「ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ」

-パーフィディア、というドラマ-
ジョン・ル・カレ著 菊池 光訳 早川書房刊



UKでは今年9月に封切られた映画「ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ」。アメリカではこの師走に封切り予定だが、日本ではおそらく来年の封切りになるだろうので、とりあえず原作を読んでみる事にした。他の本を探しに書店の洋書コーナーに行った時、映画化された事で新版が出たのであろう本書が平積みになっていたが、あまりの分厚さにギョっとした。たまに洋書コーナーで短編集などを買って、興味半分、勉強半分で英語の小説を読んでみたりするのだけど、この分厚さでは、原書で読むのは殆ど刑罰。途中で放り出すのは分りきっているので、日本語訳の早川文庫を図書館で借りてみた。これも分厚い事に変わりはないけれど、ひとまずは日本語だものね(笑)映画の日本公開日も未定だし、ワタシにできる範囲でのネタバレなしの感想をUPしてみた。
ジョン・ル・カレの小説は「寒い国から帰ってきたスパイ」を大昔に斜め読みして以来である。最近、長らく放っておいたフレデリック・フォーサイスの「第四の核」をふいに思いだして読み終え、なかなか面白かったので、社会派サスペンス物やエスピオナージ物に久しぶりに関心が向いたところで、じゃあ、と「鋳掛け屋、仕立て屋、兵士にスパイ」に取りかかったわけであるが…。

…読みにくい。おそろしく読みにくい。ジョン・ル・カレの文章スタイルに馴れないせいもあるし、この翻訳家の文章が苦手なせいもあるのだけど、近年稀に読みにくい本だった。ストーリー自体もおそろしく長い上にあっちこっちに話が飛ぶし、あれこれと回りくどいわりには説明が少なくて(というか故意に省いてあるので)非常に分かりにくいし、細部においても、例えば二人の男が会話している場面で、突如 『彼が「○○○○○」と言った。』 なんて出てくるのだけど、その「彼」は一体どちらの男の事なのか咄嗟にわからない、という部分が本作を読んでいる間に何回もあった。ジョン・ル・カレの文章自体がそうなのかもしれないけれども、翻訳小説というのは翻訳家の文章のフィーリングにも左右されてしまうので、ワタシは本作を担当した翻訳家の文章がどうも自分の感覚と合わないのだな、と再認識した。以前、同じ人が訳したトマス・ハリスの「羊たちの沈黙」を読んだ時にも、あぁ、読み辛い。おそろしく文章に魅力がない、と思ったのだけど、その時の感じをふと思い出した。同じトマス・ハリス原作の「レッド・ドラゴン」を別の翻訳家の訳で読んだ時には、全く読み辛さを感じなかったので、これはやはり翻訳家との相性という部分が大きいのかもしれない。

そんなにも読みづらい本ではあったのだけど、せっかく借りたことだし、返却期限もあるしで、短い通勤時間や寝る前などに、どうにかこうにか読み進んでいって、残り5分の1ぐらいになったところでやっと面白くなってきて、ラストにはチャンドラーの「長い別れ」の読後感に近いような、ちょっとした余韻さえ残った。

本作の主人公である引退した元英国情報部員ジョージ・スマイリーは、背が低く小太りで、分厚い近眼鏡をかけた風采の上がらない初老の男である。映画でスマイリーを演じるのはゲイリー・オールドマン。ずんぐりした小太りの男ではないが、風采の上がらない初老の男、という基本ラインはキープされている。ゲイリー・オールドマンのスマイリーはしょぼくれたハイエナのようなオヤジ、という印象である。いずれにしても、パッと見には冴えない無力な一市民のようにしか見えないスマイリーが、その風采の上がらない外見の下に、稠密な理論と推理力を兼ね備えた、常に冷静な切れ者である、という事がきちんと押えられていればOKなのである。見るからに切れ者というのではない、というところが重要なポイントだが、オールドマンのスマイリーは大学教授のような風情もある。



この冴えないオヤジは、数年前に、情報部内の権力闘争に巻き込まれ、ある陰謀により情報部を去るハメになった上に、家庭的にも苦悩を抱えている。彼には分に過ぎた美しい妻アンがいたが、誰もがスマイリーに会うと「ところで、あの素晴らしいアンは元気かい?」と挨拶をするような素晴らしい美人の妻は、再三にわたってスマイリーを裏切って不貞を働き、今は遂に新しい若い愛人とともに家を出てしまっている始末である。この上流家庭に生まれた、我儘で、長身で、この上もなく美しいスマイリーの妻アンは、グレタ・ガルボのような瞳を持った魅惑的な女である、と表現されている。つまり、ガルボ・タイプの美人というわけである。ある年代までの欧米、ことに欧州の男性(中でもインテリ層や特権階級の)にとって、ガルボはまさに最高の女性、素晴らしい女性の中の女性、謎めいた魅惑の女性の代名詞であったのだな、という事がここでも再認識される。ガルボが世間に、そして欧州の男たちに齎したイメージというのは、高貴でありつつ、謎めいていて、眩いまでの非凡な美貌を持ち、しかも知的でセクシーな女性の究極のイメージだったのだろう。今に至るも、そういうジャンルでガルボをしのぐ女性像は現れていないと思う。それゆえにガルボ・イメージは永遠不滅なのだ。



この「素晴らしきアン」に散々コケにされつつも、スマイリーは彼女への愛を断てない。未練を断てない。アンが彼に放った言葉のあれこれは、いまだに彼の中に深く突き刺さっており、出て行った彼女が戻ってくるのをひそかにじっと心待ちにしているのである。当のアンからは彼女があちこちで散財した支払いの請求書(そこには新しい男のために誂えた服の代金さえ含まれている)が回されてくるだけだというのに…。

仕事を引退して妻にも去られたそんなある日、クラブ(いわゆる英国式のジェントルマンの為の会員制クラブ)から戻ったスマイリーが、家の中に誰かが居る気配を感じ、待ちわびた素晴らしいアンではないか、と一瞬思うが、すぐに違う事を察知する。灯りを消したスマイリー邸の居間に座っていたのはアンではなく、かつての部下ピーター・グィラムだった。
スマイリーはグィラムの車で内閣官房のオリバー・レイコン邸に誘われ、そこで情報部内の大物二重スパイを探り出すという特命を引き受ける事になる。
引退したスマイリーを重要な密命へと導く使者となるピーター・グィラムを演じるのはご存知、ベネディクト・カンバーバッチ。原作ではブロンドの男前で40歳ぐらいな年頃という事になっているが、カンバーバッチのグィラムはもっと青年の設定だと思われる。どうみても30歳前後にしか見えないものね。



原作の時代設定は1970年代。冷戦たけなわの頃である。スマイリーは引退した初老の元スパイだが、かつては七つの海を支配した「栄光の大英帝国の息子たち」の最後の世代に属する人間である。それなりの階級の家に生まれ、オックスフォードを出て、勧誘を受けて情報部に入った。かつての(今でも?)英国情報部は学閥社会で、使えると思う人材は情報部の人間が自分の母校の学生をスカウトして入れたらしい。何かの映画のセリフに「あいつらはみな同じ学校の出身で、同じところで背広を作るイヤミな連中だよ」というのがあった。なんとなくそんな感じもなきにしもあらず、である。
スマイリーの美しい妻アンとは従姉弟にあたる、スマイリーのかつての同僚である<仕立て屋>ビル・ヘイドンも、そうした栄光の大英帝国の息子たちの最後の世代の男である。ビル・ヘイドンはスマイリーより年下だが、彼と同じくオックスフォードの卒業生で、スマイリーとは真逆の男である。すらりと長身で手足が長く、ハンサムで、頭が切れ、組織人としてもスパイとしても人並み外れた能力の持ち主で、おまけに画才があり、男も女も彼に好意をもたぬものは居ない人蕩しである。オシャレで常に仕立てのいい服をスマートに着こなしている魅惑のビル・ヘイドンを演じるのは真打ち、コリン・ファース。



なるほど確かに、コリン・ファースにはうってつけの役かもしれない。美大生の女の愛人と、水夫の男の愛人を同時に持っているような、複雑な陰翳や様々な側面をもつビル役は、これまた演じ甲斐のある役であったろう。コリン・ファース。本当にここ数年はツイてる。いい役に恵まれていると思う。 というか、いい役が彼の元に吸い寄せられていくかのようだ。引きが強いというべきか。
コリン演じるビル・ヘイドンの下でロンドン本部長補佐をしている<兵士>ロイ・ブランドには、「ROME」でカエサル役がハマっていたキアラン・ハインズが扮している。

現役だった頃のスマイリーやビルの上司で情報部を一手に握っていたかつての総帥「コントロール」役にはジョン・ハート。これもまさに適役。原作を読んでいると、コントロールの登場する場面ではジョン・ハートの顔が浮かんでくる。病み衰えつつも、権力を手放すまいとし、のし上がってくる<鋳掛け屋>パーシー・アレラインとの権力闘争に挑む老いたコントロール…。そして彼は最後の大仕事として、長年組織の中に潜みつつソ連に貴重な情報を流し続けている大物スパイを突きとめようとする。スパイは<鋳掛け屋>、<仕立て屋>、<兵士>、<貧者>、<乞食>とコントロールが名づけた5人の幹部の中にいる。そしてその疑惑の5人の中にはスマイリーさえも入っていたのだった…。


老いて、病んだコントロール

コントロールを追い落そうとする<鋳掛け屋>パーシー・アレライン役にトビー・ジョーンズ。これは意外な人選だけれども、ちょっと面白くもある。あのベビー・フェイスのトビーを<鋳掛け屋>に持ってくるとは、ね。ふほほ。
その他、ビルと大学時代からの親友であり(特別なニュアンスの親友でもあったというような仄めかしがある)、コントロールが最後に極秘で進めた作戦に指名されてチェコに赴き、瀕死の重症を負うジム・プリドーにマーク・ストロングが扮している。強力なキャスティングだ。また、ソ連の女スパイをたらし込み、重要な情報をもたらすリッキー・ター役にはトム・ハーディ。これまたピッタリな役廻りである。



はみ出しスパイのリッキーをピーター・グィラムがぎゅうぎゅうとっちめる場面があるが、映画でトム・ハーディと取っ組み合いを演じるのは楽しかった、とグィラム役のカンバーバッチがインタビューで語っていた。このシーンなども楽しみにしたいと思う。他にグィラムを演じるカンバーバッチのみせどころとしては、情報部の資料室から極秘作戦のファイルを盗み出してくる、という手に汗握るシーンがある。映画でもきっとサスペンスフルな見せ場になっていると思うので、このシーンなども楽しみである。

「ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ」で語られる大きな命題は、個人の主義思想はナショナリズムをも超える、という事であろうかと思う。そしてかつての栄光などみる影もなくなった落日の大英帝国への愛惜も通奏低音として流れている。大英帝国の威信を担うべく育てられた「帝国の息子たち」だが、彼らが育って奉仕すべく向き合った国家には、かつての威信はもはやどこにもなかった。守るべき威信が潰え去ったいま、一体何に誇りを抱けばいいのか、何に自分の輝かしい能力を傾注すればいいのか…。故国はもはや、世界を変える力など持ってはいないというのに…。
原作を読んで感じたのは、70年代にはまだ共産主義というものへの幻想がこんなにも厚くインテリの心を覆っていたのかな、ということである。2011年の現在、20世紀中にかつての共産主義国の行き詰まりと崩壊を見た後では、命を賭けるに足る思想があると信じる事自体が虚しい幻想に過ぎない、としか思われないけれども…。

そういう物語の大枠とは別に、人間というものの不可解さについても思いを致させる。すなわち「裏切り」という行為に。ワタシはこちらのテーマの方にずっと強く心惹かれる。これほどまでに信頼されていながらも、全てを裏切るという行為の摩訶不思議についてしばし考えさせられ、そして裏切りという事のドラマ性になにがなし余韻を感じたりもするのである。裏切りは甘美であらねばならない。裏切られた側が、それでもなお、何かの間違いであって欲しいと願わざるをえないような極上の裏切りには、甘美な余韻がつきまとうのである。小説の中盤を過ぎたあたりで、裏切り者は誰なのか何となく察しがついてしまうのだけれど、だから余計にどういう決着がつくのかに興味が湧いてくる。そして、組織の中の裏切り者、獅子身中の虫を探り出すという困難な任務を任された、私生活も外見も冴えない孤独なスマイリーの佇まいや、彼の愛惜を湛えたまなざしも印象的だ。

冷戦終結後、スパイ物は流行らなくなり、影を潜めたかに見えたが、9.11以降、テロの脅威が世界を覆ってからは、再びスパイ物が陽の目を見始めた観がある。人間社会というものが続く限り、何もおきない平和な世界などというものはありえない。冷戦終結後のあらたな構図の中でも謀略は日々渦を巻き、危機は絶えず萌芽し、情報部員は休んでいるヒマなどないのである。70年代のスパイ小説が今ごろ映画化されるというのもただの懐古趣味ではなく、ロシアに戻ったソ連の脅威は今もなお少しも衰えてはいないからではなかろうか。かえって天然資源の確保によって経済的に豊かになった分、20世紀よりも脅威を増しているような気がするのはワタシだけではないだろう。けして過去の話ではないという気がするのである。

ジョン・ル・カレの小説の映画化作品は「寒い国から帰ったスパイ」、「ロシア・ハウス」、「テイラー・オブ・パナマ」そして「ナイロビの蜂」を観ている。「寒い国から~」は原作もあまり昔に読んだので忘れてしまったし、リチャード・バートン主演のモノクロの映画は重苦しく、見続けるのが苦痛で、3分の1も観ないでやめてしまった。「ロシア・ハウス」は見た事は見たけれども、あまり印象に残っていない。スパイ物というより恋愛物という感じだった気がする。「テイラー・オブ・パナマ」はCSの映画チャンネルで流れてきたので、見るともなしに見てみた。ピアース・ブロスナン主演、ジェフリー・ラッシュ共演の作品で、一応中断しないで観られたが、特に可もなく不可もない平板な作品だった気がする。「ナイロビの蜂」は原作は未読だけれども映画はとても良かった。これまでのところでは、「ナイロビの蜂」がジョン・ル・カレ原作の映画化作品のベスト1じゃなかろうかと思うけれども、映画「ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ」はそれを覆す出来の作品であって欲しいし、多分、そうであろうと確信もしている。

ジョン・ル・カレのスマイリー物は三部作で、「ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ」のあと「スクールボーイ閣下」、「スマイリーと仲間たち」と続くので、次は村上春樹が絶賛したという(笑)「スクールボーイ閣下」を読んでみようかと思っている。

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