「アルバート氏の人生」(ALBERT NOBBS)

-ダブリンの片隅で-
2011年 アイルランド ロドリゴ・ガルシア監督



男装をしてホテルでウェイターとして働く女性の物語、というのを、グレン・クローズが演じているというのは、2年ほど前に映画ニュースか何かで読んでいたので、昨年のアカデミー賞主演女優賞にグレン・クローズがノミネートされた際、ああ、あの作品なのね、と思った。
その時に、「マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙」で、アカデミー主演女優賞を獲ったのはグレン・クローズの長年のライバル、メリル・ストリープだった。かたや有名な英国の女首相の半生を演じ、かたや、アイルランドの片隅で男装をして生きるしかなかった無名の19世紀の女性を演じた二人の女優。メリルのサッチャー演技は誉めそやされ、英国では女王も観たというが、グレン・クローズの「アルバート・ノッブス」はアイルランドの制作ということでか、英国では上映もされなかった。別に英国で上映されなくてもいいのだが、何となく対象的なありようである。実力的には全く互角と思われるこの二人の女優。ここ十年ばかりは話題作に恵まれているのはメリルのようだけれども、話題になったり賞を獲ったりすればいいというわけでもないし、人生はシーソー・ゲーム。棺の蓋が閉まるまで最終的な勝敗は分らない。ともあれ、グレン・クローズが脚本も書き(共同脚本)、制作にも名を連ね、主演しているという思い入れの強い作品のようなので、どんな作品なのか観にいってみた。


19世紀のアイルランド、ダブリン。ここのモリソンズ・ホテルで働く小柄で物静かなベテランのウェイター、アルバート・ノッブスは、確かな仕事ぶりと、物静かで無口な紳士なので一目置かれていたが、だれとも個人的に親しくはならず、仕事だけをきっちりとして、部屋には常に鍵をかけ、常に1人の世界に籠もっていた。彼には誰にも知られてはならない秘密があった。長年働いて貯めた客からのチップを床下に隠している事、そして、実は女性であること…。

他人と関わらない事で、この秘密は長年保たれて来たのだが、ある日、ホテルの部屋のペンキを塗り替えに来た職人、ヒューバート・ペイジを、ペンキ塗りの作業が完了するまで、アルバートの部屋で寝泊りさせるようにと女将に申しつけられ、アルバートは泣く泣く秘密でいっぱいの自分の小さな城を、暫時見知らぬ塗装職人とシェアする事になる。床下の金も気が気じゃないし、狭いシングルベッドに二人で寝たら、女であることがバレずに済むわけもない。ぺイジが寝付くまで待ってから部屋に戻り、おそるおそるベッドに横になるアルバートだったが、ふとした事からやはり女性である事は相手に知られてしまう。アルバートは女将にバレたらただでは済まないので、内緒にしてくれとペイジに涙声で頼み込み、自分は床に寝ることにする。

翌日、作業するペイジに茶や菓子を勧めにくるアルバートに、秘密は守るから安心しろ、とペイジは笑う。それでも不安そうなアルバートを人の来ない場所に導くと、ペイジは自分のシャツの前をはだける。長身で様子のいい男にしか見えないヒューバート・ペイジには、大きな乳房があったのだった。意表を衝かれるアルバート。同じように女であることを隠し、男として生きていても、ペイジは気楽そうでストレスがないが、アルバートは自分を抑圧し、何もかもを秘密とともに閉じ込めて生きている。本当は女性であるのに、ウェイターとベッドをシェアする事になっても平然としていたペイジ。アルバートもそのぐらい平然としていられたら、もっと楽に生きてこられたのだろうけれど…。



ボヘミアンなムードのペンキ職人ペイジを演じるのはジャネット・マクティア。どこかで見たと思っていたら、ジェラルディン・マキューアンのミス・マープル「牧師棺の殺人」にゲスト出演していたのだった。その時は牧師の妻で女性らしい役だったが、本作では、かなりの長身なので男に見えない事もない。けれども、このヒューバート・ペイジが女なんじゃないかというのは、出てきてセリフを言った時に、声で何となく察しがついてしまう。グレン・クローズのアルバートと声の出し方やトーンが同じような感じだからだ。これも女でしょ?ああ、やっぱりね、という感じだった。

元は普通に結婚して夫がいたが、飲んだくれの暴力亭主だったので、ある日、夫を蹴り飛ばして家を出てきた。生活のためにペンキ職人になった、と言うペイジに、もう結婚はしないのか?と問うアルバート。ペイジは笑って女性と結婚していると答える。
じっと自分を閉ざして生きてきたアルバートは、この自由なペイジの発想や生き方に、ある種の啓示を受ける。そして、自分も誰かと人生をシェアできるのではないかと思い始め、その誰かと、床下に貯めた金で小さな店を買って切り盛りする事を夢見るようになる。

アルバートは住居つき店舗を物色し始め、適当な物件を探し当てて、自分の中だけで着々と将来の構想を練る。彼(彼女)が自分の伴侶として目を向けたのは、同じホテルで働く若いメイドのヘレン(ミア・ワシコウスカ)だった。アルバート・ノッブスはホテルを出て、一軒の店を構え、自分の才覚で暮らしていかれるようになったとしても、男としての人生をそのまま続けるつもりだというのが面白い。伴侶に選ぶのは女性なのである。自分の力で暮らしていかれるようになったとしたら、女に戻って店を経営したっていいのである。ドレスを着て店に立っても不都合はないだろう。しかし、アルバート・ノッブスは男のまま独立を考える。だが、アルバートは自覚的な同性愛者ではなさそうだ。では何故、相手は女性かというと、それは彼女に、そういう生き方もあるという示唆を与えたヒューバート・ペイジが、男として生き、女性を妻として二人で寄り添って暮らしていたから、という事が大きいかもしれない。
もうひとつ考えられるのは、彼女の過去の傷が影響しているという事である。アルバートは高貴な家の女性が産み落とした私生児で、ノッブスという女性に里子に出されて、ノッブス姓を名乗るようになった。だが、そのうちに里親も死んでしまい、寄る辺無い16歳の彼女は、男たちの暴行を受ける。二度とそういう目に遭わず、何とか自活していくためには、男として生きるしかない。折から、ウェイターの募集があり、中古の礼服をなんとか手に入れて応募したら、採用された。以来、彼女は男として、ウェイターとして、一人でだれとも関わらずに生きてきたのだ。複数の男に暴行された過去があれば、もう男はこりごりだと思うかもしれない。アルバートが年若いメイドのヘレンに寄せる想いは、性的なニュアンスを殆ど含まない好意である。ヘレンを演じるミア・ワシコウスカは、そんなにキラキラの若い美女、という感じではないが、「ジェーン・エア」の時よりはちょっと華のある感じにはなっていた。



アルバートがその先の人生を共に生きようとウットリと夢見るヘレンは、ひょんな事からホテルの力仕事専用に雇われた、若い男前なだけのダメ男(アーロン・ジョンソン)と関係を持っていた。この男はアイルランドに絶望し、アメリカ行きを夢見ているが口先だけで、自分ではその資金を稼ぐ気も、能力もない若造である。性欲は充満しているが、目に一丁字もない。女を孕ますしか能がなさそうな、無教養な労働者の青年をアーロン・ジョンソンが適役という感じで演じていた。この人は何かで見た事があるなぁ、なんだっけ?と思っていたら、「ノーウェアボーイ ひとりぼっちのあいつ」でジョン・レノンを演じたり、「キック・アス」で主演したりしていたのだった。キックアスの時にはもっとヘチョヘチョなイメージがあったのだが、本作では若くて粗野で顔だけが取り得のような若者を好演していた。3月封切りの「アンナ・カレーニナ」では、キーラ・ナイトリーのアンナを相手にヴロンスキーを演じているらしい。ふぅん。割に演技力があるので、いろんな役を演じているようだ。



全く乗り気でないヘレンを相手に、妄想的にハッピーな結婚生活を夢見るアルバートだったが、ある日、突如としてホテルのメイドの1人がチフスを発症し、ホテルは暫時閉鎖され、アルバートも感染して熱を出して寝込む。数日してアルバートは熱も下がるが、久々に訪ねたヒューバート・ペイジの家では、彼の最愛の妻がチフスで亡くなり、ペイジは落胆していた。それなら互いに孤独を温めあうために一緒に暮らそうというアルバートに、ペイジは首を振り、本当に自分らしく生きて、自分の相手をみつけるんだ、と言う。ペイジの妻は仕立て屋だったので、彼女の作ったドレスが何枚もあり、アルバートはそれを借り、何年かぶりにドレスを着て、ペイジと海辺に出る。海辺に住むのが夢だとアルバートはヘレンに語るのだが、アルバートの憧れは全て、ペイジの生活を手本としたものなのだという事が分かる。ドレスを着て、砂浜を無邪気に走りだすアルバート。束の間でも女性に戻る事は、やはり彼女にとって嬉しい事だったのだ。アルバートが本当に好きだったのは、ヒューバート・ペイジなのか、それともヘレンなのか…。女性としてのアルバートが求めたのはペイジのような伴侶だったのかもしれないし、男性として生きる場合には、ヘレンを伴侶にするのが理想的だと思えたのでもあろうか。思うに、ペイジが一緒に暮らそうというアルバートの提案を受け入れ、死んだ妻に代わってアルバートが彼の妻になれたら、アルバートはそのまま女性に戻ったのではないかと思う。が、ペイジはアルバートを友人としては見る事ができても、パートナーとして見ることはできなかったのだろう。ペイジと暮らすという提案をやんわりと断られたアルバートは、ヘレンを伴侶として小さな煙草店を開くという夢にいよいよ固執することになる。そしてある夜、アルバートを襲った運命とは…。

というわけで、19世紀という時代に、身寄りも頼りもない女性が身売りをせずに1人で自活するためには、男として生きるしかなかった、という状況を描きつつ、受難の半生で自分の人生を灰色の壁の中に塗りこめていきていたような女性が、ふとした事から人生に希望を見出し、自分の理想とするところに向って懸命に近づこうとする姿を描いた本作は、小品だけれども、ユニークでしみじみとした映画だったと思う。
グレン・クローズは資金調達から、ロケハンから、主題歌の作詞まで手がけて、大層もない思い入れでこの映画を作ったようだけれど、彼女がこのストーリーのどこにそんなにまで思い入れたのかは、正直よく分からない。万人受けはしないだろうし、日本ではある程度受けるだろうけれども、国によってはサッパリ受け入れられないという事もあるかもしれない。

グレン・クローズは、ノミネートはされるものの、これまで一度もアカデミー賞の女優賞は獲っていないらしい。一方、最多受賞歴を誇り、今は何やら我が世の春のメリル・ストリープも一時期、仕事がパッとしない時期もあった気がする。「シー・デビル」から「永遠(とわ)に美しく…」のあたりは何となくパっとしなくて、メリルも終わったかねぇ、などと思っていたら、「マディソン郡の橋」あたりからまた盛り返してきて、今日に至るという感じだ。
一方、「白と黒のナイフ」、「危険な関係」、「運命の逆転」など、80年代から90年までは一時期、グレン・クローズがメリルを圧倒していた時期があると思うのだけど、90年代半ば以降はちょっと作品に恵まれなくなった観がある。「101」に出たのが祟ったわけでもないとは思うけれど…。昨今、TVシリーズでは「ダメージ」がヒットして、クローズの演技も評価を受けているが、映画でこれぞグレン・クローズという作品をまた出したい、という気持ちは強いのではないかと思われる。さきごろのゴールデン・グローブ賞でも、メリルは映画のミュージカル・コメディ部門で主演女優賞にノミネートされ、グレン・クローズはTVドラマ部門の主演女優賞にノミネートされていた。どちらも今回は受賞しなかったが、グレン・クローズは最近TVの人になってるんだな、という印象ではあった。どちらがどうという事もないけれども、グレン・クローズも実力のあるいい女優である事は間違いないので、もっと映画で作品に恵まれてほしいし、評価も受けてほしいと思う。 …なんとなく、ね。

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