「ドライヴ」再見 (DRIVE)

-俺の手は汚れている-
2011年 米 ニコラス・ウィンディング・レフン監督



なんとなく公開終了前にもう一度ぐらい見ておこうかと、先日、「ドライヴ」を再見した。
今回は話の流れはもう分かっているので、前回見て好ましく感じたシーンなどをじっくりと観賞。再見して耳に残ったのは、効果的で印象深い音楽だった。オープニングに流れる"Nightcall"や、アイリーンとベニシオを乗せて寄り道するシーンの背後に流れる"A Real Hero"、亭主の出所パーティ・シーンで流れる"Under Your Spell"、そしてひときわ印象的な使われ方をしていた"Oh My Love "など、折々スローモーションになる映像とあいまって、忘れ難いBGMの数々が映画を引き立てていた。
ライアン・ゴスリング演じる”キッド”が、ひと仕事終えた後、引っ越して間もないアパートの駐車場からエレベーターに乗ろうとして中から降りてきた若い女とすれ違う。これがアイリーンと初めて出くわした瞬間なのだが、この時から彼は既に彼女が気になっているのではないかと思う。だから、次にエレベーターの中で偶然出くわした時に、彼の方は既に彼女を意識している気配がある。その次に、スーパーで買い物をしながら、息子を連れて買いもの中の彼女を見かける。彼は彼女が気になりつつも、商品棚を隔てた別の通路に入る。それまで、無味乾燥な無表情でスーパーの中を歩いていた彼の表情に微かに感情が浮かぶ。幼い息子とほのぼのと会話しつつ、買い物をする若い母親は、その息子ともども彼の中で好感度を増す。このシーンのそこはかとない空気感が良い。





しかし、不用意に他人に関らないのが習い性になっているのであろう彼は、アイリーンの車のエンジンが故障しなければ彼女と接触することはなかったかもしれない。また、アパートの隣人の車が故障していても、相手が彼女でなければ歩み寄りはしなかったかもしれない。そういう雰囲気がライアン・ゴスリングからかげろうのように立ち昇っていた。キッドは彼女の車を見て、暫し考え、ひとつ呼吸をしてから自分の買い物袋を自分の車の屋根に置き、彼女の元へ歩きだすのである。

彼が働いている自動車修理工場の場所を知ったアイリーンが、息子を連れて車の修理に現れるシーンも好ましい。彼女が来ると、車の修理をしていながらキッドはいち早くその気配に気づく。工場のオヤジ、シャノンがキッドを呼び、「ご近所さんなら、お送りしてさしあげろ」と言うと、キッドは俯き加減に微笑みつつも「いいよ(Yes, sure)」と答え、抑え切れない嬉しさが静かに彼の表情を包む。キッドも、アイリーンも、俯き加減にゆっくりと微笑む様子がしみじみしていて良い。二人とも余計な事は言わないが、お互いに好きである事が伝わってくる。キッドが自分の車からタイヤを外してあった事に気付いて「タイヤつけるから5分待って」というシーンでは、わ、しまったぜ、という少年のような表情が、いつもの無表情と鮮やかな対比をなす。



折角、意中の彼女を車に乗せたんだから、ただまっすぐ家に帰るなんてオロカな事はしない。口数の少ないキッドだが、「寄り道してく?(Do you wanna see something ?)」とアイリーンを誘う。息子を振り返った彼女が、「ええ」と答えると、キッドは微笑しながら"Okay"と言う。この、さらりとした"Okay"が、なかなかgood. 3人で、ドライブとちょっとした寄り道を楽しむシーンは、本作の中でも砂金のようにほのかな輝きを放っている。また、遊び疲れて眠ったベニシオをキッドが抱っこしてアパートの部屋に運ぶ後ろ姿、それを後ろからついて歩きながらアイリーンがうっとりと幸せそうに見つめる様子がスローモーションで効果的に演出されている。このシーンに限らず、本作はスローモーションでそのシーンの空気をエモーショナルに高める効果を実に上手く使っていると思う。


"Real human being and a real hero"



子供は可愛がってくれるし、頼りになるし、何よりハンサムで信用できそうだし、獄中のダメ亭主よりも、アイリーンの心は勿論キッドに傾いて行く。シフトレバーの上のキッドの手に無言で重ねられるアイリーンの手。が、刑期を終えた亭主はじきに娑婆に出てくることになる。ナイト・ドライブでその事をキッドに告げるアイリーン。無表情の中にも目元に言い知れない苦渋と悲しみの色を浮かべるキッド。



獄中で既に厄介事を背負い込んだ状態でアイリーンの亭主が出所してきた事で、否応なしにキッドはずっと避けてきた面倒事に巻き込まれていく。何事も俺には関係ない、と楊枝をくわえて運転だけを請け負ってきた彼なのに、惚れた女の淡い笑顔で非人情の生き様に歪みが生じ、そのツキのないダメ亭主の悪運のとばっちりでピンチが迫り、ついに他人の血で手を染めるハメになってしまう。彼女と関らなければ、厄介事にも無縁で通り過ぎることができた筈だろうけれども、非人情の世界に生きるキッドも、アイリーンの儚げな笑顔を目にしては彼女と関って生きて行きたいと願わないわけにはいかなかった。そのまま通り過ぎる事はできなかったのだ。どうしても。


キャリー・マリガン とにもかくにも、ひたすらにsweet

そして、その後の彼はアイリーン(とその息子)を危難から遠ざけるため、どんどん恐るべき凶暴性を明らかにしていく。
キッドは、いざとなると、やたらに度胸が座っていて動きが俊敏だ。アイリーンには少年のような笑顔を見せるが、悪玉の手先である赤毛の女ブランチ(クリスティナ・ヘンドリックス)は無表情で容赦なく殴りつける。女は殴らない、などという紳士的な哲学は持たない。やる時はやる。徹底的にやる。血も涙もなくやる。それがこの氏も素性も分らない謎の流れ者の本能なのである。自分でも制御できないサガというものなのかもしれない。彼は、街のヤクザである黒幕のニーノから、「おめぇ、素人だな」と言われる。確かに彼は常習の犯罪者やヤクザ者ではないが、いざとなった時の胆力のありようが、なまじなヤクザなど太刀打ちできない程の底力を秘めている。
また、映画撮影用のラテックス製のお面を被って表情を見せないキッドが、ニーノのピザ屋を外から窺い、ニーノの車の後をつけて波打ち際で始末するシーンの背後に流れる"Oh My Love "も耳朶に残る甘美さだ。映像と音楽のコラボレーションが有機的に極めて映画的な効果を生んでいるシーンだと思う。



本作のハイライトは、ヒットマンがすぐそこに立っている狭いエレベーターの中で、水際まで危難が来ている事を察知したキッドが、エレベーターの奥にアイリーンを庇いつつ、身をもって最愛の女の盾になりながら、彼女に最初で最後のキスをするシーン(せつなくも、まばゆい)、その後、襲いかかって来たヒットマンを満を持して迎えうち、あっという間に叩きのめして床に倒した挙句、倒れた相手の顔を骨が砕けるまで激しく踏みつけるシーンであろう。





もう倒れているものを、どうしてそこまでやってしまうのか…。その刹那は理性も感情もけし飛んで、彼は本能だけに衝き動かされて体を動かしているのかもしれない。徹底的にケリをつけるまで、理性は戻ってこないのだ。最初の1、2回ならともかくも、グシャっと音がするまで、あるいは音がしてからもすでにこと切れているであろう男の顔を踏みつけ続けるキッドの姿は鬼気迫る。鬼神のようなその姿を間近に、目の当たりにしてしまったアイリーンが茫然と言葉をなくしてあとずさってもムリはない。やるだけやって、ようやく理性が戻ってきたキッドは、見せてはならない姿を最愛の女に見られてしまった事に気付き、溺れる人のような表情で彼女を見つめる。茫然と立ち尽すアイリーンの姿をエレベーターの扉が覆っていく。猫背気味に、粗い呼吸を続けながら、エレベーターの中でキッドも立ち尽くす。彼の背中でスコルピオ(蠍)も粗い呼吸を続ける。





彼が最初から最後までずっと着続ける、蠍の刺繍の入ったジャンパー、つまり、彼の背中に常に覆いかぶさっている蠍は、彼の凶暴な本能のメタファーであるのかもしれない。蠍は、本作のキッドのセリフにもある通り、「蠍と蛙」の寓話から来ているのだろう。たとえ自らの身を滅ぼすと分かっていても、持って生まれた本能は変えられない、という寓話であるが、彼はトラブルのカタをつけ、愛する女に別れを告げて、自分でも制御不可能の蠍の宿命を負ったまま、哀しみを湛えた眼差しで夜の底をいずこへかとさすらっていくのである。そしていずれまた、どこかの地に流れ着いてどこかの場末の修理工場に潜り込んでささやかに仕事をしつつ、面倒事にはかかわらぬように生きていても、何かのきっかけで再び蠍の本能が頭をもたげる局面に晒されるのかもしれない。だが、どこへさすらって行っても、もうアイリーンのような女とは二度と出会えないに違いない。キッドにとってあれは生涯ただ一度の本物の恋だったのであろうから…。


背(せな)で蠍も哭いている…

この映画のバイオレンス・シーンを見ていて、北野映画を思い浮かべた人もいたらしいが、ワタシは全くそんなものは思い出さなかった。バイオレンス・シーンも、さほど気にはならない。キッドが闇の世界に片足を突っ込んでいる男であることは冒頭の逃がし屋としての描写で既に分かっているし、その後は、そのクールな無表情を覆すアイリーンとのほのぼのとした交流が詩情を交えて印象的に描かれ、そして、愛する女と自分に否応なしにふりかかってくる火の粉を払うために、修羅にはまっていかざるをえないキッドの心情も自然な流れで分るので、ワタシにはそこだけ唐突に浮き上がって見えたりはしなかった。まぁ確かにちょっとストライキングではあるけれど…。



ラスト、瀕死の傷を負ったはずなのに、確かなハンドル捌きで夜道を走るキッドの横顔は、うつろで憂いに沈んでいる。遠くの灯りが反射して闇の中でキラリと光る彼の目には、うっすらと涙が滲んでいるようにも見える。夜の底をどこまでさすらっていくのか。彼に安住の地、安息の日は訪れるのか…。



というわけで、孤独な不死身のキッドは夜の果てに消えていき、ムリに作ろうと思えば続編も可能な展開ではあるが、そういうオロカな事は避けてくれる賢明さを制作サイドが持っている事を祈る。続編など作ったら、不死身の主人公が行く先々でトラブルに巻き込まれながら、それを異常なまでの反射神経と度胸と身体能力で振り払って、再びさすらい続けるという、ただのつまらないプログラム・ピクチャーになってしまうだけである。この作品の詩情は、この1本きり有効なのだ。柳の下に二匹目のドジョウはいないのである。

コメント

  • 2012/05/08 (Tue) 17:58

    二回目をご覧になられたんですね~♪またワクワクしながら読ませて頂きました~。私も修理工場のシ-ンがとても好きです。キッドの笑顔にほのぼのとさせられ、二人の想いが感じられて、そしてこの二人に気を回すシャインの人の良さ、優しさも加わり、温かいシ-ンですよね。「5分待って!」のあのキッドの所作、表情はサイコ~です♪キッドの狂暴性が現れるまでの前半だけなら何度でも見れそうです(笑)好きなシ-ンがこの前半に集中してますし。ストーリーがわかっていながら飽きないのはやはりキッドのカッコ良さと映像、音楽に惹きつけられるからだと思います。スローモーションも效いてましたね。蠍とカエルの寓話は、昔見た大好きな映画『クライングゲーム』でスティ-ブン・レイとフォレスト・ウィティカ-の会話中に引用されてて、すごく印象に残ってました。今回、久しぶりにまたこの話を耳にしました。日本では馴染みがあまり無いですが、アメリカでは有名なんでしょうね。長々とお邪魔しました~。

  • 2012/05/08 (Tue) 22:29
    Re: タイトルなし

    オトミさん こんばんは。
    そうなんですよ2回目。もうじき上映終了というところで観る気になって観てきました。この映画の空気感、好きだなと再認識しましたわ。使われている音楽も映画を効果的に盛り上げてましたね。そうそう。前半にスイートなシーンがあれこれとあって、キッドとアイリーンが黙ったまま、ゆっくりと微笑み合うというのが何回か繰り返されますね。で、亭主の出所から不穏な気配が立ちこめてくるわけですが、ワタシは後半もわりに好きなんですよ。あの前半があって、後半のバイオレンスがガツンと来る、というかね。この映画は、シャノンのスポンサーであるバーニーを演じたアルバート・ブルックスや、ニーノのロン・パールマンなど脇のクセモノおやじ達もいい味を出してましたね。「お前にも夢はあったかもしれないが、諦めろ。この先ずっとお前は過去に追われる身だ」と中華料理屋でキッドに言うバーニーの台詞もけっこう好きです。
    「蠍と蛙」の話、「クライングゲーム」にも出てきましたっけか。随分昔に見て以来、ずっとご無沙汰なので、それは覚えていませんでした。欧米では有名な寓話なんでしょうね。日本でいうと、内容は違うけど「ウサギとカメ」みたいな誰でも知っている話という感じですかしらね。
    コメントはいつでも歓迎ですので、お気にならさずどうぞ。 ライアン・ゴスリングといえば「The Gangster Squad」という待機作がちょっと気になっています。40~50年代のLAを舞台に警察とマフィアとの闘いを描いた作品らしく、ソフト帽被ってダンディに決めてます。カッチョよさそうですよん。

  • 2012/05/11 (Fri) 19:49

    kikiさん

    お久しぶりです。ドライブ、今日最後になってやっと観てきました。
    評判の映画は期待しすぎてそれほどでも..ということがままあるんですが、これはほんとによかった~ライアンゴズリングってこんなにかっこ良かったんですねえ。若き日の健さんみたいと思いつつ、LAコンフィデンシャル以来のもう一回観たい症状に落ち込んでます。(もう最終日だったのに!)kikiさんのブログを拝読して余韻に浸ってます。

  • 2012/05/12 (Sat) 00:19
    Re: タイトルなし

    ふうさん どうもどうも。
    これ、ご覧になったんですね~。そうなんですよ、ゴスリング。意外なまでのカッチョ良さで、ワタシも久々に2回映画館に観に行きました(笑)ゴスリングだけじゃなく、キャリー・マリガンも役にピッタリとはまってたし、脇役もそれぞれ良かったし、音楽の使い方も良かったし、全体的に好印象な映画でしたね。ほんと、話題の映画って評判倒れな事もけっこうありますけど、これは猛烈なカー・アクションの爽快で単純な映画を期待していた人以外は楽しめる映画だったんじゃないかと思います。この先も、ゴスリングの出演作はよさげなものが続きそうなので、暫くは要チェックだわという感じがしています。

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