも両親が居て、川岸の陸(おか)の上に住んでいる。もちろん小学校へも通っている。彼の生活は、いわば人並みの生活である。姉弟は信雄に招かれて彼の食堂を訪れ、人並みな家庭の夕食を味わい、食後の団欒のひと時を味わう。だが、現実派の姉は、いかに信雄の母に歓待されようとも、自分たちは早晩、元の世界に帰っていかねばならない事を認識している。彼女の脳裏には常に小舟の中の母がいる。母を一人にはしておけない。それが彼女に苦い覚醒をもたらし、ささやかな憩いにも溺れさせないのだ。そして弟にも覚醒を促すのである。信雄の母と風呂に入って笑い声をたてる事があっても、それは一瞬にして過ぎ去ってしまうひとときの憩いでしかない。だが、姉弟には人並みの生活のように見える信雄の家庭にも過去はある。現在のささやかな生活は、父の先妻の犠牲によって成り立っているものでもある。


きっちゃんは、いっとき信雄の家で夕食後の団欒を味わうが…

姉弟の父も戦地からの復員兵だった。折角生きて帰ったのに、不慮の事故で命を落とした。もう一人、命からがら戻ったのに不慮の事故で命を落とす元復員兵の荷車のおっちゃんの役で芦屋雁之助が出演している。高度成長の恩恵に預かりそこねて、浮かばれないまま埋もれて行く名も無き庶民はそこにも、ここにも、沢山居たのだろう。
芦屋雁之助の他にも殿山泰司や蟹江敬三がワンポイントで顔を見せている。
低予算ぽいのに役者を揃えている作品でもある。

中盤以降に初めて姿を現す姉弟の母を演じるのは加賀まり子。彼女はこの当時、小悪魔時代以来の第二次黄金期を迎えていたのでもあろうか。「麻雀放浪記」など印象的なマダムの役を演じていたのも80年代前半だったのではないかと思うが、「泥の河」も少ない出演シーンで強烈な印象を残した彼女の代表作だろうと思う。綺麗に撮ってもらって女優としても美味しい儲け役だったに違いない。クライマックスの、信雄が偶然この一家のたつきの道をかいま見てしまうシーンよりも、姉弟が留守の時に小舟を訪ねた信雄を奥へ呼んで短い会話をするシーンの方がワタシには印象深い。



夫が亡くなって以来、彼女は抜け殻になってしまっており、過去には子供たちの為にも陸(おか)に上がってまっとうな暮らしをしようと、工場勤めをした事もあるのだが、長続きしないでまた舟の生活に戻ってしまったと自嘲的に笑う。彼女が陸の生活に馴染めなかったのは、陸には夫の思い出が何もなかったからなのだろう。そして彼女は再び河の上に戻ってしまう。彼女が一人だったらそれでもいい。誰も買い手がなくなるまで廓舟で春をひさいで泥水に揺られていけばいいのだが、幼い子供二人はいやおうもなく芯の抜けた彼女の道連れにされているのである。過去の思い出だけに生き、抜け殻になった母親が陸にあがろうとしないゆえに、姉弟は学校にも行かれず、人並な事は何も味わえずに、時には客引きまでしながら、汚い泥水の上をさすらっていかなくてはならないのだ。ここは気持ちを入れ替えて、子供たちの為に陸に上がり、それこそ工場勤めでも食堂勤めでもなんでもして、どうにかまっとうに生活していくべきじゃないかと思わないではないけれど、彼女はそんな前向きな人ではないのである。もしかすると、子供たちが居なければ夫のあとを追っていたのかもしれず、となれば恥を忍んでそんな稼業をしているのも、陸に上がらずに子供達を食べさせるためであるのかもしれない。とはいえ、このまま行けば、何年かののち客を取れなくなった母の代わりにその役目を引き受けるのは娘の仕事になるはずであり、小学校もまともに出て居ない姉弟にどんな行く末が待っているかは想像にかたくない。


夫が事故死した時に、彼女の人生も終わってしまったのかもしれないが…

姉は自分の宿命を見定めている。早くも人生を諦めている観のある彼女は、黙って宿命を受け入れていくに違いない。そして、弟は? 弟の方は一人で生きていかれる年になったら舟を捨てて陸にあがるかもしれないが、姉を置いて自分だけ抜け出すという選択をするのかどうか…。いずれ陸に上がっても、読み書きもできない彼にどんな仕事があるだろうか。裏街道に入って行くのは時間の問題と言えないだろうか。

境遇のわりにはねじくれていないきっちゃんだが、生きたままアルコールに漬けた小蟹に火をつけて気晴らしにする彼の目は、やはり姉と同じく暗い行く末を見定めているように思える。闇の中で蟹の甲羅は鬼火のように燃え、そして燃え尽きる。蟹を追って船べりを這っていった信雄が、小舟の奥の部屋で自分の母が何をしているかを見てしまったと知った時のきっちゃんの目は百万語の言葉よりも雄弁に彼の心情を語っている。子供は何でも知っているのだ。大人が思っているよりずっと、子供は大人なのである。そして、自分にはどうする事もできないきっちゃん一家のありように、信雄の目には涙が溢れる。何もできない彼は、丸い頬に涙を滴らせたまま、黙って舟を去るしかないのだ。それは信雄にどうすることもできないだけでなく、誰にもどうすることもできない事なのである。



ラストの信雄の追いかけは、やや執拗だし些か冗長気味でもあるけれど、ポンポン船に引かれたきっちゃんの小舟が信雄の住む界隈を出ていってしまうまで、信雄は追いかけなくてはならないし、カメラも追いかけたかったのだろう。
日本中が戦争の痛手から這い上がろうと努力し、戦争の傷を払拭しようとやたらに前向きになっていた昭和31年。しかし、戦争の傷跡から逃れられない人も沢山居たに違いない。神武景気など全く無縁で過ごした人も多かっただろう。泥の河は、そんな時代の流れに乗れない不器用な庶民のため息をのせて、いずこへともなく流れていくのだ。

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