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「ミッション:8ミニッツ」 (SOURCE CODE)

-It's a beautiful day-
2011年 米 ダンカン・ジョーンズ監督



待ちわびたジェイク・ジレンホールの新作。「月に囚われた男」を観た時、監督のダンカン・ジョーンズとジェイク・ジレンホールはきっと相性がいいに違いないと思った。思っていたら二人が組んで映画を作った。出来も悪くないらしい。早く観たいと思っていたが、本国より半年遅れでの公開である。せめてひと月ぐらいの遅れにしてもらいたいところだけれど、何はともあれ今年中に観られて良かった。来月公開になる「ラブ&ドラッグ」(LOVE & OTHER DRUGS)なんか丸々1年遅れでの日本封切りである。それでも封切られないよりはマシというものなのか、もはやDVDでもいいのか微妙なところではあるけれど。…ともあれ、久々にスクリーンでジェイクにおめもじしようと、封切り初日に観賞してきた。
「プリンス・オブ・ペルシャ」で大箱を振ってコケた事に懲りたのか、東宝シネマズはジェイクの新作に小さめのシアターを振り当てていた。チケット売り場でも「カウボーイ&エイリアン」のチケットを求める人が多かったような気がする。へぇ~、意外。
ダニエル・クレイグは昔のハマリものではあるが、「カウボーイ&エイリアン」には1ミリも食指が動かない。ダニエルとは来年「ドラゴンタトゥの女」で再会を期そう。

というわけで、「ミッション:8ミニッツ」の梗概はというと、
列車の中で目を覚ましたコルター・スティーヴンスは、見知らぬ女性から親しげに話しかけられ当惑する。ほどなく列車内で大爆発が起きる。再び意識を取り戻すと、そこは軍の研究室の中。彼が体験したのは乗客全員が死亡したシカゴ郊外での列車爆破事件直前8分間の犠牲者の意識の世界だった。それは、次なる犯行予告の時間が迫る中、軍の特殊プログラムによって死亡した乗客の意識に入り込み、列車内を捜索して犯人を特定しようとする極秘ミッションだった。大役を任されたコルターだったが、列車内にとどまれるのはわずか8分。そのため何度も意識を8分前に戻しては爆破の恐怖に耐えながら、徐々に犯人へと迫っていく。(all cinema onlineより抜粋)
というもの。

本作でのジェイクは、痩せ気味で殊更に顔に肉がなく、トレードマークの無精ひげもザラザラと濃く、登場した時から疲れている感じがする。それは多分、役作りであって、元気モリモリであるよりも疲れ気味でもっと眠っていたいのに叩き起されてわけの分らない状況にいきなり放り込まれた、という雰囲気が色濃く漂うようにしているのだろうと思う。
アフガンでヘリの操縦をしていた筈の自分が、いつの間にか国に戻って来て朝の通勤電車に乗っているのは何故なのか?目の前の見た事もない女は何故親しげに話しかけてくるのか?何故、俺を違う名前で呼ぶのか?この電車は一体どこに向かっているんだ?あぁ、気持ち悪い。あれ?洗面所の鏡に映っているのは誰なんだ?俺じゃない。でも今はこれが俺の外見らしい。なぜ? なぜなんだ??


俺は一体、どうしちゃったんだ?

列車の中で目覚めて混乱するコールター・スティーブンス大尉(ジェイク・ジレンホール)の困惑はそのまま観客の困惑でもある。彼が徐々に状況を飲み込んでいくにつれ、観客にも状況が分ってくるわけで、主人公と一緒に、そういうプロセスを追体験するような感じだ。何の説明もされずに、いきなり目覚めたら列車の中に居て、なぜか他人の体の中に入っていて、わけもわからぬままシカゴに向かう列車に乗っているといきなり列車は爆発し、ブラックアウトする。なんだなんだ、一体なんだ、俺はどうしちゃったんだ?という感じをジェイクゆえに上手く出している。長い睫の下の青い目が不安そうにあちこち動くと、なんだかこっちもとても不安になってくる。



ブラックアウトから覚めると、冷静な女の声が聞こえてくる。目の前の小型モニターに映し出される女はグッドウィン大尉と名乗った。ヴェラ・ファーミガ登場である。この人はやっぱり良い女優だ。目の演技が上手い。殆どモニター内に映し出されるバストショットの枠の中での演技なのだが、無残な現実を知りつつ、有無を言わさず過酷なミッションに使役されるスティーブンス大尉(ジェイク)の混乱と当惑、そして嵐のように吹き荒れる「なぜ!?」という気持ちがよく分るので、100%冷静には対処しきれない。そういう雰囲気がよく出ていた。最初は冷静に爆弾をみつけろ、犯人をつきとめろ、と要求だけを繰り返す彼女だが、8分のミッションが繰り返されるうちに彼女のスティーブンス大尉へのシンパシーもいつしか深まっていく。自分が生きている事を父親に知らせたい、電話をさせてくれ、と懇願するスティーブンス大尉の叫びを却下して、爆発前の8分間に戻す彼女の、実行キーを押す指先も心なしかにぶりがちだ。



対象的に、事故の被害者の事故前8分間の記憶の中に、大尉の意識を潜り込ませるというプログラム(ソース・コード)を開発したラトレッジ博士(ジェフリー・ライト)は煮ても焼いても食えない、プチ・マッド・サイエンティストっぷりを発揮する。のらりくらりとした様子でスティーブンス大尉の質問の嵐を右に左にかわしつつ、アメとムチで何度も爆破8分前の列車内でのミッションに向かわせる、功名心と探究心に取り憑かれたエゴイスティックな科学者の人となりがよく出ていた。ジェフリー・ライトも上手い。まさに、煮ても焼いても食えない、とはこの事、という感じの演技を見せる。この役にジェフリー・ライトを持ってくるとは面白いチョイス。ダンカン・ジョーンズのセンスが光る。



スティーブンス大尉の向かいに座り、彼の意識が入り込んだ男性と通勤仲間であるらしい女性クリスティーナを演じるのはミッシェル・モナハン。彼女もキュートに見える時と、妙にファニーフェイスに見える時のある女優だが、今回はファニーフェイスに見える率が高かったような気もする。クリスティーナ役は誰が演じても大差ないような役だった気もするが、邪魔にならず程ほどにキュート、というところでミッシェル・モナハンは手ごろだったかもしれない。
スティーブンスにとっては何度目かのミッションでも、彼女にとっては毎回初めてである。眠りから目覚めたと思ったら突如駆け出して、他人のカバンの中身をぶちまけたり、発車間際の列車から降りて一人の男をずっと追いかけ、駅のホームでいきなり乱闘を始めたりするスティーブンスに唖然としつつ、彼女はいつもとは違う彼の様子に段々と惹かれていく。そう、彼の中にいるのは、いつものおとなしい教員ではなく、アフガンでヘリの操縦をしていたパイロット、スティーブンス大尉であるのだから。



大尉がミッションの大詰めを迎えて、他人の声を借りて父親と電話で話をするシーンは、いかにもジェイクらしい情感が滲んでいる。ジェイク演じるコールター・スティーブンスは独身の大尉で、父親が止めるのに三度目の戦場に出て行った。出発前に口論になったので父親とどうしても話したかった。父親と話して、自分がこんなにも想っているという事を伝え、父に暴言を吐いた事を謝りたかった、という設定はいかにもジェイクらしい。彼がどうしても話したい肉親は、母でもなく妻でもなく、父なのである。大尉を演じるのがジェイクでなかったら、この設定も変わっていただろうと思われるが、ジェイクは「自分の中で父親の存在感が強い息子」というのに妙に似合っている。

スティーブンス大尉が現実にはどういう状態にあるのか、というのも、かなり早い段階で察しはつくし、おぼめかされもするのだけれど、終盤で明らかにされる現実の彼の姿は、なにがなし永井豪の「デビルマン」の最終カットを想起させる。(「デビルマン」を読んだ事がある方は想像できると思う。けっこうショッキングである)ミッションを終えたら安らかに眠らせてくれ、という彼の願いを煩悶しつつも聞き入れるグッドウィン大尉(ヴェラ・ファーミガ)だったが…というわけで、ここからは見てのお楽しみ。


絶望的な気分に浸されつつも、懸命にミッションを遂行する大尉

93分と短い映画なのでダレるシーンもなく、有無を言わさず何度も何度も、乗客の荷物を調べろだの、犯人を特定せよだのと無理難題を押し付けられて、爆破されると分かっている電車に戻されるジェイクのスティーブンス大尉を痛々しく眺め、途中まではモワリと切ない気持ちで映画を見て行くのだが、ラストで「ふぅん、そうきたか」というオチになる。でも、よくよく考えると、それじゃ元の教員の意識は一体どこに飛んでいってしまったのか、彼は人生を乗っ取られた事になるのではないか、また、新たな凶悪犯罪やテロが起きた際に、その本来の肉体は軍の研究室のカプセルの中にあるのだから、スティーブンスは結局は記憶を除去されて新たなミッションに放り込まれてしまうのではないか、などの疑問や懸念は残る。
けれど、あのまま終わってしまったら非常にやりきれない気分で映画館を出ることになっただろうので、まぁ、色々と気になる点はあるけれども、ああいうラストで良かったとは思う。

うらうらと桜の花が咲く、上天気のシカゴを歩きつつ、コールター・スティーブンスは呟く。
「今日は美しい日だ」と。

日々平穏が当り前のように思われる日常だが、いつ何時、どんな事で暗転してしまうか分らない。それはテロによってかもしれないし、災害によってかもしれない。今日も昨日と同じ一日だと信じていたのに、平和な日常は突如として奪い去られ、阿鼻叫喚の巷となりうる可能性を秘めている。その事はこの3月の大地震でワタシ達も他人事でなく実感した。今日も普通に生きている、という事は当たり前な事ではないのだ、と。一朝にして人生が暗転する大惨事の可能性を誰しもが抱えつつも、人々は生きている。大惨事がなかったとしても、誰の人生にだって、それなりに色々と問題はあるだろう。いつも楽しい日ばかりとは限らない。だからこそ、平和な気持ちの時や、ささやかに心に叶う事のあった時に、光の遍満する上天気の街を眺め、花の下を歩いて、美しい日だ、としみじみ実感する事の貴重さが沁みてくるのだ。そして、人々は、そうやって、たまに美しい日を実感するために人生を生きていくのだな、と思ったリするわけである。「今日は美しい日だ」というスティーブンス大尉のさりげない一言は、全編中で最も深い印象が残った。

コメント

  • 2011/10/29 (Sat) 22:54

    kikiさん

    どうせ遅いと思い込んでいて、kikiさんの記事にあわててチェックしたら当地でも上映は始まっていました。早く行かねば、でも来週ごろ時間作れるかどうか。なので、それまで写真だけ見るようにがんばっています。きっとアメリカでも評判よかったのね、楽しみです。

  • 2011/10/30 (Sun) 00:14

    ふうさん。
    これ、良かったです。期待通りの出来でした。ジェイクも、彼の特性や長所の生きるキャラで、魅力が引き出されてましたよん。「骨折り山」以降では、もっともジェイクらしい良さが光った映画かもしれません。今回は全国一斉の公開で、かなり全国的に上映館が多いですね。ここはひとつ、万障繰り合わせて劇場へGo! ですよ。

  • 2011/10/30 (Sun) 12:05

    わぁ、早速ご覧になったんですね(羨)
    ストーリーは何となく知っていましたが、コールターが父親との葛藤を抱えた人物とは知りませんでした。うん、確かにジェイクに似合いそう。
    子供を付き合わせるのはさすがに無理そうな映画(笑)なので、仕事休んで見に行っちゃおうかなー、とかいろいろ画策中です。

  • 2011/10/30 (Sun) 19:01

    xiangさん。即行で観てきましたよ~。
    そうですね。ワタシもストーリーの大枠は知っていたのだけど、本人も納得してミッションに入ったのかと思っていたら、有無を言わさずいきなり放り込まれていたとは知りませんでした。ヒドイなぁ、ほんとに。大尉が可哀想過ぎる…。で、現実の彼の姿も、海外サイトなどで撮影に使われた異常にリアルなフィギュアの画像を観たので知ってはいたんですが、やはりなかなかショッキングです。そのシーンでも、クローズアップは勿論ジェイクが演じているので、その痛々しさが幾層倍にも増したりして…。あぁ、切ない。
    ともあれ、ダンカン・ジョーンズは一作ごとに磨きがかかってるし、ジェイクはいい仕事をしてます。会社なんか1日ぐらい休んだってOKですよ。映画館にGo! ですわ(笑)

  • 2011/11/16 (Wed) 23:44

    kikiさん
    さっき映画館から出てきました。いい映画でほっとしました。
    ジェイクの映画は平常心では観れないので、緊張します。SFものはあまり好きじゃないのですが(下手したらゲームになってしまって、感情が動かず何も残らない、損した気分になるから)
    ジェイクはどちらかというと童顔だと思うのですが、目に愁いがあってそのおかげでデカプリオ化を免れてくれるだろうと今回確信しましたわ。洋画では父と息子は磐石のテーマですよね。

  • 2011/11/17 (Thu) 00:56

    ふうさん。
    遂にご覧になりましたのねん。いい映画でしたよね。久々にジェイクらしい作品だったと思います。ジェイクの映画を平常心で観られないという気持ち、分りますわ~。(今回の作品は評判が良いのでそうでもなかったけど、筋肉王子の封切り時なんて、大箱なのに入りが悪いし、コケ気味じゃないの、どうしよう…なんて、利害関係もないのに気を揉みました)今回の役もジェイクの目の演技、その憂いのきいた眼差しが生かされてましたよね。近年は童顔という感じでもなくなって、やたら逞しく男臭くなってきたなぁ、という印象が強くなっていたのだけど、本作では少し痩せていたので(脱ぐと凄いのだろうけど)、余計に痛々しく見えましたね。ジェイクは父親と母親と、どちらの影響が濃い息子が似合うかというと断然、父親との関係性が強い息子に似合いますわね。
    そうそう、こちらではそろそろ「ラブ&ドラッグ」が観られそうなんですが、あまり行く気になれない映画館なので、どうしようかと思案中です(笑)

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