「サンキュー・スモーキング」

~必要悪はなくならない~
2006年 米 ジェイソン・ライトマン



ワタシは20代の間、after6-smokerだった。やめたのは、ある時風邪からアレルギー性気管支喘息になり、猛烈な咳に襲われて体重も減るほど苦しかったからである。2度はこれを繰り返せないと思った。タバコを止めた途端に殆ど風邪はひかなくなり、カラオケでも気持ちよく声が出るようになった。やめて正解だったと思っているが、体質に合わないこともあってやむなく止めたので、タバコに対しては今でも淡い郷愁のようなものを抱いている。たち上る紫煙の艶や、食後の一服の至福感などありありと思い出せる。だからこの作品のタイトルバックで、数々の煙草のパッケージに、イメージの合う出演俳優の名前が表示される演出には思わずニンマリ。ダンヒルの赤いパッケージにロバート・デュバルなんて、思わず膝を打った。背後に流れる軽快な"SMOKE, SMOKE, SMOKE THAT CIGARETTE! "。


痛快な皮肉と諷刺の利いた作品は小説でも映画でも大好きなワタシ。出だしからクレジットタイトルにニヤニヤしていると、程なくアーロン・エッカート登場。 TVの公開番組に呼ばれ、煙草業界のスポークスマンとして微妙な笑顔を浮かべてアップになるこの人の顔で、まだ大半観てもいないうちから、この映画は当たりだな、と思った。格別男前というわけでもないのに、妙な魅力のあるアーロン・エッカート。こういう小味でピリっとスパイスの効いた社会派コメディなどはまさに本領発揮。ガッツリあご割れ系の顔で、やり手やアクが強そうな男が似合うが、目に愛嬌があって嫌味がない。もちろん離婚していて、息子とは週末に会うだけだが、彼なりに息子を愛している様子も描かれてバランスがいい。



アルコール業界と銃器業界で、彼と同じ立場にいる広報係のマリアとボビー・ジェイとは3人でツルんで「死の商人の会」と称して、お互いの抱えている問題を相談したり、情報を交換しあったり、手柄を自慢しあったりしている。このトリオも味わいを添えている。



ニックの息子ジョーイ(キャメロン・ブライト)。子供のうちからオッサンになった時の顔がわかるような老成した感じの子供だが、冷静に状況を見て口がたつ様子が父親にそっくり。血は水よりも濃いのだ。映画業界を利用してタバコのPRを仕掛けようとL.A.に出張することになったニック。勉強になるから息子を連れていきたいというが元妻は取り合わない。父親を知るためにも一緒に行くと言う息子が母のヒステリックな心理を冷静に指摘する下り(愛の消えた男への屈折した思いで行くなというなら諦めるよ)は、ちょっと自分の子供時代の気分を思い出した。何かやって母に叱られつつ心の中で今は母はこういう心理状況なんで余計にキイキイ言ってるんだな、とか思っていたっけ。おませな子が身近に分析するのはまず自分の両親の心理なのだ。

タバコ業界の大物にロバート・デュバル。爺さんになったがいつ観ても手堅い。過不足なく漂う大物感。言うことなし。中国にタバコを拡販すれば次の戦争までに人口が減る、と嘯く。必要悪は予定調和の上に成り立っているのである。

ニックを取材し、体で情報を取る女にケイティ・ホームズ。動くトムちんの奥さんを初めて観た。セリフに出てくるゴージャスな胸が、さっぱり映像で出てこなかったのは残念だった。



感情的にタバコを排撃するフェニスター上院議員にウィリアム・H・メイシー。この人をツインピークスで初めて観てから随分たつが、全く変らないのが毎度嬉しい。そしてハリウッドの大物エージェント役でロブ・ロウ登場。久々に観たがオジンになっている様子もなく、西海岸には時折いそうな妙に形式的な日本趣味の大物を演じていた。ビルの一角に石庭がしつらえられているあたりで来るぞと思ったが、まさにベタベタの日本趣味。鎧はあるわ、浮世絵はあるわ、部屋に障子ははまっているわ、80年代から少しも進化していないあれである。敢えてのベタだろうとは思いつつ、やっぱりこれかという感じはした。

この旅行で息子は親父を見直し、ハリウッドとの交渉も上手く行き、全てに絶好調でウハウハなニックだが、無論そうは問屋が下ろさない。議員のさしがねで誘拐され致死量のニコチンパッチを体中に貼られてしまう。すんでのところで一命を取りとめるニックだが、次には美人記者にオフレコのつもりの寝物語を全て記事にされ、タバコ業界の広報部長は首になるわ、死の商人トリオの仲間にも迷惑をかけるわ、フェニスター上院議員の公聴会には召還されるわで窮地に陥ったかに思えるが…。

土壇場で起死回生の処世術を見せ、転んでもただは起きないワザモノぶりを示すアーロン・エッカートが痛快。ピンチはまたチャンスであるというのはいつの場合も正しいのだ。

寝て情報を取る女記者だの、部下の手柄を横取りしようとする上司だの、日本趣味の業界人だの、いまさら珍しくもないものを殊更にベタに配置しているのも、「だって世の中そういうもんだからさ」という目線を感じる。ひとしなみにカリカチュアライズして、上っ面の綺麗事は笑っちゃおうぜ、という気分がワタシにはツボに入った。
最終的には個人の選択次第。吸いたい人は、他人に迷惑をかけないように危険は承知で吸えばいい。嗜好品とはそういうものである。
人間はわかっちゃいるけどやめられない生き物。必要悪はなくならないものなのだ。

…尤も、ほんとうの諸悪の根源は住宅ローンだったりするのかもだけど(笑)

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