「バーバー」

~傍観者が人生を生きるとき~
2001年 米 ジョエル・コーエン監督


ボギーもどき

動くビリー・ボブ・ソーントンを初めて見た映画。その前にちょろっと「ラブ・アクチュアリー」で見てはいたけど、何せちょろっとだったので、マトモに観たのは今回がお初。(最初にこの人を認識したのはアンジー・ジョリーとベッチョリとくっついているイカレ気味の亭主という素の姿をE!みたいな番組で見かけただけだった)
この作品はモノクロのせいもあり、終始しがらんだ顔で煙草を横くわえにしたビリー・ボブは、ギャング映画に出ていない時のボギーを想起させる。多分、コーエン兄弟の狙いもそのへんじゃないかと思う。痩せて小柄で、クタっとして、ソフトを被って町を歩く姿など、疑いもなくボギーもどきである。時代背景も50 年代。モノクロ映像が映画の雰囲気にピッタリと合っている。
コーエン兄弟映画のレギュラー、ジョン・タトゥーロにスティーヴ・ブシェーミが出ていないのも珍しいが、その代りに懐かしい人が出ていた。「ミラーズ・クロッシング」で終始、ダミ声でまくしたてていたイタリアンのボス・キャスパー役のジョン・ポリトである。いかにもこの人らしい胡散臭い役でヅラを被って登場。ヅラの上にオカマという設定。笑わせてくれる。



ビリー・ボブの妻ドリスにジョエル・コーエン夫人フランシス・マクドーマンド。おとなしい亭主に飽きたらない、社交家で上昇志向の強い妻をうまく表現している。

カリフォルニアの片田舎で義弟の営む床屋を手伝う男エド・クレイン。無口で始終しがらんだ顔。何かといえば煙草を吸っている。太った義弟は彼に反比例してよくしゃべる。床屋は妻の実家である。妻はイタリア系だ。いつに変らぬしがらんだ毎日、エドはもくもくと義弟のおしゃべりを聞き流し、妻の指図に従って暮していた。そんなある日、店に胡散臭い男トリヴァー(ジョン・ポリト)が現われ、巧い儲け話があると持ちかける。有望な事業なので出資者になってくれ、と言われ、乗り気になっても金はないエドは、薄々感づいていた妻の不倫を利用することを思いつく。不倫相手の妻の上司ビッグ・デイヴ(ジェームズ・ガンドルフィーニ)に匿名で脅迫状を送り、金を強請り取ろうというのだ。金を取られた後で、デイヴは犯人がエドだと気づき、オフィスに呼び出して口論になる。体力に勝るデイヴに締め上げられるうち、苦し紛れにエドはデイヴを刺してしまう。何も隠蔽せずそのまま帰ってきたエドは逮捕も覚悟していたが、翌日逮捕されたのは意外にもエドではなかった…。
というわけで、皮肉な運命に弄ばれる寡黙な男の人生の悲喜劇。
自信満々の弁護士を演じるトニー・シャループがクサクサ演技をコッテリ見せる。モノクロ画面からでもぷんぷんとオーデコロンが臭ってきそうである。



エドは、胡散臭い儲け話に乗り気になり、結果、脅迫を企てたことを除けば、とことん受身の男で、なんら能動的に動いていない。流されているだけだけだった男は、思いもしない運命に押し上げられ、また流されるのだ。でも、見ていると、本当に人生ってこんな風に人を弄ぶことも、往々にしてありそうだな、と妙に納得させられる。それまでずっと良くも悪くも無風の傍観者人生を生きてきた男が、初めて自分の意思で動いた時、人生は不思議な回転を始めるのだ。世にも皮肉な回転を。

印象的なのは、夜、酒の酔いで寝倒れている妻を眺めながら、エドが妻との出会いを回想する下りだ。妻ドリスとエドはダブルデートで出会った。ドリスは酒好きで小壜の酒をぐいぐいと煽っていた。「無口な男って好きよ」と彼女は言い、2週間後には「結婚しましょう」と言った。「俺のことを何も知らずに?」とエドが訊くと「知れば魅力が増すっていうの?」とドリス。(彼女はあんた、バカじゃない?という顔をする) その程度の関係で男と女は暮せるのだ。 とエドのモノローグが入るシーンである。

その程度の関係でも暮していくことだけは出来るのかもしれない。が、そんな事で一緒になっても生涯、分かり合えまいという気がする。でも、若気の至りで、そんな乗りで結婚してしまった夫婦も案外いるのかもしれない。熟年離婚が増加する原因のひとつに、そういう「そろそろそんな年だから」で結婚してしまったというのも、けっこう混ざっているのではないかと思う。


いつになく小娘風のスカ

この無味乾燥なエドの人生にただひとつの希望、それは知人の娘バーディと会話し、彼女の弾く、さしてうまくもないピアノをじっと聴いている時だけである。このエドの唯一の希望の光バーディにスカーレット・ヨハンソン。高校生という設定で、いつもより清純そうな役作りであるが、中年のオヤジを幻惑するダイナマイト・ボディは地味なワンピースを着ていても効力十分である。

また浮気相手のデイヴが、自分で常々吹聴していたような戦争の英雄ではなく、ただのホラ吹きだと分った時の、妻ドリスの深い絶望も印象深い。

全編、淡々と静かで、冒頭から適宜入る、低いビリー・ボブのモノローグがとても効いている。人生は自分の意思でどうにかなる部分と、自分の意思ではどうにもならない宿命的な流れの2つで構成されている。この映画を見ていると、自分の意思でどうにかなる部分はほんの僅かなのではないかと思う。そして時折、俯瞰で自分の人生の形を遠くから客観的に眺めることが出来たらどんなものなのだろうか、と思うのだ。

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