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「ヒッチコック」(HITCHCOCK)

-偉大な人は、しばしば欠点もまた偉大である-
2012年 米 サーシャ・ガヴァシ監督



ピカソ物に次ぐ、アンソニー・ホプキンスによるそっくりさん映画第2弾。さして期待もしていなかったが、なんとなく気にもなるので観に行ってみた。ワタシが漠然と持っていたヒッチコックの妻アルマのイメージとミレン狐はちょっと違っていたが、なぜヘレン・ミレンがキャスティングされたのかは映画を観て分かった。…ふぅん。そんな事があったのかしらん。

1950年代の末、「北北西に進路を取れ」が大ヒットして、ますます期待のかかる次回作に何を撮ろうかと、原作探しに余念のないヒッチコックは、実在のマザコンの殺人鬼エド・ゲインをモデルにした小説「サイコ」に吸い寄せられ、映画化しようと決める。が、当時契約していたパラマウントはウンと言わない。どうしても撮りたいヒッチは自宅を抵当に入れて資金を捻出。パラマウントは撮影の為のスタジオを貸し、映画の配給のみを条件付きでシブシブ承諾した。かくして、ジャネット・リー、アンソニー・パーキンスら役者を揃えて撮影はスタートするが…。

というわけで、本人の方がもうちょっと愛嬌がある感じはするけれども、アンソニー・ホプキンスはかなりの風船状態に特殊メイクしてヒッチコックを演じている。もう少しとぼけた感じが出ればもっと良かったとは思うが、まずまずそれらしい雰囲気は出ていたように思う。


ご本人 やっぱり独特の愛嬌ととぼけた味がある

冒頭とラストが「ヒッチコック劇場」仕立てなのも、うふふ、という感じ。
しかしまぁ、あれだけ太るからには、やはりよく食べるわけで、冷蔵庫を開けては中を漁ってムシャムシャ食べたり、何かといえばよく酒を飲む様子も描かれていた。
あれじゃ、太らないわけがない。



マザコンといえば、ヒッチ自身もかなりのマザコンだったらしい。彼は、幼児期から青年期に至るまで、強い母エマにガッチリと支配されて生きてきた。一日の出来事を全て報告させ、息子を監視してきた母。そんな母に生活と人生を支配されていたヒッチコックは、20代にして薄毛で肥満の「稀に見る醜い青年」で、一度もデートした事がなかったが、21歳にして飛びこんだ映画会社に運命の出会いがあった。字幕デザイナーとして入社し、助監督から監督へと転身した彼の前に、脚本家として既に名前が世に出ていたアルマ・レヴィルが現れ、この「醜い青年」の中に何かしら非凡なものを見出した。二人は付き合い始め、そして結婚した。不思議なことに、息子を全面的に支配してきた母エマはこの結婚には大賛成だった。アルマは、母エマとよく似た部分を持っていた。料理上手で整理整頓好きで、ヒッチの生活と人生を常にチェックしている、という部分を。ヒッチは母の存在に圧迫感を感じて生きてきたのに、結局のところ、母から妻へと、もう1人のしっかり者の女性の手に人生を委ねることになったわけである。


ヒッチコックとアルマ夫人

母国イギリスで27歳にして映画監督として成功したヒッチは、更なる成功を夢見て39歳でハリウッドに渡る。そしてセルズニックと契約し、映画を撮り始める。第1作目は「レベッカ」。興行的にも成功し、幸先のいい滑り出しのようだったが、「レベッカ」の撮影はセルズニックの独裁や、干渉、強い支配との闘いでもあった。そしてそれは、ヒッチコックの長きに渡るハリウッドとの闘いの始まりでもあった。

本作でも、スタジオとヒッチの闘い、検閲とヒッチの闘いが垣間見られる。昔の映画の表現に間接的なものが多かったのは、この検閲が猛烈を極めたからだが、作り手側には厄介なこの検閲は、あからさまに描写せずに匂わせる事で示唆するという演出法がハリウッドで数々生み出される動機にもなった。(そのへんについては「セルロイド・クローゼット」のレビューをどうぞ)憎まれっ子の検閲が、映画の表現方法に陰翳と含みを持たせる事になったわけである。
本作では、例のシャワーシーンについて、検閲のダメ出しをかわして、撮ったシーンをどうにかして生かそうとするヒッチの姿が描かれている。

また、子供の頃から切り裂きジャック事件などに強い関心を持っていたヒッチが、常に心の中でエド・ゲインと対話しながら映画を作っていった様子には、マザコンの殺人鬼にシンパシーを感じていたらしい事が窺われる。エド・ゲインは彼の内部にも居たのだろう。
シャワールームでの殺人シーンの芝居をアンソニー・パーキンスにつけていて、ダメ出しの挙句に自分でナイフを持ってジャネット・リーに向けて何度も振り降ろす姿には、映画作家にならなければ犯罪者になっていたのではあるまいかとさえ思わせる、鬼気迫るものがある。

ジャネット・リーを演じるのは、スカヨハことスカーレット・ヨハンソン。トレーラーで観た印象以上に適役だった。ジャネット・リーってあんな感じだったのだろうな。妻・母としての自分も大事にしつつ、仕事はプロとして責任を持ってまっとうする。裸でシャワールームで刺殺される役でも。開始から30分で死ぬことになっても…。
撮影前にヒッチ夫妻とジャネット・リーが食事をするシーンで、ゴージャスなドレスで現れる女盛りのジャネット・リーをうっとりと眺めるヒッチに、さもありなんと思った。ヒッチは主演女優に恋をするのだ。報われない片恋を。



その最初にして最大のものはイングリッド・バーグマンへの切ない片恋だったのだろう。その次はクール・ビューティ、グレース・ケリー。だが、彼女もモナコに嫁に行って女優をやめてしまった。彼女を諦められないヒッチが、「サイコ」でもヒロインをグレースに演じてもらいたがっていたらしい事が、本作のセリフに匂わせてあった。でもまぁ、それはムリってものである。いかに小さな賭博国家の王妃でも、王妃は王妃。シャワールームで裸で殺される役などオファーできない。
アンソニー・パーキンスを演じるジェームズ・ダーシーが、いかにもそれらしい雰囲気が出ていた。「役に自分自身がダブリ過ぎて心配なんです」と言うパーキンス。不安ごもっとも。パーキンスもマザーズ・ボーイである。この最初にヒッチの面接を受けるシーンなど、ジェームズ・ダーシーはパーキンス本人のようだった。顔もだが、雰囲気や話し方など、ああいう感じだっただろうな、と思う。
また、トニ・コレットが黒髪でヒッチコックの秘書を演じていた。



かつてヒッチのお気に入りだった女優で、彼の求愛をはねつけ、結婚生活を優先したヴェラ・マイルズをジェシカ・ビールが演じている。これは可もなく不可もない感じだが、このヴェラ・マイルズがジャネット・リーに、ヒッチについて語るシーンも興味深い。ヴェラ曰く、「私生活を彼に何も話してはダメよ。彼は何もかも支配しようとするの。髪型や服装に始まって、本当に何もかもをよ。「めまい」でジェームズ・スチュワートが演じている男はヒッチそのものよ。外見は随分違うけど」

そう。「めまい」を観た時に感じたのは、主人公の病的なフェティシズムの強力さだった。「めまい」はソフトフォーカスがかかり、風景描写は夢のように美しいが、ストーリーはどことなく不自然で病的でもある。ヒッチの妄念が渦巻いた悪夢を見せられているような気がする。あれはヒッチコックの最も個人的な作品だと言われているが、まさに、ヒッチコックがサスペンスという形態をとって、自分の病的なフェティシズムを告白した映画だと思う。ブロンド美女へのこだわり、その美女にシンプルな衣装を着せる事へのこだわり。そのブロンド美人を肉体的にも精神的にも支配したいという願望…。
「ヒッチコック」では、ヒッチに覗き趣味があったらしい事も、さらっと示唆している。

お気に入りのブロンド美人を主演女優に迎え、その女優に熱烈に思い入れる。そういうヒッチのお道楽にゲンナリした妻アルマが、友人の男性脚本家に新作の共同執筆を依頼され、ヒッチが「サイコ」に没頭している間に、自分はその脚本家と食事に行ったり、共同脚本の話に乗ったりする。実際のアルマは小柄で胸も薄く、地味で、自分が女であることをアピールするようなタイプではなさそうに思うが、ミレン狐のアルマは、けっこうムチムチで、色気もあり、胸も大きく、衝動的に真っ赤な水着を買ってきてプールで泳いでしまうような生臭い部分をふんだんに持っている女性として描かれている。この、アルマの微妙な「魂萌え」は実際にあったことなのか、脚色された事なのか分らないが、まぁ、こういう部分があるキャラなのでミレン狐が演じているのであろう。

そういう物語めいた部分はともかくも、脚本に手を入れ、撮影終了後の最初の粗繋ぎ試写のフィルム(このラッシュ・フィルムの出来はかなりまずいものだったらしい)を再編集して現在の形にするのに、アルマが大いに貢献した事は間違いないのだろう。



そうやって私生活でも、仕事でも、かけがえのない相棒としてヒッチを助けているのに、ライトを浴び、賞賛されるのは夫のヒッチだけである。天才の陰になることにずっと耐えてきた妻だが、たまには夫の仕事を離れて自分の才能を自由に発揮したい、と思ってもムリはない。友人からの共同脚本の話にアルマが乗り気になった気持ちも分る。

最初の編集がまずくて、すんでのところでお蔵入りになりそうだった事は知らなかったので、へぇーという感じだった。映画は本当に編集次第なのだな、と改めて思う。試練を乗り越えた「サイコ」はヒッチコック映画最大のヒット作になった。パラマウントが当初は2館でしか上映しなかったので、拡大公開させるためにヒッチが戦略を練るシーン(途中からの入場を禁止する、観た人に結末を言わないように注意する、など)も興味深いし、「サイコ」を初めて見る観客たちの表情やリアクションがリアルに再現されており、扉の外から館内を覗きつつ、シャワールームの殺人シーンで、音楽の合間に観客の悲鳴が上がるのを、ヒッチがボディ・ランゲージで喜びを表現しつつ、新作の成功を確信する場面など、ユニークで良かった。きっと、ああいう感じだったのに違いない。

何本もヒット作を出しながら、ノミネートされるだけでアカデミー監督賞を取れず、無冠の帝王だったヒッチコックが、最晩年にAFI(アメリカン・フィルム・インスティチュート)の生涯功労賞を受賞した際に、「常に激励し、惜しみない協力をしてくれた4人をご紹介します。最高の映画編集者、脚本家、私の一人娘の母、優秀な料理人の4人です。彼らの名前は全て同じ。アルマ・レヴィルです」というようなスピーチをして、老いたアルマを感激させる。ヒッチコックのドキュメンタリーで、この受賞スピーチを見た事があるが、ヒッチらしい飄々としたユーモラスなスピーチで味わい深かった。(映画では、この授賞式にアルマに感謝のスピーチをしたという事がラストで紹介されるが、そのシーンは再現されていない)



ヘレン・ミレンのアルマは、やっぱり何となくイメージが違う、という感覚は抜けないけれども、ヒッチコックの一時期と、そこに醸し出される彼の人生と性格、性質の片鱗が窺われたのも興味深く、なんだかんだで夫婦善哉な締めくくりも悪くなかったし、アルフレッド・ヒッチコックはヒッチとアルマで1人なのだな、という事もよく分った。「サイコ」を撮り終えると、ヒッチが次に撮影準備にかかるのは、あの作品であることをにおわせるのも忘れない、お茶目な抜け目なさも、ふふふ、という感じだった。
また、エド・ゲインの住む、「サイコ」のベイツ・モーテルさながらの木造の家が、いかにもアメリカン・ゴシックという感じの佇まいで折々、画面に登場するのもインパクトがあった。この家は誰かの家に似ていると思い、ふとブラック・ジャックの住む岬の家と似ているぞ、と思い当った。ブラック・ジャックの家って、アメリカン・ゴシックだったのか。ふぅん。

コメント

  • 2013/04/21 (Sun) 01:17

    いいなぁ、ヒッチコック劇場。彼の映画の臨場感とわかり易さは大好きです。
    また、彼自身がいつもチョイ役で出てくるサービスが好きでした。

    確かホプキンスは役作りをしないタイプの役者で、「全ては台本の中に答えがある」なんて言って、徹底的に役作りをするデ・ニーロなどを「馬鹿馬鹿しい」と罵った人だったと思いますが、「サバイバル・ピカソ」にしろ、今回のヒッチコックにしろ、実在の著名人を演じる場合はどうやって挑んでいるのでしょうかね。
    いずれにせよ、ピカソにしろヒッチコックにしろ、ちょっとホプキンスと違う感じを醸し出してる人なので、
    顔や体型を似せてもやっぱりホプキンスはホプキンス。

  • 2013/04/21 (Sun) 14:49

    kikiさん、こんにちは。
    ヒッチコック好きなので、この作品はとても楽しみにしてました。
    有能な奥様がいたことは知りませんでしたが、AFIの受賞スピーチ、いいですね。
    「サイコ」のモデルがのエド・ゲインだったとは知りませんでした。確かに「サイコ」って、ヒッチコック作品の中では異色だと思っていたけれど・・・あの有名な猟奇殺人鬼だったとは。
    そして、私もラストにはクスッとしました。舞い降りるカラス。このユーモアセンス、好きです~。

  • 2013/04/21 (Sun) 19:40

    sanctuaryさん
    昔のTVの「ヒッチコック劇場」は、うちの母など若い頃に散々見て面白かった記憶があるようで、「ヒッチコック劇場面白かったのよ、ワクワクしたのよ」と聞かされてきたんですよ。で、ここ数年、ミステリーchとかでモノクロのヒッチコック劇場が放映されたりすると、ちょろっと観たりしたんですが、母の宣伝ほどではないかな、と(笑)でも、母達の世代がワクワクして観ただろう雰囲気はよく分りましたわ。
    ホプキンスは役作りしない事を売りにしてるんですね。ほほぉ。その割には特殊メイクでそっくりさん伝記映画に出ちゃったりしてね。でも、おっしゃる通り、確かにどう外見を似せようも結局はホプキンスのまま、という感じはします。(ヒッチ役だったらティモシー・スポールの方が外見的にも雰囲気的にももっと似た感じになったとは思うけど、まぁ、単に似ていればいいってものでもないですしね)
    何を演じてもその俳優が表に出ている、という事はデ・ニーロにも言えて、どんなに役作りして色々な役を演じていても、ワタシにはデ・ニーロがいろいろな役を演じている、という風にしか見えないんですわ。
    ともあれ、この映画、当初予想したよりも出来は良かったな、という印象です。素直に面白かったですわ。

  • 2013/04/21 (Sun) 19:47

    mayumiさん こんばんは。
    AFIのスピーチ、いいですよね。多分、それは偽らざる本音だったんじゃないかと思います。晩年、「フレンジー」を撮っている最中だかに、アルマが癌になって入院し、いつも傍で支えてくれた女房が居ないということにヒッチはけっこう動揺したらしいんですね。「アルマが居ないと生きて行けない」と一人娘に弱音を漏らしたそうです。いかにもそんな事を言いそうです(笑)
    ラストはうふふ、という感じではあったんですが、それとは別に、あのカラス、デカくてちと怖いですわね。実際にあの映画の宣伝で使っていたのと同じ種類なんだろうけど、あんなのをけしかけられたティッピには同情しないわけにはいきませんわ。

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