「ミス・マープル/復讐の女神」 (NEMESIS)

-大富豪は死後も人々を操る-
1986年 英 BBC



80年代半ばから90年代初めにかけてBBCで制作されたミス・マープル・シリーズの1本。
BBC版の「ミス・マープル」は観た事がなかったのだけど、AXNミステリーの特集を録画しておいて観賞。これまでに観たマープルの中では一番お婆さん度が高い感じのジョーン・ヒクソンのマープルは、想像したようなお説教臭もなく、上品で物静か。最もオーソドックスなマープル像という雰囲気だった。原作者のクリスティに、あなたが年を取ったらマープルを演じてちょうだい、と言われたというジョーン・ヒクソン。ふぅん、クリスティがイメージしながら書いていたミス・マープルはこういう感じのお婆さんだったのね。


カリブ海の孤島の大邸宅で、一代にして財産を築いた大富豪ラフィエル氏が亡くなった。いまわのきわに、「私は、ネメシス(復讐の女神)を信じる」という言葉を残して…。
マープルは新聞でラフィエル氏の訃報を知る。彼女とラフィエル氏とは古い知人だった。
夫婦仲が悪化して家を閉め出され、マープルの元に身をよせていた甥のライオネルに、「かつて二人で殺人を未然に防いだ時、彼は私を呼んだのよ。ネメシスと」とマープルは遠い目をして言う。

***
ネメシスが「復讐の女神」と訳されていたので、なんでマープルが復讐の女神なのかしらん、と思って調べてみると、ネメシスはギリシア神話に登場する女神で、神の怒りと罰が擬人化されたものであるらしい。ネメシスの本来の意味は「義憤」だそうで、ネメシスは神罰の執行者-天罰を与える者としてギリシア悲劇にもしばしば登場する、と。…なるほどね。正義を行うための「義憤の女神」という事なら意味が分る。「復讐の女神」が犯人をさしての言葉ならともかく、マープルをさしているとすると「復讐」では意味が通らない。でも、原作の訳本のタイトルが「復讐の女神」なので、ドラマのタイトルでも和訳は「復讐の女神」となっているのだろう。ネメシスは日本ではずっと「復讐の女神」と訳されてきたのかもしれない。だから、そういう訳が踏襲されたのかもしれないが、一種の誤訳という事になるのではあるまいか。翻訳というのは色々と難しいものだと思う。「復讐の女神」というタイトルは確かにキャッチーではあるのだけれど…。
***

ドラマはまず、カリブ海の豪壮な邸宅で、秘書にあれこれと指図をして何事かを準備していた病身の大富豪が、手配が終わったところで命尽きて死ぬところから始まる。殺人が起きたの?秘書が何かやったのかしらん、と大富豪の爺さんに仕える若い秘書を早速疑ったが、爺さんは寿命で死に、秘書はただの秘書で言われた通りの手配をしただけだった。



旧知の大富豪の訃報に驚いていたマープルの元に、その大富豪の弁護士から手紙が届く。法廷には立たずに、こういう法律的な事務処理を担当する弁護士を事務弁護士(Solicitor)というのだ、というのは、「Silk 王室弁護士マーサ・コステロ」を観て知った。海外ドラマは色々と勉強になる。マープルは、ラフィエル氏の事務弁護士に呼び出されてその事務所に赴くと、ラフィエルの遺志で、「歴史建築と庭園めぐり」のバスツアーに参加することになる。何を調査するのかを明らかにせず、そのツアーに参加してあることを調査して欲しいというのがラフィエル氏の依頼なのだった。「正義を川のごとく流れさせよ」というのが彼からのメッセージだった。


甥を連れてバスツアーに参加することにしたミス・マープル

ラフィエル氏には息子が1人居たが、数年前に殺人の容疑をかけられていた。証拠不十分で不起訴になったが、その後息子は数年異国を旅して、戻ってからは浮浪者になっているという。ラフィエル氏は息子とは疎遠だった。マープルはその事件の詳細について調べて送ってくれ、と事務弁護士に依頼し、甥を連れてバスツアーに参加する。このバスツアーには何か秘密と苦悩を心に秘めているらしい元校長の女性や、老教授、怪しげな二人組の若い女性など、いわくありげな同行者が居た…。

ラフィエル氏の息子マイケルはホームレスになっており、野宿しながら父の訃報を新聞で知り、弁護士事務所にやってくる。大富豪の一人息子でありながら、浮浪者としてその日暮らしをしている息子を演じているのはブルース・ペイン。なかなかのハンサムマンなのにこれといった当り役のない人のようだけれども、このドラマではそこそこ印象的な役だった。彼が亡父の遺産を受け取るための条件は、「アビー・デューシスにあるラフィエル邸に住むこと」だった。マイケルには婚約者を手にかけたという容疑で逮捕された過去があり、証拠不十分で釈放されても住民たちの怒りと不信は募り、本邸のあるアビー・デューシスを追われていたのだった。


婚約者を殺した容疑をかけられていた大富豪の息子マイケル

マープルはバスツアーで立ち寄ったアビー・デューシスで、家にマープルを泊めるようにラフィエル氏から依頼されたというスコット姉妹の招待を受ける。古い領主館に住む老いた三姉妹というのは、いかにもアガサ・クリスティ的な登場人物だ。アガサ・クリスティ的といえば、なんでも意のままに動かす大富豪とか、イギリスの風光明媚な田舎とか、古い領主の屋敷とか、大富豪の大邸宅とか、やたらに多い登場人物とか、この物語は典型的にアガサ・クリスティ調である。その、いかにもなところが上手い演出にのってうまく生かされていたのが面白かった。


アビー・デューシスに建つラフィエル邸

死後も意のままに人々を動かす大富豪

イギリスって国は狭いのに特権階級の屋敷と土地は広大なのだ

謎の女二人組

そして、風光明媚なロケ地という点では、一箇所、見覚えのある場所が出て来た。のちに映画「プライドと偏見」で、最初にマシュー・マクファーディン演じるミスター・ダーシーがエリザベスに結婚を申し込んで木っ端微塵のお断りを喰う場面で使われていたロケ地が登場した。湖の傍で、石の橋を渡っていく東屋のような建物なのだが、石の柱が何本も立っていて、緑に囲まれた、しっとりとした見晴らしのいいところである。そして何故かここはいつも雨だ。「プライドと偏見」でも大雨だったが、このドラマでもミス・マープルが、過去の殺人事件について何事かを知るテンプル女史とここで雨宿りをするのである。


ミス・マープルに登場した湖の傍の東屋

「プライドと偏見」に登場した湖の傍の東屋

元校長のテンプル女史は、印象的な教え子だったヴェリティが死んだアビー・デューシスを巡礼の気持ちで訪れていた。バスツアーを選んだのは、一週間前に唐突にツアーの資料が送られてきたからだという。彼女の教え子ヴェリティはラフィエル氏の息子マイケルの婚約者で、マイケルが殺したという容疑をかけられた娘だった。真犯人について何事かを知っていたテンプル女史は、ある確信を得てだれかに手紙を書くのだが、その後、古い図書館を見学中に何者かに殺される。


老教授とテンプル女史

ツアーの間、マープルを付回しているような二人組の若い女たちは何者なのか。また、正体不明な老教授や、領主館の三姉妹は事件とどう関わってくるのか、など、飽きさせずに話が進んでいき、ミス・マープルは誘われればどこにでも顔を出して、あれこれと聞き耳をたて、観察し、そしてひとつの結論に達する。



…というわけで、
大富豪の奇妙な思いつきにより、その死後も使役される初老の事務弁護士コンビのぼやきにも笑えるが、その大富豪の依頼により、マープル以外にも様々な人間が真相解明ツアーに参加している、という設定が面白かった。お金さえ出せば、死後もちゃんと自分が望んだ通りの仕事を人々がしてくれる、というのはけっこうな事である。ある程度の報酬と好奇心により、謎の中心となる事件になんらかの形で関連があった人々であれば、狙い通りの働きをするだろうと読んだ大富豪の眼力はさすがである。事務弁護士を介しての依頼であれば、システムとしてはビジネスライクで、しかも確実かもしれない。お金がある人にとっては死んだあとも、何事も思いのままなわけである。ただし、物事のなりゆきを自分の目で見届ける事はできないのだけど…。それゆえに、彼は彼の信じる「ネメシス」を自分の目として雇ったのである。その天性の勘で、正しい判断をしてくれる唯一の人物として。
ちなみに、ラフィエル氏からのマープルへの報酬は2万ポンド。146円で換算して約300万円ぐらいの報酬ということか。


今は亡き大富豪の依頼であれこれと手配させられる事務弁護士たち(左)とチェスのように人間を動かす大富豪(右)

この物語を見終っての印象は、いわくありげな大富豪というのはミステリーに欠かせない素材である、という事だ。そして、巨万の富を持ち、人間心理を掴む事に長けていれば、何事も思いのままならざるはない、という事であろうか。まぁ、実際はそう上手くはいかないだろうけれど、富を持たない人よりは、意志を通しやすいのは確かである。とにもかくにも、自分の死後も思いのままに他人を操る事が出来るなんて大富豪ならではである。大富豪というのは何とも魅力的な存在であることは間違いない。しかも、この大富豪ラフィエル氏は金にモノを言わせて一人息子を何がどうでも無罪にしようというのではなく、ただ真相をつき止めて欲しい、というのが願いなのである。息子の婚約者の死に関して、だれが彼女を殺したのか、真相をどうしても解明したくてマープルに依頼したのだ。それが万一、自分の一人息子のしでかした事であったとしても容赦せずに罰するために…。だからこそラフィエル氏は、ミス・マープルを敬意をこめて「ネメシス」と呼んだのである。

というわけで、ずっとヨゴレの浮浪者ルックで、小犬を連れてさまよっていた大富豪の息子マイケルは最後の最後に、きちんと髪を分け、スーツを着た二枚目の姿でマープルと対面する。マイケルを演じるブルース・ペインのクールな二枚目っぷりが生きている。





いやー、この人、なかなかハンサムでいい感じだし、芝居も別に下手じゃないのだけど、なんでもっと出て来なかったのだろうか。役に恵まれなかったという事かしらん。
些か残念な感じである。

コメント

  • 2014/09/01 (Mon) 17:26

    Kikiさま
    いま『復讐の女神』二度目を観終わって、あなたのブログにたどりつきました。三度目を観たような気分です。マイケルへのコメント、同感です。
    映画、ドラマの素晴らしく充実した紹介ブログですね。
    写真の扱いもこれ以上ないくらい適切で、感動しました。
    わたくしもこれから、ミス・マープルについてブログに書くところです。
    実は『まほろ・・・』もフアンで、行天くんに目がはなせません。
    彼の鼻梁についての描写にグァ~ンです。
    このバアサマと男性観が一致したなんて、がっかりなさらないでくださいね。
    ご興味あれば拙ブログ『ばぁばは語る』ご覧くださいませ。
    ありがとうございました。

  • 2014/09/02 (Tue) 07:55

    ばぁばさん こんばんは。
    初めまして。
    ブログをお褒めいただいてありがとうございます。
    「復讐の女神」、面白いですよね。マープル物もけっこう頻繁にAXNミステリーで放送してますよね。近々、ポワロ物長編も放映するようなので楽しみです。BSではポワロの新作も放映されますよね。
    「まほろ〜」ファンでもいらっしゃるんですね。ドラマ版も映画版もそれぞれ面白いですね。原作は1作目が一番良かったのかな。最新作を未読なので何ともいえませんけど、うっかりすると少女漫画の原作みたいになってしまうキライもありそうな…(笑)「番外地」の原作にはちょっとそんなニオイも感じました。
    松田龍平は、手指が綺麗な事と、鼻の形の綺麗なのが印象的ですね。あまり好きな俳優じゃなかったのだけど、最近見直しました。
    のちほど、貴ブログにお邪魔させていただきますね。

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