「ダークナイト ライジング」(THE DARK KNIGHT RISES)

-朝の来ない夜はない-
2012年 米 クリストファー・ノーラン監督



気の張る仕事も一段落したし、何か久々に劇場で映画でも観ようかな、と思ったが、いま特に観たい映画がない。でも何か映画館で観たいという気分なので、それじゃトム・ハーディのヒールっぷりでも観賞しようかと、予定にはなかったが、「ダークナイト ライジング」を観ることにした。でも、大半を妙なマスクをつけっぱなしで、声も変えていたし、体も鍛えて膨らんで厚みを付け過ぎていてトム・ハーディだか悪役プロレスラーだが分らない事になっていたトムより、ジョセフ・ゴードン=レヴィットの方がかなり目立っていたし、アン・ハサウェイもちょっと痩せすぎだけどハマリ役でキマッていた。
さてさて。常に眉間にシワを寄せて悩んでいる深刻な世直し大富豪ブルース・ウェインの迎えた終幕とは、これいかに?

アメリカの上映館で不幸な銃乱射事件が起きて、ロケットスタートにも関らずそれを寿いでいるわけにはいかなくなった「ダークナイト ライジング」。でもアメリカというのは、何度こういう不心得者による銃乱射事件が起きても銃が規制される事はない国なのであろう。宿痾である。どう考えても一般市民がそこいらへんで野菜でも買うように銃を買えてしまう国というのは面妖だ。

さて。
前回の「ダークナイト」から8年後という設定の本作。バットマンであるブルース・ウェインは、あれ以来ずっと引きこもり状態で世捨て人になっている。姿を見せない謎の大富豪となったブルース・ウェインを、世間では髪も爪も伸び放題で、人知れず奇妙な生活を送っていると思っている。このへんは、謎の大富豪の代名詞ハワード・ヒューズの晩年のイメージを下敷きにしているのだろう。大富豪は奇行の人であって欲しいというひそかな大衆の願望かもしれない。



本作では終始、疲れた雰囲気で消耗していた観のあるクリスチャン・ベイル。まぁ、今回のブルース・ウェインにはそういう雰囲気が合っているとはいえ、確かになんだかもう限界っぽい気配ではあった。心身共に傷ついて疲れ果てており、もはや世直しのための戦闘の日々に生きるには疲れ果てすぎている、という印象が濃厚に漂っていた。
ヒース・レジャーの急逝という事もあって、大変な話題になった前作「ダークナイト」。ワタシも劇場に観に行ったのだが、正直、もう前作のラストがどうだったのか忘れていたので、そうか、バットマンは2フェイスの罪を被って消えたんだっけね…などと思いつつも、今回新たに登場したマリオン・コティヤールは、一体どこの人なわけ?社外重役?ただの大株主?なんなの?この人は、という感じで話に頭がついていかず状態。彼女の正体が分かってからも尚更に、だけど何なの?この女は、という感じは強まり、どうもマリオン・コティヤールの演じたキャラだけはすっきりしなかった。父親に反発してたはずなのに、結局あんなろくでもない事を惹き起こしてまで父親の意思を継ごうとしたわけなのね。でも、なんだかよく分らぬわね…何があなたをそこまでさせるの?という印象だった。ドンデンのためだけに用意されたキャラといったら言い過ぎだろうか。



トム・ハーディも、前述のごとくにルックスを作り込みすぎ、声もマスクを通しての声という事で変わっていたので、どこがトム・ハーディなんだかサッパリ分らず(1シーンだけ素顔を出すシーンがあった。確かにトム・ハーディだった)、あんなに体を膨らませたら、また絞るのが大変だろうねぇ、などと余計な事を考えてしまった。正直、これはトム・ハーディが演じる必要があったかどうか微妙な役である。でもまぁ、大詰めに凶悪な知能犯に見えたベイン(トム・ハーディ)が純愛の人であることが明らかになり、マスクをしていてもその目から一筋涙が流れるシーンで、トム・ハーディの顔も幾らか立つようにはなっていたけれども。これって別に昨今のミッキー・ロークでも可、というか、ミッキー・ロークの方がキャラ的にはまっていやしなかったろうか。何故、トム・ハーディ?殆どまともに顔も映らないのに。


トム・ハーディと言われても…という感じだったトム・ハーディのベイン

ただ、クリストファー・ノーランは俳優もスタッフもファミリー的な顔ぶれで仕事をしたい人のようなので、トム・ハーディについては「インセプション」の時にいい仕事をしてくれたから今度もよろしく!という事だったのかもしれない。マリオン・コティヤールもジョセフ・ゴードン=レヴィットも同様だろう。「インセプション」組では他に、人民裁判の裁判長みたいな役でキリアン・マーフィーがちらっと出ていた。いわゆる友情出演みたいな事だろうか。また、なんだかなぁ、な役で出演という手合いではマシュー・モディーンが市警の副本部長でラストにちょっとマトモになるけれども、途中までは小悪党かと思ったぐらいに冴えない小物の副本部長を演じていて、昔は正義感の強い「いい人」しか演じられなかったのにねぇ。年取って役の幅が広がったというよりも、凋落したと見るべきかしらねぇ、などとため息が出た。

最愛の女にも死なれてしまい、生ける屍のようになって大邸宅に引きこもり、杖をついてヤギ髭を生やしっぱなしでよぼよぼと余生を送っていたブルース・ウェインだが、刺激は突如として外部からやってくる。メイドに化けた泥棒猫に母の形見の真珠を盗まれた事で、まず最初の揺さぶりがやってきて、次には、邪悪なベインの示威行動が始まり、半ばウェインの正体を見抜いたとおぼしき警官あがりのブレイク刑事(J.ゴードン=レヴィット)が助力を求めて訪ねて来て、引き籠もっていないで外の空気を吸え、と喝を入れる。ゴードン=レヴィット演じる刑事は孤児院上がりである。感情を覆い隠し仮面を被る事を孤児院で覚えた彼は、「大富豪の孤児」ブルース・ウェインが美女をはべらし、スポーツカーを乗り回しているのは、素顔を隠すための仮面だと喝破する。誰にも見抜かれていないと思った事を見抜かれて驚きを隠せないブルースだが…。というわけで、一介のおまわりさんからゲイリー・オールドマン演じる市警本部長の抜擢を受けて刑事に昇格する孤児の刑事ブレイクを演じるジョセフ・ゴードン=レヴィットがいい感じだった。この人は一見、草食男子系がハマる人なのだが、昨今の潮流に従ってちゃんと体も鍛えているので脱ぐとけっこういい筋肉をしている。おとなしそうに見えるし、特に男前というわけでもないのだけれど、時に臨んでは凄みも出せるし、けっこうクールな役も似合う。つまり一見平凡なようだけれども華があり、一本独鈷のヒーローも演じられる役者なのである。羊の皮を被った狼系なのだ。格別二枚目じゃないし、体も大きくない。足も長くない。でも、なんとなく良いのである。この「なんとなく良い」というのは理屈じゃないだけにけっこう強力で、役者はこれがあるかないかで道が分かれると思う。ジョセフ・ゴードン=レヴィットは息長く、いい役者として活躍できるだろう。なにがどうというわけでもないけど、なんだか良いから。



女優陣は、キャットウーマンを演じているし、映画の華としては一人で十分なアン・ハサウェイが出ているのに、マリオン・コティヤールまで出てきて、華やかではあるが些かtoo much な印象だった。マリオンが登場したのはラストのドンデンのためでもあるけれども、ブルース・ウェインがどちらの女を選ぶのか気になるし、映画としてもヒロインは一人じゃないとどうもゴチャゴチャした印象になってしまう。ただ、仮面パーティのシーンで、「亡き王女のためのパヴァーヌ」をバックにブルース・ウェインとセリーナ・カイル(アン・ハサウェイ)が踊るシーンは良かった。選曲が良い。あの曲で踊るというのは、まず普通はないと思うけれど…。



本作ではブルース・ウェインは悲痛な喪失をいくつも経験する。まずは心の中でエバーグリーンな存在として大事にしておきたかった幼馴染のレイチェルが、最終的には自分以外の男を選んでいたことを忠実な執事のアルフレッドから知らされてしまうということ、そして引退状態だった会社とも決定的に無縁になり、財産もなくなり、あまつさえ、生まれた時から仕えてくれた忠実な執事アルフレッドも屋敷を去る。何もかも失うのである。実にもう孤独と苦悩の極み。クリスチャン・ベイルの深刻顔が役にマッチしている。

今回はゴッサムシティを覆う悪雲も一段と暗さと邪悪さを増しているが、違法な株操作によってブルースが破産させられたり、街がベイルによって占拠され、まるで革命でも起きたかのように人民裁判の真似事まで行われたりするようなシリアスな事態になると、まぁ、本作に限らず前作の段階から感じていたのだけれど、主人公の大富豪がコウモリのお面を被り、黒マントをひらひらさせて現れ、街の平和を脅かす悪漢と殴りあったりするという大元のアメコミの漫画チックな設定が、背景が大仕掛けになって話がスケールアップすればするほど浮いてしまい、ブルース・ウェインの哲学的な悩みが深くなればなるほど、根本的には漫画チックな蝙蝠仮面である、という部分と非常にシリアスで悩み深い映画の世界観とがどうも乖離している気がしてならないわけである。ここをどう説得力を持たせて繋げるか、というのが難しいところだとは思うのだけど。だって、いくら深刻ぶったって本質は漫画チックな蝙蝠仮面なのだもの。しかも大金持ちが道楽みたいに蝙蝠スーツと仮面とマントでひらひらと現れて、どんなハイテクな武器を使っていても、最終的には肉弾戦で敵と殴り合ったりするわけであって、実にもう、やっぱりコミックなわけである。設定が深刻になればなるほど、「いや、だって蝙蝠仮面だし…」と面妖な心持ちになってしまうのである。このへんのギャップを「仮面を被るのは大事な人を守るためだ」などというエクスキュースでカバーしようとしていたが、大事な人を守るからってなんで蝙蝠のお面よ?ひらひらのマントよ?という疑問は拭えない。まぁ、こういう蝙蝠的世界観に同化できないワタシのような人間は、バットマン・シリーズを観るべきではないのかもしれない。でも、あんまりにもシリアスだとねぇ、なんかもう、元はお面被って殴りあう漫画なわけだしさ、まぁまぁ、そう深刻にならないで、もうちっと気楽に行こうよ、と思ってしまったりするわけである。前作で、ヒース・レジャー演じるジョーカーがいみじくも言っていたように、"Why so serious? "と問いかけたくなるのだ。



そういう意味で言えば、まだ十分にアメコミテイストを残していたティム・バートン版の「バットマン」シリーズの方が、そのへんの乖離が少なかったと言える。あれだって結構暗いとは言われていたけど、オタク的暗さだったしね。
ついでに書くと、ベインの一味はあれだけ邪悪な計画で周到に臨んで、結局のところ標的はゴッサムシティのみなわけ?一都市?ゴッサムシティってそんな大層なもんなの?なんでそんなに大騒ぎ?という印象も否めなかった。

本作で久々に観た白爺(マイケル・ケイン)も黒爺(モーガン・フリーマン)も随分年を取ったなぁ、と感じた。また、このシリーズでのゲイリー・オールドマンはどこか飄々とした味が出ていて気の良いオッサンという感じで好ましい。「裏切りのサーカス」でのインインメツメツとしたジョージ・スマイリーよりは適役だと思う。



第1作「バットマン・ビギンズ」からの流れを最終話に持ち込んでいたのはシリーズの一貫性という意味でも誠実な作りといえるだろう。リーアム・ニーソン登場のシーンでは館内が湧いていた。
ともあれ、映画としてはあまりにも辛い苦しい事の連続できたので、ラストはささやかなハッピーエンディングで締めくくられ、「バットマン」は次の世代へと託されていく「使命(役割)」なのだというのも、跡を継ぐロビンが熱血の男なので、次世代バットマンを襲名することは、彼が望むような使命感に燃えた日々を送る事が出来るわけだから、みんなハッピーで良かったね、という感じにまとまっていた。そうですか。遂にバットマンも引退してロビンに後を託したわけだね…お似合いの伴侶も現れて。しかしあのカップルの間にそのうち生まれるであろう子供は、とうてい普通の子であろうとは思えないけれども…。

***
かくして自分のバットマン・シリーズ三部作を完結させたクリストファー・ノーランが次に狙うのは「007」シリーズなのではないかと思うけれど、彼はダニエル・クレイグがボンドを演じている間はメガホンを取らないかもしれない。色々構想はあるのだろうが、ダニエルが任期を終えて、次のボンドになった時に名乗りを挙げるような感じである。ダニエル・クレイグは彼のイメージするボンド像ではなさそうである。でも、それはそれとして、ワタシはクリストファー・ノーランの「007」はちょっと興味がある。苦悩するシリアスなボンドだったらちょっと観てみたい。さすがにダニエルもボンドとしては寄る年波、という観があるのでそろそろ世代交代もいいかもしれない。でも、あと1作契約してるんだったっけ。結局4本もボンドを演じるのかしらん。ダニエル。些かtoo muchな気分もありやなしや…。ワタシはうっすらと次のボンドを誰が演じ、どういうボンド像になるのかに興味が移りだしているのだけど…。
とまぁ、とかくに観客というのは移り気なものでございます。「スカイフォール」は楽しみにしてるけれどね。

コメント

  • 2012/08/05 (Sun) 23:36

    kikiさん、今日見てきました!
    「ビギンズ」「ダークナイト」をもいちどDVDでおさらいして臨んだわけなんですが、どういうわけか集中できず上の空で見てしまい、ていうか、なんだか冷めた目線で見てる自分に気づきました(笑)。世間ではなかなかの高評価らしいけど、それほどのもんかい?って思っちゃいました。ストーリーも正直よく分かりませんでした(笑)、まさに消化不良。でも根は単純なわたくしなので、最後はなんとなくまあるくハッピーエンドでよかったね、と案外スッキリして劇場を後にしたのでした。おしまい(笑)。

  • 2012/08/06 (Mon) 00:21

    おやおやおや。
    ミナリコさん 意外なものを観に行かれましたのねん。しかも、おさらいまでしたなんて、真面目じゃないですか(笑)そうそう。これ観てると、何かこう途中からどうでもよくなってしまいますわね。ワタシはあまりにもシリアスな様子に醒めてしまった感じですわ。隣の席の女性は見終った後で拍手してましたが、そんなに楽しんじゃったのね…ふぅん、という気分でした。まぁ、最終的にはハッピーエンドで良かったざますけどもね。

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