ガルボ -自らの神話の殉教者-



グレタ・ガルボの生誕100年を記念して企画、発売されたというから、もう7年前に出ていたのだろうけれど、ワタシはモンブラン初の女性用筆記具「グレタ・ガルボ スペシャル・エディション」なるものを今年に入って初めて知った。ガルボの筆蹟や彼女のイメージからデザインされた万年筆なのだろう。そういうコンセプトは分るし、モンブランゆえ品質的に確かなのであろうが、デザイン的にはガルボ風味なのかどうなのか、些か微妙な印象の万年筆ではある。


モンブランのグレタ・ガルボ万年筆

ただ、筆記具が全て収まる黒い専用ケースは素敵なデザインだと思う。この専用ケースの右下には銀文字で彼女のサインが刷り込まれている。このサインを見た時に、本人が存命のうちには、この企画はきっと実現しなかったに違いないな、と思われ、微笑が浮かんだ。



ガルボは利用されるのを何より嫌った人だった。現役の女優だった時代からそういう傾向は顕著だったが、36歳で女優を引退してからは、尚更に世間の好奇心に晒される事、知人にプライヴェートな事を語られる事、自分の名声を他人に利用される事を何より懼れ、避けてきた人だった。長年親しく付き合ってきた友人でも、マスコミに彼女との交友について語ったり、彼女のプライバシーを公開したり、それが主題の本を出したりすると、彼女はそれを機会に何十年の長きにわたった付き合いであろうともきっぱりと交際を断ち、けして振り返らなかった。



彼女については、アレクサンダー・ウォーカーの書いた伝記を最初に読んだ。書かれてある事には全て納得がいったし、ウォーカーの視点というものを好ましく感じた。次に読んだのがガルボの死後に出版された賛否両論の伝記「グレタ・ガルボ その愛と孤独」(アントーニ・グロノヴィッツ著)である。これは1976年には完成していたが、ガルボの生前には出版を許可されず、彼女の死後にやっと出版された時点では著者のグロノヴィッツも既に亡くなっていた為に余計に内容の真偽が論争を呼んだものであるが、昨今久々に読み返してみると、色々と興味深い事が書かれてあり、ガルボを狂信的に崇めたい人には捏造とみなされるのかもしれないが(例えば、グロノヴィッツとガルボは性的関係を持った事があるという記述など)、ワタシは守銭奴だった部分や、バイセクシャルであったろう部分も含めてガルボという人が好きなので、内容にあまり違和感を持つ事はなく、真偽に躍起になることもなく、ただ興味深く読んだ。ガルボはこのアメリカに亡命したポーランド人の作家グロノヴィッツとは1938年からの知人であり、彼が「An Orange Full of Dreams(夢いっぱいのオレンジ)」という小説を1971年に出版した際には、その序文を書いている。ガルボが誰かのために指を動かすというのは、かなり稀な事であると思う。

ガルボは自らの伝説を守りぬく為に、沈黙と隠棲を通した。「ガルボの神話は今では私の全てなの。どんなに幸せな生活とも引き換えられないものなのよ。実のところ、”神話のガルボ”を損なわないために、自分の生活や人生そのものを犠牲にしているといってもいいほどよ」とガルボはグロノヴィッツに語ったという。「私は自分が達成したものを守るために沈黙という武器を選んだの。プライヴァシーを完全に維持するお金があれば、沈黙はとても有効な武器になるわ」と。これはガルボが実際にグロノヴィッツに語ったのかもしれないし、ガルボがそう考えていたに違いないとグロノヴィッツが思っただけかもしれないが、いかにもガルボらしい考え方だと思う。アレクサンダー・ウォーカーによれば、36歳での引退はガルボが意図したものではなく、大戦が始まり、ガルボの主な顧客だった欧州の観客が映画どころではなくなり、ガルボ・イメージのアメリカナイズがMGMによって進められる中、彼女が希望する企画は流れ、希望しない企画を蹴り続けていた結果、気がついたら引退していたという事ではなかろうか、というのだが、ともあれ36歳で引退したガルボは、その後の長い余生を自らの輝かしい神話に殉じる事に終始したように見える。

ガルボといえば、昨年、NHKの北欧特集の一環で「ガルボの恋文」という番組が放映されたのでワタシも観てみたが、番組で盛んに謳いあげていた、これまで世間に知られなかった若き日の恋文については、秘められた恋、とかガルボの真実、とかいう誇大な宣伝文句に煽られているだけで、結局は「若き日のささやかな故郷の男性との文通」というに過ぎない感じがした。確かに、相手のラッセ(ラース・サクソン)なる男性はこれまでの伝記には登場した事がないので新鮮ではあったけれども、スウェーデンからハリウッドに移る前に知り合い、1925年から1929年までの4年間、異国アメリカでの馴染めない日々に折々文通していた男性で、いくばくかの恋愛感情もあったのかもしれないが、ワタシには番組がそう印象付けようとしているような、つまり彼女のその後の人生に影響を与えたかもしれないような関係であるという風には受け取れなかった。まぁ、そういう故郷の男性との付き合いも若い頃にはあったんでしょうねぇ、という感じに留まる。若き日の彼女に多大な影響を与え、彼女を見出し、ダイエットをさせ、ガルボという姓を与え、「グレタ・ガルボ」という伝説的映画女優を創り挙げたのは、マウリッツ・スティルレルという映画監督であり、その専制的な影響力はやはり若き日のガルボにとって絶大だったと思われる。まさに彼女の人生を変えたのは、マウリッツ・スティルレルその人に他なるまい。そしてガルボとスティルレルは男女の関係にはなかった、とは言い切れないのではないかと、ワタシは思うのである。


ガルボという女優を「創造」したマウリッツ・スティルレル

この番組では、スティルレルの失意の果ての訃報に接して1928年の暮れに帰国したガルボが、1929年3月に故国を離れる際、船の上で涙する様子を捉えた珍しい映像を見られた事(帽子に毛皮のコートのガルボは、いかにもガルボらしい佇まいと雰囲気で魅力がある)、1936年にガルボがストックホルム郊外に購入したという夏の別荘を見られた事、そして故国の閑静で美しい森林墓地(スコーグスシュルコゴーデン)にある、優美なガルボのお墓を見られた事、また、ラッセなる男性にあてて、自分は結婚には向かない人間だ、と書き送っていた事などがワタシにとっての収穫だった。20代前半のごく若い時期から彼女はそれを自覚していた、という事がこの「恋文」によって改めて分かったわけである。


ガルボがストックホルム郊外に購入した夏の別荘


ハンカチを手に、故国を去る船の上で涙するガルボ …美しい 
ラッセと別れたからではなくムイエ(スティルレル)との永遠の別れに涙したのだ、とワタシは思う


スウェーデンの森林墓地にあるガルボの墓

ちなみに、この番組の案内役は若い頃からガルボのファンだという坂東玉三郎だった。玉三郎は女形姿で舞台に立っているのを見るのは素敵だが、素の姿や顔をドキュメンタリーで見るのは些かキツい人ではある。このスウェーデン・ロケでも彼らしいといえば彼らしいのだろうが、だぼついたズボンの白い衣装で思い入れたっぷりに動きまわる様子が、なにがなし奇妙な空気感を醸し出していた。一方で、玉三郎のような人がガルボを好きだというのは分る気もする。淀長さんによれば、ガルボはその昔、歌舞伎のニューヨーク公演を観にいって、女よりも女らしい、あの6代目中村歌右衛門の舞台に感銘を受け、歌右衛門が帰国してのち「I love you」を幾度も重ねた電報を打った(いわゆるファンレターであろうか)、というエピソードがあるという。彼女はその時、「椿姫」の女の中の女であるドミモンドを、男のようなメンタリティの自分が演じる事にとても苦心していたので、男でありながら女を女以上に演じる歌舞伎の女形の芸というものに衝撃を受け、深い感銘を受けたのであろう、と。
ガルボと歌舞伎の女形にはメンタル面で水面下の共通点があるのかもしれない。

そんなわけでドキュメンタリー「ガルボの恋文」は、参考までに一応見てみた、というに留まるワタシだが、ガルボが引退後の長い余生を捧げて守り通したイメージには、21世紀に入っても確かな商品価値があるという事をモンブランの万年筆で改めて思い知った気がする。こうして生誕100年を記念するという名目で、彼女にあやかった商品が企画され、売り出されたというのは、1930年代に主に活躍した女優としては、やはり希有の事というべきだろう。肝心の万年筆にはあまり惹かれないワタシではあるが、彼女の独特のサインがあしらわれた黒いケースの方はちょっと欲しい気がする。ガルボの筆蹟は、いかにも彼女らしい、意志的で男性的な大きめの、けれどまろやかな文字で魅力がある。


墓標に刻まれているのは、彼女の直筆のサインから彫られた伝説的な名前である

万年筆は要らないからケースだけ別売りで、ちょっと安くして売ってくれないだろうか。
…ダメ?

コメント

  • 2012/06/21 (Thu) 07:44

    ガルボ万年筆は、使用時にキャップをペンの柄の方に差し込んだフォルムが素敵なわけですね? なるほど。その写真は残念ながら見当たりませんでした。そういう状態だとトーク帽を被った時のガルボみたいな雰囲気が出るのかしらん、とちょっと想像してみました。

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