「疑惑」

-タイプキャストのガチンコ対決-
1982年 松竹 野村芳太郎監督



1958年の「張込み」に始まる松竹制作、野村芳太郎監督による松本清張原作映画化の1本。桃井かおりの容疑者に岩下志麻の弁護士、容疑者の腐れ縁のチンピラ役に鹿賀丈史、容疑者の勤めていたクラブのマダム役でベルさんこと山田五十鈴も登場。
もう出てくる面々が濃いわ、濃いわ。その中にあって、クールな弁護士のお志麻さんの存在感が冴えているが、これはやはりモモイの球磨子ありきの映画であるだろう。その思いっきり自堕落で、下品で、ふてぶてしいバクレン女ぶりは観ていてニヤニヤせざるを得ない。
初めて本作を観たのはTV放映だったと思うけれど、このほどビデオ・オンデマンドで久々の観賞。
暴力沙汰の前科もあるホステス上がりの鬼塚球磨子(桃井かおり)は周囲の反対の中、富山の老舗酒造業の当主・白河福太郎(仲谷昇)の後妻になるが、ある夜、二人の乗った車が埠頭から海に転落。福太郎は死ぬが、球磨子は自力で車から這い出して助かる。運転していたのは福太郎だ、自分は被害者だと球磨子は嘯くが、福太郎には多額の保険がかけられていた。球磨子は保険金殺人容疑で逮捕される。予定していた弁護士に逃げられた球磨子を弁護する事になったのは、佐原律子(岩下志麻)だったが、二人は初対面から互いに嫌悪感を隠さず毒づきあう。しかし、佐原は球磨子の弁護を引き受け、波乱含みの公判が始まる。



最初に観た時にも、鬼塚球磨子(おにづか くまこ)という名前にやりすぎじゃないの?という感じはあったが、名前や外見や経歴や態度から、いかにも保険金殺人でもやりかねない女だと誰もが思うような女性容疑者が、果たして本当にそうなのか?というのがお話の焦点なので、ネーミングもギャグすれすれなまでにコテコテなのであろう。ちなみに、脚本も原作者の松本清張が手がけている。

モモイ演じるオニクマは海千山千でふてぶてしく、どこにも予想外のファクターなどない、どんな事でもやりかねないような女である。とにかく前半から中盤まではそういう面がずっと強調されて描写される。モモイはトレードマークのボブヘアで、ある時はスッピンで、ある時は厚化粧で、周囲にからみ、毒づき、計算高いかと思いきや直情径行で、頭に来ると感情に任せて自分に不利な事まで喚いてしまう。オニクマの腐れ縁の男(鹿賀丈史)がのちに言うように、かっとなって咄嗟に暴力行為に出る事はあっても、計画的な犯罪などが出来るタイプではないのである。でも、人は見かけや言動で判断される。いかにもな球磨子は、救助されて病院で手当てを受け、退院するとすぐに警察やマスコミを敵に廻し、疑惑の渦中の人となる。


球磨子ですもの 名前負けしてないわよね

このオニクマを弁護する冷静沈着でクールな弁護士・佐原を演じるのはお志麻さん。82年だからお志麻さんもまだ若くて、カチッとしたスーツや白いブラウスが硬質な美貌によく似合い、グデグデのギラギラ、といった感じのモモイのオニクマとあざといまでの対比が利いている。弁護士・佐原律子は夫を若い女に寝取られ、離婚している。夫に非があるのに幼い一人娘を引き取らなかったのは、心おきなく仕事がしたかった為でもあろうか。仕事をしながら幼い娘を一人で育てるのは難しいと思ったからだろうか。それでも彼女は月に一度、娘と会う日を楽しみに日々の仕事に励んでいるわけである。



オニクマを本ボシと睨み、腐れ縁の男(鹿賀丈史)を囲い込んで特ダネを引き出そうとする新聞記者に柄本 明。マムシみたいにしつこい。北陸が舞台の話なので、柄本 明の記者が、鹿賀丈史のチンピラを新聞社の費用で囲い込む場所として、北陸のホテルといえばここ!という事で、「加賀屋」がちらっと映る。そういえば松本清張ものに加賀屋がちょろっとロケで使われる事は割に多い気がする。清張って北陸好きだものね。能登金剛とか。
ちなみに、今回のおもな舞台は富山である。
鹿賀丈史はいかにもバーテンあがりのチンピラという感じで、調子がよくどこに本音があるのか分らないが、基本的には人のいいところがあり、いい加減なチンピラだが、何となく情けのあるところなどもあって、鹿賀丈史の柄に良く合った役だった。


憎めないロクデナシを演じる鹿賀丈史

丹波哲郎が出ていたことは記憶になかったが、球磨子の弁護を断る東京の敏腕弁護士役で1シーンだけ登場する。何に出ても同じ調子の丹波節で、気持ちよさそうに記者を相手にしゃべり倒して出演シーン終了。丹波哲郎、妙に楽しそうに演じていた。ふふふ。

検事役に小林稔侍。特に何の捻りもなく検事を演じている。いかなる時にも温和で物静かな裁判長に内藤武敏。死んだ白河福太郎の母に北林谷栄。いつものお婆さんぶりである。

公判が始まって、球磨子と夫が知りあった新宿のホステス時代について証言するために呼ばれるクラブのママ役で、前述の通りベルさん(山田五十鈴)が登場する。ベルさん、殺人事件の公判に証人として呼ばれても、名前と住所は言うが、年齢には黙秘を通す。さすがである。死ぬまで女、死んでも女、である。このマダムは、自分の利益のために球磨子を白河に取り持ったのだろう、と律子(岩下志麻)に追求されると、急に伝法な口調で開き直る。ベルさんの独壇場である。
「女が金目当てで男をたらすのは当り前だろ。男だってそれを承知で遊びに来るんだよ。騙すも騙されるも紙一重。そんな事も知らないでよく弁護士がやってられるねぇ。うちに帰って亭主によく聞いてごらん!その調子じゃ逃げられちまうよ!」とさすがの眼力で律子の痛いところを狙いあやまたずグサっと抉る。さしものお志麻さんもベルさんにかかっては世間知らずの生硬い小娘同然である。誰もベルさんには勝てない。


1人でも無敵艦隊の磐石さ さすがベルさんである

弁護士の律子は、球磨子の言動にゲンナリしながらも、情夫(鹿賀丈史)から、案外、かわいいところもある、という話を聞いたり、自分が車を運転中に事故を起しそうになった経験から、ある仮説にたどり着く。そして事故の前日に福太郎が一人息子に会って話した事を知り、真相について確信を持つに至る。

というわけで、誰もが九分九厘、保険金目当ての計画殺人だと思った事件は意外な真相が明るみに出て、球磨子は無罪放免となる。ラストのあまりにも有名な赤ワインのぶっかけ合いの前に、お志麻さん演じる律子は、ある苦々しい敗北を喫っしている。困難な裁判に勝ち、弁護士としての名もあがり、得意満面の彼女は真っ白いスーツで意気揚々といつものように月1回の娘との逢瀬に現れるが、そこには青天の霹靂のような事が待ち受けていた。夫が初めて後妻を連れてきたのだが、後妻は夫を寝取った事を謝るのかと思いきや、もう娘に会わないでくれ、と厚顔な要求を律子に突きつける。身勝手な言い分に怒りが湧く律子だが、後妻は自分は子供を作らずに、律子の娘を実の娘として育てるつもりだと言い切る。律子は幼い娘に最後のプレゼントを渡し、何も言わずにその場を去る。
厚顔な申し出をする後妻に真野響子。おとなしそうで図々しい。こういう女が一番しぶといのかもしれない。鉄の女、冷静で有能な弁護士である律子は、自分から夫のみならず娘まで奪おうとする若い女に対して、決定的な事は言わずに去って行く。肩パットでいかった白いスーツの背中が物悲しい。



こういう前振りがあるために、大詰めの球磨子と律子の舌戦バトルとワインのぶっかけあいのあと、白いスーツに赤ワインのしみが大きくついてしまったスーツのまま、冷たい上から目線を保ちつつ、クールな捨てゼリフを繰り出してゆっくりと去って行く律子の背筋の伸びた背中が虚勢を張っているようにも見えるし、何かを吹っ切ったようにも見えるし、とても孤独にも見えるのだ。


だけど、あたしは自分が好きよ あんたさ、自分を好きだって言える?言えないでしょ

律子は仕事では負けなくても、実人生ではしてやられている。仕事を選んだ律子は、一度は持った家庭を他の女に根こそぎ奪われても文句を言うことができない。異議を申したてて訴訟を起こしてでも娘を引き取るつもりがない以上、後妻のいい気な要求を呑まざるを得ないと観念している。
一方、球磨子はというと、結局のところ世間を敵に廻し、被害者なのに加害者にされかかり、律子のお陰で危うく虎口を脱したものの、巨額の保険金は手に入らない。誰一人、勝ちっぱなしの人間はいない。誰しも、全てを手にする事はできないのだ。互いに互いを大嫌いだと言いながらも、何か起きれば球磨子はまた律子に弁護を依頼し、律子はそれを受けるに違いない。

画面は全体に暗めで、法廷シーンはグリーンのフィルターがかかっていたような感じであるが、今のものとは違う、フィルムの質感や色合いの昭和末期的な微妙な古さに加えて、今も活躍しているベテラン俳優たちの、昔の若い顔や姿がなにやら新鮮で、コテコテのセリフや演技合戦も商業演劇の舞台をみているようなノリでそれなりに面白かった。
それと同時に、昭和って遠くなったんだな、という感慨もふと感じた。

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