「ラブ・アゲイン」 (CRAZY, STUPID, LOVE.)

-2011年はゴスリング・イヤー-
2011年 米 グレン・フィカーラ監督



昨年までは全くノーマークだったので気づかなかったが、2011年はライアン・ゴスリングの当り年だったようだ。出演した映画は主演も脇もみな話題作だった。今年になってから日本で封切られた「ドライヴ」を観て、お!と思ったところで、同時期に公開されていた「スーパーチューズデー」も観た。そんなわけで、ついでのことに、彼の2011年度の快進撃の一翼を担うこのコメディも一応観ておこうか、ということでDVD観賞。ゴスリングは6パックの腹筋を持つ遊び人のイケメン役もスムーズにこなしていた。…それにしても、いつの間にこうもイケメンになっていたもんだろうか。さっぱり気がつかなかった。基本的には好みのタイプではないのだけれども、とにもかくにも勢いに乗っている人の華がある。



ゴスリングに興味を持たなかったら、まず観る事はなかっただろう本作。主演のスティーヴ・カレルは好きでも嫌いでもない(要するにどうでもいい)し、何より彼の妻を演じる赤毛のデコッパチことジュリアン・ムーアが、ワタシはどうにもこうにもダメだからである。上手いのかもしれないが好きになれない。エラの張ったホームベース型の大きな顔やそばかすだらけの肌、我の強そうな表情で我の強い役が多いし、小柄だし、さほど美人というわけでもないのに(横顔は特にキツい)、常になぜだか年を取っても「美女」ポジションである。…なぜに?
この、ワタシは認めないけれども、何故か常にいい女ポジションで勝ち誇っている女優の一人にデカ口のジュリア・ロバーツがいる。ジュリアンとかジュリアとか似たような名前だけれども、他意はない。ただ、二人に共通しているのは、ワタシには何がいいのか分らないが、何故かいい女ポジションでずっと仕事をしている、という事だけである。



で、本作はというと、このジュリアン・ムーア演じる妻がミドルエイジ・クライシスを迎え、勝手に同僚と寝た挙句に、唐突に夫に離婚を切り出すところから始まる。善良で、誠実で、現状に満足し、何も問題はないと思っていたら突如妻から三行半を突き付けられるモサっとした夫にスティーヴ・カレル。これはどう考えたって妻の方に問題があると思うわけだが、夫はショックで議論をする気力もなくなり、庭つきの家を妻と子供に置いて、自分は身一つで家を出る。一番下の娘がまだ小さい事もあるだろうけど、なぜ夫が出る必要があるのか。女房が家を出るべきでしょう。浮気して離婚を切り出しているんだから。

ともあれ、そんなこんなで簡素なアパート住いになった夫は、毎夜、同じバーのカウンターに座り、だれかれ構わず、妻を寝取られて離婚するはめになった、と愚痴り倒し、酒をあおる始末。そんな見苦しい様子を見るに見かねたのが、同じバーで毎夜美女を引っ掛けてはお持ち帰りしている遊び人ジェイコブ(ゴスリング)だった。泣き言を繰り返す惨めな中年オヤジのスタイリストを買って出て、強引にオッサンをパリっとした男に変身させようとするイケイケ・イケメンのジェイコブ。何故そんなお節介を?と思うが、彼はスティーヴ・カレル演じるキャルに、「あんたを見てると思い出す人がいる」と言う。



まだ若く、定職にもついている様子はないのに不相応な程の金を持って、シンプルだが贅沢な住いに一人で住み、適宜引っ掛けた女を持ち帰っては後腐れなく遊び、誰ともステディな関係にならずに花から花へと飛び廻っているようなジェイコブだが、実は精神的には満たされていない。大体、女から女へと飛びまわる男というのは心の中に空洞を抱えているものなのである。(家の中は衝動買いした通販グッズでいっぱい、というのがさもありなん、という感じ)まぁ、よくあるプレイボーイ的なバックボーンではある。強くて冷たくてブリリアントな母と、そんな母を扱いきれずに早死にした気の良い父。ジェイコブは、この早死にした父に、情けないキャルが重なって見えたのだろう。自分の父には出来なかったが、キャルには心の離れた妻を振り向かせられるようにしてやりたい…それが、ジェイコブがお節介を焼いた理由なのだと思う。人間、なかなか自分が育った家庭の枷からは抜けられないものなのである。

ジェイコブに叱咤激励?されて、身なりを整え、ナンパにも精を出し、一時的に遊び人中年になってみるキャルだったが…というわけで、キャルの家族の周辺に登場人物が限定されていて、なんだか狭いところでゴチャゴチャと人間関係が絡まっているなぁ、という印象ではある。遊び人ジェイコブを本気にさせる真面目な女子大生ハンナにエマ・ストーン。きょろっとした目が離れていて、ちょっとパグを想起させるけれども色白で可愛い。このハンナがキャルの娘だった事がラスト間近に分かって、キャルとジェイコブに近所のオヤジや妻の浮気相手が絡んでドタバタした取っ組み合いになったりする。とにかく、人間関係の狭さにはちょっとゲンナリもする。



キャルが一念発起してナンパした一夜の相手が息子の学校の国語の先生だったり、ハンナとキャルが親子だったり、なんだかもう、猛烈に狭い箱庭的相関図という印象ではある。ちなみにキャルの一夜の遊び相手である息子の学校の先生役でマリサ・トメイが出演。マリサ・トメイって何だかこういう役が多い気がする。何故だか「いい女」ポジションに居座るジュリアン・ムーアと比べて、何故だかマリサ・トメイは安い扱いを受ける役を振られがちだけれども、そんな役ばかりやっていていいものか、ちょっと気になる。まだまだイケているトメイちゃん。彼女の持ち味を活かしつつ、もっと主演級の役でいい仕事が巡ってくる事を祈りたい。



また、ジュリアン・ムーアの妻の浮気相手としてちょろっと出てくるのがケヴィン・ベーコン。随分小さな役で出番も少しだけれども、友情出演みたいなことだろうか。
バイトでベビーシッターに来る近所のお姉さんに恋をして、猪突猛進を繰り返すキャルの息子ロビーを演じるジョナ・ボボが、そばかすでちびでモサっとしているけれども、なかなか鋭いところもある息子役を好演していた。でもこの子は大人になると、確実にボー・ブリッジスみたいになると思う。



ところどころセリフも笑えるし、軽いノリで見られるラブコメとしては、それなりに面白かったかもしれないが、クライマックスで、息子の卒業式の場を占拠して、キャルが元妻への愛を滔々と述べるシーンは、なにやら気恥ずかしい。公の場でそんなにまで声高に言わないと何も伝わらないってことでしょうかしら。そもそも、中年になって若い頃の情熱が失せたとか言って、職場の男と浮気し、唐突に離婚を切り出した身勝手な妻と元の鞘に収まるべく、裏切られた夫の方が懸命に努力する、というのもなんだかねぇ…という感じ。不満を持つ女房の方は何か不満を解消するべく努力をしてみたのかしらん。亭主の方はちょっと服装にかまっただけで何かが変わったと言えるのかしらん。とにもかくにも、女房がワガママ勝手すぎやしないのかしらん。大体、そのワガママな妻をデコッパチが演じているから余計に、なんであんな女房がそこまで良いのかよく分らぬため、夫のスッタモンダのあれこれがひたすら茶番にしか見えなかったワタシなのだった。

何はともあれ、本作におけるワタシの見所はゴスリングのさらっとナイスなイケメンぶりだったのはいうまでもない。
彼がウジウジした情けないオッサンに適宜ビンタをくわらしつつも、グイグイと仕切ってモサったらしいオッサンを変えていこうとするシーンは笑えた。ジムのロッカールームで、首にタオルをかけ、自信満々にオッサンの前に全裸で立って、いい気に講釈を垂れるシーンや、ハンナに「シャツを脱いで」と強要されて、6パックの腹筋を披露するシーンでは(ワァオ、何それ!フォトショで修正済み?(Photoshoped?)とエマ・ストーンのハンナが驚く。少し前までデザイン系の仕事に携わる人間しか知らなかったであろう"Photoshop"が一般用語になるほどに、雑誌に載る女優やモデルの写真が修正されすぎている、またその事を皆が知っている、という事の現れだろう。要するにそこまでゴスリング演じるイケメンは肉体美である、という事だ)彼の細身ですらりとしているが上腕や大胸筋や腹筋など、必要なところにはしっかりと筋肉のついたトルソーが誇らしげに披露される。



90年代までは、アクションスターでもない限り普通のドラマ俳優がマッスルボディを要求されることは殆ど無かったと思うけれど、00年代に入ると、ハリウッド俳優はとにかく鍛えて、いつでも脱いで見せられる体を持っている事が必須条件みたいになっている。なまっちろいだけで一片の筋肉もないような体なんてお話にならないので、みんなよくエクササイズして鍛えている。女性の鍛えすぎはどうもねぇ…と思ってしまうワタシだけれども、男性が適度に筋肉のついた引き締まった体をキープしている事は望ましい。
それにしても2005年頃まで、ライアン・ゴスリングとマッスルボディなんて、全く対極に来るような取りあわせではなかったろうか。あまりに世間的にファンが多いので、何かで放映された折に「きみに読む物語」(2004)というのも観てみた事はあったが、げ~!という感じで中途で失礼させてもらった。映画自体もどうにも好きになれなかったし(ニック・カサヴェテス作品は「私の中のあなた」は良かったと思う)、あの時のゴスリングはイケてないの極地だったと思う。少なくともワタシ的には、「キモイ」という印象だった。



これに較べたら、植物さんみたいなナイーヴなボクを演じていたけれど、「ラースと、その彼女」の方は、映画もゴスリングも微笑ましい感じで可愛かった。が、本作の彼は「男」という範疇ではなかったし、ワタシにとってゴスリングといえば、植物さんかキモい若者を演じている俳優、というイメージだった。



前にも書いたように、彼が現在に至るラインの端著についたのは「フラクチャー」あたりからではなかろうかと思うのだけど(ちなみに「ラースと、その彼女」と「フラクチャー」は同じ2007年度の作品)、数年の間にここまで鮮やかに印象の変わった俳優はそう居ない。2011年は彼が出演した映画が全米で立て続けに3本封切られたわけで、実にゴスリングにとっての当り年だったのだろうと思う。その中で、やはりワタシの個人的な好みからすると「ドライヴ」が最も映画としても良かったし、ゴスリングも文句なしに素敵だった。あれをカッコいいと言わずして何をカッコいいというのか、というぐらいにカッコよかったと思う。

本作はラブコメで、しかも主演ではないので、実にさらりと、うまくいってもいかなくても毎晩バーで女を口説きつつ、ある時から一人の女性に真剣になる男を演じていたが、嫌味にもならず、無理もなく、それなりにハマっていた。まぁ、185cmぐらい身長があってすらりとしていて手足も長くプロポーションが良いし、顔立ちも端正で、内向的なウジウジ感が払拭された現在は、涼しげなハンサムマンという感じなので、観ていて清涼感があるのである。「ラブ&ドラッグ」の前半のジェイクの遊び人ぶりには、何か純真だった親戚の男の子が大人になって発展家になっちゃったのを見るような気恥ずかしい気分があったのだけど(ワタシだけの勝手な印象ではあろうけれど)、ゴスリングの遊び人ぶりはそれなりに板についているように見えて違和感はなかった。双方、実は心の奥底にトラウマ、または空洞があって、そっち方面で発展することで誤魔化している、というキャラなのは共通しているのだけど…。

ともあれ、2011年から今年にかけては、ライアン・ゴスリングは上げ潮に乗っていて、公私共にツキがあるという時期なんだろうな、という気がする。観ていてそういう勢いを感じる。彼を観ていると、ワタシはどうしてもジェイクを思い出さざるを得ないので、彼はどうなのかと目を向けると、これはワタシの勝手な憶測だけれど、ジェイクはどうもシャクレアゴと破局して以来、そのダメージからまだ完全には抜けきれていないような気がする。
2010年の「プリンス・オブ・ペルシャ」封切り時から「ラブ&ドラッグ」のプロモーションまでは、公の場でもプライベートでも、シャキっとしたイケメンぶりを見せていたが、そのへんのパブリシティが済み、「エンド・オブ・ウォッチ」の撮影もすんで、完全なオフになってからは、熊ヒゲをモシャモシャと生やして、いつ見てもあまり浮かない顔で、ひたすらに目立ちたくない、パパラッチに撮影されたくない、という気配が濃厚にたちこめているジェイク。最近撮られた写真を見ると、彼の周囲にはテンションの落ちた、もわりとした憂鬱の気配がたちこめているように感じる。仕事も彼なりには頑張っているし、そこそこの作品が続いているが、もう一息、という感じもするし、ラブ・ライフも小休止という雰囲気である。が、苦あれば楽ありで、そのうちツキも巡ってくるだろうとは思う。折角ハンサムマンなんだから、髭に埋もれてモッサリしていないで、もうちょっとパリっとしないこと?前はもっとナイスな感じだったじゃない、とついつい思ってしまうワタシなのだけど…。


なにげない姿で撮られても以前はナイスな感じだったのだが…


今はいつ見てもこんな感じ…髭に埋もれて、気分的に潜っている気配がする

一方、今ツキについている感じのライアン・ゴスリングだが、彼とてもずっとそのままというわけでもないだろうし、山もあれば谷もあると思う。昨年からやたらにノッているので、どうかすると来年あたりから翳りが出たりするかもしれない。山アリ谷アリは人の世のさだめ。でも、同じ80年生まれで、母や姉の存在感の強い家に生まれ育ち、繊細な若者像を体現して世に出て、演技力にも定評があり、今、30代の入り口にたって、見せられる体も有り、「manlyな俺」というアピールポイントも出来た、というありようがあまりにも近いので(年上の女が好きらしい、というのもなにげに近いものがある)、ジェイク・ジレンホールライアン・ゴスリングはワタシの中で最近どうも対になってしまう。どちらもナイスな俳優なので双方に頑張って欲しいわけだが、昨今キラキラしいゴスリングに比してちょっとジェイクが沈んでいるので、彼の今後が気になるワタシである。ジェイクの最新作「エンド・オブ・ウォッチ」は全米で9月に公開になるので、夏に入るとプロモーション活動が始まり、熊ヒゲを剃ってすっきりしてマスコミの前に現れる事だろうと思う。早くすっきりした姿が見たい。何より、来年あたりは局面が変わって、ゴスリングが過渡期に差しかかり、ジェイクがトンネルを抜け出して再び陽光を浴びるかもしれない。という具合に、この二人がどういう30代を過ごして、どういう40代に突入するのか、この先も興味深く見守っていきたいと思う。

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