Sherlock 「The Reichenbach Fall」 ~モリーの純情~

-You can have me-



「The Reichenbach Fall」を二度以上観ると、モリアーティのエグ味やケレン味は大前提になり、それに惑わされなくなる事で他のシーンが際立って印象的に思い返されてきたりする。それは、モリーとの会話であり、幕切れ間際のワトソン君の涙である。あの"One more miracle, Sherlock, for me"というモノローグを聞いていると、じわーっと涙が滲んでくる。マーティン・フリーマンはごく普通の人の普遍的な感情を演じる事がとても上手い。まぁ、この件についてはまた改めて書く事にして、今回は、「モリーの純情」について。
このSeries2では、彼氏いない歴更新中?のモリー・フーパーもSeries1に較べると、かなり登場シーンがドラマティックになっている。けして出番は多くないのだが、1話目でも3話目でもモリーの登場シーンは印象的だ。1話目では、クリスマスに、シャーロックにキスマーク3つを重ねたカード付きのプレゼントを用意して221Bを訪れるが、シャーロックは妙にドレスアップして浮き上がった雰囲気のモリーに眉をひそめ、意地の悪い当て推量をしてモリーを傷つける。(この時はいつもに輪をかけて底意地が悪かった)


いじめっ子

モリーに対するシャーロックは、常に小学校高学年の成績もいいイジメっ子が、ちょっとポワンとしたクラスの女の子をからかっていじめるのに近い状態である。便利に利用しつつも、また折々、いじめるわけである。
そのクリスマス、モリーのドレスアップもプレゼントも自分に向けられたものだったと知ったシャーロックはさすがに反省し、モリーに謝る。儀礼的なものにせよ、シャーロックがハドソンさん以外の女性の頬にキスをしたのは、かなり例外的な事だろう。だが、まぁ、その時は、シャーロックの心は女の謎を一身に体現したような "dominatrix" アイリーン・アドラーに占められていて、モリーが入り込む隙はいつもよりも更にもっと無かったのだけれど。

自分に興味がないだけでなく、女性一般に対して興味がないのだと思っていたら、女に関心を持つ事もあるらしい、と分かって、モリーの気持ちは千々に乱れる。ヤキモチをやいて怖い顔にもなる。だが、モリーの純情はそこを粘り強く乗り越え、更に犠牲的な無私の愛の様相を帯びてくるのである。


3話目の「滝」では、モリーの登場シーンは更にドラマティックになっている。
このエピソードでのワタシが好きなシーンのひとつに、誘拐された子供たちの捜査で、例によって靴から得られる様々な情報をラボで分析するシーンがある。ランチデートに行こうとするモリーを強引にラボへ連れ戻して手伝わせるシャーロック。モリーはランチも食べ損ねてこき使われ、解析を手伝うのだが、ある物質について「アルカリ性よ」と報告したモリーに、「サンキュー、ジョン」と言うシャーロック。これはわざと?それとも上の空で?モリーはむぎゅ~、と思いつつ「モリーよ」と訂正する。



思えば、シャーロックは自分の傍らにはいつもワトソン君がいるのが当り前になっていて、常に彼を相手に様々な事を話しているので、無意識のうちに近くに来たのが誰であっても彼と話しているつもりになってしまうのだろう。例えば、1話目の暖炉の傍のシーンで、2時間も前にワトソン君は出かけたというのに、「コベントリー」について思考をめぐらしていたシャーロックは、ワトソンに話しかけたのにアイリーンが答えたので驚くのだ。(2時間も相棒の不在に気づかないのか。そして2時間もの間、アイリーンは何をしていたのか。考え事をするシャーロックをひたすらに眺めていたのだろうか。むふふ~む)

電子顕微鏡を覗きつつ、モリアーティのメッセージ "I owe you" を思わず反芻するシャーロック。聞き咎めるモリー。シャーロックは少し離れた場所で作業をしているワトソン君に素早く視線を走らせる。明らかに、ワトソン君には聞かれたくないのである。ワトソンはその会話に注意を払っていなさそうだと見取ったシャーロックはなんでもない、独り言だ、と言う。



モリーは、そんなシャーロックに、「あなたは亡くなった父に少し似てるわ…」と言う。モリーと個人的会話などはしたくないシャーロックは例によって、"It's really not your area" としりぞけるのだが、モリーはひるまない。

「父は人前では陽気で楽しい人だった。でも、私は一度、悲しそうな父を見た事があるの」
ウンザリして、「モリー」(話はよせ、と言っているだろう?)と制止しようとするシャーロックだが、モリーは話を続ける。彼女にはどうしても、彼に伝えたいメッセージがあったのだ。

"You look sad. When you think he can't see you"
ここでまた、シャーロックはワトソンに目を素早く走らせる。そして、初めて顕微鏡から目を離し、意外な洞察力を披露するモリーへ目を向けるのである。
モリーは畳みかける。
"Are you okay? ...Looking sad when you think no one can see you"
シャーロックはまじまじとモリーを見る。
"You can see me"
"I don't count"とモリーは首を振る。

そして、「私が言おうとしているのは、つまり、あなたの為に何でもしてあげるって事なのよ。本当に、なんでも」と続け、「あなたには私がいるわ」と言う。シャーロックは些か驚き、意表を衝かれて茫然としながらも、「僕が君に何を頼むんだ?」と問う。



モリーは、そんなの分らないわ、でも、あなたは「ありがとう」って言えばいいんじゃない?と言って頷く。シャーロックは何だか分らないけども流れに押されて "Thank you"と言う。言うが語尾が上がっている。
その後、モリーは何かスナックでも買ってくるわ。あなたも何かいる?と問いつつ、いえ、あなたは何も要らないのよね、わかってるわ。要らないのよ(あなたはいつもそうなのよね。私の助力もきっと要らないのよ)、と言ってラボを出ていく。

そして、後日、モリアーティとの対決を前に、シャーロックは一世一代の頼み事をモリーにすることになる。


僕は全然、大丈夫じゃない。僕は死ぬことにした。…君はまだ僕を助けたいと思っているか?

このシーンはある意味、アイリーン・アドラーとのシーンに匹敵するドラマティックさである。シャーロックは、常につれなく、冷たく接して来たモリーに「僕はいつも君を信頼してきた」とまで言うのである。ここで、シャーロックの依頼を受けてモリーがどんな手助けをしたのかは、次のSeriesまで持ち越しではあるのだけれど、いじらしいモリーに、シャーロックがここぞという大事の瀬戸際で頼った事は、観る側にとっても些かの慰めにはなるシチュエーションではある。モリーを演じているルー・ブレーリーは、「モリーがシャーロックのタイプだとは思えないわ」とインタビューで語っているが、女の子としてタイプじゃなくても(シャーロックは、どちらかといえば、素朴な女性よりも、身なりを構い、あちこちをきちんとケアした洗練された女の方を好むらしい、という事は「A Scandal in Belgravia」で仄かに提示されたような気もする)、人として、命の瀬戸際に信頼を受けるという事は大きなポイントである。一途なモリーは何があろうと自分を裏切らない、どんな事でも協力してくれるとシャーロックは確信している。ワトソン君に対して同様、モリーに対しても、いつでも自分を受け入れてくれる存在として、シャーロックは甘えているのだ。あのモリーへのつれなさや口の悪さでさえも、彼の形を変えた甘え、または友愛の表現でもあるように思う。かといって、モリーはけして恋愛対象ではないだろうし、この先もそうはならないだろうとは思うけれども…。

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コメント

  • 2012/04/06 (Fri) 23:39

    はじめまして。つい最近「シャーロック」にハマった者です。さっきThe Reichenbach Fallを観終わって、いまは放心状態です(笑)
    モリーは、Study in Pinkでコーヒーのお誘いで玉砕したあとの”O.K.”の言い方が可愛いなあと思ってましたが、こんなに存在感を増すとは!原作にはこういうキャラはいなかったと思いますが、すばらしい創作ですよね。だいたい、シャーロックをコーヒーに誘おうという勇気に敬服します。
    クリスマスプレゼントのことでシャーロックにいじめられた時は、Dearest Sherlockxxxの文字がシャララン♪ていう効果音とともに画面に出たのが笑ったというか、切ないというか、なんか良かったです。

    • ファイアー #-
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  • 2012/04/07 (Sat) 12:34

    ファイアーさん はじめまして。
    シャーロックにハマられましたか。これ、けっこうハマっちゃいますね。殊にSeries2は1より格段に面白味と深みが増しているので、ガッツーンと来ちゃうんですよね。モリー、確かに「Pink」での"okay"は可愛かったです。ワタシもあれでモリーのキャラが気に入りました。Series2になると、モリーはただのいじられキャラじゃなくなって、知性とか意思とかが明確になってくるのだけど、製作者サイドがモリーのキャラをかなり気に入っているという事でもありそうですね。Series3では更にどうシャーロックと関ってくるのか、ちょっと楽しみでもあります。

  • 2012/04/24 (Tue) 23:57

    モリーの純情・・・ピッタリですね。
    なんか、モリーって一番普通の人だから、見ていて共感しやすいです。
    最初から、かなりイタいキャラだったから、チョイ役かと、おもいきや、どうしてどうして、かなりうまい具合にシャーロックの心のひだにからんできます。
    しかし、クリスマスの時のシャーロックは確かに人非人度MAXでした。モリーだけじゃなく、その前にさりげなーく、レストレードをしっかり地獄に突き落としてましたし・・・。(^^;)あれは、やっぱり周りの人間に甘えてるんですねぇ・・・。
    シャーロックVSお兄ちゃんも好きだけど、シャーロックVSモリーもかなり好き・・。何故かなぁと、またじっくり見直してたら、どっちもシャーロックの少年の顔が垣間見れるんです。お兄ちゃんにはホントに子供っぽい表情と態度を見せたりしますし、モリーに対しては、恋愛のコトに無頓着な中学生のような無垢な表情を見せます。知識として男女の関係はわかってっても実地が伴ってないんで、誰と誰ができてるかはわかっても、自分を男として好いてくれる純情なモリーの気持ちには気付かなくってキョトンとしたり・・・。
    でも、モリーに「あなたは誰もみてない時にはさみしそうだわ・・。」と言われた時、かなり内心驚いたろうな・・。その後のモリーの「私は数に入ってないもの・・。」の台詞も切なかったですが・・・。
    ラスト近くの「What do you need?」「You…」のシーンは素敵でしたね・・・。そのあとどんなにとんでもないコト(Series3にからむことだと推察できますが・・・)を頼まれたとしても、あのブルーグレイの瞳でじっと見つめられながらそう言われたら、モリーも本望でしょう・・・。
    あーー、早くSeries3作ってくれないかなぁ・・・。

  • 2012/04/25 (Wed) 22:17

    fragil egg さん
    モリーは、制作・脚本の二人が気に入ったキャラなんでしょうね。だから、当初の構想を越えて(多分)気がついたらけっこう重要なキャラクターになっちゃってた、みたいな事かな、と。
    シャーロックは、毒舌にしろ、観察にしろ、周囲の人間が自分の意見や発言を、どんな事でも苦笑して受け入れるのが当り前、みたいな感覚になってるのかもしれませんね。まぁ、それは甘えなわけだけど、そういう甘えを許容できないとシャーロックと付き合って行く事はできないわけですわね。シャーロック的には嫌なら(近づくのは)やめとけ、という事だろうし(笑) しかし、友達なんか一人もいないと誰しもが思っているシャーロックは、ワトソン君のお陰で?知人に囲まれてクリスマスを祝い、けなげなモリーから思いがけず告白のようなプレゼントも貰ったりしてましたが、兄マイクロフトは、多分ディオゲネス・クラブの個室で一人で暖炉の傍にいたりして、兄の方が弟より孤独を愛しているような気配も感じます。そうですね。確かに、兄とモリーに対してはシャーロックは「中坊」になっちゃう感じもありますね。
    ラスト間近のあの「You…」は素敵というより罪作りだとワタシは思いましたねぇ。シャーロック、またまた、純な乙女心を鷲掴んでゆさゆさとゆすぶってからに…と。モリーを使役する時には、いつもその場限りなうれしがらせを言うシャーロックですが、あの場であんな顔で「君だ」なんて言っちゃダメよ、チッチッチ!なんてね。まぁ、モリーにはシャーロックがそう言っているのは恋愛うんぬんからじゃないし、モリー自身という意味でもなく、君の助力が必要だ、という意味だのは、ちゃんと分かってるでしょうけれどね。ワトソン君も気づかないシャーロックの心のうろに気づいた、最高の理解者であるモリーですゆえに。

  • 2012/08/12 (Sun) 13:45

    はじめまして。Sherlock、 何と言っていいのか分からないくらい入り込んでしまいました。
    モリーの純情  ほんとにぴったりだと思います。
    思い切って(清水の舞台から飛び降りるほどの覚悟だったかも)プレゼントを用意して、精一杯おしゃれした自分を見て欲しくってシャーロックを見つめるのに・・・。
    「わたしは数に入ってないもの・・・」には、ほんとに胸が痛くて、「分かってる。何もいらないよね」と出て行くモリー。
    ああ、モリー・・・。抱きしめたいくらい切ない。
    シャーロックが一世一代の依頼をする場面では、ものすごく感動(!!)しつつも、頭の片隅では「your help だろう!」と
    突っ込んでしまいました。モリーは意図をちゃんと理解してそれこそ一世一代の仕事をするのでしょうが・・・。
    シャーロックとジョンが太鼓判を押すほどの好人物にめぐり会うとか、ほんとにモリーには幸せになってもらいたいものです(まるで親戚のおばちゃんですが)
    それにしても、シャーロック、圧巻ですね!! なんか息を詰めて見入ってしまいます。S1-3での終わりをどうつなげるんだ!?と思っていたら、ステインアライヴに、王室を相手にするSMの女王様! アイリーン・アドラー、素敵でしたねぇぇ。とっても甘美な作品でした。大好きです。
    S2-3は、ほんとに衝撃でした!!
    子供がシャーロックを見て悲鳴を上げるシーンでは、思わずのけぞってしまったし、キティの家でモリアティが出てきた時には、ゾッとしてうわっ!!と声をあげてしまった。彼のあの最期は実に不気味ですね。
    無二の親友の最期を見届けなければならなかったジョンの驚きと悲しみ。脈を取ったあげくのある種の諦め。私もその場にいるようなショックで、しばらくはボー然としていました。
    現実でも、全くの被害者が加害者の疑いをかけられ、マスコミによって確実視されて行くことは今までにも、まさに今も起こっていることなので、その過程のリアルさがとても怖い作品だとも思いました。
    本当に全てに渡ってあまりにすばらしっくて、他のTV番組が見られなくなりました・・・。
    ところで、レストレード警部役の人が「眺めのいい部屋」の美少年だったとか。あの映画は見に行けなかったので、レンタルで見ようとずっと思って来たのですが、上映からもう25年もたっていたという驚き!浦島太郎の気分です。
    これからも楽しみにしています。





  • 2012/08/12 (Sun) 18:50


    畔さん 初めまして。

    Sherlockにはハマっちゃいますよねぇ。殊にSeries2は素晴らしいクォリティで、他の追随を許さない出来栄えですね。ライターがノリノリで書いていて、狙いがぴたりとハマってるんでしょうね。まぁ、ここまで全ての要素が望ましい形で揃うというのも、あまり無い事だとは思いますが…。

    モリーはいじらしいですよね。ことにSeries2では登場シーンがとてもドラマティックになっていてちょっとしか出なくても深く印象に残る登場シーンでした。モリーは脚本家と視聴者に愛されてますわね。彼女はおそらく、モルグから、年格好がシャーロックと近い遺体をピックアップし、シャーロックの代わりに舗道に横たわらせるように手配したのだろうと思いますが、モリアーティがモリーを勘定に入れていなかったから出来た事ですね。普通だったら警部よりはモリーの方が狙撃対象になっちゃうんじゃないかと思うんだけれど、作劇上、そうしてしまうとシャーロックが死を偽装できなくなるので、予想外の展開ながら警部をお友達の一人にしたんでしょね。

    Series2では、「愛」「友情」「宿敵」という3つの大きなテーマをそれぞれのエピソードで描いていて、どれも研ぎ澄まされた脚本で魅力的なドラマになっていましたが、やはり1話目と3話目は出色の出来栄えですね。何度見ても飽きないし、みるたびに上手く出来ているなと思います。ワタシは音楽という点では「A Scandal in Belgravia」が非常に各シーンを音楽が盛り上げていて良かったと思います。殊にアイリーンのテーマは、メランコリックで物悲しげな旋律がいいですね。危ない橋を渡りながら生きてきた海千山千の女だけれど、どこか脆いところをもっているアイリーンの儚い部分が音楽でよく表現されていた気がします。
    そして、物語として実に緩急自在な展開と緊迫感を持っていた 「The Reichenbach Fall」。モリアーティのアンドリュー・スコットは語り継がれるような圧巻の悪役ぶりで、何かが乗り移っているかのようでしたね。モリアーティが強烈過ぎて他の役が来なくなる、なんてことがなければいいんですが…。

    余談ですが、「A Scandal in Belgravia」でバッキンガム宮殿にロケし(多分)、 「The Reichenbach Fall」でロンドン塔の帝国宝冠をモリアーティが被って警察を待ち受けるシーンがありますが、あれは英国王室がバッキンガム宮殿を見学OKにしたり、ロンドン塔で王室の財宝を展示して王室の財源にするようになったから題材として使い易くなったんでしょうね。

    そうなんです。警部役のルパート・グレイヴスは、「眺めのいい部屋」のかわいい弟君なんですわ。半額デーにでもDVDで観賞なさってみるのも一興かもですよ。いやー、かわいかったなぁ、あの作品のルパート・グレイヴス。ふふふ。

  • 2013/04/10 (Wed) 03:10

    ちょうどいま2-3を見終えて、モリー=モリアーティーの正体なのかな?と思ったのですが、同じ意見の方って少ないんでしょうか?

  • 2013/04/11 (Thu) 00:34

    yoshiさん

    それはないと思います。

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