名探偵ポワロ「オリエント急行の殺人」(POIROT:MURDER ON THE ORIENT EXPRESS)

-憂愁のオリエント・エクスプレス-
2010年 英/米 TVM フィリップ・マーティン監督



このところ、あれもこれも書きたい事は沢山あるのだけど、どうしたわけかこういう時に限って仕事も忙しかったり、なんだかんだ予定が入ってたりしてなかなか思うに任せない。ブログばかり書いているわけにもいかないのですねぇ…。む~。(でも頑張って書いている方だとは思うけれど)ともあれ、興味を惹く事がなにもない時の事を考えたら、書きたい事が沢山あるというのは幸せな事。というわけで、今回はデヴィッド・スーシェ演じるポワロの「オリエント急行の殺人」。絢爛豪華なムードの1974年の映画版は、他人の感情に些かも頓着しなかった猛烈にアロガントなアルバート・フィニーのポワロにやりすぎ感があったが、対してエレガントでデボネアなのが身上のスーシェのポワロ。だが今回は、時に厳しく、時に憂鬱そうに、じっと何かに耐えているような表情が特徴的だった。待ちに待った甲斐があって、あの映画版とはまた印象の異なる「オリエント急行」を観る事ができた。それは凍てつく寒さの中で、大層、憂愁に満ちていた。

冒頭、ポワロはパレスチナで1つの事件を解決するのだが、それが非常に後味の悪い形で決着を見たために、帰途イスタンブールへと向かう船上でポワロの表情は沈んでいる。ポワロの厳しい追及に耐えかねて容疑者が自殺してしまったからだが、ポワロは自分は間違ってはいなかったという信念は崩さない。が、しかし、心境が複雑でないわけもない。



タイトルバックに映るイスタンブールの光景がなんともエキゾティックだ。トルコのイスタンブールというのはアジアサイドとヨーロッパサイドに分かれていて、その間にボスポラス海峡がある。なんだか謎めいていて、ちょっと胡散臭くて、不思議な魅力がある。色々な意味で東洋と西洋の境目なのである。晴れぬ心を抱えて、この「迷宮のオリエント」を散策するポワロ。街並みがエキゾティックだ。



ポワロがイスタンブールで宿泊するのはトカトリアンというホテル。作者のアガサ・クリスティがこの「オリエント急行殺人事件」を執筆したのはペラパラス・ホテルで、このホテルは前にも書いたお気に入りの番組「クラシックホテル憧憬」(BS日テレ)でも紹介されていた。オリエント急行を運営する会社が、乗客の宿泊施設として1892年にイスタンブールに建設したペラパラス・ホテルはアジアへの旅の中継地として様々な人が宿泊している。


ペラパラスホテルの内部 アールヌーボーとオリエントの様式の融合(BS日テレ「クラシックホテル憧憬」より)

アガサ以外にも、オーストリア最後の皇帝フランツ・ヨーゼフ2世や、記者時代のヘミングウェイなどが宿泊したクラシック・ホテルだ。このドラマの中でトカトリアン・ホテルとしてロビーが撮影に使われたのは多分このペラパラス・ホテルではないかと思うのだけど、どうだろう。重厚感のあるクラシカルな内装が、どうもそれらしいように思うのだけど…。


このシーンはペラパラス・ロケでは? むほほ

ポワロが泊まったという設定のトカトリアン・ホテルも実在のホテルで、当時はペラパラスに負けない優雅なホテルだったらしいのだが、時代の流れに古びたホテルは忘れ去られ、いつしかホテルを廃業し、建物は現在チープな雑居ビルとして使われているが、寂れ果ててかつての面影はもうない。


見る影もなくなったトカトリアン(BS日テレ「クラシックホテル憧憬」より)

ペラパラスも老朽化し、宿泊客も減り、トカトリアンと同じ運命を辿る筈だったのが、元の姿を活かしつつ大改修して2010年に再オープンし、今もかつての華やかな時代の面影を宿して現代に甦っている。ペラパラスとトカトリアンの運命の分かれ目は、有名人やトルコの英雄アタチュルクが宿泊したホテルとそうでなかったホテルとの違いなんだろうか。それとも、ペラパラスでアガサが「オリエント急行殺人事件」を執筆したという事が最も大きな要因だったのだろうか…。

ともあれ、「オリエント急行殺人事件」では、寝台特急に乗る前にちらっとしか映らないイスタンブールの光景が、隠し味のように効いているのは間違いない。少なくともワタシにとっては、それがオリエント急行そのものと並んで、他のポワロ作品よりもこの作品が特に好ましい理由である。このイスタンブールで、ある事柄を目にしたポワロと、乗客の一人ミス・デベナムの感想が全く異なるシーンでは、ポワロのかなり頑固な「罪と罰」への考え方が提示される。

この物語はあまりにも有名なので筋立てなどは今更何も言う必要はないだろう。1932年に起きたリンドバーグの愛児誘拐事件にインスパイアされたアガサ・クリスティがそれを髣髴とさせる幼児誘拐殺害事件を発端として構築した豪華寝台特急内での密室殺人のミステリーである。

オリエント急行の中で殺害されるアメリカの実業家ラチェット役のトビー・ジョーンズ。当初、トビー・ジョーンズが演じると知った時には、可愛らしすぎるのでは?と危ぶんだが、役者は豹変する。憎々しいラチェットをきっちりと演じていて、人相もそれらしく悪くなっていたし、申し分なかった。


トビー・ジョーンズ

映画でミス・デベナムを演じたのはバネッサ・レッドグレーブだったので、非常に勝気な女性というイメージだったが、ドラマでデベナムを演じた女性はしっかり者だが、やせぎすで神経質な雰囲気だった。デベナムと愛し合うアーバスノット大佐を演じていたのは映画ではショーン・コネリーだったが、このドラマではデビッド・モリッシーという長身の俳優が演じている。この人はBBC版の「分別と多感」でブランドン大佐を演じていた。「大佐」役者である。



スーシェのポワロは、急ぎロンドンに戻らねばならぬものの一等寝台が全て塞がっていると知り、翌日でもいいと思っていたが、有名人が大好きなオリエント急行の重役が強引にポワロを割り込ませる。意図せず若造マックィーンと一晩同室で我慢せざるを得ず、憮然とするポワロ。マックィーンがひっきりなしにふかすタバコの煙に迷惑げな様子など、狭いところに他人と一緒、という事の鬱陶しさがよく出ている。

下品でガサガサとうるさいハバード夫人。映画ではローレン・バコールが演じていたが、ドラマではバーバラ・ハーシーがガサガサとやっていた。このハバード夫人は、かつての悲劇専門の大女優がこの寝台特急を舞台とする一世一代の大芝居で演じた「役」なのであるが、あまりに下品でうるさいので、こんな人がしっとりと悲劇など演じていたのだろうか、と首を捻ってしまったりする。が、大詰めで扮装を取り去った大女優は、きちんと悲劇女優の面影を取り戻していた。こういう部分もドラマ版の方がきめ細かい。


ハバード夫人(左)とドラゴミロフ公爵夫人

映画版では殆ど妖怪に近かったドラゴミロフ公爵夫人も、このドラマでは貴顕の老婦人らしい雰囲気の女優が演じていて少し印象がマイルドになっていた。あの映画版の強烈なドラゴミロフ公爵夫人も味わいがあって良かったけれど。手にキスしてよし!という感じで差し出された彼女の手に恐る恐る儀礼のキスをするポワロと急行の重役(映画での役名はビアンキ)の、できれば手の甲でもキスは遠慮したい、という苦笑いが可笑しかった。
ドラマ版では、ミス・デベナムとドラゴミロフ公爵夫人が、12人の乗客の一人という感じだった映画よりも、もっと重要なキーパーソンになっている。

映画ではイングリッド・バーグマンがモゾモゾと演じていた「おとなしい羊のような」ミス・オルソンは、ドラマではかなり年齢設定も若くなり、自分の考えをハッキリと述べる女性になっている。彼女から「カトリックの償いと赦しは間違っている」と指摘され、神も赦さない罪というものも、この世にあるのでは?というオルソンの投げかけに、ポワロは即答できない。



こうして随所に、罪と罰、償いと赦しに関する会話が挟まってくる事で、豪華ではあるが単純だった映画版に較べ、ドラマ版は「罪と罰」および「何が正義か」というテーマが重くエピソード全体を貫いていて、重厚である。事件の探求とともに、ポワロが自分のこれまでの「罪と罰」に対する考え方や対し方に懐疑的にならざるを得ず、冒頭、パレスチナで死なせてしまった容疑者についての悔恨が折々彼の内奥をよぎるため、急行寝台列車の中でのポワロは常にどことなく沈み気味で、列車が雪に行く手を阻まれているように、ポワロは深い憂愁に閉ざされている。そのポワロの心象を現すようなベオグラード近郊の深い雪の木立の陰翳深い映像。しんしんと雪が降りつんで、雪の中で立ち往生した列車の窓から漏れる灯りが幻想的でもある。


憂愁の影が濃いポワロ


雪に閉ざされた夜のオリエント急行

クライマックスの謎解き劇場も、わざわざ食堂車に関係者を集めての芝居がかった仰々しいものではなく、寒さのあまり暖を取るために食堂車に全員が集まった時に、おのづと真相究明が始まるのもいい。真相を突き止めたポワロに、乗客たちも観念してぽつぽつと述懐を始めるが、その、あまりに自分たちの行為を正当化した発言に、ポワロは「あなたがたは何様なのだ!デタラメの人民裁判だ。人々が勝手に隣人を裁いていたら、暗黒の中世と変わらない!」と激昂する。だが、法も適正に機能せず、神の裁きも下らなかったとしたら、神に代わって裁きを下す人間が必要だ、とミス・オルソンは反論する。「罪を裁くことは、罪ではない」と。
ポワロは自分のこれまで確固として抱いてきた信念と、つきつけられた別な考え方(それも一理あると思わざるを得ない)の間で一晩葛藤する。木製のロザリオをつま繰りながら熟慮する。そして、寒い寒い雪の中で、彼が選択した結論とは…。



ブルーのフィルタの懸かった沈静な画面の中、苦渋の決断をしたポワロの表情は重く厳しい。彼としては、ずっと持ってきた信念を変えたわけではないだろうと思う。が、時に臨んでは真相を知っても犯人を追求するだけではなく、ケースによっては見逃す事もまた必要なのだ、と苦々しくも決断せざるを得なかったのだ。もう一度、パレスチナでの苦い悔恨を繰り返さない為にも。だが、彼らの行為は果たして本当に正義といえるのか…。ポワロはまだ葛藤している。自問自答している。そして彼はポケットから木製のロザリオを出し、ちらつく雪の中を縋る様に下げて歩く。寒い寒い雪の中で、ポワロの目に滲んだ涙は、一体、何の涙だっただろうか…。


苦渋の"大岡裁き"を決断したポワロだが…

というわけで、見慣れた映画版とはまたフィーリングの異なる出来のいいドラマ版を観ることができて、非常に満足した。面白かった。映画版を観ていて、あのままチャンチャン、でいいものだろうか、という気持ちもどこかにあったワタシとしては、この苦い結末はとても見応えがあった。いかに憎むべき幼女殺害事件の犯人でありながら罪を逃れてのうのうと大金を手中に生延びていた相手とはいえ、意識のある状態で、12人もの人間であんな事をやっていいものかどうか、ポワロでなくてもう~むと唸ってしまうところではある。このドラマでは、殺害シーンが殊更にリアルで、トビー・ジョーンズが気の毒になり、そうか、この場面でラチェットの(裁かれた)死を一方的にアリだと思わせない為に、ラチェット役をトビー・ジョーンズに振ったのかな、などと思ったりもした。心情的には12人の関係者の気持ちも分るが、それがアリかどうかとなると、やはりう~むと唸らざるを得ない。

スーシェのポワロは年齢を重ねるごとに、かつての晴れやかさが少しずつ影をひそめ、憂愁の色合いが濃くなってきているが、それもまた味わいの深さに繋がっていると思う。また、オシャレなポワロが髭を手入れする道具を並べる身だしなみのシーンなども、このレトロなサスペンスを見る楽しみのひとつでもある。


こういう、なんでもないシーンも良い

最近、よく思うのだけど、鳴り物入りで大金を注ぎ込んだ映画よりも、よく出来たTVドラマの方が、脚本が練られていて面白く、出来が良いという事が多いような気がする。ここのところ、あれこれと書いている「Sherlock」シリーズなども非常にハイ・クォリティのTVドラマだが、TVドラマにこれだけのものを作られたら、映画は一体どうするのだろうか。映画の方がエンターテインメントとしてランクが上だなどとは、もはや言えないのではないかと思ったリするのである。

コメント

  • 2012/02/13 (Mon) 21:58

    こんな重~~いポワロ物は初めて見ました。ラストの表情がまさに圧巻で、こちらまで辛く涙が出そうでした。解決して、でも超極悪人だから皆さん見逃しましょう、とあっさりはいかないのは当然で、大変説得力のある演出でした。丁寧に作り込まれていて見応えありましたね。「北斗星」とか「カシオペア」などの寝台特急に乗りたくなりました!

  • 2012/02/13 (Mon) 23:18

    rosarindさん 
    重くて厳しかったですね。あんなに激昂したポワロなんて誰も見た事なかったのでは?(笑)ワタシはポワロ物って短編をいくつか読んだだけ(それも昔に)なので、これも原作は未読なんですが、ちょっと興味が湧いてきたので原作を読んでみようかしらん、と思ったりしています。ともあれ、ずっとスーシェのポワロで「オリエント急行殺人事件」が観たいと思っていたので、観られて嬉しかったし、出来にもとても満足しました。
    「北斗星」とか「カシオペア」で景色のいいところを走ったら快適でしょうね。ワタシは昨今、イスタンブールというところに興味が湧いてきていて、そういう意味でも今回の放映はタイムリーでした。

  • 2012/02/15 (Wed) 22:26

    映画版とかなりラストが異なる面白い出来栄えでしたね。
    私もあの映画の明るいラスト(たしかワイングラスで乾杯ぽいことまでしてたような・・・やや怪しい記憶ですが)はちょっと微妙だなと思っていたので、今回のほうが好感持てました。まぁ若干、重ためではありますが。

    ちなみに我が家でも「列車で旅行してみたい」が、映画の感想より先に出ました。
    やっぱ北斗星かなー(帰りは飛行機で)。

  • 2012/02/15 (Wed) 23:11

    かわうそさん
    面白かったですね。映画版よりも良かったと思います。同じ原作を何度か映像化する場合には、過去の映像化作品と違う視点で作ってほしい、というのが、ワタシの中ではけっこう強いので、そういう意味でもこれは満足しました。ポワロとしては、たとえいかなる理由があっても犯した罪は罪である、という考えと、更には多分、カトリック的な教えに背いて「真犯人を見逃す」事を選択したのだろうので、ラストの涙は自身の信仰にそむいた事への遣り切れない涙だったのかもしれませんね。

    列車で旅がしてみたい、という感想が先ですか(笑)家族で観ていると、そういう感じになるかもしれませんね。ワタシは北斗星とかよりも、現在運行しているオリエント急行にイスタンブールから乗ってみたいかなぁ。ふほ。

  • 2013/01/17 (Thu) 23:27

    こんにちは、オリエントポワロ再放送を見て検索しつつ辿り着いています
    アルバート・フィニー版とラストのポワロの対応が大きく違っているのですが
    アガサクリスティの原作ではどちらに近いのでしょう?
    しかし、シャーロックといいポワロといい映画並みの超高品質なドラマ作品ですよね
    あちらのドラマ作品はキャスティングはもちろん素晴らしいし、美術は小物に至るまで溜息が出るほどの繊細さ
    その点、日本のドラマの粗悪な事…もう配役からして安易で
    芝居のできないジャニタレ起用に芸人起用にもううんざりといいますか
    …あ、もし、お好きでしたらすみません

  • 2013/01/19 (Sat) 00:01

    デンスケさん
    この原作は(というかポワロ物は短編を幾つか読んだのみ)読んだ事がないので原作のラストはどうなのか知りません。読んでみてください。
    海外ドラマはお金もかかっているし、脚本もしっかりとして、映画並みにきちんと手間をかけて撮ってますね。いい俳優が出ているし。日本では映画でさえも、大半はお金も手間もかけないで撮っている感じなので、ましてやドラマなんてね。ワタシはここ5年ほどは地上波を観ていないので、どんなドラマをやっているのか知りません。興味もないし。いうまでもない事だけれど、ジャニタレにも韓流にも1ミリの興味もありません。

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