「Sherlock」雑感



BSプレミアムでの「Sherlock」放映が始まったので、今回はSeries1からバッチリと英語版を録画しているワタクシ。何しろ吹替えがキライなのでニカ国語放送というのを殆ど観ない上に、録画なんかもした事がなかったので、昨年「Sherlock」の録画をHDDのデフォルト設定のまま行ったら日本語版でしか録画できずに地団駄を踏み、デジタル放送の音声を選択して録画する方法をチェックした次第。そんな事がなければ調べる事もなかった機能。
いやぁ、「Sherlock」は英語だけでなく、色々と勉強させてくれます。 
それはさておき、さる7月19日に誕生日を迎えて36歳になったベネディクト・カンバーバッチ。2012年度のエミー賞ミニシリーズ部門の主演男優賞にノミネートもされた模様。これはまた、エミー賞の授賞式もチェックしなくっちゃ。

さて。
「Sherlock」については、書きたい事を殆ど書きつくした気がしていたワタシなのだけれど、今回の放映で久々にSeries1もざっくりと振り返ってみて、前から思っていた事、そしてこれまでの記事には書いてなかった事を書こうかと思う。それはシャーロックが、あんなにも大事な相棒であり、ただ一人の友達であるワトソン君に、自分の危機的状況を秘密にする傾向がある、という事である。

この傾向が最初に出たのはSeries1のエピソード2「The Blind Banker」が初だろうと思うのだけど、ワトソン君が近所に買い物に出て、スーパーのセルフレジに怒鳴っている間に、シャーロックは221Bで謎の男と格闘していたりする。依頼を断った事で逆恨みされたのだったか、とにかく、アラブ風の鋭利な刀で斬りかかられたりしつつも、どうにかこれを撃退し、ワトソン君がセルフレジとの格闘に敗れて帰ってくる頃には涼しい顔をして座っている。(あの男はどうしたのだろう?二階の窓から放り出したのかしらん)下手をすれば斬られて負傷するか、刺されて死ぬ事もあったかもしれないのだが、シャーロックはそんな気配はおくびにも出さない。格闘の名残の短剣が足元に落ちていたのもワトソン君にみつからないうちに素早く椅子の下に押し込む。とにかく、そういう危機的状況にあった事をワトソンに隠すのである。



このエピソードでは、もう一度シャーロックが危機的状況に襲われるシーンがある。チャイナタウンのスー・リンの部屋を探索している最中に背後から襲われて首を締められ、気を失いかけるのだ。表玄関でシャーロックが鍵を開けるのを待っているワトソン君は、いつまでもシャーロックが自分を中に入れようとしないので中っ腹である。(君には誰の助力も必要ないんだろうが、)必要があれば呼んでくれ、と郵便受けの隙間から叫ぶワトソン。首を締められつつ、シャーロックは「…ジョン、ジョン」と切れ切れに呼ぶのだが、その声は届かない。シャーロックがそうとう参ったのをみて、刺客は去る。シャーロックは咳き込みながら起き上がり、ようやく玄関のドアを開ける。ちょっと弱っていてかすれ声のシャーロックに、「なんだか声が変だぞ、どうした?」と声をかけるワトソンだが、シャーロックは何も言わない。刺客がその気だったら、もう一息で死んでいたかもしれないのだが、その事をけして言わないのである。何事もなかったような顔をしているのだ。



これは、いかなる時にも何事もなかったような涼しい顔をしていたい、というシャーロック流のダンディズムでもあるだろうし、もう終わった事だから今更いい、という事もあるだろうし、その他の理由もあるかもしれないが、ともかくも、こういう本当に危機的状況に陥った時にワトソンにその事を言わない、というシャーロックの傾向が、Series2の3話目、あの 「The Reichenbach Fall」では最高度に発揮される。宿命の対決を控えて、221Bでモリアーティとお茶を飲んだ事も、その際に「お前を失墜させる」と宣戦布告を受けた事も、けして言わない。そして、「彼(ワトソン)が見ているところではそんな面は出さないけれども、彼が見ていないところではあなたは悲しそうよ」とモリーに喝破され、そのモリーには結局、一肌脱いで貰うのであるが、ワトソン君には何も言わないばかりか、その目の前で自殺を偽装したりもする。シャーロックとしては、彼なりにワトソン君の安全を慮り、色々と考えた果ての究極の選択なのだろうけれども、ワトソン君にしてみれば真相が分らなくても「なぜ!?」が渦巻き、真相が分かっても更に深い「なぜ!?」が渦巻く事であろう。ワトソン君にとっては、これ以上に相棒として水臭い行為はないに違いない。でも、それがシャーロックのスタイルなのである。



このへんのキャラ設定が、実にこの「Sherlock」のうまいところだと思う。キャラクターにもストーリーにも、ちょっとした、魅力的な謎を仕込んであるのだ。けして明確な答えがあるわけではなく、観る者がそれぞれの感性で解釈するような謎を。

この現代版ホームズの「Sherlock」が制作される以前に、BBCは2002年と2004年にビクトリアン・シャーロックの単発ドラマを制作している。「シャーロック・ホームズ/バスカビル家の犬」と「シャーロック・ホームズ:淑女殺人事件」である。この2本はエグゼクティヴ・プロデューサーと脚本家、そしてワトソン役者が同じである。つまり、基本的には同一シリーズで、ホームズ役者だけを変えたものだが、ホームズのキャラ設定の色づけを誤って著しく魅力が無かったために、ホームズ物としては失敗に終わった観がある。


左「バスカビル家の犬」、右「淑女殺人事件」

この2本もやたらにしつこくAXNミステリーで放映しているので、一応見たし、「淑女殺人事件」についてはレビューも書いた。それは勿論、「淑女」においてはマイケル・ファスベンダーが異彩を放って輝いていたからである。(「淑女殺人事件」については、ルパート・エヴェレットのホームズ以外は割に良かった)



この2本のホームズ物2時間ドラマの特徴は、シャーロック・ホームズのキャラクターの設定ミスが致命的である、というところにある。ここで描かれるホームズは嫌味で尊大でひとかけらの可愛げもなく、自分勝手で頽廃的でナルシストで、時折ヒステリックでもあり、ワトソンには精神的に依存している部分もあるのだが、根本的に根深い孤独の中に生きていて、現実逃避的に薬物に依存している。しかも、これをホームズを演じるには適していないと思われる俳優が愛嬌もなく、嫌味ったらしく演じているので、余計に視聴者の賛同を得られなかったのだと思われる。2002年の「バスカビル家の犬」ではリチャード・ロクスバーグ、2004年の「淑女殺人事件」ではルパート・エヴェレットが同じ性格付けのホームズを演じているが、どちらも甲乙つけがたく魅力薄である。
殊に、ルパート・エヴェレットのホームズは、白塗り仮面のような奇妙なルックスに加えて、あまりにもナルシスティックで頽廃的に過ぎ、ハドソンさんを下女か何かのように扱い、態度も極めて無礼で見ていて不愉快になってしまった。



シャーロック・ホームズは確かに自分の才能にうぬぼれてもいるし、キザで尊大なところもあるけれども、嫌味が勝ってはならないのだ。基本的に振舞いは紳士的で、クールで颯爽としている事が身上で、その上に、いくつかの風変わりな部分を補ってあまりある程に、人物として魅力がなければならない。ブリリアントなその能力とあいまって人としての魅力があるかどうかも、シャーロック・ホームズ像を造形するには重要な要素なのである。その点、時折はあまりの芝居がかった様子にちょっと鼻白む事もあったが、ジェレミー・ブレットのホームズはルックスだけでも完璧な上に、やはり抗いがたく魅力があったと思う。権力にはおもねらないが、折々は愛嬌もちらっと覗かせたし、ハドソンさんには常に紳士的に接し、基本スタンスとして、教養深く上品な紳士であるというのが、ジェレミー=ホームズの身上だった。



余談だが、ワタシはジェレミー・ブレットにホームズ以外に演じて欲しかった人物がある。それは、塀の中のシャーロック・ホームズことハンニバル・レクター博士である。今や、レクター博士といえばアンソニー・ホプキンスという事になっているけれども、ワタシがトマス・ハリスの原作を読んだ時に脳裏に思い浮かべたレクター博士のイメージは、実にジェレミー・ブレットその人だった。小説に描かれたレクター博士というのは確か痩身長躯で鋭い風貌をしていて、ホームズを演じているジェレミー・ブレットそのままのような印象だったと思う。アンソニー・ホプキンスのように、何となくまるまっちい感じの小柄なおじさんではないのだ。



ホプキンスはその演技力と存在感で本来的には自分の柄ではない役を自分の方に引き寄せて具体化してみせた。それこそは演技力というものだろうと思う。彼のレクター博士は確かに良かったとワタシも思うのだけど、ジェレミー・ブレットが演じていたらどうだったのだろう、それが是非見てみたかった、と今でも時折思うのだ。


ご推薦はありがたいが、僕はゲテモノ喰いはしないのだよ

話をホームズに戻すと、21世紀版ホームズの「Sherlock」であるが、アロガントな事にかけては2002年版や2004年版のホームズ像にも劣らないのだけれども、カンバーバッチのシャーロックには、まずそこはかとなく愛嬌がある事がもっとも大きな違いである。彼にはやんちゃ坊主の可愛らしさがある。お坊ちゃん育ちの次男坊らしい育ちの良さそうな気配や、ワガママさや、きかんぼうな部分が上手く盛り込まれていて、世間知らずのお坊ちゃんが並ならぬ頭脳をもって、その興味の赴くままに犯罪の解明をするうちに、いつしかコンサルタント探偵になり、その過程で知合う人々との関りの中で段々に人として成長していく部分が描かれる。自称ソシオパスだろうと、生意気な女刑事からサイコ呼ばわりされようと、シャーロック本人が陰湿な空気を発してはいないという事はけっこう重要なファクターだ。マイペースでクールで淡々としているが、暗さはないのである。



これを割にシリアスなムードの二枚目の若手俳優などが演じてしまうと、それなりに型にハマッたちょっとカッチョいいホームズにはなるだろうけれど、却ってキャラ設定が浅くなったりしたかもしれない。味わいが生まれなかった可能性が高いのだ。カンバーバッチの顔の造りは、品は悪くないけれども美形ではない。角度によってはかなりのファニーフェイスっぷりを発揮したりもする。そこにフシギな愛嬌が生まれる。痩身長躯でシャープな印象はあるが、表情や雰囲気に、時折お坊ちゃんらしい空気が閃く。素のカンバーバッチの性格の良さそうな部分が、才走ったエキセントリックなシャーロックを演じていてもどこかにふっと浮き上がってくる時がある。それがシャーロックを鋭いだけの人物造形にしていないのである。一応、痩身長躯であることと、いわゆる一般的な二枚目でないこと、そこはかとなく愛嬌があること、どことなくお坊ちゃんぽいこと、そして、あの声とエロキューション、そして演技力によるキャラの味付け(ジェレミー・ブレットのテイストもちゃんと盛り込んでいるあたり、ソツがない)などが、カンバーバッチのシャーロックの良さだと思う。


なんとなく、かわいいのだ


そして、忘れてはならないワトソン役のマーティン・フリーマン。この人の演技は、一見何がどうという事はなさそうに見えるのだけど、非常に自然で、飄々とした味わいがあり、とにかく見ていてほわほわとする。ほわほわとするが、シリアスなシーンでは、きちんとシリアスな空気を伝えてくる。気が良さそうでもあるが、ちょっと気難しそうに見える時もある。ワタシはマーティン・フリーマンのワトソン君を見ていると、安西水丸の描く村上春樹を思いだしてしまう。あの単純な線で描かれた短髪の、子供っぽい雰囲気の、眉間に一本縦ジワのあるイラストは(どういうイラストか不明な方は、村上朝日堂シリーズのエッセイを参照)、髪を黒く塗らなければそのままマーティン・フリーマンとしても使える気がする。とにもかくにも、ルックスに愛嬌があるというのは得な事だ。


ささやかだけれど味わい深い、マーティン・フリーマンのリアクションも要チェック

マーティン・フリーマンはリアクションの天才だ、というような事をコメンタリーでバッチ君やモファット&ゲイティスが言っていたけれども、彼の眉や目の動きによる微妙な表情の変化や、セリフの呼吸などによるリアクション芸の味わいが一段と増すのもSeries2の隠し味になっていると思う。Series2はマーティン=ワトソンの、シャーロックの言動に対するリアクション芸が各エピソードにまんべんなくちりばめられているので、今回のBSプレミアム放映では、そこらへんも逃さず味わっていただきたいと思う。

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コメント

  • 2012/08/14 (Tue) 14:22

    コメントのお返事、ありがとうございます。
    好きなことに関する、素敵な見方を、感謝しています。

    また時間を見て、最初から楽しみ始めました。
    で、ハドソンさんが、CIAに襲われ、”あの女”から預かった携帯を嘘泣きしながら、大事な所から出す少し前の場面。
    シャーロック、室内に入り、丁寧にドロふきマットで、靴をポンポン、もぞもぞ・・・やはり、躾しっかりのお坊ちゃまですね。でも長い足で、冷蔵庫閉めていた!一つひとつの動作にノックアウト・・・SARKED・・・虜になってしまいました!気分は”モリー”です。相手にされなくても、片思いでもいいです。お姿、見れれば。

    このコナン・ドイル下書きしつつ、現代版の作者も凄い!
    はやく、こいこい お正月♪ です。

    • ジェード・ランジェイ #-
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    • 編集
  • 2012/08/14 (Tue) 22:14


    ジェード・ランジェイさん こんばんは。

    そうそう、ハドソンさんが襲われて、シャーロックが冷たい怒りに燃え、CIAの男を窓から叩き落として、けっこう痛めつけますよね(笑)そして、勝手にハドソンさんの部屋の冷蔵庫を開けてプチケーキみたいなのを取り出して頬張る。全く、あんなくだらない携帯のためにこんな目に!暫くの間ハドソンさんを避難させなきゃ、とワトソン君が言うと、恥を知れ、ジョン・ワトソン。ハドソンさんがベイカー街を去ったらイングランドはオシマイだ、とハドソンさんの肩を抱くシャーロックに、ハドソンさんが嬉しそうに寄り添い、そんな光景をワトソン君が微笑ましく眺めるシーン、ワタシも好きですわ。それにしても、ジェードさんは完全にモリー状態でSHに恋しちゃってるんですね、ふふふ。来年早々にSeries3が放映されるといいんですが…。

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