「朝の波紋」

-戦後の息吹-
1952年 東宝 五所平之助監督



昨今、日本映画専門チャンネルが、どうもワタシが好むような作品を放送する率が減ってきて困ったものだと思っていたら、なんと、日活プログラムピクチャーをメインに最近の映画しか放映しないというイメージだった伏兵・チャンネルnecoが、こんな佳作を放送してくれた。侮れないことである。本作は、半年間パリで現実逃避して戻ってきた高峰秀子の「帰朝第1作」と銘打たれた作品。こんな小品にそんな大袈裟な謳い文句とは、と笑ってしまいそうだが、1952年当時は半年も外遊するなんてオオゴトだったのだろう。無事に帰ってきたデコへのご褒美か、元祖イケメン池部良と和製ジャン・マレー岡田英次という二人のハンサムマンから想われるOL役。ウチワみたいなまん丸顔で、おいしすぎるぞ、デコ。
高峰秀子は5歳から映画界に入って働きはじめ、幸か不幸か売れたお陰で養母や親戚を養うハメになり、何冊も台本を抱えての掛け持ち撮影で、朝から晩まで撮影所を右往左往しながら少女期を過ぎ、大人になった。稼いでも稼いでもお金は手元に残らない。そしてある時、そんなシガラミに十重二十重に囲まれた状況に嫌気がさし、折から持ち込まれた外遊の話に乗って半年間の国外逃亡を企てる。一切を放擲するようにパリで半年間、命の洗濯をして、忘れ去られていてもいいや、と思って帰ってきたら、洋行帰りという話題で余計に仕事が舞い込んで来ちゃって大忙しだったらしい。さすがである。というわけで、東宝専属を離れた高峰秀子のフリーランサーとしての初の作品でもあるというのがこの映画。デコは小さな商社に勤める英語の得意な社長秘書という役どころ。商売敵の大手商社の社員で、のほほんとした坊ちゃん気質の男に池部良。デコの野心家の同僚で、彼女と結婚したくてしょうがない男に岡田英次。


半年間のパリ外遊から戻った高峰秀子 顔がまん丸

1952年というと昭和27年で、まだ東京も焼け跡が沢山残っていた頃のようだ。本作中にもロケで浅草の風景が映るが、瓦礫がまだ片付けられていない空き地の様子にちょっと驚く。お坊ちゃんサラリーマンである池部良の家も、爆撃を受けて外側だけ残ったが、内側はすっかり焼けてガワしか残っていないという始末。その残骸的邸宅もセット美術で拵えたのではなく、どこかの閑静な住宅地の、外側だけ焼け残ったような家をロケに使ったのではないかという気がする。そういう戦争の残骸があちこちに残っていた時代は、「メイド・イン・ジャパン」が粗悪な安物の代名詞だった時代でもある。


表側は大層なお屋敷なのだが

裏へ廻るとこんなことに…

高峰の弱小貿易会社は、大手商社の池部のアポミスにより、棚ボタ的にアメリカ相手の大口仕事をかっさらう。ぼんやりしていて小さな会社に仕事を取られるノンビリ屋の坊ちゃん社員に池部良はまさにピッタリ。小さな会社で息巻く野心家の岡田英次は、顔はハンサムだが残念な事にとても背が低い。小柄な高峰秀子と並んでも、ハイヒールを履いたデコより少し小さかったりして…。そんな小粒な二人とのスリーショットでは、小顔でひょろ~っと背の高い池部良は猛烈に長身に見える。いやが上にもすらりとしている。


顔だけ見てると立派な二枚目なのだけど、ちょっと背が足りない岡田英次…残念!


岡田英次(中央)やデコなどちびっこに囲まれて長身が目だつ池部良

そして、洋行帰りで少し太ったか、顔が余計にまん丸でパンパンのデコに対して、のんしゃらんなお坊ちゃん役を気楽に楽しそうに演じている池部良は、やっぱりイケメンだし、相変わらず昔の人とは思われない体のバランスの良さで見た目にも快く、しかもさらりとしたユーモアがあり、育ちの良さそうな品の良さがあり、高峰秀子の帰朝第1作に付き合った形での出演なのに、デコよりも池部良の魅力が随所に溢れた映画になっている。この二人は、池部良の方がかなり年上だけれども、映画俳優としてのキャリアは高峰秀子がずっと先輩である。新人として東宝撮影所に足を踏み入れた池部良が、親しみやすい少女スターだった高峰秀子に気安く「デコちゃん」と声をかけると、「なんだい、あたいは先輩だよ!」と怒られた、という話をエッセイのどれかに書いていたのを思い出す。そんなデコが池部を相手に「あたくし、失礼しますわ…」なんてお上品ぶっているのを見ると、なんか吹き出しそうになってしまう。


すらりとバランスのいい池部良とハイヒールで爪先立ちの高峰秀子


ヌーボーとした中に独特のユーモアのセンスが漂う池部良


尺も短い小品なのだけど顔ぶれは豪華で、上原謙や香川京子がそれぞれ1シーンだけ顔を見せたりする。上原謙は池部良の大学ボート部の先輩役。香川京子は国分寺サレジオ学院の尼僧役。ウチワに目鼻のようなデコと較べると、1シーンだけ尼さん姿で現れる香川京子の瑞々しい美しさはかなり引き立って見える。また、デコの家に子供を預けて働く戦争未亡人役で三宅邦子が登場。相変わらずしっとりしている。また、お化け屋敷のようになった池部の邸宅に住み込みで働いている耳の遠いばあやの役で、こういう役にはこの人しかいないだろう浦辺粂子がコメディリリーフとしての役目をきっちりと果たしてボケまくっている。


妙に嬉しそうな上原謙

清楚な美人でシスター役にはうってつけの香川京子

それにしても、池部の家として登場する、戦災を受けた大邸宅はどこの誰のお屋敷だったのだろうか。かなりの大邸宅である。そして昭和20年代の屋敷町には、焼け残った、あるいは破損して修理できないお屋敷が、こうしてあちこちに残っていたのだろう。町にはまだ戦災孤児が行くあてもなく彷徨っていたのだろうし、ガード下には靴磨きの少年がいた。デコ演じる秘書には婚約者がいたが、戦争に駆りだされて戦死しているという設定である。彼女の恋愛モードはそこで一度閉じてしまい、小さな会社で仕事にまい進してきたわけである。
敗戦の痛手をあちこちに引き摺りながら、日本は少しずつ自分の足で立ち上がり、歩き始めようとしていた。昭和27年というのは、そんな時代だったようだ。


浅草もこんな場所があったりしたようだ

この先どんどん先進国に追いついて追い抜いていかなくちゃ、と思っている岡田英次の野心家サラリーマンは「桂離宮なんか、南洋の土人の住居と変わらないさ。侘びとか寂びなんて、この物の少ない貧乏たらしい国の負け惜しみさ」と言う。桂離宮には日本的な美しさがあると思っているデコ演じる秘書はこの言葉に不愉快を感じ、倉庫で船積みを待っているダンボールに捺された「MADE IN JAPAN」のレッテルをじっと見つめる。
サラリーマン男女のさらりとした恋愛物語の背景に、戦後、瓦礫の中から復興しようと懸命な日本が浮かび上がって見える。復興し、躍進もしなくてはならないが、日本的な良さを見失ってもならない。五所平之助が他愛ない映画にこめたそこはかとないメッセージだ。

映画としては、他愛もないと言ってしまえばそれまでの若いサラリーマンの淡い恋愛と戦後の日本のスケッチなのだけれど、例によって、リアルタイムにその時期その場所でなければ撮れなかった日本のあちこちの風景-東京や名古屋の市街地の、瓦礫の中にぽつぽつと家の残っている様子や、戦後すぐの浅草や隅田川べりの景色など-が興味深い。

この映画が作られた時代から半世紀以上を経て、「MADE IN JAPAN」は確かな品質を保証するレッテルになって久しくはあるけれど、日本と日本人は果たしてどれほど豊かになったのだろうか、とも思う。古い映画で昔の日本や東京を見てあれこれと思いを馳せてみるのも、昔の日本映画の楽しみ方のひとつかもしれない。

コメント

  • 2012/01/09 (Mon) 17:28

    kikiさん、録画してたものをやっと見ました!
    わたしも岡田英次の背の低さにビックリでした。ヒールをはいたデコちゃんとほんと変わらなかったですもんね。
    池部氏、とぼけた感じがよかったですね。kikiさんがよく表現される「モニャっとした感じ」のお顔、超二枚目!って感じではないけど、なんだか惹かれるお顔立ち。あのふさふさな前髪もよくお似合いで。
    最初のタイトルクレジットで香川京子が出ると知り、いつ出てくるのかな~と思ってたら後半も後半、しかも1分と出てなかったですよね。この頃はもうかなりの売れっ子だったんでしょうかね。香川京子もデコちゃんに負けず劣らずまんまるうちわ顔でしたね、ふふ。

  • 2012/01/09 (Mon) 21:31

    おお~。ミナリコさんも録画されてたのですねん。岡田英次、ビックリするほどチビっ子だったですねぇ。いくらなんでもちっこすぎやしないか、というぐらいに…。池部良は茫洋としたお坊ちゃんぽい感じが良かったですね。昔の人としたら抜群にすらりとしてたのかな。香川京子も顔が丸かったですね。でもやっぱり綺麗だな、と思いましたわ。デコはマジにまん丸ウチワでしたね。池部良追悼特集でnecoが流してくれたもう1本の映画に「都会の横顔」というのがあって、これは一応録画してあるけど、まだ観てません。こっちはちょっとスレた役なのかな(笑)
    それはそうと、この映画では、まだ本当に焼け跡の戦争の残骸が残っているような時期にロケしてる様子でへぇ~という感じでした。古い映画で昔の東京を観るのも、毎度ながら味なタイムトラベルです。

  • 2015/05/08 (Fri) 11:50
    朝の波紋

    古いブログにコメント失礼します。
    YouTubeでつい先日見ました。

    最近昭和20年代、特に高峰秀子の映画にハマってます。
    「桂離宮なんか、南洋の土人の住居と変わらないさ。」の部分は良く聞き取れなくて2回繰り返したのですが、結局分からず終い。随分な言い方をした物ですね。
     桂離宮は一度行ってみたい所です。古いのにモダンな所がいいですね。
     この映画は本当に後味が爽やかでした。
     池部良が南洋でアメリカ人を救ったヒューマニティがビジネスの上でも成功に繋がるという脚本がとても良いです。
     後、「君は責任でけんちゃんを預かっているのかね、それとも愛情なのかね。」とデコちゃんに迫る所もとても格好良かったです。

  • 2015/05/10 (Sun) 21:40

    Duffyさん

    高峰秀子の映画にハマっておられるんですね。そして、これは、わりにこぢんまりした小品だと思うんですが、お好きな人が多い映画ですね。そして、デコよりも、池部良の方に見せ場が沢山あり、儲け役でもあったな、と思います。

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する