「スイミングプール」

~静かな復讐~
2003年 仏・英 フランソワ・オゾン監督



オゾン監督作品は、これと「まぼろし」と「8人の女たち」を見たが、ワタシはこれが一番好きかもしれない。枯れ始めたランプリングはオゾン監督とのコンビで、第2の花を咲かせている感じ。映画は小娘だけが華ではない。フランスはまだまだ大人の出番がある数少ない国かもしれない。が、小娘とのカップリングは映画の勢いとしても欠かせない。そこでもう一人のオゾンのお気に入り、リュディヴィーヌ・サニエ登場となる。最初に映画館で予告編を見た時に、真っ青なゆらめくプールの水の中を彼女が平泳ぎで水面をかきわける姿にほほぅと思った。波打つ金髪。無駄肉のないスリムな体にぼーんとオッパイだけが存在感たっぷり。胸はともかく、骨組みが華奢で腹部に一切贅肉のない板のようなお腹はワタシの憧れなので、脱ぎ甲斐のあるサニエのボディは見ごたえがあった。(それゆえ白樺が横たわっているようなランプリングのヌードシーンは不要に感じた。女優魂でもあろうが、監督もそこまで小娘と張り合わせなくてもいいのにと思った)

鬱々としたロンドンから映画はスタート。ロンドンのシーンは画面にブルーのフィルターがかかっているので、暗いロンドンは更に暗く見える。人嫌いのミステリー作家サラ・モートン(シャーロット・ランプリング)が地下鉄で出版社に向かっている。20年前に彼女を見出し売り出した出版社社長ジョン(チャールズ・ダンス)の元には次なる有望な才能の若手が打ち合わせに来ていた。あからさまに嫉妬を表すサラ。しかし、サラの感情はこの社長ジョンに対して仕事上だけのものではない。男としての彼に抱いている感情があるのだ。そして、仕事の面でも、売れっ子のミステリー作家ではあるものの、金太郎飴のようなシリーズに嫌気がさして新生面を出したいと思っているのだが、金になる安定路線を守りたいジョンは、彼女に従来の路線以外の作品を書かせようとしない。サラは二重にジョンに対して不満である。自分の意欲を金儲けだけを考えて後押ししてくれない事、そして自分の感情を荷やっかいなものに思っている事…。ぐずりだしそうな彼女の気配を察してジョンは先回りをする。フランスにある自分の家に気分転換に行ってみないかと提案するのだ。この社長を演じるチャールズ・ダンスがインテリの壮年実業家で、厄介な金蔓に手を焼いているがそれを表すまいとしている感じを上手く出している。週末には行くというジョンの言葉にフランス行きを決めるサラ。

柔らかい緑と青い空のフランスに舞台が移ると一転して画面もサラの表情も明るくなり、活き活きとする。だが、彼女の静謐な執筆生活のリズムを乱す闖入者が現れる。ジョンの娘だというジュリー(サニエ)である。定職にも就かずにプラプラしているらしいこの奔放な娘は、毎夜違う男を連れこんでは一夜限りのお楽しみ。静かな生活をぶち壊されたサラは当初は怒りで一杯になる。このジュリーの連れこむ男というのがまた冴えない男ばかり。醜い黒パン姿でウロウロされたらサラでなくてもドン引き必至。ここでのサラのヒステリックな反応が可笑しい。耳栓をして寝たり、ボウル一杯のヨーグルトを陰険な目つきで食べ、ジュリーが買ってきたフォアグラを断りながらも夜中、彼女の留守の間に冷蔵庫を漁ってフォアグラを食べたり、ワインを少し飲んで減った分を水で補ったり、イイ大人が姑息なことをあれこれやらかすのだ。

サラはヨーグルトに飽き足らなくなり、街のレストランに食事に出る。そこのウェイターのフランク(ジャン=マリー・ラムール)に微妙に心惹かれるサラ。フランクを演じるラムールは声がいい。ロンドンに居た時よりもずっと表情が柔らかくなり、美しくなってくるサラ。が、ある夜、ジュリーがこのフランクを家に連れ込んでくる。サラは心中穏やかならないながらも3人でマリファナを回し飲み、ダンスに興じる。その夜中、庭のプールでジュリーとフランクはじゃれ合うが、翌日フランクの姿は見えない。プールサイドの血にサラがジュリーを問い詰めると、自分が殺したと告白する…。

と、いうわけで、このフランスに場面が移動してジュリーが出てくるシーンは全てサラ・モートンの小説の中の場面である。マルセルは実在するだろうが、フランクは虚構であろう。サニエのジュリーが登場してから出てきた人物は全て架空の存在であると見て差し支えないと思う。現実と虚構のあわいに小説が生まれる。これは作家が現実をいかに取捨選択して架空の世界を創造していくのか、という過程を見られる映画のようにも思う。ジュリーはサラがこうありたいと思うもう一人の自分であり、とうとう生まずに来てしまった娘の姿でもあろう。そして、ジョンという男に傷つけられた女同士でもあるのだ。「スイミング・プール」という物語にはサラの静かな復讐がこめられている。いつものシリーズ以外で傑作を生み出しすこと。そしてそれをジョンには扱わせないこと…。
自分が男性として彼に魅力を感じているほどには、彼は自分に女性を感じていない。週末に来るといいながらフランスの家にも来なかった。サラは彼の人生の断章をベースに新たなミステリーを作り上げ、それにより作家としての脱皮を果し、さらには長年執着を捨てきれなかったジョンにも鮮やかに見下り半をつきつけて静かに去る。ロンドンは相変わらずブルーだが、彼女の表情はもうブルーではないのだ。

最後の最後にジョンの娘・ジュリアが現われて観客は仕掛けられた罠に気づく。ジュリーとヘアスタイルだけが同じの、似ても似つかない娘・ジュリア。現実と虚構の落差というものを視覚的に切り取ったこのオチにもニヤリとさせられる。水のゆらめきを想起させるミステリアスなテーマ音楽もいい。

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