名探偵ポワロ 「葬儀を終えて」 (POIROT: AFTER THE FUNERAL)

-危険で繊細なファスベンダー-
2005年 英 モーリス・フィリップス演出



デヴィッド・スーシェ主演の定番TVMポワロシリーズの2時間長編の1本。89年からポワロとしてその愛嬌のあるエレガントな姿をキープし続けてくれているデヴィッド・スーシェ。長編は更に映像も美しいし、のちにブレイクする俳優がゲストでちらほらと出ていたりするので掘り出し的な楽しみもある。今回の「葬儀を終えて」はマイケル・ファスベンダーがゲスト出演しているというので観てみた。期待は裏切られなかった。ファスベンダーは出生の秘密に悩む大富豪の甥という役で、ありありとした存在感を放っていた。華と毒があり、酒びたりでふて腐れつつも純粋、繊細でいながら隠微で情熱的。ふふ~む、ミヒャエル。なかなかです。「SHAME」の日本公開は来年3月。楽しみだけどまだ先なので、とりあえずはポワロ長編でのハンサムマンぶりを楽しく眺めた。


それにしても、デヴィッド・スーシェは変わらない。ポワロを演じる時は、お腹や背中に詰めモノをしてハンプティ・ダンプティみたいな外見を作っているのだと思うけれども、とにかく何年たっても見た目が変わらないというのは嬉しい事である。昨今では長編がさみだれ的に制作されているポワロ・シリーズだが、スーシェがお爺さんにならないうちに「オリエント急行」も観たいものだと思う。TVで制作できなければ、映画にしちゃったらどうだろう。豪華キャストを集めればヒット間違いなしだし、スポンサーもつくのでは?スーシェのポワロで是非「オリエント急行殺人事件」も観たい。…と、思っていたら、なんともうスーシェの「オリエント急行」は作られていて、2012年の2月にBSプレミアムで放映されるらしい。ほほぉ、これは楽しみです、モナミ。

で、「葬儀を終えて」に戻りますと…。
郊外のエンダビー館に住む富豪の当主、リチャード・アヴァナシーが亡くなり、その一族が葬儀に集う。リチャードは男やもめで子供はなく、一族は長らく疎遠だったが、リチャードは早世した末弟の息子ジョージ(マイケル・ファスベンダー)を可愛がっていたので、遺産は彼が相続するものと思われていた。が、意外や彼は相続人から外されており、遺産は一族で公平に分配するように書き変えられていた。リチャードの妹コーラは、兄は病死ではなく殺されたのだと言うが、その翌日、彼女も自宅で斧により惨殺されてしまう。リチャードは他殺なのか?そしてコーラを殺した犯人は誰か?巨額の遺産は誰に渡るのか?



というわけで、例によってヒトクセもフタクセもある複数の登場人物がアヴァナシー一族として登場する。アガサ・クリスティお得意のパターンだ。高慢で我儘な若い女とか、イヤミな二枚目気取りの男とか、地味でもそもそした中年の独身女とか、高飛車で無礼な嫌われ者の老人とか、その老人に盲目的に仕える妻とか、はみだし者の若者とか、やたらに慈善的な部分が偽善的な若い女とか…。誰もかれも少しずつ怪しく、コーラが殺された日のアリバイは全員が嘘をついていて不確かだったりと、定石通りに物語は進んで行く。

死んだ当主の弟で、貧乏で僻みっぽいティモシー老人の我儘勝手な嫌な奴っぷりが面白い。喘息持ちでモガモガとすぐに発作を起すくせに口うるさく尊大で、女中のようにああだこうだと妻をこき使う。うちじゃ召使も使えないから妻が何でもやらねばならん、可哀想に、とか言った舌の根も乾かぬうちに、妻に夕食の献立を言いつけ、車の整備までもさせる。猛烈に人使いが粗い。自分は喘息持ちの上に脚も悪く、役立たずな事この上ない。挙句の果てに斧で妹が惨殺されたというのに、「こういう場合、墓標にはどう書くんじゃ?『安らかに眠れ』じゃしっくり来んわな。うははは」とゲンナリ人間ぶりにダメ押しをして、ポワロと顧問弁護士を辟易させる。この我儘爺さんを演じている俳優はベンジャミン・ウィットロウという人で、あのBBC版「高慢と偏見」でエリザベスの父ベネット氏を演じていた。今回もコメディロールとしてなかなか笑わせてくれた。



ポワロはアヴァナシー家の顧問弁護士エントウィッスルに請われて、特急でロンドンの北の郊外にあるエンダビー館へ赴く。一族では立て続けに二人死んだ上に、エンダビー館の権利書も弁護士事務所から紛失していた。弁護士の依頼を受け、ポワロはおもむろに捜査に乗り出す。真犯人の意図とは別に、一族の人間のそれぞれの思惑による行動が期せずして真犯人に煙幕を張る。



いつも撮影が綺麗なのがポワロ・シリーズの特徴でもあるのだけど、今回はエンダビー邸のある田舎の穏やかな景色が美しい。イギリスの映画やドラマを観ていていつも思うのだけど、イギリスの田舎というのは静かで穏やかで実に綺麗だ。その美しい景色にマッチした建物も良い。さやさやとした緑に囲まれた古いコテージとか、古い大きな館のサンルームとか書斎とか花の咲く広大な庭とか…。そういう古い屋敷の車寄せには、馬車でなければ、やはり1920年代から30年代あたりの優雅な車が一番似合う。


ポワロが「セ・マニフィーク!」と感嘆するエンダビー

お屋敷の広大な庭

召使がずらりと並んで到着を待つ

そういう車から降り立つ、ソフト帽にコート姿の男前がいたら、屋敷ともども目の保養というわけで、今回のマイケル・ファスベンダーは1930年代のスーツ姿で登場。出世の秘密に悩み、母を疎ましく感じている若者の憂鬱な雰囲気がよく出ている。心の底に苦悩を抱え、どことなくやけっぱちになっている若者の役なので目立ちやすいという事もあるけれど、やはりこの人は魅力がある。泥酔してベンチで酔い潰れて一夜を明かし、散歩中の犬に鼻先や顔を舐められて目覚めるシーンなども、髪を乱して眠っている顔だけで、彼のやり場のない苦悩が滲んで見える。痛々しく傷ついている心のありようが伝わってくる。


冷たい眼差しで母親をしりぞける


自分が排除されている伯父の遺言状を聞く



マイケル・ファスベンダーのひんやりとした美貌は酷薄そうにも見え、またセクシーでもあるが、底に傷つきやすい脆さが揺曳している。クールさと脆さが同居しているのがマイケル(ミヒャエル)・ファスベンダーの特徴だと思う。ハリウッド映画に出てもそれなりには良いと思うけれど、この人はヨーロッパの匂いの濃い映画が似合うと思う。ヴィスコンティが今生きていたら、大喜びでファスベンダーを起用し、彼を主演に作品を撮ったことだろう。そういうヴィスコンティ風味のヨーロッパ的デカダンの空気もふんだんに持ち合わせている感じがする。


母親に、彼女の過去の過ちを生涯許さないと言い放つ



まぁ、今回の役ではうっすらとそのデカダンの片鱗をうかがわせたに過ぎないのだけれど、TVMの群像劇の中でも紛れようもなく目立ってしまうその個性は、やはり、ひときわキラキラしている。このドラマの中で彼が演じるジョージが恋している従姉弟の女性を演じる女優の美人度がかなり低いのが残念だが、二人のキスシーンではファスベンダーの魔的なセックスアピールが、ほんの短い間にも画面を覆っている。きっと悪魔のようにキスが上手なのに違いない。そういう気配が漂っている。

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欠点といえるかどうか分らないが、ファスベンダーはやや体が貧弱である。非常に細身で少し胴長。顔がやや大きめである。バランス的にはイマイチだが、その、細身であまりバランスのよくないところも色々な役を複雑微妙に演じるための武器になっている気がする。ファスベンダーにコリン・ファースやジェラルド・バトラーのような190cm近いバランスのいい体(長いまっすぐな脚!)があったら素晴らしかろう。しかも筋肉質だったら神のような完璧さに違いない。が、あの顔にあまりパーフェクトな体がついてしまうと存在感がブリリアントになり過ぎて、人としての翳りや多様性のようなものが薄くなるように感じる。ルックスは完璧過ぎない方がいいのだ。完璧すぎるとつけいる余地がない。いろいろな解釈をゆるさない。あいまいさも薄れてしまうだろう。多面体でなく一面しかないように見えてしまうかもしれない。モデルが、見た目は素晴らしいが中身が無いとおもわれがちなように…。

悩める相続人ジョージを別な俳優が演じていたら、平均的なポワロの長編ものだったかもしれないが(平均的といっても、ポワロ・シリーズのアベレージは高いけれども)、マイケル・ファスベンダーが出ている事で作品の魅力は確実に数段増していると思う。ファスベンダーは本作の美しい映像の中で実にハンサムに撮られており、折々の表情は魅力的で、ファスベンダー・ファンは必見かもしれない。ワタシについて言えば、「X-MEN ファースト・ゼネレーション」では観ているうちに萎んでしまったマイケル・ファスベンダーへの興味が、「淑女殺人事件」(シャーロック・ホームズ物)および「葬儀を終えて」(ポワロ物)という2本の古典的ミステリー・シリーズにゲスト出演した彼を観て新たに湧き上がった。
いやぁ、マイケル・ファスベンダー、危険で繊細で実に魅力がある。ジェイク・ジレンホールもそうだけれど、眼に様々な表情を持たせられる俳優は良い。眼差しだけでも言葉以上のものを訴えることができるというのは、俳優として強い武器である。


互いに好きだが一緒になれるかどうか分らない女性を切なくみつめる

「葬儀を終えて」は、デヴィッド・スーシェのお馴染みのポワロっぷりも堪能できるし、なかなか掘り出し物の一篇。レンタルDVDも出ているのでご興味のある方は半額デーにでもどうぞ。それにしても、ファスベンダー演じるジョージの母ヘレンはもういい年だろうに、やけにモテモテだなぁ。(笑)

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