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MI-5[Spooks] シーズン5

-ロスの登場とアダムの苦悩-
2006年 英 BBC



FOX CRIMEチャンネルでは、「MI-5」のどれかのシリーズをほぼ恒常的に流している。ワタシはシーズン7から9までは成り行きで全話観たけれども、それ以前のシリーズについては各シーズン毎に1、2話観た事があるきりで、あまりちゃんと観ていないので、このほどシーズン5の放映がまた始まったのをいいしおに帯録画しておいて余暇に観る事にした。
シーズン5は鉄の女ロスが始めて登場するシーズンでもある。彼女がどうしてMI-5に入る事になったのかちょっと興味があったので、シーズン5放映はタイムリーだった。続くシーズン6も合わせて観ると、アダムとロスの関係性の推移などがよく分るだろうので、このほどは飛ばし飛ばしところどころではなく、帯録画してちゃんと観ることにした。

余談だけれど、昨年秋から現在までの期間でみると、当ブログでの累計アクセス数では「シャーロック」関連記事と、「MI-5」関連記事が首位争いを繰り広げている。「シャーロック」はある意味現在進行形のシリーズだからそうかなとも思うけれども、MI-5は終了したシリーズであるにも関らず変わらぬ人気があるらしい。クォリティの高い作品であるという事と共に、いまだにファンが多い理由の最たるものに、アダム・カーター人気(言い替えると演じるルパート・ペンリー=ジョーンズ人気)があるのではないかと思う。何しろこの人はシーズン3からシーズン7(7は1話目で殉職)まで実に4シーズン+1話という長きにわたってメインを務めた、同シリーズの「中興の祖」といってもいい存在。1シーズン10話に出ずっぱりで、テロと戦い、仕事のストレスと私生活の苦悩にのたうち、息子を残して死ぬ事を懼れながら、やはりというか、ついにというか、息子を残して殉職した。ワタシは格別、ペンリー=ジョーンズのファンではないけれども、彼がアダムを演じていたシリーズ中盤というのは、やはり出演者のアンサンブルもピタっとはまっていて、殊更に面白かったのではないかと思う。シーズン3、4はあまりちゃんと観ていないので、そうハッキリした事は言えないのだけれど…。



シーズン5で登場したロスは、元ロシア大使でガス会社の取締役である父を持つMI-6の工作員。鉄の女は一応、お嬢様育ちではあったのだった。(ついでに、かねがねロスというのは、ロザリンドか、ロザムンドあたりの略だろうと思っていたが、どうやらロズリンの略らしいと分った)だが、ロスの父はMI-6の幹部などと共に、現政府の転覆を企てていた。いわゆるクーデター計画である。ロスもその手先として動き、色仕掛け(!)でアダムに接近しつつ、彼のPCから情報を抜いたりする。ロスが登場した時に、男性は彼女に釘付けね、という女性のセリフが出てくるのだが、え"ー?誰に釘付けなの?誰なの?という感じだった。ロスみたいなタイプの女をセクシーと見るか、ゴツイと見るかは、国によって分れるのかもしれない。少なくともアジア圏の人間にとっては彼女はゴツイという印象ではなかろうか。



ワタシには金髪の生えた筋肉質の般若にしか見えないのだが、欧米には根強いブロンド嗜好というものがあるので、ロスを見た男が、「おおぅ、ゾクっと来るねぇ」という事もありうるのかもしれない。ワタシに言わせれば単なる好事家であるが、アダムも些か好事家的嗜好があったようで、ロスとアダムは最初に会った時から、仕事半分、興味半分という感じでお互いに何となく惹かれるのである。ロスは偶然ではあるが、死んだ妻と同じ香水をまとってアダムの前に現れ、アダムの心を苦く揺さぶる。



パパっ子で、父親のクーデター計画にも参画していたロスではあるが、目障りなMI-5の連中を爆弾テロで片付けようとする計画を知り、アダムにそれを知らせる。女心である。その後、父親のクーデター計画はよりよき未来のための高邁な理想や思想のためではなく、ただの私利私欲にかられたテロ絡みの犯罪であることが分り、ロスは父に翻意を促す。クーデター計画はすんでのところで潰れ、MI-6の幹部は自殺し、ロスの父は投獄される。父の身を案じてしくしくと啜り泣くロスに、アダムはMI-5へ来い、と勧誘する。ふぅん、そうか。それでファイブで働く事になるのだね。可愛げのない鉄の女ロスではあるが、父が投獄される時と、アダムが死んだ時だけ泣いている。この二人は、彼女の人生において本当に特別な存在だったのだろう。


父の身を案じて啜り泣くロス

シーズン5ではこうした国内でのクーデター計画の鎮圧から、対アルカイダのテロ活動防止、またはアルカイダを装ったモサドの工作を阻止するなどの、様々な諜報活動が描かれる。このあたりまでは、やはり最重要警戒しているのはアラブ関係である。
余談だが、このシーズンでは、けっこうロスを「きれいどころ」として扱っていて、アラブの王子たちに接近し、色仕掛けで油断させてどちらがアルカイダに資金提供をしているのが探ろうとするシーンもある。まぁ、実際は強力なドラッグを飲み物に混ぜて、王子達が眠っている間にPCから情報を抜き取るというだけなのだけど、一応、後ろ姿とはいえ上半身裸になるシーンもある。誰へ向けてのサービスショットなのかさっぱり不明であるが、はっきりとは映らないのでまだしもだった。

また、シーズン5では、ハリーがルースを食事に誘い、いつか欧州諸国の首都を巡る旅に出るのが夢だ。勿論一人じゃなく、話の合う女性と出かけたい、とルースに誘い水をかける。ハリーはジャガイモみたいなオッサンなのであるが、こういうオッサンが結構ロマンティストであることは実社会にも往々にしてあることで、そのへんのキャラ設定も上手くできていると思う。ずんぐりして頭も禿げかけた冴えないオヤジが、案外、中身はロミオだったりするのである。ハリーとディナーに行った事が早々に職場の仲間に知れ渡り、おもしろ半分の噂の的になるのが耐え難いルースは、「噂されるのはイヤです」と硬直してしまう。
しかし、ハリーの熱愛するルースも罠に巻き込まれてMI-5を去る事となり(のちにハリーの懇願により復帰する)、ハリーは実務上も精神衛生上も、非常に重要な存在だったルースを失ってしまう。


ロマンチックおやじのロマンチック・ディナー

ハリーの苦悩もお察しするが、シーズン4で妻を亡くしたアダムが、シーズン5では夜毎悪夢にうなされ、叫んで目覚め、あまり眠れないまま仕事に向うというストレスフルな辛い日々を送っているのには同情を禁じえない。実際にMI-5の工作員がこんな感じで仕事に勤しんでいるとしたら、安らかな日々などというものはありえない事になるだろうし、仕事だけでも相当なストレスの上に、その激務と家族との生活をどう両立していくか、というのが重なると、もはや悩みの種は尽きないわけであるが、そもそもこの仕事をしていて、両立なんてできっこないであろう。家族を大事にしたいなら、こんな因果な仕事は辞めるべきなのだ。だが、一度足を踏み入れたら、基本的に途中で足抜けなどという事はできそうもない世界ではあるし、つくづくと現場に出る工作員は単身でなければ務まらないだろう。しかし、同業者だった妻が殉職し、一人息子を抱えたアダムのストレスはかなり目一杯なところまで達しており、こんな状態でずっと続けていくことはどのみち不可能だったに違いない、という感じがする。
どこかで終止符が打たれなくてはならないのだ。どういう形であるにせよ。


ストレスで潰れそうなアダム かなり限界という気配ではある


毎度の事ながら、「MI-5」を見ていると、こんなにも日々、水面下であれやこれやと危機的な状況が発生しては未然に防がれてオオゴトにならずにいるのかねぇ…などとため息が出てしまう。日本だって近隣に鬱陶しい国々がないわけではないので、そう安閑としてもいられないのであるが、欧州というのは、アラブ世界とも近いし、アフリカもそんなに遠いわけではないし、何か政変があったりすると難民がどっと流入してきやすいし、テロの脅威も日本の比ではないのかもしれない。だとしても実際はここまでの事はないのではないか、と思いたいところではあるけれど、往々にして事実の方が猛烈だったりする事もあるので、もしかすると現実の世界もドラマの中とそう変わりはないのかもしれない。

見ているとスリリングでスピーディであると共に、とてもヘビーで辛いシリーズなので、めまぐるしいストーリーを追いつつも、こんな仕事はそう何年も続けられやしないわねぇ、とついつい思ってしまう「MI-5」であるが、それでもシーズン9の、あの真っ黒けなムード、誰も信じられない、誰もかれもが裏切り者というような展開の、救い難い暗さや後味の悪さと較べたら、まだ全然このあたりは物語としても、キャラ設定としてもまっとうである。内相だってまだ信頼できる政治家、という雰囲気ではあるし…。

シーズン10までよく続いたなぁ、とも思うけれども、あのシーズン9の展開をみると、もう、果ての果てまで行きつくしてしまったのだろうねぇ、という気もする。アダム役のペンリー=ジョーンズは4シーズン+1話に出たけれども、考えたらハリー・ピアース役のピーター・ファースはシーズン1からシーズン10までずっと出演し続けたわけだから、これはなかなかに大変な事だったろうと思うのである。脳天気なシリーズならともかく、これはもう、1話1話しんどいものねぇ。ずっと付き合うのもかなりのエネルギーを要した事だろう。「よくがんばったで賞」でもさしあげたい気分ではある。9年続いたシリーズの幕引きとなったシーズン10もそのうち放映されると思うのだけど、何か想像するだに「祭りのあと」みたいな気分になりそうな気もする。シリーズ中盤のあたりは、まだ祭りの盛りなのでしんどい展開でも、ロマンティックな要素もあるし、やはり観ていて終盤ほど気が滅入らないというのが、身上かもしれない。

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