追悼 森田芳光 「家族ゲーム」

-家中がぴぃぴぃ鳴ってて、凄くうるさいんだ-
1983年 ATG 森田芳光監督



昨年から今年にかけて随分お馴染みの映画人が亡くなっているが、師走に入って意外な訃報が飛び込んできた。森田芳光監督の急逝である。61歳は享年としては若いと思うが、もう61歳にもなっていたのか、という感じもある。(村上春樹などとほぼ同年代の全共闘世代らしい。知らなかった)後期の作品はあまり見ていないし、「椿三十郎」の無意味なリメイクなど首を捻るような作品もあるが、初期から中期の作品には好きなものが幾つかある。脚本を担当した「ウホッホ探検隊」や脚本/監督の「(ハル)」などは好きな作品だったし、とりわけ松田優作と組んだ2本、「家族ゲーム」と「それから」は特に忘れがたい作品だ。「家族ゲーム」についてはTVドラマ版が別にあり、それを見た人は長淵剛が家庭教師を演じたTV版を愛好する人もいるようだが、ワタシはドラマ版は未見なので、「家族ゲーム」といえば何といっても森田芳光松田優作が初コンビを組んだ、この映画版がイチオシである。 訃報に接して、久々の観賞。

この映画は公開当時、非常に話題になったのを覚えている。パンフレットがあるので、ワタシも一応劇場に観に行ったらしい。それまで松田優作といえば、色が浅黒く、チリチリの髪で村川透の和製ハードボイルド映画に出ている印象が強かったのが、本作では眉間のシワもない、妙に色白のノッペリとした顔に短髪で登場。それまでと雰囲気をガラリと変えつつも、間違いなく圧倒的に松田優作であり、そのぶっきらぼうでいながら飄々としたセリフ廻しの味わいなども、いかにも松田優作でありつつ、これまでとは確実に違うステージに出たな、という感じがしたものだった。



映画はキャスティングだというが、実に、団地住いなのに息子を公立名門校に入れるために家庭教師を雇う、クセのある父親に伊丹十三。男ばかりの家族の中でおっとりした緩衝地帯だが、常にあれこれと気を揉む母親に由紀さおり、これをキッカケに一瞬ブレイクしたが今はどこに行ってしまったのか分らない次男役の宮川一朗太、また、家庭教師・吉本の年上の恋人で阿木燿子がちらっと姿を見せる。団地の近隣住民の主婦で戸川純も出ていた。親の言う通り名門校に通いつつもどこか屈折している兄を演じる少年も、素人っぽさが妙にリアルで役に合っていた。


弟が居ない時に、母となごむ長男

伊丹十三の父親は、いかにもこの人ならではのクセモノっぷりがいい。この翌年に監督業に進出し、話題作を連発するも97年に自殺した。目玉焼きが固く焼けすぎて「チュウチュウできないじゃないか」と文句を言うシーンはいまだに覚えている。「…チュウチュウって…」と絶句する母親役の由紀さおりも、男所帯の中のおっとりとしたお母さん役がハマっていた。この役で何か賞を取ったような記憶がある。長男も次男も、それぞれのやり方で母親に甘える。15歳や16歳というのは、男の子もまだまだ母親に甘えたい年頃なのだろう。


怪しい戸川純

こんな固くちゃチュウチュウできないじゃないか

舞台になるのは東京湾岸の埋め立て地。周辺が倉庫ばかりの中に立っている団地で、東京湾を挟んだ対岸の千葉あたりだろうか。他の交通手段もないわけではないだろうに、吉本は常にポンポン船のような小型のボートに乗って東京湾から団地へやってくる。多分、海を突っ切って行くほうが近いからだろうが、黒いコートで、小脇に植物図鑑を抱え、海から波を蹴立ててやってくる吉本は非日常の異界からやってくる者という雰囲気がある。


常に波を蹴立てて東京湾を渡ってくる

吉本はたいした事のない大学に7年も在籍し、水商売の女らしき年上の女と同棲している。どことなく実体の薄い生活をしている吉本だが、雇い主の依頼にはきっちりと応える家庭教師だ。ひねくれた問題児には折々効果的に鉄拳をくらわし、舐めた行動を取らないようにさせ、何を教えるわけでもないが自発的に勉強するように仕向ける。また、ぶっきらぼうでも担当する子供と向き合い、喧嘩の仕方も教え、きちんと面倒をみる。結果的に成績は上がり、志望校の件では母親の代わりに次男の中学に行って担任教師と話をつけ、志望校にも合格させる。成功報酬につられたにせよ、きちんと期待された仕事はするし、「お前は受験生なんだから、勉強しなくっちゃしょうがないだろう」など、言っている事は非常にマトモである。 「こんな時期に勉強嫌いだって言ってんのがバカだって言ってんだよ」というセリフを、次男の耳元に口をつけて囁くように言うのがとても印象的だった。


常に顔が近い とても近い松田優作



この作品は森田芳光の脚本/監督なのだが、初期森田作品には、会話に独特のリズムと間と空気感があり、それが特異な空間を作り出していた。ことに松田優作の家庭教師と「問題児」の次男との会話はいまだに覚えているセリフが多い。初対面の時、吉本が「可愛い顔してるね」と言って次男の頬をぺろりと舐める。次男がぼそっと「…気持ちわるいですよ」と言うと、吉本はニヤニヤしながら「俺だって気持ち悪いよ」と返す。また、ノート数ページにわたって、ただ「夕暮れ」という文字を書き連ね、「夕暮れを完全に把握しました」としてやったりな表情の次男に、一拍おいて無表情のまま大きな手で平手打ちを食らわす吉本の間合いも絶妙である。

セリフにも何度か「バット殺人が起きる」というのが出てくるのだが、この映画が製作される3年前に予備校生が金属バットで両親を殴り殺した事件があった。受験戦争の抑圧で遂にバット殺人が起きたというのでかなりセンセーショナルに報道されていた。本作は、そんな時代背景を踏まえているが、それをシリアスには捉えず、どこか暢気に、どことなくシュールに、現実からちょっと浮いている会話などを絡めて、現代日本の家族-その家族ゲームを描いている。公立の名門校に入る事を息子たちに要求する父親や、一応志望校に受かった兄に囲まれ、学校でもイジメにあい、落ちこぼれかけていた弟は一柳展也予備軍になる可能性もゼロというわけではないが、けっこうタフである。母親は父親の顔色を伺っておろおろするが息子達には甘い。父親と母親は自分たちが出来ない事を、金を払って家庭教師の吉本に任せているのである。吉本は勉強を教えるだけではなく、かつては父親の領分だったところにまで足を踏み入れるハメになる。父親は自分が推奨する志望校に息子が受かればいいのであって、そのために金は出すが、それ以外は何もしない。喧嘩の仕方などは教えないし、教えられもしないのだろう。


密談は車の中で。 うさぎ小屋のお約束だ


平手打ちで次男を鍛えるが、だからといって暴力肯定というラインではない

細長いテーブルに横ならびに座って食事をとる家族。なぜか4人家族の真ん中に吉本が座る。テーブルの向こう側をワゴンが行ったり来たりして、サラダなどを各自取り分ける。狭い団地にぎゅうぎゅうと暮らす4人家族。リビングとはとても呼べない、台所と和室の間をつなぐ幅広い廊下のようなスペースに食器ダンスや、細長いテーブルが置かれ、椅子が四脚、横並びにセットされている。狭いので向き合って座れない、ネズミ小屋を象徴するテーブルだ。物の煮える音、何かを食べる音、ワインを注ぐ音、など、飲食の音がとても耳立つ。横並びで異様だが、一応、家族は揃って夕餉の食卓に向かう。献立もけっこうおいしそうだ。吉本が初めて次男を殴って鼻血を出させた日のメニューはすき焼き。夕食を断って帰ろうとする吉本に、母親が「今日はすき焼きなんですよ…」と未練げに言うが、すき焼きに後ろ髪を引かれつつも吉本は痩せ我慢を貫いて、ごちそうにならずに寒風の中を帰って行く。



伊丹が演じる父親は豆乳のパックが好きで風呂の中でもちゅうちゅうとストローで飲んでいる。豆乳のパック飲料が出始めた頃だろうか。家庭教師吉本は、父親に注がれる赤ワインを常にごくごくと一息に飲み干してしまう。ワインに限らず、吉本は水でもお茶でも、何かを飲む時はごくごくと喉を鳴らして一気に飲んでしまう。紅茶なども先に一気飲みしてしまってから、ケーキを食べたりする。こういうキャラクターのつけ方なども森田芳光独特である。また、そういう独特な人物像を松田優作が自在に演じている。本作での松田優作はとりわけて無表情なのだが、その無表情に飄々とした味わいがあり、改めてその存在感に魅力を感じる。松田優作のような俳優は他に居ない。彼の息子たちでさえ、彼のような存在感を出すことはできない。出発は原田芳雄やショーケンから盗めるものは盗んで肥やしにしたのだろうが、松田優作は結果的には彼独自の持ち味と存在感を誰よりも色濃く持つ俳優になった。家庭教師・吉本役はまさに松田優作の転機になった作品でもあり、代表作の1本でもある。


水商売らしい年上の彼女には目一杯甘えっぱなしの吉本

次男が無事に志望校に受かった祝いの夕餉の席で、祝賀ムードが一転してシュールな掴み合いと生ゴミの山に変貌するシーンはこの映画の核でもあるし、本気の掴み合いになる前に吉本が家族それぞれに喝を入れ、細長い食卓を斜めに持ち上げて祝いの夕食を全て床に落とし、「失礼します」と一礼して、風のごとく去っていく姿には、なにがなしカタルシスを覚える。


長男の反抗的発言をキッカケに祝いの食卓は生ゴミの山と化す

が、それで沼田一家に何か重大な変化が訪れたかというとそんな事もなく、とある平和な春の昼下がり、外では何か事件が起きてヘリコプターがかまびすしく飛び廻っているというのに、団地の中では長男、次男、母親が平和にうたた寝をむさぼっている。だが、何か不安なヘリコプター音はずっと背後でなり続け、そしてエンドタイトルが始まる…。これは実質は不安で不確定で不吉な何かを孕んだ現実の中で、一時的に沼田家はまどろみをむさぼっているだけだ、という暗喩なのか、また、当時の森田芳光の言葉を引用すると「…でも「家族ゲーム」をしているうちはまだ(安心だもんネ)。ヘリコプターがとぶ外とゲームできる程みんな柔軟じゃないからね。(でもそれじゃあいけない)」という事なのか、そのどちらでもあるのか…。



とにかく久々に観て、この頃の森田芳光は面白かったなぁとしみじみ思い、その独特の語り口にはいまだに新鮮味があるし、全く古くなっていないと感じた。振り返ってみれば、ATGの低予算映画ではあるものの森田芳光の才気に、松田優作と伊丹十三という才能がコラボしていたんだから、面白いのは当り前だし、なにげに贅沢な映画だったのだな、と今更に思った。

森田芳光の後期作品には興味を覚えないし、この先もあまり見ることはないと思うけれど、初期から中期の「家族ゲーム」「それから」「(ハル)」などは特筆すべき作品だと思う。61歳は早かったと思うけれど、すべき事はしつくして、さっと逝ってしまったのかもしれない。
ご冥福をお祈りします。

コメント

  • 2015/01/06 (Tue) 11:58

    家族ゲーム、私も観ました。並みいる有名監督作を押し退けてキネマ旬報の評価で一番だった理由がよく分かりました。この頃までの森田さんの映画の絵画の様な構図が今でも心に残ってます。

  • 2015/01/06 (Tue) 20:10

    雨止みさん
    当時、キネ旬のベスト10で1位でしたっけね。 とにかく、封切り時にすごく話題になったことは今でもよく覚えてます。当時も斬新だったけど、今見ても全く古びないなぁと思います。このあたりの森田監督は冴えてましたね。

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