クラシックホテル憧憬 「ラッフルズ グランドホテル ドゥ・アンコール(カンボジア)」

-目的地としてのホテル-
2011年 BS日テレ



コンセプトや番組の雰囲気が好きでよく見ていた番組「ホテル時間旅行 クラシックホテル憧憬」であるが、今年(2012年)10月の番組改変で姿を消した。放映日や時間が変更になってから1年、番組開始からは2年で終了したわけである。前にも書いたけれど、後半、欧米のホテルを特集するようになってから精彩に欠けるようになった観のあるこの番組。やはり最初の1年が殊更に素晴らしかったのかもしれない。
番組自体は終了したものの、日テレプラスで時折埋め草的に再放送をしているので、過去放送分で見逃したものを随分ゲットできた。見逃していたのを拾った回の中で一番の収穫だったのは、1930年代に建てられたという「ラッフルズ グランドホテル ドゥ・アンコール」だった。

カンボジアというと、観光に行くというよりも地雷が沢山埋まっている(た)というイメージがまだ人々の脳裏に強いのではないかと思うのだけれど(かく言うワタシもそうである)カンボジアにはアンコールワットがあるゆえに、世界中から観光客が訪れるのである。1931年、仏領インドシナだったシェムリアップにアンコールワット観光のために建てられ、今日までずっとアンコールワット観光を牽引してきたのが、「ラッフルズ グランドホテル ドゥ・アンコール」である。



外見はあっさりとシンプルだけれど(この建物はフレンチ・コロニアル様式らしい)、一歩中に入ると、1930年代の空気が濃厚に漂っているようなこの建物。階段の手すりや、エレベーターの外枠、照明の飾りなどの黒いアイアンの意匠はシンプルかつ優美で、しっかりとした素材感と流線型の模様の軽やかさの組合せがえもいわれない。照明の意匠は、目黒の旧朝香宮邸のそれを想起させる。アールデコである。


なんと素敵な空間か ただひたすらにウットリ


旧朝香宮邸の照明塔(左)グランドホテル ドゥ・アンコールの照明(右)


フロアの市松模様が1930年代っぽい どこかからポワロが現れそうだ

客室のフロアの床は白と黒の市松模様。実にもう、アールデコである。エレベーターボーイが操る創業時のままの骨董的エレベーターに乗り、エレベーターボーイが恭しく開けてくれる木製のエレベーターのドア、その外のアイアンの外枠のドアを通り抜けて客室フロアに降りたてば、気分はもう1930年代の旅人である。なんだか廊下の先をちょぴちょぴとポワロが歩いていきそうな気がする。

このホテルが何より良いのは、創業時の、「遺跡探検」の頃の気分を今の客にも幾分かでも味わわせてあげようとしているところかもしれない。1930年代のアンコール遺跡観光のポスターが貼られ、昔の写真があちこちに飾られているホテル。古きよき時代のにおいを大事に生かしている。それが財産だと思っている、その精神が好ましいのである。初代支配人が、この土地の文化を愛し、この土地に惚れ込んで、自らガイドブックを作り、象に乗って遺跡に向うツアーを企画し、地元の工芸品を展示し、ホテル内で伝統の民族舞踊のショーなどを行ったらしいけれど、そのコンセプトがいまだに脈々と受け継がれているのだろう。こういうホテルには、何がどうあっても、絶対に昔の面影を損なうような改装なんかしないでほしい。まぁ、このホテルはコンセプト的にもそんな事はけしてしなさそうだけど(笑)


かつての、象に乗って遺跡に向うツアー 雰囲気満点である

それにしても、このクラシカルなエレベーターの素敵なことはどうであろうか。見ているだけでワクワクし、ウットリする。一度こういうエレベータに乗って上がったり下がったりしてみたいものだと思う。憧れである。おまけに、ここのエレベーターボーイは天才的で、客の顔とフロアを覚え、野性の勘でそろそろ出かけそうだとか察知して、呼ばれぬ先から客のいるフロアにエレベーターを運んで行くのだそうな。



また、フロントマンは部屋番号を客に聞かずに間違いなくキーを渡す。フロントマンも客の顔と部屋番号を全て覚えているのだという。かなりの部屋数なのに大したものである。彼なりの記憶法があるらしい。人並み外れて記憶力のいい人がそういう仕事についているのだろうとは思うけれど、カンボジア人は他国の人に較べておそろしく物覚えがいいのかもしれない。まぁ、あまり呼ばない先から待ち受けていられても怖いので、そこまでしていただかなくてもいいけれども、含羞のある微笑を浮かべて物静かにエレベーターを動かしているエレベーターボーイの操る優美なエレベーターでするするとロビー階に降り、何も言わなくても部屋番号を把握していてくれるフロントマンに鍵を預けて、ホテルの外に出てみるというのも楽しそうだ。




エレベーターの事ばかり書いているが、客室はこんな感じ シンプルだが寛げそうな部屋だ

敷地の中に、王様の別荘もあるという老舗ホテル。シェムリアップはフランスによって作られた都市で、このホテルはその一貫として、アンコールワット観光のために建てられた。内戦が終わった1990年代以降、このホテルよりも遺跡に近いところに新しいホテルが沢山建てられているそうだけれど、ワタシはカンボジアに行く事があったら、絶対にこのホテルに泊まりたいと思う。同じラッフルズの系列でカンボジアのプノンペンにあるホテル ル・ロイヤルの特集もこれの前にあったけれども、ワタシ的にはこちらのグランドホテル ドゥ・アンコールの方に断然惹きつけられた。


プールだってほら、こんなに素敵ですもの

ここだけの話、ワタシは世界遺産というもの、殊に遺跡系の世界遺産にはあまり興味がない。アユタヤも、タージマハルも、アンコールワットも、殊更観たいとは思わない。けれども、このホテルに泊まるためだけにシェムリアップに行くというのは、大いにアリだと思う。遺跡はついでに見ればいい。この番組でもやっていたが、アンコールワットは世界遺産になり、有名になって、周辺もツーリスティックになり、人がウシウシと詰めかけて、静かに遺跡を楽しむなどという雰囲気ではないらしい。

番組でも、旅人・兄はそのツーリスティックな様子に、祖父の時代のような静かな遺跡探訪はもうできないのか…と溜息をついていると、昔の雰囲気が残る遺跡へのツアーを、ホテルのコンシェルジュが手配してくれる。ここのコンシェルジュはクレドールと呼ばれる最高位の称号を持つプロ中のプロで、客のどんな望みもかなえてくれるらしい。


魔法のように宿泊客のリクエストに応えるというクレドール

というわけで番組では、昔、遺跡探検に使われたようなジープに、日本語の話せるガイドをつけ、ランチボックスを用意して、ホテルから2時間の距離にある、観光客は殆ど行かないベンメリア遺跡に行く。ベンメリア寺院の周辺は内戦の激しかったところで、地雷が沢山埋まっていた。内戦が終わっても一般の観光客は2000年まで立ち入り禁止になっていたらしい。今は地雷も撤去済み。人里離れた廃墟のような遺跡を堪能したい人にはうってつけの場所のようだ。


1950年代のジープでいざ出発 演出も凝っている


ザ・廃墟 ベンメリア寺院

古い寺院の石組みは殆ど崩れて原型をなさないが、内戦による破壊ではなく、樹木の成長による自然の侵食であるらしい。少しほっとする。ワタシには廃墟趣味はないのだけれど、観光客が途切れないアンコールワットに較べたら、確かに雰囲気満点。遺跡を堪能したという気分になれるかもしれない。

しかし、ワタシがカンボジア、およびシェムリアップを訪ねるなら、目的は間違いなく、この「ラッフルズ グランドホテル ドゥ・アンコール」に泊まる事、になるだろう。そもそもは遺跡を観光するためのホテルだけれども、昔の面影を立派に今に残しているこのホテルは、ホテルそのものが十分に目的地になりうる。1931年に創業した時のままに保たれているこのホテルで、宿泊客は遥かな過去に思いを馳せ、束の間、まだ世の中に殆ど知られていなかった頃のアンコール遺跡を探検にいくような気分を味わいたいのである。




レモングラスのアロマポットが置かれた廊下 いいですね

「目的地としてのホテル」 それは、現在の支配人がホテルのコンセプトとして掲げている事である。きっと今後もそれは維持、継続されていくことだろう。ワタシのような1930年代好き、クラシックホテル好きには堪えられないホテルである。ホテルを支えるコンセプトからして、実に理想的というか、あらまほしきスタンスに満ちている。時代の変遷や流行りすたりに捉われずに、創業時の姿勢を守りぬく事で、独自性という価値が生まれ、それがこのホテルを目的地としてのホテルたらしめているのである。



カンボジアには格別、興味も関心もなかったワタシなのだけれど、こんな素晴らしいホテルがあるなら、是非にもいつか行かなくてはなるまい。あのエレベーターに乗るためだけでもシェムリアップに行く価値がある。どっぷりと、ウットリと、1930年代のムードに浸って時間旅行を楽しみたいものだと思う。シェムリアップで「ラッフルズ グランドホテル ドゥ・アンコール」に泊まってウットリし、帰路、ハノイに寄って「ソフィテル・レジェンド・メトロポール・ハノイ」の旧館に憩うという旅が出来たら、それは今のワタシが望む限りの、最高に贅沢な旅になるだろう。

それにしても、何故こうもワタシは、東南アジアのコロニアルなクラシックホテルに惹きつけられるのだろうか。とにかく次に海外に行くなら久しぶりにヨーロッパだ!と思っているのだけど、なんだか段々と、カンボジアもいい、ラオスにも素敵なホテルがある、ハノイにももう一度行きたい…などと思い始めている。あぁ、ヨーロッパにも行きたいんだけれど…だけど、このままだと、またアジアに行ってしまいそうなkikiでございます。

コメント

  • 2013/05/23 (Thu) 10:36

    アールデコ好きな私ですが

    素晴らしいホテルですね

    まとまった休暇もないので

    海外旅行などは夢のまた夢ですが(笑)

    近所で旧い建物を眺めては喜んでおります

  • 2013/05/23 (Thu) 23:07

    henryさん

    このホテル、素晴らしいですよね。アールデコ好きには堪らない建築です。
    でも、このホテルのためだけにカンボジアに行く、というのはちょっとムリかなという観もなきにしもあらず…。
    近いところでは、上海もレトロなホテルや建築の宝庫です。二泊三日程度でも建築見物なら十分かも。

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