「白と黒のナイフ」(JAGGED EDGE)

-弁護士は容疑者と寝てはならない-
1985年 米 リチャード・マーカンド監督



グレン・クローズ大活躍期の1本で、けっこう面白かったサスペンス。随分前にビデオで観たきりだったのだけど、先日、映画チャンネルで放映されたのを録画したまま放置していた事を思い出し、久々に再見。

近年はヒッチコックが再ブームというか、ヒッチ本人についてBBCでドラマ化されたり、映画化されたりしている。映画の方は日本でも現在公開中だ。BBCのドラマ版はヒッチのティッピ・ヘドレンへのセクハラをテーマにしたもので、ヒッチをトビー・ジョーンズが、ティッピをシエナ・ミラーが演じているようだ。出来については未見なので何とも言えないが、配役の印象は、トビー・ジョーンズでは詰め物を入れても小柄すぎやしまいか、という気もするし、シエナ・ミラーはティッピ役にはミスキャストのような気がする。ワタシの感じではジャニュアリー・ジョーンズあたりがルックスや雰囲気的に適役じゃないかと思うのだけど、BBC制作だから、わざわざアメリカの女優を使う事はしないのだろう。
映画版はご存知アンソニー・ホプキンスがヒッチを、その妻アルマをキツネ女王ヘレン・ミレンが演じているが、トレーラーを観た限りだと、ミレン女史はアルマ役には権高でエラそうすぎるという印象。影でしっかりと夫を支え、ヒッチにとって最も信頼すべき批評家だった事は間違いないけれども、アルマというのはもっと控えめで物静かでシャイな雰囲気の女性だったような感じがするので、ミレン狐じゃちょっと強すぎ…。でもまぁ、これは観に行こうとは思ってますが、何しろ昨今忙しい上に、ここのところ水曜日が塞がってしまってなかなか映画を観にいかれない。

で、何か久々にサスペンス映画でも観たいな、という気分になり、録画しておいて忘れていた「白と黒のナイフ」を思い出した。昔、レンタルビデオで観て以来、長いこと観ていなかった作品なのだけど、かなり久しぶりの再見。

グレン・クローズが30代のバツイチ弁護士を演じている本作。同じ弁護士でも昨今のおっかない「ダメージ」の雰囲気とは異なり、彼女は女盛りで子供を二人抱えて仕事に燃え、離婚した夫も何となくそんな彼女に未練がある、という状態。そういう設定がそれなりにハマるように、クローズはタイトなスーツを知的かつセクシーに着こなして、柔らかそうなブロンドもツヤツヤ。なかなかの女っぷりである(これは彼女が美人に映っている数少ない映画の1本だろうと思う)。原題の「JAGGED EDGE」は刃にギザギザの刻みが入っているハンティング・ナイフの刃のこと。事件の兇器である。



サンフランシスコの海辺の高級住宅地で、ある嵐の夜、莫大な資産を持つ出版王の孫娘が寝室で刺殺体で発見される。彼女は縛られ、ナイフで滅多突きにされていた。第一発見者は夫のジャックだが、犯人に殴られて昏倒している間に妻が殺され、何も見ていないと言う。検事のクラズニーは夫のジャックが妻の遺産目当てに犯した犯行とみて逮捕する。ジャックを演じるのは演技派ジェフ・ブリッジス。この頃はイケメン系の役が多かったが、影のあるイケメン、裏のあるイケメン役だった事はいうまでもない。イケメンだけど負け犬、とかね。確かにすらりと長身で脚は長くプロポーションは良いとは思うが、ワタシは奥目系の顔があまり好きではないせいか、ジェフ・ブリッジスをいい男だと思った事は一度もない。だが世間的には男前の部類に入るのか、40代の終わりぐらいまではずっとそういうラインで来ていた気がする。



彼を直感で怪しいと睨んだクラズニー検事にはピーター・コヨーテ。適役。彼の部下フランクを、「エイリアン2」でアンドロイドのビショップを演じていたランス・ヘンリクセンが演じている。やはり妙に目立つ存在感だ。
また、冒頭の雷鳴轟く嵐の夜の、海辺の別荘での殺人シーンもちょっとインパクトがある。最初に見たのは随分前だが、それでもこのシーンはなんとなく覚えていた。


ピーター・コヨーテ(左)とランス・ヘンリクセン

逮捕されたジャックは保釈金を払って出るが、裁判に備えて弁護士を手配する。会社で雇っている企業弁護士事務所に相談すると、民事専門の女性弁護士テディを推薦される。テディはかつては検事補で、クラズニーの部下だった…。というわけで、テディ役でグレン・クローズ登場。彼女は今は民事専門の弁護士として平和に仕事をしており、刑事事件は扱いたくない、と断ろうとするが、お得意さんを失いたくない事務所のお偉方の説得でジャックの弁護を引き受けるハメになる。彼女が検事を辞めたのは、ヘンリー・スタイルズ事件という冤罪事件のためだった。この過去の事件が、裁判のなりゆきにも物語全体にも影響してくるという構成が巧みだ。


当初、気乗りのしないテディだったが…


かつての上司と部下だった敏腕検事と女性弁護士

テディは検事時代に組んでいた検事局御用達の私立探偵サム(ロバート・ロジア)とも4年振りに再会し、事件の調査を依頼する。ロバート・ロジアもよく出る脇役俳優で、ギャングの親分も演じれば、一匹狼の探偵も演じるし、企業のTOPも演じれば、警部を演じたりもする。いずれもムリなくハマる人だ。ジャックに紹介されたサムは、「嘘発見器をパスする嘘つきもいる。あの手の男は分らんぞ」とテディに言う。精神鑑定も異常なし、嘘発見器も動きなしだが、精神科医は、あの犯行が可能だとは思えないが、人を操るのが上手い男だ、と言う。



そして、お約束通りというか何というか、打ち合わせでたびたび会ううちに、テディはジャックといい仲になってしまう。妻が資産家の娘だった事もあるが、男は新聞社を経営していて、それなりに才覚もある。社説でクラズニー検事を攻撃しようという社員を、公正でいよう、と抑え、清廉な正直者である事をアピールする。そして公判が済むまで自分は会社を休む、という。会社を休んだジャックは、テディと乗馬したりスカッシュをしたり、打ち合わせだか何だか遊んでばかりいるという感じである。探偵サムは、ジャックはクロだと言い放つが、危険かもしれないと思うと余計に燃え上がってしまうもので、テディは公判が始まる頃にはすっかり身も心もジャックに夢中になる。チッチッチ!弁護士さん。公判も始まらないうちから依頼人と寝てはいけませんわね。いかに相手が大金持ちの男前だからといったって、裁判が済んで白黒つくまで我慢しなくちゃダメでしょうに。あーた、甘っちょろくてよ。



公判中にジャックの浮気相手だったという若い女が出て来ると、ショックで目のふちに涙を浮かべたりするに至っては言語道断。公私混同。ダメダメであるわけだが、そういうカタい事を言っていると、このサスペンスは成り立たない。しょうがない。でもテディが離婚した理由もあまりよく分らない。何故なら前夫は知的で温厚で包容力のありそうないい感じの人で、どうしてあんなよさげな人と上手く行かなかったのか腑に落ちない。テディが引き取って育てている子供たちも父親をとても恋しがっている。夫の方もなんだかまだテディに未練がある。別れたのはテディの我儘だったとしか思われないが、だからこそ、玉虫色の怪しい男に引っ掛かったりするわけであろうか。


温厚でいまだに別れた妻を愛している雰囲気の前夫と

ジャックはテディ以外の登場人物がみな、玉虫色だと思っている存在である。観客もなんだか微妙な男だと思っている。というか、かなり怪しい。同じ奥目系の俳優でも、ジャックをもしハリソン・フォードが演じていたら、観客も彼の無実を頭から信じて映画を見ていくのだろうが、ジェフ・ブリッジスだとかなり微妙な印象になる。やっていそうに思われるけど無実なのか、やはりやっているのか判断がつかない。だからジェフ・ブリッジスがキャスティングされたのだろう。公判でも、冷めた夫婦仲や、互いに浮気をしていた事、離婚を考えていたが時期尚早なので踏みとどまっていた事などが明らかになってくる。


弁護士より女になってしまっているテディはジャックの嘘にキレる 80年代に流行ったボワーっとしたシルエットのビッグショルダーのロングコートがダサい

自分に嘘をついていたジャックへの不信感と怒りと失望が募り、弁護を降りようと思うテディだったが、探偵サムが入手した情報や、匿名の手紙による情報により召喚した証人の証言などから局面が変わり、ジャックは無罪判決を得る。無罪を勝ち取った興奮からか、テディは記者団を前に過去の冤罪事件に触れ、冤罪の証拠をクラズニーが握り潰したこと(証拠の隠蔽は、出世の絡んだ事件だったこと以外に、容疑者が黒人青年だった事があるかもしれない)、自分もその事実を後で知ったが黙っていたこと、結果、無実の男がさきごろ獄中で自殺した事をぶちまける。自分はその罪を生涯背負って行く、などと悲壮な正義のヒロイン気取りのテディ。自己満足が噴出している。この余計な正義感の発揮は彼女のマスターベーションである。
妻の浮気相手として証言した高級テニスクラブのレッスンプロ、スレイドを有閑マダム相手の男娼もしていたと暴いたテディは、駐車場でスレイドに脅され、真犯人はスレイドではないかという疑念を持つ。その後、無罪判決を得たジャックに代わって、警察はスレイドを逮捕するが…。


いかにも副業にジゴロをしていそうな高級住宅地のスポーツクラブのレッスン・プロ

というわけで、過去の冤罪事件にかかわった検事と検事補が、今度は敵味方に分かれて殺人事件の公判に臨み、検事は過去の事件では冤罪の証拠を握り潰して無罪の人間を牢獄へぶち込んでしまったが、今回はかつての検事補テディの正義感を振りかざした思いこみにより、無実の人間が真犯人の代わりに逮捕されることになってしまうという皮肉な回り合わせがバックグラウンドにあるのが、サスペンスとして捻りをきかせてあるところだろう。

ジャックが無罪になった事で安心し、誰憚る事なく情事にのめりこむテディだったが、彼の邸宅にお泊りした翌日、寝室のクロゼットで思いがけずジャックが真犯人である動かぬ証拠をみつけてしまう。慌てて証拠を抱えて飛び出し、倉皇としてジャックの邸宅を去るテディ。
狼狽して、頼れる昔馴染みの仲間である探偵のサムに電話をかけるテディだが、彼は最初からジャックは怪しいと言っていたのだ。そこを結局、ジャックにいいように操られて無罪にしてしまったのは自分である。辛くもそう気づいた彼女はサムには何も言わずに電話を切り、来るべき対決に備える。

80年代はキャリアウーマンの台頭してきた時代で、男に甘ったれてどうにかしてもらうのではなく、自分の尻拭いは自分でする、という自立した女が描かれた時代でもあったのだろう。ここで、自分の失敗に自分で始末をつけられなかったらテディのアイデンティティは成り立たないのである。裁判が始まる前から限りなく玉虫色の容疑者である依頼人に惚れて寝てしまい、依頼人を、生々しい男としてしか見られなくなってから裁判に突入。途中で男が隠していた事実があれこれと露呈して動揺し、弁護士としてよりも女として失望したために弁護を降りようとするが、風向きが変わってきたので何とか弁護を続けているうちにテニスプロを犯人ではないかと思いこむことでモチベーションを再燃させ、男を無罪にする。その勢いで昔の上司だったクラズニーをマスコミの前で批難し、いい気になっていたが、今回はクラズニーが正しく、結局は自分がいいように男に踊らされていた愚かさに気づく。こうまでバカを重ねたら、自分で始末をつけないことには格好がつかないわけである。

ジェフ・ブリッジス演じるジャックは、
何か怪しいよね。→ほぅら、何か変だよ。→あれ?違うの?→おや。怪しいとみせかけて無実か?→と思ったけど、あ~、やっぱりね…
という心理的筋道を観客に辿らせる犯人像を演じている。ラストで、黒いスキー帽をめくると出てくる末期の顔が何となく間抜けかつ不気味だ。ジェフ・ブリッジスが演じると、どうも怪しいけど、どうなんだろう?というところで観客を釣るので、それなりには面白かったが、前に書いたようにハリソン・フォードが誠実一本槍みたいな顔で、結局は自分の利益しか考えない恐るべき冷血漢を演じていたりする方が面白かったんじゃないかなぁ、などとも思ったりした。(「逃亡者」の裏返しみたいな役でね)でも、80年代のハリソン・フォードに犯人役を演じさせるのは難しかったかもしれない。


え!? オレか?

たとえ本人がやりたがったとしても、アメリカの観客が受け入れなかった可能性は大きい。インディ・ジョーンズが血も凍るナイフ殺人の犯人なんてねぇ。受け入れられぬでしょうねぇ。ラストシーン、黒いスキー帽をめくったらハリソンの顔が出てきたら、もっと怖かったかも…だけど、まぁ、たら、れば、は所詮、たら、ればに過ぎませんのでね。このへんにしておきます。

コメント

  • 2013/04/10 (Wed) 20:55

    こんにちは♪いつも楽しく拝読しております。
    私も先日久しぶりにこの作品を観てえらくグレン・クローズが若くて
    綺麗なので不思議に思いました。昔観た折はただのおばちゃんに
    見えたのに・・自分も歳をとったんだなと。

    しかし、この作品の彼女はまさに「恋は盲目」なんですよね。
    いい人キャラのジェフ・ブリッジスですが、弁護士たるもの
    ああ簡単に騙されちゃいけません。ジェフの前だとただの「子猫ちゃん」
    になってしまうグレン・クローズの可愛らしさが凄い。

    またラストのドキドキ感が堪りません。ちょっとだけと
    思って観始めて、結局一歩も動けず見続けてしまいました。

  • 2013/04/11 (Thu) 00:38

    mogomogoさん

    そうですよねぇ。グレン・クローズが「キレイ」だなんてね。
    でも、この作品では珍しくキレイなんですよね。ふふふ。
    確かに、昔見た時はただのおばちゃんに見えましたね。

    そうそう、結局いかんとは思いつつ女性弁護士が依頼人に恋をした事で
    物語が展開するので、恋をしなければ、そんな問題は起こらず、
    もっと冷静に疑いの目を向けていたんだろうけどね…という事なわけですが、
    それにしても、簡単に男の術中にハマりすぎよ、チッチッチ!という感じは
    しなくもありませんね。

    あまり期待せずに見始めるんですが、案外面白くてずっと見てしまうって
    感じの映画ですよね。これ。

  • 2013/08/04 (Sun) 07:24
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