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「80年後のKENJI ~宮沢賢治21世紀映像童話集~」

-オリオンは高く謳う KENJI 永遠のイーハトーブ-
2013年 NHK BSプレミアム



あの震災からもうじき丸2年。甚大な被害を蒙った東北の復興を願うチア・アップ企画の一環なのでもあろうし、宮沢賢治没後80年でもあるということで、NHK BSプレミアムが6回シリーズで放映する「80年後のKENJI ~宮沢賢治21世紀映像童話集~」の1回目と2回目が先日放映されたのを録画しておいて観賞。
気鋭のクリエイター達が、手書きアニメーション、実写、写真、CGなどにより、賢治の作品世界を表現していてクオリティが高く、そして何より今更ながらに宮沢賢治の「詩人の魂」に感じ入った1時間だった。独創的で夢幻的。無国籍でリズミカルな印象深い言葉で綴られた豊穣な作品世界の一端に触れて、東北の大地が生み出した詩人の魂に暫し思いを馳せた。
ワタシは特に宮沢賢治のファンというわけではない。作品も「銀河鉄道の夜」「風の又三郎」「セロ弾きのゴーシュ」「注文の多い料理店」という超有名どころを一応は読んだけれども、それ以外は例の「雨ニモマケズ」の詩と、数編の短編童話を読んだ事があるきりだった。
でも、知らないうちに惹きつけられていたのだな、と思い知った事がひとつある。
かなり前に何かのドキュメンタリー番組を観ていた時、その中でBGMとして背後に折々流れたメロディがあった。古いオルゴールから流れてくるような、懐かしいような、不思議な印象のメロディで、別に覚えようとも思わなかったのに、何故か自然に耳の底に残った。
それから随分たって、ワタシは意外なところで、そのメロディにもう一度出くわした。それは黒沢清監督の「アカルイミライ」(2002年)という映画で、殺人を犯して捕まり、奇妙な落着きを湛えたまま獄中で自殺する青年(浅野忠信)の父親を演じていた藤竜也が、劇中で折々口ずさんでいた歌だった。「あれ?これは、あのメロディじゃないの!…あら、歌詞があったのね、へぇ~」と「アカルイミライ」という名の暗い映画を観ながら、ワタシの記憶にはその歌だけが残った。思いがけない藤竜也の歌によって、ワタシはあのメロディには歌詞があるのだ、という事を知った。そして、その歌は宮沢賢治の作詞作曲による「星めぐりの歌」というのだ、という事も後で調べて分った。

♪ 「星めぐりの歌」 宮沢賢治

   あかいめだまの さそり
   ひろげた鷲の  つばさ
   あをいめだまの 小いぬ、
   ひかりのへびの とぐろ。

   オリオンは高く うたひ
   つゆとしもとを おとす、
   アンドロメダの くもは
   さかなのくちの かたち。

   大ぐまのあしを きたに
   五つのばした  ところ。
   小熊のひたいの うへは
   そらのめぐりの めあて。



このように冬の星座の形状と位置関係を示した歌詞なのだが、表現が独創的でえもいわれない詩情がある。あの、懐かしい子守唄のような不思議なメロディとあいまって、一度聴いたら忘れない歌だ。さほど一般的に有名だというわけでもないように思うので、この歌を聴いた事がないという方もいらっしゃると思うのだけど、ご興味のある方はYouTubeで「星めぐりの歌」で検索すれば、あれこれと出てくるので、聴いてみていただければと思う。「80年後のKENJI ~宮沢賢治21世紀映像童話集~」でも、「シグナルとシグナレス」の1シーンのBGMに、このメロディが使われていた。


「シグナルとシグナレス」

「80年後のKENJI」という番組に話を戻すと、1、2回目に取り上げた作品の中では特に、上記の3DCGによる「シグナルとシグナレス」、藤代冥写の写真を背景に木村多江が朗読した「春と修羅」、外山光男の手書きアニメーションによる「やまなし」、東京都心部のビル群の上にひろがる夜明けから夕暮れまでの空を背景に、賢治の手書きの原稿文字が表示され、それを岩手弁で味わい深く朗読した「雨ニモマケズ」が印象深かった。これはBGMが「亜麻色の髪の乙女」だったのもバッチリとハマッていて、映像と朗読とBGMのコンビネーションが絶妙だった。


「春と修羅」


「雨ニモマケズ」

***
ワタシの父は宮沢賢治の大ファンだった。特に、若い頃にはかなり傾倒していたらしく、若かりし日に趣味のバイクで日本のあちこちを旅行した際、東北に行き、岩手の花巻を訪ねている。父にとっての「聖地巡礼」のようなものだったのだろう。それは多分、昭和30年代初頭の事だと思うのだけど、その頃はまだ、宮沢賢治は今ほどに確固たる名声を博していたわけではなく、戦前にほぼ無名のまま亡くなった時に較べたらずっと評価も上がり、筑摩書房から作品が次々に刊行されて世間に知られてはいたけれども(そして父もそれらの本を読んでファンになったのだろうけれど)、今ほど誰でも知っている、という存在ではなかったらしい。その頃、花巻の家には賢治の弟の清六さんが居られて、膨大な賢治の遺稿の保護管理、整理をされていた。ふらりと東京からバイクで訪れた賢治ファンの若者だった父を、清六さんはとても厚遇してくださり、お茶を振舞い、色々な思い出話をしてくださったらしい。あまつさえ、賢治の未整理の遺稿が一杯の土蔵に、「好きなだけ見ていきなさい」と、特別に入れてくださったという。父はむさぼるように賢治の遺稿をあれこれと読み漁り、全身に賢治シャワーを浴びて至福の時間を過ごしたらしい。この時、賢治の記念碑の前で清六さんと撮った父の写真がある。後で知ったが、父が特別扱いだったわけではなく、清六さんは賢治の熱心な研究者やファンには、常にこうして気さくな対応をされた方だったらしい。
父はよく、賢治亡きあと膨大に残された未整理の遺稿を整理し繋ぎ合わせて、今、「宮沢賢治の作品」として提示されているような形にしたのは、弟の清六さんの功績なのだと言っていた。(清六さんは賢治の著作物が出版される際には、その全てに校訂で関わっておられたという)ゴッホにおける、弟のテオみたいな存在といえるだろうか。
その話をよく聞かされていた少女のころ、ワタシも一応は「雨ニモマケズ」の詩は読んでいたけれども、何か偽善的な気もして、父はどこにそんなにのめり込んでいるのだろう?と思っていた。ワタシがそう言うと、「宮沢賢治の真髄は心象スケッチ集の「春と修羅」にあるとお父さんは思うんだよ。もう少し大人になったらちゃんと読んでご覧。うちに賢治全集があるんだから」と言った。「心象スケッチ集「春と修羅」の中には、エスペラント語も入ってくるし、科学記号や物質の名前などがふいに出てくるから、調べながら読まなくちゃならないんだけど、そこがまた味わいがあるんだよ」とも言っていた。父の強力推薦にも関わらず、なにやら面倒臭そうだし、さほど興味もないしで、結局、一度も心象スケッチ集「春と修羅」に触れないままにオトナになり、今日まで過ごしてきたのだけど、この番組の中で、「春と修羅」(詩(心象スケッチ)の「春と修羅」。この詩を筆頭とする心象スケッチ集「春と修羅」がある)が紹介されていたのを見て、おそまきながら父の愛蔵の筑摩書房刊 宮沢賢治全集に収められている「春と修羅」のページをめくってみようか、という気持ちになった。
また、少女の頃は偽善的だと思っていた「雨ニモマケズ」も、この番組を見て印象が変わった。のんびりとした岩手弁のイントネーションで訥々と朗読されたその詩は、賢治の直筆の詩稿の文字とあいまって、何かしみじみとした感慨をもたらした。…そうか。賢さはそういう者になりたかったんですね…と素直に受け取る事ができた。
***

宮沢賢治といえば、やはり真打ちは「銀河鉄道の夜」だろうと思う。ワタシは父の賢治ばなしに付き合って(?)、少女の頃に初めて「銀河鉄道の夜」を読んだ。この作品に漂っている、時代を超越したセンスと幻想性、いつの時代ともどこの国の話とも分らない不思議なエキゾティシズムが魅力的に感じられた。また、その頃、ワタシは萩尾望都にハマって「トーマの心臓」や「ポーの一族」を愛読していたので、少年たちの対立や友情や死などが、「トーマの心臓」の世界感と被って見えて、ワタシは「トーマの心臓」のキャラクターをあれこれと登場人物に当てはめながら、「銀河鉄道の夜」を読んだものだった。
「銀河鉄道の夜」というと思い出すのは、ザネリがジョバンニに「ラッコの上着が来るよ!」と意地悪を言うシーンと、もうじき銀河鉄道の旅が終わろうとするあたりでの、「カムパネルラの眼にはきれいな涙が浮かんでいました」という一節だ。



この作品のアニメ化では1985年制作の、ジョバンニとカムパネルラが猫になっているものがあったけれども、猫にする必要がどこにあるのかさっぱり分からなかったし、絵柄もいかにもなマンガで好みではなかったので断片的にしか見なかった、というか殆ど見ていない。今回の「80年後のKENJI」特集の最後、5回目と6回目(放送は3月6日(水))は「銀河鉄道の夜」を実写とCG合成で構成するらしい。どんな作品になるのか、ちょっと楽しみである。それにさきだって、父から譲り受けた、時代のついた箱入り布綴じ上製本の「宮沢賢治全集」の第十巻を取り出してきて、久々に「銀河鉄道の夜」を再読しておこうかな、と思っている。

*****
余談ながら、本つながりでついでに書くと、少し前に買った新潮文庫を読んでいたら、中にYonda?キャンペーンのチラシが挟まっていた。いつも大抵見もしないで捨ててしまうのだけど、その時は数人の文豪の顔が1時間ごとに文字版に現れる「文豪腕時計」というのが目に止まって、チラシを見てみると、文庫のカバーの折り返しについているあの三角マークを切り取って所定の枚数貼って応募すれば必ず送ってくれるとか。腕時計は50枚、ファスナー付きのブックカバーも20枚あればOKだという。50冊分のマークぐらいなら、いまうちにある新潮文庫で足りそうだな、と思い、早速、新潮文庫を本棚から出してマークをチェックした。文庫自体は新潮だけでも50冊以上あったが、かなり以前に買ったものには三角マークがついていなかったので、結局三角マークは40枚前後の収穫だった。腕時計には少し足りないのだけど、考えたら時計はすぐ動かなくなりそうな気もしたし(そんな事ないですか?失礼)、かなり文字盤の大きそうな腕時計をいいオトナがつけて歩くわけにもいかぬので、実用的なブックカバーにしよう、と20枚のマークを貼って応募しておいたら、先日、それがポストに届いていた。



チラシには品物が届くまで4ヶ月程度はかかりますなどと悠長な事が書いてあったが、実際には2ヶ月弱で届いた。実は、ワタクシ、旅先などで気に入ったデザインのブックカバーがあるとついつい買ってしまって、集めるともなしに文庫のブックカバーを集めているのだけど、Yonda?Clubのグッズはデザインが新しくなって、ブックカバーも今回当ったものよりもシンプルでいい感じになっているので、まだ残っているマークを貼って、また応募しちゃおうかな、と思ったりしている(笑)

**当ブログの「80年後のKENJI」記事**

オリオンは高く謳う KENJI 永遠のイーハトーブ 「80年後のKENJI ~宮沢賢治21世紀映像童話集~」

作家は妹を熱愛する「80年後のKENJI ~宮沢賢治21世紀映像童話集~」薤露青(かいろせい)

鎮魂の銀河鉄道 「80年後のKENJI ~宮沢賢治21世紀映像童話集~」銀河鉄道の夜

コメント

  • 2013/03/11 (Mon) 07:31

    「銀河鉄道の夜」のBGM、ラストに流れたピアノ曲のことなら、多分、ベートーヴェンのピアノソナタ8番 2楽章だと思いますよ。

  • 2013/04/13 (Sat) 09:07
    80年後のkenji

    80年後のkenji ほんとうに素晴らしかったですね。
    どの作品もチャレンジングで賢治の世界と現代のアーティストたちのコラボレーションがぴったりはまっていて、独自の世界をつくっていて、感動しました。
    テレビで一回きりの放送じゃもったいないですよね‥‥
    私は岩手出身でやっぱり父が大の賢治ファンでした。
    若き日の父は高校の卒業式をさぼって、賢治のお墓を訪ねたそうです(笑)
    私も小さい時から賢治の本に囲まれて賢治の風土で育ってきたので、賢治の世界がとてもリアルに感じられます。
    賢治は故郷を愛しつつ、狭い場所に土着的に執着するのではなく宇宙的な感覚をもっていましたよね。
    そして新しいものが大好きでおしゃれで、音楽や演劇もこよなく愛していたかなりモダンな、ポップでキャッチーな感覚を持った人でした。
    この80年後のkenjiを観て改めて、やっぱり賢治はポップでアートでロックなひとだったんだなあと気づきました。
    世界中の人に観てほしいです。

  • 2013/04/13 (Sat) 10:09

    すずさん
    この番組、本当にクオリティが高かったですよね。NHKでもあまり宣伝してなかったみたいだし、さくっと放映して終わりみたいな事では勿体ないな、と思います。見てない人も沢山いるでしょうしね。

    すずさんのお父様も賢治ファンだったんですね。そうですか。岩手のご出身なら尚更でしょうね。賢治の考える理想の世界とか、幸福論とかには青年期に心揺さぶられる人が多かったんでしょうね。最近では、宮沢賢治は古典的な童話作家というイメージで、あまり賢治かぶれっていうのも聞かないけれど、また少しずつ再評価される兆しがあるのかもしれませんね。郷土愛と、日本的なものに捉われない無国籍なムード、それに宇宙的な感覚というのがムリなく同居しているのが醍醐味ですよね。そして、新しいものが大好きで、モダンでキャッチー。確かにその通りですね。言葉の選び方、使い方に、80年たっても古くならないセンスを感じます。これから段々、グローバルに愛されていくんじゃないでしょうかね。

  • 2013/09/17 (Tue) 14:59

    70年代のある時点で、考古学的・理学的方法(紙、インクの質な
    ど)により、銀河鉄道の夜の遺稿が分析されて、それまでと異なる
    原稿の順番が比定されました。そのため、それまでに出されていた銀河鉄道の夜と現在流布しているものとでは話のつながりに違いがうまれました。子供の頃に読んだものとは変わっていることでしょうが、やはり古い順番はそれが間違いだったとはいえ、あらたに
    うけいれるのは自分にとってはなかなかです。

  • 2013/09/17 (Tue) 22:40

    とにかく、しょっちゅう作品を推敲してああだこうだと改変していたらしいので、最初の頃と最近では随分、順番や流れが違うみたいですね。ワタシは父の持っていた古めかしい全集に収録されている「銀河鉄道の夜」と最近の版が随分違うことに、この記事を書いている時に気付きました。本人が書いた順番が必ずしも正しいとも言えないような気もするのが宮沢賢治作品の面白いところですね。絶えず変容していくことを宿命づけられた作品たちなので、定型というものは無いのかもしれません。本人の頭の中にも、おそらく決定稿はなかったんでしょうね。

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