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「犬神家の一族」

-あの人のこと、忘れられない-
1976年 東宝/角川映画 市川 崑 監督



メディアミックス戦略をぶちあげ、ある作家の文庫本の大々的な売り出しと、その作家の代表作の映画化で、出版界と映画界という異なる業界を股にかけて相乗効果で売り上げを伸ばすビジネスモデルを作る事に成功した、角川春樹の角川映画第1回作品。それまでは過去の存在だった古い探偵小説の作家・横溝正史はこの時の大ブームで名声が定着し、今では江戸川乱歩と並ぶ古典的存在になったのも、この角川メディアミックスの効果だろう。ワタシ的には、何を隠そう生まれて初めて観た市川 崑の映画(しかも映画館で)が、この「犬神家の一族」だった。TVCMの段階からスケキヨさんの仮面や足のインパクトが絶大だった事はいうまでもない。このほど、ビデオ・オンデマンドで超久々に再見してみた。
TVCMで毎日のように湖から突き出たスケキヨさんの足を見せられ、学校帰りに本屋に寄ると、角川文庫の「横溝正史フェア」で、「犬神家の一族」を筆頭に「八つ墓村」だの「本陣殺人事件」だの「獄門島」だの「真珠郎」だの「女王蜂」だのが平積みになっていた。ワタシも小遣いで代表的なところは一通り買って読んだ。懐かしい。そういえば、横溝正史ものには白痴的だったり魔的だったりする美少年や美女がよく登場したっけ。「真珠郎」の文庫のカバー絵が好きだった事などをふと思い出した。同性愛なども割にフィーチュアされていて、「衆道の契り」などという言葉は、「犬神家の一族」を読んで覚えたと思う。


当時の文庫本のカバー絵にも使われていたこの喪服の女性は松子なのか、珠世なのか 
この女性の髪型やポーズは柳原白蓮をモデルにしていると思われる

角川映画の前にも横溝正史ものは映画化されているのだが、金田一耕助は原作通りの姿で映像化されることはなく、現代的な若いスマート探偵に置き換えられたり、明智小五郎みたいなダンディなソフト帽の探偵に置き換えられたりして、あまり原作イメージを尊重されていなかったようだ。(何せ、東映の1961年の「悪魔の手毬唄」では高倉健が金田一を演じていたりするのである)
この1976年度の東宝/角川映画版で、金田一耕助は初めてヨレヨレのセルのキモノと袴にフケだらけのモジャモジャ頭、という原作通りのスタイルで現れたのだった。ただし、へいちゃんこと石坂浩二が演じているので、微妙に二枚目風味にはなっているけれども。



初めてきちんと原作イメージに沿って映画化された横溝正史物といっていい「犬神家の一族」のメガホンを取ったのが市川 崑だったのも本作に幸いしたと思う。当時、子供だったワタシが映画館でこの映画を観た時の印象は、1にも2にも、その陰翳深い映像と、俳優たちのアップショットの切り返しの多用、古い日本家屋のずっしりと暗い空気感、そして犬神家の一族の集まる大広間の金箔のふすまの、重みのある鈍い照りだった。また、那須ホテルという名の古びた旅館の磨き込まれた黒い木材の床や階段、毒入り煙草のけむりがくゆっている緑の焼き物の灰皿なども、陰翳の深い画面の中で記憶に残る映像だった。



キャスティングも多彩で、人が良さそうで愛嬌のある石坂浩二の金田一に、犬神家の松竹梅の三姉妹を演じるベテラン女優たち。中でも長女・松子を演じるのは飛びぬけたビッグネームである”銀幕スター”高峰三枝子で、その別格的な存在感と演技はさすがの一言。三女の梅子を演じる草笛光子もこの頃はまだ綺麗で、自堕落でヒステリックでフシギな面白味をかもし出していたことも印象に残っている。


この貫禄 この迫力 これぞ「松子デラックス」ともいうべき高峰三枝子の松子


松竹梅の三姉妹 間にはさまっている大きな人は次女の夫役の金田龍之介

警察署長を演じるのは、市川 崑の金田一シリーズに変わらぬ姿でずっと登場し続けた「よし!わかった」の加藤 武。古舘弁護士に小沢栄太郎、大山神官にさきごろ亡くなった大滝秀治(この時から味わいテンコモリである)、安宿の主人で三木のり平、那須ホテルの主人役で作者の横溝正史が登場している。また犬神佐兵衛として、殆ど写真か老いた瀕死の姿でしか登場しないにも関らず、強いインパクトを残す三国連太郎もさすがである。盲目の琴の師匠として岸田今日子も登場する。ついでに書くと、シャチョー・角川春樹も刑事役で自己満足的に登場している。


多彩な出演者

那須ホテルの主人役で登場の横溝正史 背後にいるのは実の横溝夫人

犬神佐兵衛の孫役で、川口 恒、川口 晶の兄妹。(この二人は川口探検隊長こと川口 浩の弟妹。浩やその父・松太郎との市川 崑の繋がりからの出演と思われる)、およびチイチイこと地井武男がスケタケ(佐竹)役で出ている。本作でのチイチイは体力自慢の単純バカという感じの役回り。これで最初に観たために、「北の国から」で再度お目にかかるまで、チイチイは珠世に襲いかかっていたゴリラっぽい男、というイメージがワタシの中で根付いてしまった。



そして「絶世の美女」である珠世役に島田陽子。小説などで「絶世の美女」という設定がなされている役を実写で演じるのは、女優にとって名誉でもあるし、ちょっと困ったような面映い感じでもあろうか。観ている側からすると、小説を先に読むと自分の中にイメージが出来ているので、大抵は映像化された姿にう~む、という感じになる。「絶世の美女」の映像化は難しい。1976年当時の旬の美人女優といえば、島田陽子か、松坂慶子(いずれも松竹)という感じだっただろうか。昭和30年代だったら日本映画界にもうら若い美女はあまた存在した。珠世役は、岸 恵子でもいいし、司 葉子でもいいし、久我美子でもいいし、岩下志麻でもいいし、香川京子でもよかっただろう。昭和50年代になると、それほど人材は多彩ではなくなった。というわけで、わざわざ松竹から借りてきた島田陽子になったのだろうが、なんとなく地味ではある。


確かにこの頃はこの人の綺麗な盛りではある

「他の誰を見間違えてもあの人を、佐清さんを間違えたリはしません」

色と欲にまみれた犬神家の男たちに襲いかかられる珠世。だが一方的な被害者ではなく、しんねりとしとやかそうな顔の下で、案外、したたかな女でもある。黙っているが従順なわけではなく、自分だけでしんねりと考えている事があるのだ。まぁ、それはただ1人の男を愛するがゆえなのだけれど。島田陽子の個性もあるが、この映画を観ていると、珠世ってなんだか嫌な女だなぁと思ったりもする。那須ホテルの女中役でキュートな魅力を振りまく坂口良子と好対象であるが、坂口良子の女中さん役は飾らない素朴な魅力があって、万人受けのする、おいしいもうけ役だと思う。



珠世に常に影のように寄り添う用心棒の猿蔵はユニークなキャラでかなり目立つ役ではあるが、本作で猿蔵を演じた俳優はその後あまりお見かけしない。でも、ラスト間近で、駅に金田一を見送りに行こうとする珠世の前に菊の花束を持って現れ、「アノ人ノコト、忘レラレナイ」という名セリフを残す。インパクトという点では出演者中随一か。


珠世と猿蔵 美女と野獣の妖しい関係

また、三国連太郎や高峰三枝子などの重厚なキャスティングの一方で、川口兄妹だの、あおい輝彦だのという微妙なキャスティングを敢てするのが市川 崑らしいところなのではあるが、脇である川口兄妹はともかくも、スケキヨは重要な役なので、あおい輝彦じゃなくて、もうちっと二枚目で背の高い人をキャスティングした方が良かったのではないかと思う。しかし、ここであおい輝彦という唐突。なぜにあおい輝彦? …謎である。ちなみに、同時代に作られて人気のあった金田一もののTVシリーズ(古谷一行の金田一耕助)では、確か田村亮(正和の弟。ロンブーの片割れじゃありませんよ)がスケキヨを演じていて違和感がなかった。でもこのTV版の珠世役にはかなり難があった記憶がある。
川口兄妹といえば、兄の恒はこの映画でしか観た事はないけれども、妹の晶の方はTVドラマなどによく出ていた。確か「傷だらけの天使」にも出た回があったと思う。「犬神家の一族」では従兄妹であるスケトモ(佐智)の死体を見て、気がふれてしまう小夜子の役でわりにインパクトがあった。屋根の上のスケトモの死体を発見して、「グゲッ!ゲー」とか言って倒れるシーンで笑いが起きていたのを思い出す。死体を発見するショッキングなシーンなのに笑いを取りにいく市川 崑の演出と、それを狙い通りに演じた川口 晶にはニヤリとする。2006年度版のこのシーンが、全く同じ演出でおかしくもなんともなかったのを観た時に、川口 晶はちゃんと仕事をしていたんだな、と思ったリした。

犬神家の三種の家宝「斧」「琴」「菊」(よきこときく=よき事を聴く)にムリムリに絡めて行われる連続殺人と、背後に流れる血族のおぞましい愛憎と欲望。観終ると、一体、佐兵衛は自分の子孫をそんなにも相争わせて何がしたかったのだろう、と思ってしまうが、佐兵衛は3人の娘たち(松竹梅)の母親達にはそれぞれ愛情のカケラもなく、中年になって愛人の女工(青沼菊乃)に男の子(静馬)が産まれた時に、娘たちが彼らを虐待した事(このシーンの中年三女優の若作りの衣装髪型+白塗りはおぞましく、演出効果満点)への復讐をする気になった、という事だったのかもしれないが、いずれにしても、巨額の遺産を餌に、不条理なまでに自分の血縁を争わせるように仕組まれた遺言状の内容など、話全体は些か面妖で無理がある。さらに原作では、松子の琴の師匠(岸田今日子)は、昔、松子らに虐待された女工の青沼菊乃だったりするのだが、それではあまりに因縁が凝り固まりすぎて不自然すぎるので、琴の師匠はただの琴の師匠という事にした、と市川 崑が語っていたような記憶がある。佐兵衛の強い呪いによって、真犯人は操られるように罪を重ねていった、という設定は映画ならではの味付けだったと思う。大女優が真犯人を演じるというのも、当時は画期的だったのかもしれない。



ストーリーにムリや不自然なところがあっても、それを承知で何となく観てしまうのは、昭和22年という時代設定や、古い探偵小説の映画化というノスタルジックな雰囲気や、前にも書いたように市川 崑独特の陰翳の深い映像と、ロケ風景の味わい、凄惨な事件の間を笑いで繋ぐ演出、そして高峰三枝子のさすがの演技力にパワーがあるからだろう。そして、琴をフィーチュアし、哀愁とロマンティシズムを滲ませた旋律が印象的だった大野雄二のテーマ曲「愛のバラード」も作品を大いに盛り上げていたと思う。


ロケ映像も雰囲気がよく出ていた

久々に見てもやっぱり変な話だなぁ、と思いつつも、クライマックスで佐清が生きていたことが分った松子が、「佐清に、佐清に会わせてください!」と絶叫する声が静かな湖にこだまするあたりで、何かしぃんとした気持ちになり、生きて再び逢いたいと願い続けた息子と松子がようよう再会するシーンは、「五年ぶりね…。雨の中、お前を松本の連隊に送っていった日のことは忘れはしません」という台詞など、ほとんど松子は「岸壁の母」状態ではあるものの、高峰三枝子の演技力の賜物で、この母子再会シーンはやはり見ていてじんわりとする。高峰三枝子はこの時、50代だったのか60代にさしかかっていたのか分らないが、まだまだ綺麗で、何よりも貫禄と威厳があり、権高な表情や、きせるの煙草を吸う様子が実にさまになっていて、激昂するシーンでも、嘆くシーンでも、恐ろしくも悲劇的である松子という女性のありようがドラマティックに表現されていた。悲劇女優の資質もあった人なのだな、と思う。何より高峰三枝子の松子というキャスティングの成功が、この映画の大ヒットに繋がったのだろうと今更に思うわけである。


「生きていたのに、なぜもっと早く帰ってきてくれなかったの」

過去の代表作を晩年にセルフリメイクするようになると、その映像作家はもう終わりだ、というのがワタシの持論なのだけれど、市川 崑が昔の脚本でまたも「犬神家の一族」を撮るらしいという話を聞いた時に、ああ、ついに市川 崑にも来るべき時が来たか、と思った。木下恵介は晩年に「喜びも哀しみも幾年月」をリメイクして以降、あまり仕事をしないまま亡くなった。市川 崑は「犬神家の一族」以前に「ビルマの竪琴」(1956)をセルフリメイク(1985)しているので、セルフリメイクが好きな人だったのだろうとは思うけれど、既にきちんと作られた作品があるのに、どうして同じ脚本で、役者を変えてリメイクする必要があるのか、ワタシにはよく分らないのである。「犬神家」については監督本人が望んだリメイクなのかどうかは分らないけれど、不要なリメイクだった事だけは間違いない。ワタシ的には、なんで今ごろ犬神家?という感じだったし、封切りから数年のちにTV放映されたのをさっくりと観たところでは、結局、想像した通りのリメイクだったのだが、オリジナルを見ていない世代にとっては、2006年版は新鮮だったのかもしれない。


亡父の怨念に操られた女… 
母の哀しみと母の恐ろしさ、おぞましさを100%演じきった大女優・高峰三枝子

島田陽子の雰囲気を今の女優で踏襲すると、やはり松嶋菜々子になるだろうねぇというのは予測がついた。演技的にもどっこいどっこいな感じだった。ワタシは当ブログでも書いているように、藤 純子(富司純子)のファンではあるけれども、犬神松子役は、貫禄といい、威厳といい、悲劇女優としての演技の重みからしても、やはり高峰三枝子には遠く及ばなかったと思う。リメイクのスケキヨ役は、純子の実の息子である尾上菊之助が演じて、話題作りにも一役買っていたようだが、このスケキヨは、あおい輝彦のスケキヨとどっこいどっこいだった。つまり、部分的に劣っているだけで勝っている部分がない。リメイクした意味がないのである。大映時代の冴えわたった市川 崑作品のあれこれを振り返ると、この晩年の無意味なリメイクは、人が老いる事の哀しさについて改めて思いを致させる。市川 崑のような才人でも、やはりいつかは老いて衰えてしまうということに…。

コメント

  • 2012/11/05 (Mon) 22:03

    この時代の邦画が好きので(この時代の英国映画も好き)、楽しく読ませて頂きました。
    子供時代のわたくしにとっての高峰三枝子といえば、西遊記のお釈迦さま役とフルムーンのCMだったのですが、こういうサスペンス中の圧倒的存在感にこそ欠かせない人材でしたね。
    横溝正史といえば、日本の津々浦々を周って土地土地の伝承話を聞いてまわったと聞きました。取材の中で、当時まだ閉鎖的で排他的な村々など沢山存在した時代だったかもしれません。土地の雰囲気や特有の風習・行事、言い伝えなどなど想像力が湧き立つ場所も多かったことでしょう。

    確かにあのリメイクは無駄だったかも。ホラー邦画ブームの流れだったとしたら余計に。
    (松嶋菜々子、かなりホラー出てるから)でも、横溝シリーズは外界の人間らに掘り起こされる家族の遺産相続とか伝承とか愛憎が軸だから、リメイクは時代的に唐突すぎたのかもしれません。当時、わたしも「何故今、犬神家?」って思いましたもの。リメイク版しか観てない若い層はそういう戦後あたりのローカルファミリーのいち悲劇として観てる人は少なかっただろうし、あの時代はまだそういうそれと似た世界が日本各地に実際残ってたからこそしっくりハマったんだろうし。
    しかし、最近亡くなった名優たちも脇役で出演してたんですね。
    オリジナル版、また観たくなりました。神々しくも冷ややかな高峰三枝子さんの貫禄に再び酔いしれたい。

  • 2012/11/06 (Tue) 00:05

    sanctuaryさん。
    高峰三枝子、そういえば「西遊記」で御釈迦さまをやってましたね。そうだったわ。懐かしいですね。フルムーンのCMも良かったですね。オシャレな帽子が決まってました。品が良くておっとりしてるけど、サバサバした性格の人だったようで、歌も上手かったし存在感に華があって、うちの母はこの人の大ファンでした。晩年にフルムーンでブームが来て売れっ子になったから、痩せようとダイエットに励んで急に亡くなっちゃいましたね。惜しまれる死でした。モダンな人、というイメージがあったのだけど、こういう日本的な因習の世界に置いてもきちんとそこにはまっていたのはさすがだなと思います。

    横溝正史の小説には、確かに民間伝承をあしらったものが多いかもしれませんね。「悪魔の手毬唄」なんて、もろにそんな感じでした。岡山を舞台にした話が幾つかあったような記憶があります。
    「犬神家」のリメイクの話を聞いた時、2006年の今、なんで今更また「犬神家」なの?わけわからん、という感じでしたね。ま、色々事情があったんでしょうけど、結果はやはり見なくても想像のつくようなリメイクで物悲しいばかりという感じでしたが、人間、生涯現役を貫く事ができたとしても、生涯プライムタイムというわけにはいかないので、残念だけど仕方が無いですね。なんで今ごろ?といえば、ワタシのこのレビューも「なんで今ごろ、犬神家?」と思われた人もいるかもしれないけれど(笑)、随分久々に見たら、なんとなく感想を書きたくなってしまって。久々に見ても子供の頃に見た時と印象が変わらなかったのがちょっと嬉しかったです。

  • 2012/11/13 (Tue) 20:58

    こんばんは、初めてコメントします。最近よくこちらにお邪魔しており、バッチ君の情報などを楽しみにしている者です。
    本日は「犬神家」で思わず反応。私が学生時代に角川さんの陰謀いえ戦略にはまり、長編はほぼ全作品読破しました。
    「犬神家」はインパクトがありましたよね~。
    その当時の高校生には、あのドロドロ感はいまいちぴんとは来てなかったような気がしますが・・・。
    松子さんはテレビでは京マチ子さんでしたが、この方も迫力満点でよかったですね。
    つい最近ケーブルでテレビシリーズを放送していたので、ついつい録画してみてしまいましたが、今でも十分楽しめました。(特に第一シリーズは秀逸!)
    触発されて原作本もただいま再読中です。

  • 2012/11/14 (Wed) 01:49

    akoさん こんばんは。初めまして。
    バッチ君のファンでいらっしゃるんですね。それはそれとして今回は「犬神家」というのは面白いですね(笑)ほんと、封切り当時、この映画はインパクトありましたよね。角川が湯水のように宣伝費を使って、大渦巻きみたいになってましたね。うちの父は「なんで今ごろ横溝正史だ?」と言ってました。akoさんは高校生でいらしたんですね。ワタシはもっとガキンチョでしたが、横溝ものはこの大ブーム以降、暫く読みました。そうそうTV版の松子は京マチ子で、これも良かったですね。あのTV版は出来がいいので有名ですよね。確か先月、専門chで放映してたんだけど、ウカウカしているうちに全部見逃してしまって…。そのうちまた放映するだろうと思うんですが。
    原作を、また再読されてるんですね?今読みかえすとどういう印象になるのかしらん。ワタシも短いのを何か読み返してみようかな。

  • 2013/10/26 (Sat) 00:57
    猿蔵

    「あの人のこと、忘れられない」インパクトありますよね~
    私も最初に観た時、すごく印象に残った台詞です。

    高校の同級生に、容貌と声が猿蔵によく似た奴がいました。
    同じクラスではなかったので、殆ど話したことも無かったのですが、
    彼の顔を見る度に、頭の中に「あの人のこと・・・」が響き渡りました。

    石坂さんの「生卵」も好きですけどね。

    • ユートーモ #QyOixb7.
    • URL
    • 編集
  • 2013/10/27 (Sun) 01:07

    猿蔵は目立つ役で、演じた人もインパクトがあったはずなのに、その後いっこうにお見かけしませんね。強烈な役をやると、後が続かないものなのかもしれません。

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