伊丹十三という才能

-才能の万華鏡-



先日、日本映画専門chで「13の顔を持つ男」という彼のドキュメンタリーを見て、改めてその多才ぶりに感心し、80年代に伊丹十三が出ていたCMのあれこれを「ああ、こんなのあったな」とか、「これ、面白かったな」などと懐かしく眺めた。多才だが、どの方面で仕事をしてもどこか満足できなかった伊丹十三自身は映画監督としての自分にやっと居心地の良さを覚え、映画監督として人生を終わった。けれども、ワタシはエッセイストや、イラストレーター、そしてCMプランナーとしての伊丹十三に、改めてその才能のきらきらしい輝きを感じた。

今年もまた、長寿だったビッグネームの映画人が亡くなっている。あの新藤兼人も100歳で生涯現役のまま遂に逝き、ついせんだっては、ベルさんこと山田五十鈴が95歳の生涯を終えた。長い生涯である。明治・大正生まれの人は心身共に頑健で長寿だ。長寿大国としての日本の屋台骨は明治・大正生まれが支えてきたのだと思うのだが、そのへんの世代が踵を返して逝ってしまうと、今後は昭和生まれ、平成生まれだけになり、日本は長寿大国ではなくなっていくのではないかと思われる。伊丹十三は昭和の人だった。天寿をまっとうできたら、かなり長生きしたかもしれないが、64歳でこの世を去った。あのニュースには、かなり驚いた。ワタシは伊丹十三は長生きで生涯現役系の人だと思っていたので、とても意外だった。その死を巡ってはいまだに自殺か否か真相は不明だけれども、映画監督としての伊丹十三はデビュー作「お葬式」から「マルサの女」を経て「静かな生活」でひとつのピークを迎え、その後は惰性に陥っていたような気がする。もっと言うと、伊丹十三作品の良いものは80年代に出つくしており、90年代に入ってからは2本の例外を除き、似たような娯楽映画を撮り続けていたような気がする。収益を上げるための「~の女」シリーズである。その中で、彼が作家的良心を傾けて作ったと思われる「静かな生活」(1995)は、実質的に伊丹十三の白鳥の歌ではなかったかとワタシは思う。

ひとつの指標として、山崎努が出演していない伊丹作品には見るべきものがない、というのがワタシの印象だ。言い替えると、これぞ伊丹作品だといえる作品には、かならず山崎努が出演しているのである。山崎努は「お葬式」「タンポポ」「マルサの女」と3本主演したが、その後「マルサの女2」から「大病人」までの4本には出演していない。久々に伊丹作品に出演したのが95年の「静かな生活」だった。何故、伊丹十三と山崎努が一緒に仕事をしなくなったのかは分らない。こんにち、伊丹作品の主演俳優としてマスコミに取り上げられるのは全作品に出ているという津川雅彦だが、津川が主演している作品は「あげまん」だの「ミンボーの女」だのといった、ワタシ的には興味のない伊丹作品ばかりである。「~の女」シリーズの中では、やはり一番最初の「マルサの女」が白眉だと思う。面白かったし、映画としても出来が良かった。そして勿論、山崎努が主演していた。伊丹十三と山崎努の間で何かがぶつかったのかもしれないが、伊丹十三の映画作家としての最良の作品は山崎努とのコンビで撮られたという事は疑いもない事実だと思う。


「お葬式」の山崎努


「~の女」シリーズの中では、やはりダントツの出来である「マルサの女」

ワタシが残念に思うのは、伊丹十三といえども、ボックスオフィスに無関心ではいられなかったという事だ。客が呼べてナンボである、という意識から自由になれれば、「~の女」以外に映画作家として多彩な翼を広げる事が出来たかもしれない。彼が、義弟であり、昔からの友人である大江健三郎の原作を映画化した「静かな生活」は、いろいろな意味で映画監督としての彼の挑戦だったのだと思う。「~の女」以外で客が呼べれば、あるいは高く評価されれば、別な方向の作品にシフトしていかれる、と。しかし残念なことに「静かな生活」は、興行的に他の作品ほど当らなかった。伊丹は再び「~の女」シリーズに戻ってしまうのである。そして「静かな生活」以後、それらを2本撮ったところで突如、彼の人生は終わった。もっと長生きして70代に入ったら別な心境に至り、「~の女」シリーズとは決別して、新たなテーマ、新たなテイストで映画を撮ったに違いないと思うけれども、それも今となってはもう想像の領域でしかない。

映画監督になる前の伊丹十三は、性格俳優として、CMタレントとして、独特な存在感を放っていたという記憶がある。彼のエッセイ「女たちよ!」はわが家の本棚にもあった。母が読んでいたのだと思う。


本の装丁もカバー絵ももちろん全て自分でやっていた

とにかくユニークな俳優だと思っていた伊丹十三が、ある時いきなり「お葬式」で映画監督としてデビューし、それが非常に話題になり、高評価を受け、以降彼は映画監督になった。映画監督になってからの伊丹十三は、とても活き活きしている感じがした。これまで携わってきた仕事の全てが、映画監督という仕事に生かせたという伊丹十三。彼が映画監督としての自分が本来の姿だと思った事の背景には、彼の前に常に立ちはだかってきた亡き父・伊丹万作の存在があったのだろう。数は少ないが映画監督として珠玉の作品を残し、若くして亡くなった父。多感な年頃に父を亡くした十三は、その大きな影と常に格闘して生きてきたのに違いない。ワタシは伊丹万作の作品については、「無法松の一生」の脚本しか知らないのだけれども、どの世界でも、その道で名をなした親と同じ世界に足を踏み入れた子は、親の影とどう向き合って行くのかという事は、生涯のテーマであるに違いない。


父 伊丹万作

ともあれ、伊丹十三は、映画監督として成功して初めて、父と向き合って立っている、引け目を感じずに立っていられる、と感じたのかもしれない。長年の人生のテーマに、ひとまずの答えが出たのだろう。
伊丹十三は、自身も映画監督としての自分に充足感を感じていたし、世間も映画監督としての伊丹十三を強く認識しているのだろうけれども、昨今、彼に関するドキュメンタリーを見ていて、ワタシはCMプランナーや、ドキュメンタリー番組の企画構成者としての伊丹十三に、新鮮なきらきらしい才能を強く感じた。ただ出演するだけでなく、自分の出演する番組やCMには企画段階から関って、面白いアイデアを捻り出していたという伊丹十三。「遠くへ行きたい」などにもレギュラーで出演していたらしい。知らなかった。
ツムラの日本の名湯などの入浴剤のCMは映画監督になってからもやっていたが、それ以前のマヨネーズや冷蔵庫のCMなども、見ているうちに、あったあった、と思い出した。ローカルCMでは、故郷の松山の菓子舗のCMで、「もんたかや」の呼びかけで始まる、松山弁でひょうひょうと語るCMがえもいわれない味わいで面白い。当時、愛媛では大評判だったそうな。


松山弁による語りが非常に面白いローカルCM これも企画構成を自ら手がけている

俳優のかたわら、様々なテイストでイラストを書き、エッセイでその時々の所感をつづり、CMやドキュメンタリーを企画・構成して出演していた伊丹十三。多方面に才能がありすぎて、どこに集中すればいいのか、何をやっていれば満足するのか、20代、30代、40代と道を模索しつづけた。全伊丹映画に出演していた津川雅彦は、伊丹を評して「映画界最高のインテリ」と言う。確かに伊丹十三は、多才で、趣味人で、好事家で、インテリだった。


商業デザイナーとして本の装丁もやっていた イラストから書体のデザインまでトータルにデザインしていた


多方面に鮮やかな才能を持っていたが、何をやってもこれだ!という実感を得られなかった30代の頃

彼の才能をまざまざと実感できるであろうドキュメンタリーに「天皇の世紀」(1973年)というシリーズがある。ワタシはこれについて全く知らなかったのだけど、彼についてのドキュメンタリー「13の顔を持つ男」の中で断片的に見ただけでも、非常に興味深く面白そうな番組だと感じた。大仏次郎が朝日新聞に連載していた未完の大作「天皇の世紀」は、幕末から明治維新までの激動の日本を描いた作品で、まずドラマ化され、その2年後にドキュメンタリー版が制作された。これを8月に日本映画専門chが放映するというので、録画セットを忘れないようにしなくては、と今から手ぐすねを引いている。伊丹十三はこの歴史ドキュメンタリーで、時に語り部、時にインタビュアーとして番組を牽引しているようだ。昔の番組なので26回もあるらしく長丁場である。うっかりと録画もれがないようにしなくてはならない。「天皇の世紀」は諸般の事情により、長らく再放映されぬままになってきた作品らしいので(まぁ、タイトルからして、いろいろありそうではある)、今回の放映はなかなか画期的な事であるようだ。また、ドラマ版の方には脚本で新藤兼人が参加している。これは時代劇専門chで近々放映開始らしい。ドラマ版の方にも伊丹十三は出ているようだけれど、ワタシはドキュメンタリー版の方に興味をそそられている。1973年、番組撮影当時のパリの街をちょんまげに大刀をさした侍姿で飄々と歩く伊丹十三、などという映像を断片的にでも見せられてしまうと、これは面白そうで見過ごすわけにはいかない、と思ってしまうのである。


ちょんまげ姿でパリを闊歩し、番組を総括する

亡くなってからこれまで、あまり伊丹十三を振り返るという企画がなかったような気がするのだけど、今年はそういう機運があるようで、この多才な人が再び認識され、評価されるのは、大いにしかるべきことだと思う。また、映画監督になってからの伊丹十三はリアルタイムで映画も見ていたので記憶にあるが、その前の伊丹十三については俳優として以外の顔はあまり知らないし、ましてや70年代のCMやドキュメンタリーなどは全然知らなかったので、ドキュメンタリーの中で断片的に紹介されたその時代の伊丹十三が、ワタシにはとても興味深く、新鮮に感じられた。

コメント

  • 2012/07/16 (Mon) 18:27

    kikiさん、ご無沙汰でございます。
    8月に放送されるという伊丹十三のドキュメンタリー、予告篇をみてわたしも興味を持ちました。でも26回もあるのですね...。録るだけとって果たして見る時間はあるかしらん、と少々不安ですが(笑)。
    アップしていらっしゃる本の装丁、どれも素敵ですね。わたしのツボです。とても才能あふれる人だったのですね。エッセイも読んでみたくさせるデザインです。
    「~の女」シリーズはどれも見たことなく、「お葬式」「タンポポ」しかり。後半の「~の女」シリーズはkikiさんが指摘されるように惰性の代物のような気がするし、伊丹作品はなんとなく生々しそうでズケズケしてそうというか、まあ要するに手が伸びないタイプのそれのようで。しかしながら山崎努が出演している三作品はいいというご意見に単純なわたしは「ちょっと借りてみようかな」と早くもTSUTAYA行きを考えておりまする。わたし山崎努もなかなか好きなんですよね。ちょっと前に「早春スケッチブック」という山田太一脚本のたしか81年のドラマをDVDで借りて見たんですが、これは脚本がいいのか山崎努が魅力ありなのか判断つきかねますが(恐らく両方です)、このドラマがとてもとても気に入ってしまい、おのずと山崎ファンになったわけです。なので、伊丹+山崎の三作品見てみようかな~と。ふふふ。
    作品を見ていないのでなんとも言いかねますが、きっと惜しい才能を失ってしまったに違いないのでしょうね、あんまり早く。

  • 2012/07/16 (Mon) 22:22

    ミナリコさん
    最近、邦画記事が出なくてすみませぬねぇ。昨今は興味をそそられる邦画がないんですわ。そのうち何か出てくるとは思いますが。
    で、伊丹十三ですが、彼の映画はかなりアクが強いし、悪趣味な部分もあるし、全面的にOKというわけではないんですが、その特有のアクを受け流す事ができれば、初期作品では殊に「タンポポ」をお薦めします。これは食通のエッセイみたいな映画で独特のフィーリングですが、その前も、その後も、こんな映画は作られていないと思うので、一度見て損はないかもしれません。食に関する様々なエピソードが主題と並行してあれこれと展開していくんですよ。中でもラーメンの達人的老人として大友柳太朗が登場するシーンは忘れ難いです。もしかすると、これが遺作だったかなと思うんですが、飄々としてナイスでした。ワタシが伊丹作品でイチオシなのは、この記事にも書いているとおり、「静かな生活」です。その次に「タンポポ」、「マルサの女」、ついでがあれば「お葬式」かな。残りはパスで全然問題なしです。「お葬式」も別に観なくていいかもしれません。けっこうアクが強いので(笑)伊丹作品的には山崎努が出ているものが良品なんですが、山崎努側からみると、必ずしも伊丹作品が彼のベストのパフォーマンスではないんざますわ。 伊丹氏本人は映画監督としての自分に満足していたみたいですが、ワタシはそれ以前の、エッセイストや、イラストレーターや、CMプランナーや、番組の企画構成者としての伊丹十三の才能に、特に強い光芒を感じました。日本のありようと行く末を憂うる多才な知識人としての伊丹十三というのが、ワタシの中で一番しっくり来るのかも。その意味で、「天皇の世紀」のドキュメンタリー版はなかなか楽しみなのです。ただ、本当に26回というのは長丁場なのでねぇ。何回か撮ったところでDVDに焼いていかないとHDDの空き容量の問題もあるし(そろそろBDのデッキ買わないと…)、頭痛いですわ(笑)山田太一の「早春スケッチブック」はリアルタイムで観てましたが、細かい事は忘れちゃってて…。確か岩下志麻と河原崎長一郎が夫婦役で、従兄妹同志で夫婦役というので話題になったような記憶があります。肝心の山崎努についてさっぱり思い出せないのはどうしたことか…(笑)

  • 2012/08/15 (Wed) 05:16
    訂正を。

    ほんたかや…ではなく、もんたかや、ですよ。

    • 通りすがり #-
    • URL
    • 編集
  • 2012/08/15 (Wed) 22:11

    ご指摘をどうも。 訂正しました。

  • 2012/08/27 (Mon) 14:17

    kikiさん、こんにちは。

    久々振りに、伊丹十三の名を目にして、おぉッ!と嬉しくなりました。
    繊細で、素晴らしく才能に恵まれ、環境に恵まれ、それゆえに葛藤があったのではないかな、という印象があります。
    伊丹十三というと、私はプレスリーのハウンドドッグの歌詞についてのユーモラスな文章を思い出します。(全然別の人が書いたものだったら、ごめんなさい)
    彼の甥っ子だか近所の子だかが、プレスリーの ハウンドドッグで繰り返し出てくる歌詞を “ユエン ナツバラ ハウンドッグ”と歌っているのを聞いて「・・・何ですか、それは? “湯煙 夏原 ハウンドッグ”? つまり、温泉の湯煙(ゆけむり)が立つ夏の野原をウロウロしている犬の歌ってことですか?」というような内容を読んで大笑いした記憶があります。
    なぜなら、私にもそうとしか聞こえなかったからです! いまだに、たまにラジオなどでかかる A Hound Dogは
    nothin’but a (hound…)ではなく ナツバラと聞こえ、夏原
    を思い出し、ニヤっとしています。

    この欄ではないのですが・・・。
    ポーの一族のことを書かれていて、びっくりしました。よくご存知でしたね。メリーベルを失い、アランが加わったところまではくっきり覚えていたのですが。そうですね。鹿討帽 ありましたねぇ。あの作品の影響で、イギリスに旅行したことを懐かしく思い出しました。涼しく快適な夏!!
    その時のイギリスの印象は、部屋の照明が暗く(シャーロックのハドソンさんの部屋も夜は暗そうですね)、建物が古く重々しくヒンヤリしていて、魔法使いや吸血鬼や狼男がいくらでもいそうだなぁと感じたものでした。

    これからも楽しみにしています。


  • 2012/08/27 (Mon) 22:04

    畔さん こんばんは。
    伊丹十三については暫く忘れていたんですが、今年に入って彼の名前を聞く事が増えたような気がします。その「湯煙 夏原」のエッセイは「女たちよ!」か何かに掲載されていたんじゃないかと思います。母が買ってあったのか我が家に本があったので、ワタシも読んだ覚えがあります。その「湯煙~」は一種の空耳アワー的なネタで、それ系の走りですわね。でも、今読むと、「女たちよ!」なんかはちょっと(かなり)力んでいるようなところも感じます。何かにつけ、絶対にこうでなければならない!とか力んでいる事が多いですわね。若気の至りがあちこちに散見されるような、ね。そうか、伊丹十三もいきがった若者だったのだね、なんてね。「ヨーロッパ退屈日記」はこの前初めて読んでみたのですが、なかなか面白かったです。そんな伊丹十三のTVの仕事の白眉であると言われる「「天皇の世紀」をひとまず録画はしたのですが、まだ全然見ていなくて…。そのうち時間と気分にゆとりが出来たらじっくりと見て、何か感想を書こうかなと思っています。

    「ポーの一族」と「トーマの心臓」は少女時代のワタシを鷲掴んだコミックでした。少女漫画なんていう域を飛び越えて、叙事詩か繊細な中編小説を読んでいるような気分でした。殊に「トーマの心臓」なんかは少年達の世界に宗教的な苦悩が絡んできて、今読んでも大人の観賞に耐えるというか、絵といい、ストーリーといい、あの頃の萩尾望都は本当に素晴らしかったと思います。「ポーの一族」の叙情性は永遠ですね。だから、少女の頃に買った5巻のコミックはかなりボロボロになったけど未だに持っているので、時折読み返します。それゆえ、遠い昔に読んだものを思いかえすというのではなく、常に手近にあるのですわ。
    ロンドンは夏でもひんやりとした印象だったのですね。ワタシがロンドンに行ったのは2回とも秋だったんですが、2度目は秋でロンドンだというのにけっこう暑かったのでビックリした覚えがあります。それと、地下鉄から階段を上がった時、目の前に広がっていたロンドン塔が妖気をはらんで見え、なにかゾワっとした事をいまだによく覚えています。
    また、いつでも遊びに来てください。

  • 2012/09/17 (Mon) 15:52

    他の記事を読みにきて、こちらも気になったので書き込みます。

    「タンポポ」の大友柳太朗さん、撮影が終了してから間もなく自殺されています。

    そして山崎勉さんが出演しなくなった理由のひとつに、役者の意見が取り入れられない、というのがあったようです。
    伊丹さんは、自分の台本・想定以外ことはやってもらいたくないという人だったので、そのへんで葛藤があったことを、後に山崎さんがインタビューで答えています。

  • 2012/09/17 (Mon) 22:07

    大友柳太朗さんが自殺された事は知っていますよ。当時の新聞に、認知症を患ってセリフ覚えが悪くなっているのを悲観されていた、というような記事が出ていたことを覚えています。

    山崎努氏が伊丹作品に出なくなったのには、そういう理由があったんですね。色々な憶測は飛びかっていましたが真相は何だろうかと思っていたので、さもありなんという感じですが、すっきりしました。確かにね。伊丹氏は自分の思った通りに動いて欲しい人だろうし、山崎氏は自分の意見がありそうだしね。葛藤は起こるべくして起きたのかもしれませんね。

  • 2012/09/18 (Tue) 21:24

    こんばんは、ご返答ありがとうございます。
    文章がうまくないもので、すみません。

    大友さんが亡くなったのは、
    タンポポ出演シーンの撮影が終わった確か翌日でした。

    山崎さんは残念ですね。合わなかったんだと思います。
    それでもいい作品だと思っています。



  • 2012/09/18 (Tue) 22:07

    いえいえ。山崎努氏がなぜ、伊丹映画に出なくなったのかが、はっきりと分かって有難かったです。
    全作品には出なくても、やはり山崎努の出ている伊丹映画は出来が良いと思います。
    大友さんは、老境に至っても飄々とした味わいが受けて、かなりの売れっ子爺さんぶりだったので、突然の訃報にはみんな驚きましたね。残念な事でした…。

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