「雨の訪問者」 (Le Passager De La Pluite)

-ラブ・ラブ 君は恋をしている-
1970年 仏 ルネ・クレマン監督



ルネ・クレマンが主演にチャールズ・ブロンソンを迎えて撮ったサスペンス。音楽はフランシス・レイで、メランコリックなメロディが印象的だ。夫の留守に暴漢に襲われる赤毛のキュートな人妻役で、エヴァ・グリーンの母、マルレーヌ・ジョベールが出演している。娘は母よりも美人だが、よくよくみるとソバカスがいっぱいあるエヴァちゃんの顔は、やはりどことなく母のマルレーヌ・ジョベールと似ている気がする。ちょび髭で常に不敵な微笑を湛え、敵なのか味方なのか分らない謎の男をブロンソンが好演している。
本作や「狼の挽歌」は、その昔、民放の洋画劇場でよく放映していたと思う。淀長さんか、ハリー水野(晴郎)か、荻昌宏氏の解説で子供の頃に何度か見た記憶がある。どちらもチャールズ・ブロンソンの代表作である。「狼の挽歌」は何といってもブロンソン自慢の美人妻ジル・アイアランドの絶品の裏切り女っぷりで記憶される作品で、ラスト、シースルーのエレベーターに乗った彼女がブロンソンに撃たれて、黒いマントを翻しつつ床に崩れるシーンは圧巻だった。ジル・アイアランドって本当に美人である。



ブロンソンも終始シブいし、敵役のテリー・サバラスもあまりにもハマっていたが、イタリア映画なのでイタリア語吹替えになっていて、これがワタシ的にはどうも観賞上ネックになってしまう。主要な登場人物はアメリカ人ばかりなのにセリフがイタリア語というのは違和感がある。こういう映画の場合は、英語か、昔の日本語吹替え版で観たい気がする。ブロンソンはイタリア映画やフランス映画にも出演の多かったハリウッド俳優であるが、「雨の訪問者」もフランス映画でブロンソンの台詞もフランス語。でもこれは吹替えのようだ。不思議なのは、ブロンソンはイタリア語でもフランス語でも、はたまた日本語でも、吹替えの声がみな似ているという事である。勿論、ご本人の声と似た声で吹替えたのだろうが、違和感の無さに驚く。(ちなみに日本でブロンソンの吹替えを長く担当していたのは大塚周夫さん。実にもう、ピッタリだった)



梗概:副操縦士である夫の留守に、赤いバッグを下げた見知らぬ男に家宅侵入された人妻メリー(ジョベール)は、男に暴行されるが、ふいをついて男を地下室で射殺し、死体を岬へ運んで海へ投げ捨てる。翌日、仕事から戻ってきた夫と共に知人の結婚式に参列したメリーは、教会でドブスと名乗る見知らぬアメリカ人(ブロンソン)に出会う。ドブスは不敵なニヤニヤ笑いを浮かべつつ、なぜか昨夜の出来事を知っていた。だがドブスの関心は殺人よりも殺された男の持っていた赤いバッグにあり、その行方を知っているに違いないメアリーにつきまとう。果たしてこの得体の知れない男は何者か、そして赤いバッグの中身は何なのか…。


不気味な雨の訪問者

ブロンソン演じるドブスは、終始余裕のニヤニヤ笑いを浮かべ、正当防衛とはいえ殺人を犯している人妻メリーにバッグのありかを吐かせようと、彼女の夫がフライトに出た留守にあの手この手で尋問するのだが、これが尋問というよりもじゃれ合いみたいな感じで、演出の遊びというか、映画の遊びというか、妙にマッタリとして冗長である。ドブスも相手がキュートな人妻なので、殴ったり縛ったりなど手荒な事はしない。せいぜいで酔わせて吐かせようという程度。あまつさえ、「クルミを力一杯ガラスめがけて投げてみろ、ラブ・ラブ。ガラスが割れたら君は恋をしてるんだ」などと余計なざれ事を教えたりする。(ラブ・ラブというのは彼女のエプロンの刺繍を見てドブスがメリーにつけたニックネーム)

映画的には、もっとテンポや緊迫感を出すなら不要な部分はあれこれとあるのだが、この二人のダイアローグと、擬似恋愛とでもいおうか、前戯とでも言いたくなるような会話シーンが監督の狙いでもあるのだろうし、それが無ければロマンティック・サスペンスにはならなかっただろうので、まぁ、これはこれでいいか、という感じでもある。だが、映画としては途中で別の殺人が入り込んできたりして、パリの売春宿まで行ったり来たりするなど、やや冗長である事は否めないし、謎が解けてもかなり他愛ない筋書きである事も事実だ。



それはそれとして、当て書きゆえにブロンソンのドブスは実にハマリ役で、彼の魅力が全開に現れていると思う。チャウチャウ犬みたいな顔で無骨そうに見えるが、表情も雰囲気も味わい深く、身のこなしがすっきりしていて、どうしてか妙にフランス映画によく似合うのがチャールズ・ブロンソンである。体格は中肉中背という感じだが、顔が小さく、体のバランスがとても良く、足がすーっと長い。男臭いがダンディな部分もあり、二枚目ではないが悪くないと思う。女性ファンより男性ファンの方が多い俳優でもあろうか。
昨今、ブロンソンの「メカニック」という作品のリメイクにジェイソン・ステイサムが出演していたが、「狼の挽歌」などもステイサムの主演でリメイクしたら面白いかもしれない。だが、「雨の訪問者」のドブスはブロンソンの個性あってこその役で、ジェイソン・ステイサムが演じるなら、キャラ設定を彼仕様に変更する必要があるだろうし、お話も、もっと捻りを利かせた内容にしないと21世紀では通用しなさそうだ。


小顔で均整のとれた体つきをしている


よく鍛えて引き締まったボディ(なぜか意味なく一度シャツを脱ぐ)


ブサカッコいい男の代表格チャールズ・ブロンソン

対するマルレーヌ・ジョベールは、小柄で赤毛のショートカット。常に白づくめの衣装で登場する。服も靴もコートも帽子も全部白。当時流行ったのだろうミニスカートからは綺麗に引き締まった脚が伸びている。ソバカスでショートカットの彼女はボーイッシュだがキュートなコケットリーを発散して、なかなか魅力がある。


爪を噛むのがクセのメランコリー(メリー)


マルレーヌ・ジョベールの綺麗な脚

ブロンソン作品には必ず出演する彼の愛妻(二番目の妻で1990年に乳がんで先立った)ジル・アイアランドは、本作にもメリーの友人であり、彼女の夫の浮気相手だった女として登場する。美人度でいったら断然ジル・アイアランドの方が美人なのだが、赤毛の小猿みたいなマルレーヌ・ジョベールには、愛嬌と不思議な魅力があって主演女優としての確かな存在感を持っている。


ジル・アイアランド 美人でスタイル抜群 美しい悪女などはハマリ役


マルレーヌ・ジョベール 赤毛でソバカスでボーイッシュだが、キュートである

マルレーヌ・ジョベールを見ていて娘のエヴァ・グリーンを思い出すことはないけれども、エヴァ・グリーンを見ていると、一見似ていないのにふとした折に母マルレーヌの面影がちらっとよぎる事がある。親子というのは不思議なものだと思う。


このシーンの表情は、やっぱり母親に似ているかもしれないと思ったエヴァ・グリーン
(「カジノ・ロワイヤル」より)

マルレーヌ・ジョベール演じるメリーは、稼ぎのいい副操縦士の夫に養われて、経済観念がなく、新しい服を作る事にしか興味がないようなふわふわした若妻のようだが、案外肝っ玉が座っていて、いざとなるとふてぶてしく大胆である。何しろ見知らぬ男にレイプされただけでも大変な事だというのに、その男をライフルで射殺して、死体を始末し、しれっとしているという図太さである。おまけに数学が達者でかなり頭もいい。そういう風には全く見えない、というところがミソ。でもうすっぺらい男前でケチな密輸で副収入を得ている夫にはベタ惚れで、亭主関白で癇癪持ちのイタリアンの夫にかわいい笑顔を向け、怒った夫の肘に頬をつけて寄りそうシーンには、女としての可愛らしさが滲んでいる。


留守勝ちな夫と

彼女が白い衣装だけを好んで着るのはなぜなのか。メリーは愛称で、彼女の名前はメランコリーという。彼女の母親は男好きで若い頃から男出入りが激しかった。母親に対する複雑な感情が彼女に白い服ばかりを選ばせるのかどうなのか。爪を噛むのも、白い服ばかり着るのも、母親との関係性に由来することではあるだろうが、それは事件とは無関係なサイドストーリーである。そういうものがもっと上手く事件に絡んでくると複雑で面白い話になったかもしれないが、中途半端に提示だけされているので、少し消化不良な気もする。

プロットが単純なせいで余分なシーンや冗長な部分があることは否めないが、全体に雰囲気は悪くないし、何より主演の俳優、女優には魅力があって(それを見せるための映画ということだろう)、何となく記憶に残る作品。よく言われている事だが、ラストの「まさか、な」と思って放ったクルミでガラスが割れて、ドブスが「え!?」という表情をするシーンはいかにもブロンソンならではだと思う。


クルミがポケットに残っていたのに気づく

適当に投げたらガラスが割れて「ハテ…」という表情に

それにしても、こういうエアラインのロゴマーク入りのバッグ(簡易の旅行バッグ)って、いつごろまで使われて(作られて)いたのだろうか。これってエアライン各社が乗客への配り物として作っていたものであろうか。現在は絶滅したアイテムのように感じるが、まだ健在なのだろうか。ちょっと気になる。

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