「エンジェル」(ANGEL)

-たとえ望むもの全てを手中にしても…-
2007年 英/ベルギー/仏  フランソワ・オゾン監督


Together forever, Paradise…

3月封切りの「SHAME」とともに、ワタシが封切りを楽しみに待っているマイケル・ファスベンダーの出演作に「ジェーン・エア」がある。こちらは初夏の封切りらしいが、ともあれ、今年中に日本で観られるというのは嬉しい限り。ファスベンダーはロチェスター役には美男過ぎるキライもあるけれども、心に傷を負った男の雰囲気はよく出ていそうな気がする。対するジェーンはミア・ワシコウスカ。まぁ、地味な雰囲気でまずまずじゃないでしょうかね。いずれにしても映像は綺麗そうだし、出来も悪くなさそうなのでとても食指が動いている。が、「ジェーン・エア」は初夏までお預けなので、何か他のファスベンダーのコスプレ物を観てみようかということで、フワンソワ・オゾンが初めて英語で撮った作品「エンジェル」をDVDで観賞してみた。

ヒロインのエンジェル役は、イギリスの女優、ロモーラ・ガライ。このイギリス風でない名前は、父親がハンガリー系ユダヤ人だという事によるのかもしれない。「ダンシング・ハバナ」や「タロットカード殺人事件」「アメイジング・グレイス」にも出ているが、ワタシが初めて観たのは「つぐない」の成長した妹役。かわいげのない妹役にピッタリだった。本作では「つぐない」の時よりも美人に映っている。ブルネットで、ヒロイン然とした衣装やたたずまいが「風と共に去りぬ」のヴィヴィアン・リーをどことなく彷彿とさせる。激昂すると片目が大きくなり、もう片方の目が異常に小さくなって、ちっと怖い。



本作は、オゾンが大昔のハリウッドのロマンス映画のスタイルを模して作ったホロ苦いメロドラマ。ベースは、有名女優と同姓同名のエリザベス・テイラーというイギリスの女流作家の小説らしい。
筋はホロ苦いのだが、ヒロインの名は「エンジェル」だし、彼女が少女の頃から夢見て、遂に手に入れる屋敷は「パラダイス」という名だし、もう、気恥ずかしいばかりのしゃらくさネーミング大行進だが、不思議になんとなく観てしまうのは、衣装や美術に凝った美しい映像とテンポの良さ、そして映像の背後に流れ来るドリーミィでロマンティックな音楽のせいかもしれない。音楽担当はフィリップ・ロンビという人だが、実にお花が天から降ってきそうな華麗なスコアで黄金期のハリウッド映画的雰囲気を再現している。

ガライ演じるエンジェルは、我の強い娘。田舎町の貧しい食料品店に生まれ、母の手ひとつで育てられつつも、上流社会を夢見、作家を夢見て、激しい思い込みでひたすらに猪突猛進する。やがて妄想じみたロマンス小説を書き上げた16歳のエンジェルは、原稿をとある出版社に持ち込んで採用され、それが爆発的に売れて瞬く間にベストセラー作家になる。エンジェルにチャンスを与える出版社の社長ギルブライトにサム・ニール。その妻にシャーロット・ランプリングが扮している。若くて美人だが、礼儀作法もヘタクレもなく、傲慢不遜で鼻持ちならないエンジェルを、口元にひやりとした微笑をたたえつつ、あの目でじっと値踏みする「発行人の妻」ランプリングは、出番は少ないが、いかにも彼女らしい役だ。



エンジェルの処女作「レディ・イレニア」は芝居化もされる大ヒットで、彼女は一躍出版界の寵児となる。エンジェルの作品は、いわゆるハーレクイン・ロマンス系のコテコテの通俗ロマンス小説である。19世紀末か20世紀初頭には、そんなロマンス物が大衆の娯楽として大ヒットしたのかもしれないが、どんな空疎なものでも時流に乗れば、実質はともかくも、あっという間に巨万の富を手中にできる、という事のバカバカしさや、うたかたの時の流れの中での流行り廃りということの茶番的要素についても、オゾンの皮肉な目線が効いている。また、それを映像的にはあくまでも絢爛と黄金期ハリウッド映画の手法を模した華やかな画面で綴っていくのである。


成功にウットリと酔いしれるエンジェル

ハタチになるやならずで富と名声を手にいれたエンジェル。成功に酔った彼女の目に、ふと少女時代からの憧れの大邸宅「パラダイス」が売りに出されているのが飛び込んでくる。夢にまで見た「パラダイス」を手中にするエンジェル。そしてちょうどその頃、得意満面の彼女の前に、運命の男・エスメが現れる。演じるのは勿論マイケル・ファスベンダー。そのエスメは時代に合わない感覚・感性の為、売れない画家だ。だがハンサムゆえに女性関係には事欠かない。そんなエスメは、殊更にエンジェルを誘惑もしない。むしろ、売れていようが若くて美人だろうが、彼女をさっぱり認めないという態度だが、一目でエスメに恋したエンジェルは、またも猪突猛進で追いかけ、自分から結婚を申し込んで惚れた男を手に入れる。かくして、若さと美貌を持ち、成功と富と憧れの屋敷と初恋の男を全て手に入れたエンジェル。まさに順風満帆。望月の欠けたる事もないような輝かしい人生航路だったが、やがて戦争を機に彼女の人生の歯車は狂い出す…。


求めよ、さらば開かれん



マイケル・ファスベンダー演じるエスメは、ハンサムだが特に悪魔のような男というわけでもなく、自分の感覚と時代の求めるものが合わない結果、認められない画家であり、自分が認めないものを書いて世の中に受け入れられ、大金を稼ぐ妻エンジェルの「髪結いの亭主」のような立場に忸怩たるものを感じてもいる普通の男である。エンジェルはエスメの絵と感覚を理解できないが、脇目もふらずにエスメを愛し続ける。が、戦争が始まると、エスメは勝手に軍隊に入る事を決め、「パラダイス」を出てロンドンへ去る。出て行くなら二度と家に入れない、と叫ぶエンジェルに、憐憫の眼差しを投げるエスメ。愛想尽かしの表情のつれなさ加減が妙にキマっている。





テイルコート姿や、ラフな画家の服装、新婚旅行での様々なファッションなど、ファスベンダーもロモーラ・ガライに負けず劣らず色々なファッションを見せてくれるし、どのシーンもそれなりに絵になっている。
余談だが、ファスベンダーは、時に上下の歯を剥き出して笑ったり、威嚇したりするのだが、(アメリカの俳優のように異様に粒の揃った白い歯でなく、欧州の俳優の歯は漂白したように真っ白ではないし、さほど歯並びも綺麗ではなかったりする)トロンとした目と、上下の歯を剥き出した時の口元の印象(ハンサムなのだが、一転してどことなく野卑になり獣じみた印象になる)が、やはりどことなくアラン・ドロンと似ているような気がする。

女を惑わす色男の役が似合い、頽廃もいい感じにまとう事のできるファスベンダーだが、ひとつ残念なのは、声に深みがないことだろうか。悪い声ではないが、やや薄いのである。とりたててどうという事もない平凡な声なのである。これでもっと低い深い声だったら良かったんだけどねぇ…。
声の魔力というのはバカにできないものだ。もし、ベネディクト・カンバーバッチがファスベンダーのような特徴のない声だったら、「Sherlock」にそれほどハマったかどうかは微妙なところだったかもしれない。声が良い、という事は「七難を隠す」といわれる色の白さと同じぐらいに(笑)マイナス部分をカバーし、プラス部分をより強力に増幅する武器だと思う。

さて。
映画に話を戻すと、
エスメは、チヤホヤと煽てられているエンジェルに自分の意見をハッキリと言い、何があろうと自分の絵画スタイルは変えず、彼女の熱情に押し切られて結婚し、ヒモの生活に甘んじながらも、けしてエンジェルを愛さない。エスメは誰も愛さず自分だけを愛する男である、とエスメの姉ノラは言うのだが、実のない女蕩しと思われつつもエスメはひそかに純愛に生きる男だったのであり、その純愛も散々利用された挙句に踏みにじられるという結果に終わる。エンジェルを踏みにじったエスメもまた、生涯愛した女に踏みにじられるのである。自分以外の誰も愛さなかったのは、エスメに愛された女・アンジェリカということになるだろうか。この世の中、誰も愛さない人間が、一等、強力なのである。
いっとき何もかも自分の思い通りにしたかのようなエンジェルは、結局、名声も富も愛する男も失い、晩年は失意の果てに落魄の日々を送る。が、しかし、エスメの愛は得られなくても、彼女には生涯、彼女だけを熱烈に崇め、愛する支持者が二人居た。エンジェルの秘書として身近に使えたエスメの姉ノラと、エンジェルの版元であるギルブライト(サム・ニール)である。栄えている時も落ちぶれた時も、その死後も、変わらず愛し続けてくれる支持者がいるというのは、エンジェル本人の望んだ愛とは違っても果報な事であるだろう。


生涯、エンジェルを愛し続ける二人

エスメとエンジェルの没後、「パラダイス」は、時代が代わって漸く絵が認められはじめたエスメの専用美術館になるかもしれないのだが、戦前にあれほど一世を風靡したエンジェルの通俗小説は、もはや時代遅れで誰にも見向きもされなくなっている。世の中は概ね、戦争を境に大きく流れや流行が変わるものであり、幾多の時代の波や変遷を経て残っていくものはほんの一握りで、おおかたは時代の流れの中で一時期浮きあがる事があっても、いつしか流れの底に沈んで忘れ去られていくのである。本物しか残れないのだ。



そして、一念をかけて思い込み、努力すれば夢は叶うかもしれないが、夢を実現したところで必ずしも幸せになれるとは限らない。華麗な音楽と映像に乗せて展開されるこのメロドラマが提示しているのは、結局そのような事柄なのだろうとは思うけれども、それをなぜオゾンが、わざわざ大時代な古きよきハリウッド・スタイルで描こうとしたのか、この映画は彼にとってどんな意味があったのか、などはどうもよく分らない。深い意味はなく、ただ、やってみたかっただけ、とか? …う~む。
まぁ、ワタシとしてはコスプレ系のファスベンダーを観たかっただけなので、その他の事は別にいいんですけれどね…。

コメント

  • 2012/01/13 (Fri) 07:43

    kikiさん、Angel おもしろそうではありますが、なんだかコテコテなお話ですね。ファスベンダーはかっこよさげで見る価値はありそうな。でも解説を読まねばあのファスベンダーの横に立っているヒゲのでっぷりおじ様がサム・ニールとは全く気付かなかった事と思います。びっくりした。
    そうそう、ファスベンダーって声が薄っぺらいんですよね、ビゴ・モーテンセンのような。もう少し深い声だと良かったのに残念ですわ。
    ちなみにファスベンダーの「ジェーン・エア」私もかなり期待して見たんですが、ちょっと私的には残念でした。ファスベンダーは悪くないんだけど、ミア・ワシコウスカがねえ。どうも。

  • 2012/01/14 (Sat) 08:09

    Sophieさん これ、あなたがお好きそうな感じではありますわよ。音楽と映像とファスベンダーで最後まで見ちゃうって感じです。音楽がなかなかロマンティックなので、映像つきBGMとして流しつつ、何か他の事をしながら時折観るというのでも可という感じ。話としてはおそろしくベタなので、なんでオゾンがこれを撮ったのかは不明だけど…。けやき坂のTSUTAYAに在庫ありですわよん。
    そして「ジェーン・エア」既にご覧になったのねん。DVDお取り寄せかしらん。そういえば「ジェーン・エア」お好きだって言ってたものね。ミア・ワシコウスカはイマイチでもファスベンダーが良いならば、イギリスの風景ともども劇場で観る価値はあるかも、と思って公開まで待つとしますわ。そうなのファスベンダー。声がね~。ヴィゴほど甲高くはないけど、平凡かつ平板過ぎですね。マシューやバッチ君のような深みと響きがあると良かったんだけど…。残念。

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