「復讐するは我にあり」

~留置場は冷えとるじゃろうねぇ~
1979年 松竹/今村プロ 今村昌平監督



今村昌平作品はどちらかといえば苦手なのだが、これだけは面白いと思う。
とにかくコブシさん(緒形 拳)の開き直った犯人ぶりが小気味よく、クリスチャンでキレイごとばかり言う偽善的な父親を演じる三國連太郎とのガチンコ演技勝負も面白い。原作は佐木隆三のノンフィクション小説。5人を殺して全国を逃亡した実在の連続殺人犯の生立ちから、父との相克を描いた作品。

復讐するは我にあり、というのは
「悪に対して悪で報いてはならない。悪を行なった者に対する復讐は神がおこなう(参考;詩篇94:1)」という意味らしい。ふぉふぉ??ん。




この頃の緒形 拳は絶好調。黄金期の始まりだった。70年代末から90年代初めまで、映画にドラマにコブシさんは引っ張りダコだった。(TVドラマではもっと前から売れっ子だった)
80年代はプライム。代表作が目白押しに並ぶ。
「火宅の人」や「楢山節考」「北斎漫画」などもあるが、ワタシが緒形 拳の映画というとすぐ脳裏に浮かぶのは、70年代末の2作品。この「復讐するは我にあり」とその前年の「鬼畜」だ。
「鬼畜」のヘドモドして煮えきらず、お志麻さん(岩下志麻)の鬼嫁に仕切り倒され、小川真由美の愛人に3人の子供を押し付けられて、自分の子供をついには殺そうとする優柔不断なしょぼい印刷工場のオヤジをへっぴり腰でオドオド演じていたかと思うと、翌年はこの連続殺人犯でふてぶてしく人を食った男を小気味いいほど開き直って怪演する、その落差が強烈だった。
「鬼畜」は「砂の器」の野村芳太郎監督だけにラストが沁みる。殺されかけた長男のあの一言。
殺されかけても父を庇ったのか、それとも永遠の引導を渡したのか。その双方か…。

そしてこの「復讐するは我にあり」も父と子の葛藤の物語だ。緒形演じる榎津 巌(えのきづ いわお)は、カトリック信者の父・鎮雄が、堅い信念と高邁な理想を語りながらも、状況によっては容易く信念を曲げて変節し、死んでも抵抗するような高潔な魂など持ち合わせていない事をある事件でまざまざと思い知り、父の言動に欺瞞のニオイを感じ、強い不信が芽生える。彼の中で英雄ではなくなった父。以来、彼は父への反抗で少年犯罪を繰り返し、戦時中のほとんどを少年刑務所で過ごす。



緒形 拳が醸し出すなんともいえないアッケラカンとした持ち味。九州弁のセリフのとぼけた味わい、その図太く居直った様子など、どうせ悪い奴ならこのぐらい腹を据えててくれると、いっそウジウジ感がなくていい。殺意に満ちた表情から、一瞬にして人懐こい笑顔に変わる。痩せて精悍な雰囲気のコブシさんは男盛りの精気が漂い、実にセクシー。実はワタシ、この頃の緒形 拳は、かなりタイプなのである。

簡単に人を殺してしまう巌が、別れ話に応じないので業を煮やした絵沢萠子(毎度モウレツに脱ぎっぷりがいい)に、股間を千枚通しで刺されかけて縮み上がるシーンはユーモラス。このコブシさんに対して、太ったでっかい体に白髪頭で、内心では煩悩でいっぱいの癖に口先だけはキレイ事を並べる偽善者の父を演じる三國も、ぬらりくらりとした感じがうまい。この偽善者の父を慕う巌の嫁にダイナマイト・バディの倍賞美津子。嫁に噛み付いたという犬を庭に穴を掘って埋め、上から熱湯をかけて殺すシーンに、父の偽善者ぶりがよく現れている。この嫁が露天風呂で白髪クマみたいな父に抱きつくシーンの生々しさ。倍賞美津子、ダイナマイト・バディ炸裂である。すんでのところでキレイ事仮面をかぶりなおして嫁から離れる父。心ではもう姦淫したも同然。
汝、姦淫するなかれ、ですぞ、おとっつぁん。 生臭い。



巌を溺愛する病気持ちの母にミヤコ蝶々。もうこの配役だけでも100点差し上げるという感じ。刑務所を出たり入ったりしている息子に「占いで見てもらったら、おまえはやっぱり人の上に立つ人間じゃと」なんて嬉しげに話し掛ける母。ありがたくも愚か。厳格な父と無条件に溺愛する母の組み合わせというのも、何がなし人を歪ませるものがありそうだ。この母はもちろん夫と嫁の間に流れる妙な空気に気づいている。

巌は少年のころから胡散臭い父の偽善に反抗を示して、軽犯罪から手を染め、徐々にエスカレートして殺人に至る。なるべくしてなった人殺し。一人殺してしまえば、あとはもう何人殺しても同じこと。どんどんハードルは低くなる。金を奪う為、専売公社社員(殿山泰司)を殺して、逃げる途中で立小便をし、自分の小水で血まみれの手を洗うシーンなど、ものすごいトボケっぷり。いかにも今村昌平演出という感じがする。

二号をしながら小さな木賃宿を経営し、巌の大学教授という出任せに騙される気のいい女ハルで小川真由美が登場。この人もいい女優。怖い女も気のいい女も等しくうまい。この作品ではちょうどモンローみたいなキャラ。少し抜けていて色気があって、愛すべき女を演じている。彼女が同居する母に清川虹子。この映画は本当にキャスティングがバッチリで、しかも分厚い。虹子かあさんは前科者。ゆえに巌の本性を見破る。正体を見抜いた虹子とコブシさん巌の川原の会話も存在感のぶつかりあいでニヤニヤする。サングラスをかけて河原を歩くコブシさんは迫力があって男前だ。



「殺すなよ、榎津。 あんた、その気だら」

「あんた、本当に殺したい奴、殺してねぇんかね」
「そうかもしれん」
「意気地なしだに、あんた」

虹子かあさん、さすがの貫禄。

巌が本当に殺したい人間は、この世にただ一人なのだ。

ニュースフィルムで巌の正体を知ったハルが、漬物をつけながら巌に絞め殺されるシーンも、とても印象的。彼女は唯一、殺したくないのに殺さなくてはならなかった相手だった。
巌の子を孕んでいたからである。


かわいい女

最後に面会にきた父と巌の直接対決。ウジウジした父とサバサバして自ら父に縁切りを告げる息子の対比がクッキリ。コブシさん演じる巌は確信犯で犯罪を重ねてきた男。いさぎよいまでの吹っ切れた様子はいっそカッコいいほどだ。
ここで最後の最後に三國の親父が本性をあらわす。
自分がいかに煩悩にまみれた男であるかを息子に告白するのだ。
巌はこの父のネガであり、原罪なのである。
コブシさんと三國、ガップリ四つの互角の勝負。



父の狡さが許せなかった巌に対し、その狡さが好きだという巌の妻・加津子(倍賞)。
なんと得体の知れないヌエっぷり。
連続殺人犯の巌よりも、その父と妻の方に底知れぬ不気味さを感じた。

飄々としていながら精悍な、男盛りの緒形 拳の魅力を堪能できる作品。
適度なリアル感と、爽快なまでのキャラ構築で、ピカレスク・ロマンとして面白い。

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する