「ミッドナイト・イン・パリ」 (MIDNIGHT IN PARIS)

-魅惑の時間旅行-
2011年 スペイン/アメリカ ウディ・アレン監督



ここ数年のウディ・アレン作品はどうもね…と思っていたが、これはトレーラーを目にした時から行かなくては!という気にさせられた作品。内容も映像もあまりにも好みにハマっていて、まるでウディ・アレンがワタシのために撮ってくれた映画のようだわ、と思った。それにしても、ノスタルジックなジャズの調べに乗せて、ウディ・アレンが切り取るパリの街のなんと目にしみる快さ、美しさであろうか。パリというのは、誰が撮っても、どこを撮っても絵になる街ではあるのだけれど、冒頭から非常に気持ちよくパリの景観に乗せられて94分のファンタジーがスタートした。



自分が大好きな街に行って、その街で、現在じゃなくて自分が行ってみたい大好きな時代を目の当たりにできたらどんなにいいだろう、と思う事はよくある。ワタシの場合、ついせんだっても上海で、あぁ、2012年じゃなく1930年代の上海を直にこの目で見る事ができ、体験できたらなぁ…と痛感してきたばかりだ。主人公ギルの心情は痛いほどに分る。ワタシはかなりのパーセンテージでギルと同じ種類の人間なので、ふらりと旅行に行って、帰らずに済むならずっとパリに居たいと思うし、街をただほっつき歩いたり、街角のカフェに座って半日ぼうっと通りや道行く人を眺めているだけで理由なく嬉しい。そして、1920年代のパリに憧れる彼の気持ちは分り過ぎる程に分る。パリは21世紀に入っても相変わらず魅惑の都市ではあるけれど、1920年代の多士済々だったパリの夜を堪能する事が出来たら、それは素晴らしい魔法の夜に違いない。

オーウェン・ウィルソン演じるギルは手っ取り早く金になるのでハリウッドで脚本家をやっている小説家志望の男。脚本家としては売れっ子だがそんな自分に満足はしていない。そんな彼は婚約者のイネズと、彼女の両親のビジネストリップに便乗してパリにやって来た。冒頭、雨のパリを散歩するのが好ましいというギルに、何故雨でなくちゃならないのよ?と異議をとなえるイネズ。二人はそもそも最初から、違う地平に立っているのだ。



婚約者イネズを演じるのはレイチェル・マクアダムス。特に好きでも嫌いでもない女優なのだけど、本作ではブロンドがよく似合って、キャラは凡庸だけれどもなかなかチャーミングに撮られていた。彼女が肩からかけていたバックスキンのバッグがちょっといい感じだった。ワタシもああいうバッグが1つ欲しい。このイネズの両親(殊に父親)は、コテコテの共和党支持者でアメリカばんざい系の人種である。ギルをアカだと決めつけ、娘の婿としては不足であると思っている。当然、ギルとイネズの父親とは価値観も趣味もまるで合わない。このイネズの両親はふた昔ぐらい前の傲慢な小金持ちのアメリカ人の典型という感じがする。アメリカは世界一であり、物事はすべからく金の力でどうにでもできると思っていて、ヨーロッパをバカにしているというタイプである。両親とは合わないが、イネズには魅力を感じているギル。しかし、パリで偶然、イネズは昔からの知り合いである薀蓄ひけらかし野郎のポールと出くわし、け!と片眉をそびやかしたくなるようなウソ寒いその薀蓄をうっとりと聞く始末。ポールを演じるのはマイケル・シーン。今回は口の周囲に髭を生やして童顔をカバーし、エセ・インテリの胡散臭い薀蓄たれな雰囲気を出していた。マイケル・シーンとレイチェル・マクアダムスはこの共演がキッカケで付き合うようになったものだろうか。多分、そうなのだろう。

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ポールはガールフレンドを連れてきていたが、彼が何かと繰り出す「一緒にどう?」という誘いに諸手をあげて乗るイネズ。そりゃもう、勝手に行ってくれば?こっちは歩いてホテルまで帰るよ、と言いたくなるギルの気持ちもよく分る。パリは全体でも世田谷区ぐらいの広さなのだ。どこでも大抵は歩いて行かれるのである。そぞろ歩くのが楽しい街なのだ。意に染まない誘いより散策の方がいいに決まっている。



一人、ホテルまで歩いて戻るうちに道に迷うギル。折りしも深夜零時を告げる鐘が鳴る。道端に座り込んでいた彼の前に泊まったのはクラシカルなプジョー。そこで彼は車中の人々に招かれて同乗し、思ってもみなかった魅惑の時間旅行を体験するのである。

スコット・フィッツジェラルドを演じるトム・ヒドルストンは、昨今売り出してきている英国の俳優で、ケネス・ブラナーが目をかけている若手というイメージがある。イートン校からケンブリッジ大という名門校の出身で、実質的にも雰囲気的にも上流のニオイがする。このヒドルストンの演じるエレガントなブロンドのスコット・フィッツジェラルドを筆頭に、本作のそっくりさん大会は実にもうドンピシャリな配役で文句なしだった。フィッツジェラルドの妻ゼルダも、きっとああいう感じの女性だったのだろうと思うし、若きヘミングウェイも、ひゃ~いかにもだねぇ、という俳優がいい感じで演じていて、観ていてニカニカしてしまった。きっと登場するだろうと思ったジョセフィン・ベイカーも登場したし、キャシー・ベイツがガートルード・スタインを演じて、これまた違和感なしだったが、ワタシが一番受けたのは、エイドリアン・ブロディのダリ。これはトレーラーを観た時から受けていて、ブロディのダリで、この映画を観に行こうと思ったと言っても過言ではない。いやぁもう、エイドリアン・ブロディのダリは最高だった。1シーンしか登場しないのに、かなりの部分を浚って行った気がする。少なくともワタシの中では「ミッドナイト・イン・パリ」はパリのロケとブロディのダリで記憶されると思う。その他、まだ髪がある頃の、目つきの鋭いピカソもそっくりな俳優が演じていて、そうそう、こんな感じこんな感じ、と嬉しくなった。

そのピカソやモジリアーニと付き合い、更にはヘミングウェイとも付き合う女性アドリアナ(これは実在の人物ではないだろう)にマリオン・コティヤール。彼女は1920年代の人という設定なので、衣装も1920年代的衣装なのだが、ローウエストのストンとした20年代風のワンピースがとてもよく似合っていた。ショートボブにノースリーブのワンピース。小さなビーズのバッグ。いやもう、見事に1920年代である。素晴らしい。マリオン・コティヤールは今まで観た中で一番魅力的に映っていたし、ほっそりとして1920年代の衣装も実によく似合っていた。



魅惑のアドリアナと出会ったギルは彼女に恋心を抱く。お互い憎からず思いつつ深夜のパリをそぞろ歩いていると、二人の前に馬車が止まり、19世紀末の人々が乗っている。彼らに誘われてギルとアドリアナは1920年代から更にベル・エポック時代のパリに足を踏み入れる。ベル・エポック時代のパリはアドリアナの憧れの時代なのだ。ギルは1920年代のパリが最高だと思っているし、アドリアナはベル・エポックのパリが一番だと思っている。そして、彼らが出会った19世紀末の芸術家達(ゴーギャンなど)は、更に昔のルネッサンス時代が最高だと思っている。人は常に現在には不満を抱いており、自分が生きている時代よりも過去の時代の方が素晴らしかったと思うものなのだ、という心理が浮き彫りになる。このベル・エポックのパリのシークェンスでは、やはりムーラン・ルージュとカンカンが登場しないとお話にならないし、ムーランでカンカンといえばロートレックが登場しないでは収まらないので、ロートレックもしっかり登場。これまた実にイメージ通りの俳優が演じていて、そっくりさんが出てくるたびに、笑顔になってしまうハッピーな映画だった。

オーウェン・ウィルソンが演じる小説家志望のギルは、その昔はウディ・アレンが自ら演じていたタイプの人物のバリエーションであるだろう。ウディ・アレンほど神経性的でもなく、早口で一人言をしゃべりまくるわけでもないが、物静かだけれども強い好みがあり、趣味的な事にかなりの比重を置いているというキャラクターである。オーウェン・ウィルソンはいかにも自然に、ムリなく、ギルのキャラになっていて、特に目立つところも派手さもないけれども適役だったと思う。ウェス・アンダーソン作品に出演している時のようなケレン味を全く出さずに、自然に上手に求められるものを出していた。

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大人になっても見られるものなら夢は見たい。憧れの街に行き、憧れの時代で憧れの人々と会話する事ができたらどんなにか素敵だろうか…そういうシンプルだけれども抜き難い願望がウディ・アレンにこの映画を作らせたのだろう。だが憧れの時代に行って、もしそこに留まる事が出来、その時代の人になったとしたら、1920年代に憧れていたはずが、それは「つまらない現在」になり、結局、より昔の輝かしかったと思える時代に目が向いてしまうのだ、という事を悟るギルに、ホロニガな人間心理も垣間見られて、なるほどそうかもね、とそのホロニガささえも心地よく受け止める事が出来た。

雨でも晴れでも、昼でも夜でも、いつの季節でも、どんな時間でも、パリは嬉しく、楽しく、美しい。何も考えずに通りから通りへと歩いているだけでランランするほど楽しい。そんな、パリを無目的にそぞろ歩いているような楽しい気分を、映画を見ながら久々に感じる事ができた。エッフェル塔のシャンパンの泡のようなライティングも、さすがパリだけに洗練されている。街も魅力的だったが、今回は主人公ギルに関る女性がみな、ほっそりとして脚のきれいな人ばかりだったので、それが映画により一層の魅惑を添えていた。ついでながら美術館の学芸員の役で、いまや前大統領夫人となったカーラ・ブルーニが顔を見せていたのもご愛嬌であろう。



これはDVDが出たら即、買わなくては。こんな快い映画は常に手元に置いておかなくてはなるまい。手元にあれば、いつでも観たい時、行きたい時に、パリな気分に浸れるのだもの。それに実際にパリに行ったところで、こんな世界を垣間見る事はできぬのだし…。
ともにかくにも全編パリ・ロケで見ているだけでも楽しい上に、古いジャズやコール・ポーターの曲など、BGMの選曲もいかにもウディ・アレンの好みで、耳にも心地よい。彼の作品では「ラジオ・デイズ」がとても好きだったワタシだけれど、本作は「ラジオ・デイズ」を凌ぐ心地よさで、最初から最後までずっと、金色のシャンパンの泡に浮かんでいるような気分で94分の時間旅行、パリ旅行を堪能した。

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