「フラクチャー」(Fracture)

-運命の逆転- 
2007年 米 グレゴリー・ホブリット監督



アンソニー・ホプキンスとライアン・ゴスリングががっぷり4つに組んだ日本未公開のクライム・サスペンス。けっこう面白いのに何故日本で公開されなかったのかは不明だが、今のところDVDも日本では出ていないので、ツタヤにもない本作。では何故ワタシが観られたのかというと、契約しているビデオ・オンデマンド・サービスのサスペンス・カテゴリーに入っていたから。最近、未公開作品で、DVDも日本では出ていないという作品がちらほらと入ってくるようになり、少し前までジェイクの「Rendition」も「国家誘拐」というタイトルで入っていた(これは数年前に海外版のDVDを入手しているのだけれど)。未公開作品の掘り出しなどが入ってくるようになるとビデオ・オンデマンド・サービスの付加価値も増すというもの。昨今ゴスリングへの興味が増している折柄、タイムリーだった。

これは、アンソニー・ホプキンスのレクター・イメージの応用ともいうべき作品の一種。叩き上げで成功した富裕な実業家クロフォード(ホプキンス)は、娘のように若い妻(エンベス・デイヴィッツ)の浮気を知り、ある夜、自宅で、銃で妻を撃つ。妻は重症を負いつつも辛うじて一命を取りとめたが回復は困難な昏睡状態の中、公判が始まる。自白も凶器と思われる銃もあり、検察側の勝利は鉄板と思われたが、被告は弁護士を使わず自分で弁護すると言う。検事局の若手のエース、ビーチャム(ゴスリング)は勝率97%という実績を引っさげ、超一流弁護士事務所への転職が決まっていたが、いきがけの駄賃のつもりで、この「楽勝」の筈の事件を引き受けた。が、兇器と思われた銃からは弾が発射された痕跡がなく、妻の浮気相手がクロフォードを取り押さえた刑事だという事実が法廷で明らかになり、この刑事の取った自白は証拠と見做されなくなるなど、公判を維持するための証拠は次々に覆されてしまう。妻を撃ったに違いないのに、余裕綽々で若造検事を相手にゲームでも楽しんでいるかのような老獪なクロフォードに、次第に追いつめられるビーチャムだったが…。



というわけで、アンソニー・ホプキンスは妻殺しを企てる怪物的な初老の男を十八番とも言える余裕で演じている。とにかく落ち着き払っていて、憎々しい。爺さんのくせにスポーツカーを運転し、最新セキュリティ装置で守られたハイセンスな内装の邸宅に住み、自分より25歳は若いだろうと思われる妻を持って、悠々自適の人生だったのだろうが、若い妻は爺さんに飽き足らなかったか、浮気相手と定期的にホテルで密会していた。爺さんは妻を愛していたのではあろうが、裏切られたと分ったら、百年の愛も醒めたか、それとも愛していたがゆえに憎しみも倍増したか、実に冷静に妻の顔面に銃弾を撃ちこむ。妻を撃つ時のとかげのようなひんやりとした目つきがいかにもホプキンス。レクター風味。全てを隅々まで計画し、計画した通りに、冷静に着々と進めて行く様子など、ホプキンスの怪演ぶりがハマリ役である。これはもう、ホプキンスを当て込んで脚本を書いたのであろう。



対するゴスリングは、輝かしい転職(成功の階段)が内定したばかりの、ほぼ無敗の若手検事として意気揚々と登場する。人生は前途洋洋。何事も楽勝だと良い気になっていたら、好事魔多しで、怪物の仕掛けた罠に見事に落ちる。鼻歌まじりで調子こいていた最初の様子から、どんどんと目算が外れ、不利な立場に追い込まれて焦燥の色を濃くしていく様子を自然に演じている。若いけれども演技派なのでそのへんはバッチリ。また、田舎で母子家庭に育ち、刻苦勉励して検事になり、好成績をあげて一流ファームに転職し、稼げる弁護士になる事が目標であるという、貧しく育った若者の雰囲気もそこはかとなく醸し出している。要するに雑草でお坊ちゃんではないのだ。一流大学も出ていない。でも、とにかく頭と野心で若手検事として頭角を現した努力と意思の男なわけである。短く刈った髪がイキのいい若手の仕事のできる男らしい感じを出している。ただ、今回はセリフが多いので、ゴスリングは声にあまり魅力がないな、という事を認識した。悪くはないがさほど魅力的な声ともいえない感じである。



彼が招かれる予定の一流ファームで、彼の上司になる予定の、やり手の女弁護士役でロザムンド・パイクが出てくる。この人は「プライドと偏見」でエリザベスの姉ジェーンを演じていたが、それ以外にもチラホラと見かける女優である。地味な顔立ちで優しい女性の役などが多いような気がするが、本作ではタカビーな高給取りの女弁護士役で、若くて生意気なビーチャムが気に入って関係を持つ年上のキャリア・ウーマンを演じ、それなりにはハマっていた。しかしまぁ、この役は、ビーチャムが憧れて目標としてきた、きらびやかな成功と甘美な誘惑の世界を象徴する存在なわけで、そう考えるとかなり存在感が弱いけれども、この物語の主題がそっちの世界にあるわけではないので、さほど目を惹くきらびやかさがなくても務まったのかもしれない。弁護士としての世界がメインなら、この役はシャーリズ・セロンぐらいな女優が演じないとサマにならないだろう。


ちょっと地味だが年上のねえさん的な雰囲気はよく出ていた


ビーチャムの転職が内定しているのは、ハリウッドでも成功している超一流の企業弁護士事務所であり、ロサンゼルスの夜景が一望できるホテルの最上階でシックかつゴージャスな慈善コンサートなどに顔を連ねている。いわゆる絵に描いたようなアメリカン・ドリームである。成功の甘き香りである。タキシードも着た事のなかったビーチャム(ゴスリング)は、慌ててタキシードを誂えて招待された催しに参加する。貧しい学生時代から夢見てきた生活はもう、すぐ手の届くところにある。あとは、最後に廻ってきた事件を片付けるだけなのだが…。

ビーチャムの上司である検事局長役でデヴィッド・ストラザーンが登場。この人はおりおり悪役も演じるのだが、今回はビーチャムの能力を買っている局長の役をさらりと演じていた。



この物語は、徹頭徹尾、怪物性と憎々しさを前面に押し出し、上り調子でいい気になっている若造検事のキャラを読み、落ち着き払って計画的に罪を逃れようとするアンソニー・ホプキンスの実業家と、若くて、切れ者で、勝利にこだわり、自信満々かつ傲慢で、成功への野望に燃えていたゴスリング演じる若手検事の対決が目玉である。
若い検事は、老獪な容疑者に翻弄され、どうしても確実な証拠を提出できずに法廷で苦しみつつ、病院で植物人間になっている被害者に対して責任を痛感しはじめ、経済的、世間的な成功よりも、次第に法に携わる者としての正義感に目覚めていく。
そしてクライマックスの爺さんと若造のがっぷり四つのガチンコ勝負に至るのである。
勝利に貪欲で野心家かもしれないが、ゴスリング演じるビーチャムは意地っ張りでプライドが高い。楽勝と思われた裁判を落とし、もうじき検事局を辞めるのだから担当を変える、という局長に、彼はクロフォードに対して猛烈に意地になってしまい、どうしても公判を放り出して高給取りの弁護士に転職する気になれず、継続して担当させてくれと志願する。また、不利な裁判に意地で執着するビーチャムに対し、採用をなかった事にするというボスを説得したのに!と抗議する女弁護士ニキ(ロザムンド・パイク)に対し、「そんな事は頼んでいない」と言い放つ。惚れているのは女の方である。男の方は、引き下がれない闘いに負けるかもしれなくても臨まないわけにはいかない。確実な証拠が出ず、裁判が負け戦になってくるにつれて、彼は昏睡状態の被害者の枕辺に寄り添う事が多くなる。華やかな企業弁護士の世界よりも、彼の根っこは検事としての自分の方にあった、という事が段々はっきりしてくるのである。





「一事不再理」という原則を軸に、勝者と敗者がぐるりと逆転するラストのどんでんもカタルシスがあるし、ホプキンスもゴスリングも役者のカラーを活かした役で、ゴスリングはホプキンス爺を向うに廻して、アッパレ存在感が互角。キャラ的に「ドライヴ」の時ほどカッチョ良くはないが、ここ数年でメキメキと実力とオーラが身についてきたなぁという感じがする。この作品あたりから段々とナイスな感じになって来たのかもしれない。「ラースとその彼女」やら「ステイ」は過去に見ていたが、ライアン・ゴスリングって好みじゃないなぁ、と思っていた。ワタシの中では、2005年あたりまではイケてなくて、何かこう、ニューロティックなメンタリティのちょっと女性的な雰囲気の暗い奴、というのが漠然としたイメージだった。


ラストのガチンコ勝負まで目が離せない展開だ

「フラクチャー」は2007年の作品だが、このへんから今に繋がる演技派イケメンとしての魅力が出てきたのかもしれない。とにかく、いい具合に男っぽくなってきている。いまやセクシーな俳優としても筆頭あたりに名が挙がってきているようで、ジェイクもクマ髭生やしてのそのそしている場合じゃないのである。共に1980年生まれ。繊細なボクも演じられる演技派だが、段々男臭くなってきた、という流れも似ている。だからゴスリングを観ていると、ワタシはいつもジェイクを脳裏に思い浮かべてしまう。この役をジェイクが演じたらどうだったかな、と。でも、やはりこれもゴスリングで正解だろう。ジェイクだったら、もしかするとラストのホプキンスとのガチンコ対決で押し負けたりしちゃったかもしれない。ゴスリングは若い時のポール・ニューマンにもちょっと似ているように見える時がある。「フラクチャー」のいい気になっている生意気な若手検事の役なんて、若い頃のニューマンがやってもピッタリとはまった事だろう。



ホプキンス演じるクロフォードは航空機研究所を主宰している。職場にも自宅にも彼のお気に入りらしいインテリアとして、金属製のレールの上をクリスタルの玉がするすると移動していくジェットコースターのようなオブジェを置いて、まばたかない目でクリスタルの玉を転がしては玉がキラキラと光りながらレールの上を走り、カーブし、ゆるやかに上から下に下って行くのを眺めている。構造エンジニアである彼ゆえに、そのオブジェも多分お手製なのだろう。整然と幾何学的に構築された金属のオブジェは、僅かなゆがみで玉が弾かれて飛び出してしまう。それゆえに少しのゆがみもズレも許されない。それは、彼の冷静な頭脳とメンタリティのメタファーであるのかもしれない。



オブジェは印象的ではあるが、彼が航空機研究所を経営している事と事件とは何の繋がりもないので、そういう職業である必要もなかったのではないか、という気もしないでもない。クロフォードがそういう職業であることが、計画的な犯罪に生かされている、かもしれない、という程度にしか、彼の職業は事件と関連しないのである。


アンティークの和箪笥 ワタシもこういう箪笥が欲しい

本筋とは無関係だが、クロフォードのモダンで内装のシックな住いも見所のひとつかもしれない。彼の居間にはアンティークな金具付きの和箪笥が置かれていて(その戸棚に大事なものが入っている)、そのシブイ味わいがモダンな居間にしっくりと馴染んでいた。

コメント

  • 2012/05/21 (Mon) 23:59

    kikiさん

    ドライブ以来、ひそかにゴズリングの映画をツタヤで借りてきては鑑賞しておりました。ラースとその彼女とか、ブルーバレンタインとか。このフラクチャー、ギャオで無料配信してたのでとびついたのですがいや~アンソニーホプキンスの顔の怖かったこと。娘に言ったらジャックニコルソンとどっちが怖い?と聞かれましたが、ホプキンスの怖さは狂気の怖さとはちょっと違うし。kikiさんはアンティークの和箪笥がお気に召しましたか。私はあの金属のオブジェが欲しいですわ。
     ゴズリングは確かにこのあたりからかっこよくなってきたのかもですね。知れば知るほどジェイクとの共通点があって(大型犬を飼ってるとか、年上の女性とお付き合いしてるとか)でもジェイクはリースでちょっとつまずいた感ありですね。癪にさわります。早く抜け出してもっといい映画と女性にめぐり合って欲しい。

  • 2012/05/22 (Tue) 00:25

    ふうさんも、ちょっとゴスリングが気になってこられましたか。ふほほ。何となくジェイクと共通点ありますよね。鼻を中心にして両目が近い造作なども共通してたりして。アッサリ風味とちょっと濃い目というテイストの違いはありますけれどね(笑)そうそう、「フラクチャー」はGyaoでも配信してますね。ホプキンスは時折目がトカゲみたいな感じになって、ニコルソンのようにいっちゃってるんじゃなく、非常に冷静なまま残酷な事を平然とやる、という感じが怖いんでしょうね。
    あの金属のオブジェがお気に召されましたのねん。ワタシもあれはちょっと欲しいです。でも、高そうですよね。オリジナル一点物って感じだし。
    ゴスリング、この作品あたりから「お」という感じになってきてますよね。それまではなんだかなぁ…という感じなのだけど(笑)今は私生活も仕事も順調で、ゴスの年上の彼女は、もう彼にメロメロらしいざます。シャクレに本気になった挙句にどうしても結婚しようとしないので別れたあと、ジェイクは何となくまだ本調子じゃないという感じがしますが(年上に懲りたのか、最近若い女優ともあれこれ噂が出てますが…)、ともあれ、早くすっきりと髭を剃って、さっぱりとした姿でいい仕事をして、いい恋愛もしてほしいものだと思いますねぇ。まぁ、ワタシが心配しなくてもいいんだけど(笑)

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