「女王陛下の007」(ON HER MAJESTY'S SECRET SERVICE)

-ティモシー・ダルトンで観たかった"ロマンティック"ボンド-
1969年 英 ピーター・ハント監督




欧米ではあまり人気はないものの、隠れファンの多い作品であることは、日本が舞台の「007は二度死ぬ」といい勝負の作品。(IMDbでは二度死ぬの方がポイントが0.1高い)尤も、昨今ではわりに評価が上がって来ているようで、日本においては、本作がボンド映画で一番好きだという人もけっこういるらしい。主役はともかく映画としてはなかなか面白いという感想が多いので、先日、IMAGICAでの放映を録画しておいたのをようよう観賞。一応二度目だが前回殆どまともに観ていないので今回が初のようなもの。観ているうちに、原作も読んだ事があったのを思い出した。
ボンド役者はみなUK出身だと思っていたら、ちょっと毛色の変わった作品である本作のボンド役、ジョージ・レーゼンビーはオーストラリア出身で、様々な職業を経て、ロンドンに出てきてモデルをしていた。運動神経が良く、スキーも上手く、アクションのキレがよかったので2代目ボンドに抜擢されたらしい。非常に長身で脚も長いが、何の訓練も受けていないのでセリフはイマイチだし、やはり顔や雰囲気に魅力がない。一応、アゴ割れ系でもあるが、とにもかくにも華がない。でも、それはもう分かっているのでボンドに魅力のない事には目を瞑って観ていくと、確かに話としてはなかなか面白い映画である。そういえば、原作を読んだ時に、イギリスには紋章院というところがあって、そこは紋章や系譜を管理・統括する王室直属の機関なのだ、ということを知った。イギリスっぽいなぁと思った事を覚えている。この原作を読んだのは「カジノ・ロワイヤル」(2006)でちょっとボンド映画にはまり、「カジノ・ロワイヤル」の原作(かなり短い)を読んだ折に、ついでに手を伸ばしてみた時だった。


何か芋くさいレーゼンビー

紋章院に入るボンド


カジノでテレサ(ダイアナ・リグ)という女性と知りあったボンドは、彼女の父である犯罪組織のボス、ドラコに君のような男が娘には必要なのだ、と口説かれる。テレサは赤ん坊をなくしたばかりで絶望していたが、ボンドと出会い、精気を取り戻す。ドラコはボンドに感謝してブロフェルドがスイスにいるという情報を与える。ブロフェルドは伯爵家の末裔であると吹聴し、それをイギリスの紋章院に申したてていたので、ボンドは紋章院のヒラリー卿になりすまして、スイスのブロフェルドの山荘兼アレルギー研究所に赴く。そこでは10人の若いイギリス女性がアレルギーの治療を受けていた。堅物ぶりつつも調子よく彼女たちと情事を楽しむボンドだが、正体がバレて、雪山からスキーで逃走する。麓の町で、追っ手をどう逃れようかと思案中のボンドの前に、テレサがふいに現れる…。


本作のボンド・ガール テレサ役のダイアナ・リグ

どことなく京マチ子に似ている気もする

というわけで、確かに、よく言われている通り、ボンド・ガールのダイアナ・リグも魅力があるし、キャラ的にもナイスである。謎があって大胆で行動が読めない。ボンドはこういう女に弱そうである。ヴェスパーもそんなタイプだ。また、その姿を現す作品の少ない敵役ブロフェルドにはテリー・サバラスが扮している。あの顔に似合った渋い声がいい。そうか、出ていたことは覚えていたが、スペクターの首領ブロフェルド役であったか。(ブロフェルドは「二度死ぬ」にも登場し、ドナルド・プレザンスが演じているが、このプレザンスが演じたブロフェルドをパロッたのがオースティン・パワーズのDr.イーヴルらしい、ははは)本作でのブロフェルドは家畜や農作物に疫病を蔓延させる準備をして、それを切札に国連を意のままに操ろうとしている、という設定。むろん家畜だけで済ませるわけもなく、人種を問わず人類にも害を及ぼそうと考えている。家畜の疫病というと、狂牛病などが思い浮かぶが、1960年代に細菌兵器などを小説のネタにしていたというのは、イアン・フレミング、なかなかである。


テリー・サバラス 出てくるだけで嬉しくなっちゃう感じである

かくしてボンド・ガールも敵役も良いし、筋立てもなかなか面白いし、娯楽映画としては悪くないのだが、やはり印象としてレーゼンビーだけがブレーキである。頑張っているのだけど、何かこう存在に魅力がない。地味で、画面に映った時に「おぉ!」という空気感がない。つまり、オーラがないのである。アクションあり、ラブシーンありでかなり活躍しているが、観客をウットリさせることはできない。この作品のボンドは絶対にティモシー・ダルトンの方がいいじゃないのよ、と思っていたら、なんと当初は本作のボンドとしてダルトンがオファーを受けていたらしい。でも、自分はボンドには若過ぎるから、と断ったのだとか。まぁ、ティモシー、あなたったら何て勿体ない事を。のちに四代目として出た作品(「リビング・デイライツ」、「消されたライセンス」)よりも、よほどこの映画の方が彼に合っているし、話も面白かったのに…。そして何よりこの映画にとっても、レーゼンビーでなくダルトンが演じていたら、不遇な作品にならずに済んだ筈だ。


出るべきだったかもしれないが、当時は若かったのでね…

もぉ、あなたったら、判断ミスよ、断ったのは。出るべきだったわよ、これは。何よりワタシは、あなたのボンドでこの映画を観たかったわよ、ティモシー。1969年だったら、まだ若かったろうけれど、ハンサム度もピカピカだったろうし、なにより彼の鋭い風貌が、ボンドがただ一人だけ正式に結婚した女との愛と別れに輝いたり翳ったりする様子を観たかったと思う。…かえすがえすも残念である。
悲劇の直前の幸福の絶頂で、ボンドがテレサに言う「世界は二人のものなんだ」というセリフも、ダルトンの顔で、ダルトンの声で観たかった、聴きたかったと思う。ただ、ジョージ・レーゼンビーは声はそう悪くない。スタイルも良い。顔も男らしい顔つきはしていて、別に不細工ではないのだが、なんとなく垢抜けず、田舎臭い印象で、ボンドというにはちょっとねぇ…という観は否めないものがある。そして、ブロフェルドの山荘に集められていた若い娘たち(みなそれなりに可愛い)に、ヌケヌケと時間別に夜這いをかけるような遊び人っぷりは、ダルトンがボンドだったらちょっと似合わないので変更することになったかもしれない。


あのボンドが、テレサには結婚を申しこむのだが…

そんなわけで、ジョージ・レーゼンビーを脳内で適宜ティモシー・ダルトンに変換しつつ観賞するという荒技を使いつつも、観ているうちに何となく、レーゼンビーはクライヴ・オーウェンを垢抜けなくしたみたいな感じだなぁ、なんて思ったりもした。また、顔は微妙に芋臭いが、すらりと長身でプロポーションが良く、運動神経が良く、体の切れがいい。殴り合いのシーンなども、動きにキレがあって、なかなか迫力がある。ブロフェルドのスイスの要塞みたいな「研究所」から逃走するスキー・シーンは本作で一番の見せ場ではないかと思うが、スタントも使っているのだろうけれど、レーゼンビーがアップで動いているシーンなども、それなりに身のこなしが素早くて良かった。(敵のスキーをつけて茂みから飛び出すシーンなど)また、日中、晴れたアルプスでのスキー・チェイスもあり、そこでの大雪崩のシーンなどはなかなかの迫力で、劇場のスクリーンで観たら、おぉーという感じだっただろうなぁ、と思った。


レーゼンビー 背は高く、脚は長い

ふんだんに登場するスキー・シーンは本作の売り

クライマックスの大雪崩もなかなか見せる

なるほど、確かに映画としては面白い。ひたすらにショーン・コネリーがカッチョ良いだけの、コネリー・ボンド物の荒唐無稽なおちゃらけスパイ映画よりも、ずっとちゃんとしている。秘密装備が施してあるスパイ・グッズも、ボンド・カーぐらいならまだしも(ボンド・カーといえば、そのパロディである「ジョニー・イングリッシュ」のジョニーの声にだけ反応する車はセクシーで良かった。あんな車ならワタシも欲しい)、おりおりは失笑したくなるほどアホ臭いガジェット類とか、あまりにもマンガチックなストーリー展開とか、いわゆる「いかにもなボンド映画」はあまり好きではないワタシにとっては、それらよりも、この「女王陛下の007」の方がずっと楽しめた。ストーリーからマンガチックな要素を排し、ボンドが本気で惚れた女性の死に直面する、という部分では、「カジノ・ロワイヤル」にも繋がる作品で、華はないけれども、ジョージ・レーゼンビーも頑張ってはいたのだな、と思う。でもやはりこれ以上、ボンドを演じるのは難しかったであろうなぁ、とは思うのだけど。だから、ワタシはやはりこれをティモシー・ダルトンで観たかったわ、と思ってしまうのである。ティモシーがこの作品から007にスイッチしていたら、あのアホアホ・スパイ路線をつき進んだロジャー・ムーアのボンドは無かったかもしれないのだしね(笑)



「女王陛下の007」と「カジノ・ロワイヤル」の持ち味がどことなく近いのは、(後者は幾分話を膨らませているにしても)どちらも原作に沿って作られている、という事があるかもしれない。ことに「女王陛下の007」は冒頭の、海に入っていこうとするテレサをボンドが止めるシーンからして、原作にちゃんと沿っているな、と思う。映画を観始めて、あ、このシーンは原作にもあったな。そういえば原作も読んだんだっけな、と思い出したりした。
ヴェスパーに対する愛と喪失の苦悩はダニエル・クレイグがばっちりと演じているから、もし「女王陛下の007」をティモシー・ダルトンが演じていたら、結婚までしたテレサを喪うボンド、という、その愛と喪失をあの顔と声でバッチリと演じて、彼の代表作になったかもしれないし、007映画としても特筆すべき作品になったかもしれない。


25歳だと左の写真ぐらいだろうか…

でも、ティム・ダルトンは当時はまだ25歳だったから、ボンドにはやはりちょっと若すぎたかもしれないけれども…。

コメント

  • 2012/09/18 (Tue) 10:21

    確かにレーゼンビーは歴代ボンドの中でも唯一その後のご利益すらなかった(ような)役者さんですね。
    ロジャームーアや、今回のダルトンも一応、ボンド役がハマり役かどうかは別として他の映画や仕事に活かせるような輝かしい役ですからね。
    とはいえ、今回のダルトンを含め、最初にボンド役のオファーが来た時は誰だって悩むのではないでしょうか。
    「俺にボンド役が・・・このチャンス、美味しすぎる。・・・しかし、俺はまだ25歳だぜ?」とか
    「俺、金髪だけど、役やってもいいの?」とか。

    誰だってボンド役は魅力ですし、だからこそ役作りとプロデュース次第ではのちのちの仕事や人生に関わるワケですから若きダルトンに来たオファーは彼にプレッシャーを与えたハズ。最初のオファーはコネリーのあとだったのでしょう?
    若いということ以上にイメージに対する葛藤があったと思います。
    それで、ロジャーとかレーゼンビーがやるのを見て「俺やれるかも」って。笑

    一方、レーゼンビーに最初にボンド役のオファーが来た時はオーストラリアの山奥で畑かなんか耕している時で、
    「コネリー後のボンド役かぁ。前々からコレは俺の為にある役だと思ってたよ」と、二つ返事で承諾したと。爆笑
    あ、いや。コレはあくまでも想像であり、レーゼンビーさんとは関係ありません。

  • 2012/09/18 (Tue) 22:02

    sanctuaryさん
    レーゼンビーは、そもそもは役者というよりはモデルだったようなのでスタイルは良いんですが、全く俳優としての訓練を受けてない人なので、その後も俳優として長らく生延びるというわけにはいかなかったみたいですね。いきなり主役に抜擢されてスター気取りになり、勘違いな態度が周囲に顰蹙を買ったとか。抜擢した方が罪ってこともあるかもですが、本人に器もマナーも無かったという事ですね(笑)

    確かに当時のダルトンの身になってみれば、25歳の若さでショーン・コネリーの跡を継いで巨額の予算がかかった映画で主役を演じるのは荷が重かったでしょうね。妙に男のアイコンみたいになってしまったボンドを演じるというのも気がひけた事でしょうしね。それに、やはりボンドを演じるにはせいぜい32歳ぐらいにはなってないと、何をやっても小僧っ子の背伸びみたいに見えちゃって結局うまく収まらなかったかもしれませんわね。

    レーゼンビーはオーストラリアからロンドンに移って、車のセールスマンをしていたのだけど、そのうちにモデルになり、イオン・プロダクションのスクリーンテストに合格したらしいんですね。アクションが上手いので2代目ボンドに抜擢されたらしいです。俳優としてはこの作品があるだけ、みたいなものですが、その後は実業家としてそこそこやっていっているみたいです。

  • 2012/11/03 (Sat) 20:11

    kikiさん、こんばんは。
    観てきちゃいました、「スカイフォール」。ロシアでは1週間前から公開でした。
    2時間半近い長さだったのに、途中から手元の飲み物を飲むのも忘れて見入って(かつ吹替のロシア語理解に集中して)しまいました。
    のっけから屋根から屋根へのバイクチェイスに(ああ、先日のえせボーンのそれとは比べるべくもない・・でもあれに出ていたのはダニエル・クレイグの嫁でしたね)列車上の攻防と、見応えのあるアクションに鷲掴み。今回はボンドの活躍と平行してMの苦悩も描かれ、これまでとまた違った味わいがあった気がします。
    そして何と言ってもハビエル・バルデムの圧倒的な怪演ぶりがすごい。ただの「敵役」ではない(そうきたか、って感じです)、あの役柄はあれくらいの存在感(と顔のインパクト?)がなければ耐えられなかったのでは、と思いました。そしてああいうラストになろうとは・・・。
    レイフ・ファインズが途中から意外といい上司ぶりで(これからが楽しみ)、アルバート・フィニーもちょっととぼけたいい感じで顔を出しています。
    日本公開は年内でしょうか。kikiさんのレビュー、楽しみにしてます。
    (ちなみに、吹替ではありましたが、ボンドとM、シルバ(バルデム)の声のイメージはぴったり。でもやっぱり、本人の声で観たいもんです。)

  • 2012/11/04 (Sun) 11:09

    annaさん こんにちは。
    「スカイフォール」もうロシアでは封切られてるんですね。早いですねぇ。本国UKとほぼ同時期とは。日本では来月1日から封切りです。それでも日本としては割に早い方だと思います。出来が良いらしいという評判は聞いていましたが、やはりなかなかの出来栄えなんですね。いやいや、それは楽しみです。封切り日に即、観に行きますよ。ふふふ。最近、封切り映画に食指が動くものがないので、今年はもう映画館で観る映画は「スカイフォール」ぐらいしか無いと思うので、期待して間違いない出来ならば、実にうれしゅうございます。レイフ・ファインズやアルバート・フィニーも期待通りの仕事をしているようで、余計に楽しみです。
    それにしてもロシア。封切りが早いのはいいですが、劇場での上映も全部吹替え版なんですね。幾ら出来が良くてもそれはちょっと…。やっぱり本人の声で聞いた方がもっと良いですものね。ともあれ、作品の出来が良さそうでよかったです。ますます楽しみです。

  • 2013/01/30 (Wed) 22:27

    初めてお邪魔します。
    私にとって「女王陛下の…」は、昔断片を垣間見ただけでそのまま敬遠していた作品でした。昨日初めてきちんと向き合って観たのですが、Kikiさんの記事にまったく同感だったので、ついコメントしてしまいました。ちょっと前の記事なのに申し訳ありません。
    ダルトン・ボンドの短命を惜しむ者の一人として、確かに本作は彼に最適な企画だったと思います。いろんな意味で惜しい作品ですね(格闘シーンの演出と編集も難点…)。
    他の記事もぜひ読ませていただきます。自分のブログはずっと開店休業ですが、自己紹介代わりにURLを記させていただきます。

  • 2013/01/31 (Thu) 08:18

    kaoru1107さん
    記事が古くても新しくても、荒らしや絡みでないコメントは大歓迎ですので、いつでもどうぞ。
    ダルトン・ボンドは何であんなに短命だったんでしょうねぇ。もうちょっとやらせてみれば良かったのにね…というか、自分で降りちゃったのかしらん。
    この映画は、ボンド役さえもうちょっと魅力があれば、もっと面白くなったはずですよね。ダルトンにピッタリだったと思います。もうちょっと後で映画化すれば良かったのにね。ダルトンが満を持してボンドとして出た映画よりも、こっちの方が余程彼に向いていたのに、なかなかうまくいかぬもんですわね…。
    ともあれ、他の記事も過去6年分ありますので、あれこれと読んでみてください(笑)

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