コミックソング・ナツメロあれこれ

この季節にはご他聞にもれずアテクシも花粉に悩まされ、外出は憂鬱なのでヒッキー気味になる。まだ鼻水はさほどでないものの、もう先週あたりから目が痒くて痒くて居てもたってもいられない、という程ではないがコンタクトレンズをはめるとカユミが増大するのでもっぱらメガネで生活するというぐらいな弊害は出ている。
そんなわけで本日は出かけず、洗濯物も部屋干しで(アテクシの部屋は日当たり良好でお天気のよい日はサンルームのようになるため、洗濯物は花粉シーズンに限らず部屋干しでアッサリと乾く)そこいらを掃除しつつ、この前からふと思い出して愛聴しているクレイジーのシングルスを流していたら、またまたこのへんのことについて書きたくなってしまったので書き始めてしまった。つくづく、あんたも好きねぇ、という感じではあるけれど。

クレイジーの絶頂期の歌はどれも傑作揃いで甲乙つけがたいのであるが、中でもワタシが好きなのは、「無責任数え唄」(文句あるかヨある筈ぁない、そう!なんだかんだなんだかんだある筈ぁない!)とシビレ節(ハ、シィービレちゃった、シィービレちゃった、シィービレちゃったよ?)、イントロがビートルズ調の「遺憾に存じます」、「いろいろ節」(ハ、いろいろ?あるヨいろいろね?、ハ、そんなこたどうでもいぃ????じゃねぇか)ゴマスリ行進曲の方ではなく映画で流れるゴマスリ音頭(部長なかなかお若いですネ、いやいやナニナニそんなこたないさ 世辞と知れてもつい上機嫌 それが世間の常識なのさ?)これを料亭の廊下をスイスイと植木流のスキップをしつつ(上に跳ねないですり足気味に前にツーステップで進む)、両手を平泳ぎのような仕草に動かしてスイスイと世の中を渡る、というゼスチャーをしながら、鼻歌のようにかる?く歌う植木さんが絶妙である。その他にも植木さんの代表的歌唱は「ハイ!それまでヨ」「ホラ吹き節」など枚挙に暇がないが、毎度爆笑ではないけれどクスリと笑ってしまう曲に「めんどうみたヨ」がある。これも本当に可笑しいんだけど、国定忠治や平手の神酒、吉良の仁吉など、かつてはいい時代もあったけど、運に見放されて落ちぶれた男が順繰りに昔助けた相手のところに庇護を求めに行こうかどうしようかと思案し、「言いたかないけど、面倒みたよぉ?」と一声、吼えるという歌詞である。この「面倒みたよぉ?」の部分が最高である。毎回どうしても笑ってしまう。このシメの「面倒みたよぉ?」に至るまでは正調の演歌調で、それこそ三波春夫センセイが唄っても不思議はないような歌なのだけど、そこをまた植木さんがあのいい声で十分に聴かせてくれるのだ。青島幸男の歌詞、萩原哲晶の作曲という永遠の名コンビが生みだした傑作の数々。クレイジーはつくづくスタッフに恵まれたと思う。というか、表に出てぱーっと咲く花の裏には必ずそれを支える有能なスタッフが土や肥やしとなって存在しているものなのだろう。


ハナ肇とクレイジー・キャッツ


コミックソングという分野も本当にあれこれ言い出すとキリも果てしもない世界であるが、たかの朱美さん推奨のトニー谷「さいざんすマンボ」(この人は植木さんに先立つ流行語の元祖で「家庭の事情」「おコンバンワ」「ネチョリンコン」「わたしゃあなたにアイブラユー!」など耳に引っかかってくるフレーズを繰り出すのが上手い)、エノケンの「洒落男」(俺は村中で一番 モボだと言われぇーた男)エノケンはこの唄しか知らないのが残念である。これはやはり大瀧詠一プロデュースのCDをゲットするべきかもしれない。トニー谷は晩年「今夜は最高!」に出る際、出演交渉に来た景山民夫に「アチシのね、ディナージャケットは自前!TV局の安物の衣装なんざ着ないよ」と下町口調でキメ台詞を言ったというエピソードがとても好きである。


Mr.トニー谷(左)  エノケンさん(右)

エノケンまで行くと色濃くナツメロ色が漂ってくるので、このへんで話をナツメロに転じようと思うが、ワタシはもうおわかりかと思うけれど好事家気質なのでナツメロも大好きな奇妙な子供だった。大晦日には紅白の少し前に東京12chでナツメロ番組を放送していて(まだ存続している)ワタシが子供の頃には名物歌手たちがまだ存命であれこれと興味深かった。もうその頃でも70は越していたと思われる市丸姐さんが芸者姿で現われ、斜に構えて「三味線ブギ」(三味線ブギ?でシャシャリツシャンシャン)を歌った時のことはまだ覚えている。サビの「はぁちょいとブギウギ?」の部分で日本舞踊の所作で首をきゅっと廻してカメラ目線で流し目を繰り出し、小学生のワタシを圧倒した。まだ十分に艶っぽく、一緒に見ていたおじいちゃんが「市丸はキレイかった?」と若い頃にステージを観た時の話をしてくれたのを、昨日のことのように思い出す。その他、聴いたとたんにひっくり返ったのは一節太郎の「浪曲子守唄」である。これは、♪逃ぃ?げたぁ?女房にゃ未練はないがぁ? というあの有名な唄であるが、唄の部分よりも何よりも間奏に被るセリフ部分が抱腹絶倒なのである。その内容がではなく語り口がもう、笑わずに聴いていることはできない。「そりゃあ、無学なこの俺が……さぁさ、いい子だ ねんねしな」という部分であるが、文字で書くとただのお涙頂戴な文句なのだけど、一節太郎はこれに奇妙キテレツな抑揚をつけて語るのである。それがもう、本当に可笑しい。どうしても笑ってしまう。こればかりは一度聴いてみていただかないとこれ以上の説明は文章では不可能である。是非、機会があったら一度その味わい深い抑揚に爆笑していただきたいと思う次第である。

             >>この記事へのコメント