重要文化財ライト建築の中に入る!

-至福の旧山邑家別邸見学-



その建物は、芦屋川に沿った小高い丘の上にこんもりとした緑に囲まれて建っております。フランク・ロイド・ライトが日本に滞在中、帝国ホテルの設計、建築の合間に、民間から頼まれて住宅や別荘を幾つか建てた中のひとつで、完全な形で日本に残っているものは唯一これだけだという貴重な建築物(学校建築では自由学園明日館は健在)。灘の酒造業、山邑太佐衛門氏の依頼でライトが設計し、大正時代に建てられた別荘です。
この建物の存在を知ってから、一度見に行かなくては、と思っていたのだけど、そういえば神戸に旧友もいることだし、久々に神戸を探訪して旧山邑家別邸も見てこよう、という考えがふいに脳裏に浮かびました。そんなわけで暑さにもめげずに関西へ。(実はかなりめげたけど…)

ギンギンと照りつける太陽の下、その建物は駅から芦屋川に沿って歩き出すと、わりにすぐに見えてきます。



開森橋という小さな橋を渡るとその名もライト坂と名づけられた坂道に入ります。



ちょっと疲れていると登るのがキツイかもしれないライト坂。周辺は有数の高級住宅地。
坂を登ってフランク・ロイド・ライト設計の旧山邑別邸(現ヨドコウ迎賓館)へ。


ここ、開いている日より閉まっている日の方が圧倒的に多いので要注意。平日は水曜日しかやってません。

門を入って進むと、見えてきた、見えてきた。旧帝国ホテルのあの意匠を彷彿とさせるライト特有のデザインが。トレードマークの大谷石もふんだんに使われております。 きゃ~~~!ホンモノよ!!


きゃ~、ライトよライト 大谷石よ~!



これぞライト いかにもライト ザッツ・ライト

正面玄関の車寄せ

玄関前の車寄せの先にも小さな露台があり、大阪湾が見える

ワタシは、ほぼ開館から10分ぐらいで入ったので、ほっほっほ!貸し切りみたいなもんだわ、とほくそ笑んだが、もっと早く入った人も居たらしく、3階の映像資料を見られる部屋ではライトに関するビデオを見ている人が二人居ました。上には上がいるもんです。
ともあれ、まだ入館者は数人だったので、殆ど貸し切り状態と同様に各部屋をゆっくりと観賞できました。また、懸念された写真撮影も、素人が趣味で撮る分にはOKらしく、「問題ありませんよ、どうぞ」との事だったので一躍元気百倍となり、ガンガン写真を撮らせて貰いました。三脚は不可らしいけど、コンデジで写真撮るのは全く無問題のようです。良かったなり。

2階に上がるとそこは快適な応接間。しんと静かな応接間には適度にクーラーが効いて、非常に涼しく快適でした。ここで暫く汗を収めつつ、憧れの建築の中にいる、という事を実感。…あぁ、なんという幸せ。


2階の応接間 家具もライトのデザインで特別誂え

大谷石の暖炉もライトのデザインらしさに溢れている

ちょっとだけ旧帝国ホテルの中にいるような気分が味わえる、気がする

明り取りの小窓 これもライトの十八番の意匠

3階には和室もありました。大正時代に建ったものだけに、やはり和室は一応ね、という事で欠かせなかったのかもですが、ライトは和室の欄間なども、彼らしいデザインで空間を構成しております。ここは和室に面した廊下の窓が非常に美しい一角。外からふんだんに光が入る明るい廊下です。




この廊下が陽光さんさんで美しい

青銅色の飾り金具が目を引く

館内の至るところにシンボルのようにあしらわれている青銅色の飾り金具ですが、昭和末期の大修理までは現存するものは殆ど1、2個しかない有様だったそうで、当時と同じ材料、工法で大半は造りなおして、はめたのだそうでございます。
この金具に限らず、改修前はかなり老朽化も進み、あちこち傷んでヨレヨレな状態だったらしい旧山邑別邸。応接間の天井は梁が折れたり、腐りかけたりしていたので、全て張替え、天井を修復したとか。損なわれた部品や金具などは、全て図面を見ながら当時の材料で復元作成し、使用したとのこと。山邑家の所有を離れ、別の持ち主に移ったのち、戦後は進駐軍に接収されたため壁が青く塗られた部屋もあったそうですが、全館、元の色に塗りなおされました。この4年の歳月と2億の費用をかけた全面改修工事のお陰で、その後訪れた阪神淡路大震災にも一部損壊したものの建物は倒壊せず、現在こうしてユニークで美しい姿を保っているのだそうです。もし、そこで大改修をしていなかったら、跡形もなくなっていた可能性大。危うかった。そして、大改修の時に蓄積されたノウハウで、大震災後の修復もスムーズに進んだそうです。この昭和の終わりの大改修は徹底的で、何でも壊して建て替えろ!という日本には珍しく、老朽化したり、傷んだ部分はちゃんとオリジナルを忠実に再現して、建った時の姿に復元するという形で保存された旧山邑別邸。そのような完全復元がなされたのも巷の建築好きの熱心な保護運動が実を結んだ結果だとか。いや~、良かったよかった。なんでもかんでも壊せばいいんじゃないですからね。壊したらもう、こんな建物、二度と建てる事はできないものね。

そして、最上階、4階へ。このお宅は4階が家族のダイニングルームになっており、ダイニングルームから屋上のテラスに出られるようになっております。
あぁ、ここでも暫し、至福のひととき。


4階のダイニングルーム 奥に厨房がある

ダイニングルームの優美な天井 幾何学的なデザインが美しい

4階屋上のテラスに出られる



テラスからは大阪湾が一望できる

右手には六甲の山並みが広がっている

テラスからダイニングルームを振り返る

いやもう、素晴らしいの一言でございます。
ライトが理想としたのは「自然と一体になった建築」だそうですが、この坂の中腹の崖の上という地形を、ライトは一目見て気に入ったらしく、地形に一切手を加えず、建物を地形に合わせて階段上に建て、景観に馴染む別荘を建てたのだとか。横からみると、山邑邸はカスケード上になっております。いかにもライトが好きそうな場所ではあるし、一番見晴らしのいいところにダイニングルームを持ってくる、という発想も実に素敵じゃあるまいか、と思いますねぇ。

また、館内のあちこちにセンスのいい生け花がワンポイントで飾られて、ナイスな雰囲気を形作っておりました。いろんな意味で理想的な形で保存され、公開されている建物であると改めて思いました。いやぁ、素晴らしかった。眼福。




ただ、この旧山邑別邸も、ライトは最後まで自分で仕上げる事ができず、帝国ホテルの設計を終盤で首になり、帰国するハメになってしまったので、帝国ホテル同様、山邑別邸も日本人の弟子たちに後を託して去ったとか。最後まで仕上げる事ができなくても、これは間違いなくライトの作品であり、この作品が日本に現存していて本当に良かったと思います。昭和22年からこの建物を所有しているヨドコウこと淀川製鋼所は社長公邸として使ったり、独身寮に使ったりしてきたのだけれど、昭和49年に建物は国の重要文化財の指定を受け、昭和60年~63年に大規模な保存修理が行われ、平成元年から一般公開が開始されました。その後、平成7年に大震災を受けてその補修工事を行い、平成10年から一般公開を再開して現在に至る、という事で、ヨドコウでは一時期取り壊そうかという意見もあったそうだけれど、反対する市民運動が起きてすぐにそれは撤回され、重文指定を受けた事で保存修理も大掛かりに行われて、めでたくワタクシも拝見することができたという次第。いや~、よく今日までどうにか無事に残ったものだと思いますが、保存修理が行われる前の状態はかなり悲惨だったそうなので、古い建物というのは、やはりきちんと手をかけないとダメなんですね。しかし、よくぞ残してくれました。ありがとう。お陰で至福の時間を過ごす事ができました。
建築好きには堪えられないこの空間。は~、ウットリ。100%堪能しました。
暑い中を来た甲斐は確かにありました。



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