「孤独のグルメ」

-焦るんじゃない、俺は腹が減っているだけなんだ-
2012年 TV東京



ここ数年、民放の深夜帯30分ドラマは侮れないらしい。ワタシは数年前から地上波を見ていないのでリアルタイムではそれらに気づかないのだが、ビデオ・オンデマンドにそれらのドラマが入ってきて、何か面白そうだと思うと見てみる。そして友人にその番組を知っているか尋ねてみると、みな知っている。そこで少し前から評判だったらしい事を知るのである。そんな経緯でつい最近観たのが、「孤独のグルメ」。格別何が目を引くというわけでもないのだが、一話観ると後を引く番組で、それこそ眠りにつく前の深夜に1話か2話ずつ観て、さみだれ式にぽつぽつと全12話を観た。何だか、ひそかにやみつきになるドラマだ。

これに先立つ深夜帯の味な30分ドラマにTBSの「深夜食堂」というのがあった。これもワタシはリアルタイムでは気づかないで、数年たってからTBSチャンネルとかでちょこっと観たのだが、松重 豊は小林 薫が開いている食堂の常連客の無口なヤクザとしてレギュラー出演していた。TV東京が「孤独のグルメ」のドラマ化に際して、主人公の井之頭五郎を松重 豊でいこうと決めたのには、少なからず「深夜食堂」というドラマの存在が影響していたのではなかろうかと推察する。そして、双方とも原作はコミックである。映画もドラマもコミックが原作のものがとても多い。アイデアがちょっと面白いな、と思うようなものは全てコミックが原作なのではなかろうか。コミックおそるべし。


「深夜食堂」

「孤独のグルメ」も90年代に連載されたコミックが原作らしい。ワタシは読んだ事がないので原作コミックとドラマの比較はできないのだが、ドラマでは原作で取り上げた店とは別の店をスタッフが食べ歩いて探し、紹介しているとのこと。エライ。労力を惜しんでませんねぇ。

主人公は独身の40男で、個人で輸入雑貨商を営んでいるという設定。毎回、商談でいろいろな町を訪れ、商談が済んで一息つくと、「さて。腹が減った。何を食うか」と1人呟いた主人公が、勘を頼りに裏通りなどを歩いて、ピピっと来た店に入る。そして出てきた料理に「おおー」とか「いいじゃないか」とか、心の中で呟きながら、盛大かつ整然と気取らないうまいものを食し、満足して店をあとにするまでが描かれる。


商談で、毎回、色々な街を訪れる


すぐに「お腹がペコちゃん」になってしまう井之頭五郎

井之頭五郎を演じる松重 豊は無口なヤクザなどを演じる事の多い俳優で、190cm近い長身痩躯がトレードマーク。印象として、あまり器用ではなく、上手いという感じもしない俳優なのだが、このドラマでは身奇麗な独り者の雰囲気がたくまずして滲んでおり、その上に、美味しそうに、しかも姿勢よく、キレイな食べっぷりを披露し、観るものに不思議なカタルシスをもたらす事に成功している。


楽しげにメニューを吟味する

ものを食べるという行為は怖い。その人間のいろいろな事が、ものを食べる様子を見ているだけで分かってしまったりする。女は特に気をつけなければいけないが、男にだって食べ方のきれい、汚いというのはある。男性は、気取らずに食べていても、どこか身奇麗な食べ方と、目をそむけたくなるような食べ方が、やはりあると思う。基本は、美味しそうに食べるというのが第一だけれども、男性ならばその上に、どことなく爽快感と清潔感のある食べっぷりというものがあらまほしい。松重 豊はものの食べ方がキレイな男性なのである。



構えてキレイに食べようとしているとか、上品ぶっているという事ではなく、箸の持ち方や使い方、箸を口に運ぶ様子などがキレイなのである。食べっぷりがよく、食べ方がキレイで、その上、食べ終った後にえもいわれない満足げな表情で吐息をもらし、ほっぺたや瞳がキラキラと光ったりして、好感が持てる。総体的に、彼が生来持っている無口なイメージが役に上手く作用している感じがする。井之頭五郎は、生き方に自分のスタイルはあるが、口はばったく胡散臭い薀蓄などは振り回さない。美味しいものを食べている時の彼のつぶやきは全て心の声で、外には出ない。「いただきます」と言って食べ始め、非常に満足して食べ終えると「ごちそうさまでした」と言って席を立つのである。


おいしいもので満腹になった時の、至福の表情

余談だが、松重 豊が自分で文章(かなりの短文)を書き、写真も添えて、さみだれ的に更新している彼の公式ブログ「修行が足りませぬ」も、言葉の使い方にユーモラスなセンスがあって面白い。この人は博多の出身らしい。福岡の名門校、西南学院高校の出身だとのことで、あの食べ方のキレイさなど、実はお坊ちゃんなのかなとも思われる。
昨今ジワジワと売れてきている、気になる俳優だ。



毎回、前半の10分で商談部分が描かれ、後半の10分で店に入っての食事シーンとなる。選んでいる土地がまた、なかなかエグいというかシブいというか、ある種のツボを衝いて来る。基本的にはぴかぴかの表通りや先端的な街、流行の繁華街などは避けられ、下町、裏町、郊外、または住宅街の駅周辺などが取り上げられている。それは、いわば日常の中に埋没している穴場の発見である。
第1シリーズで取り上げられた土地は、門前仲町、駒込、池袋、浦安、永福、鷺ノ宮、吉祥寺、八丁畷、下北沢、東長崎、根津、中目黒。
第2シリーズでは、新丸子、人形町、沼袋、横浜の白楽、京成小岩、両国、十条、北千住などなど。


店探しに勘を働かせて道を選ぶ五郎

ワタシは第2シリーズはまだ観ていないのだが、第1シリーズの中で行ってみたくてムズムズしてしまった店は、第3話の「豊島区池袋の汁なし坦々麺」、第8話の「神奈川県川崎市八丁畷の1人焼肉」、第9話の「世田谷区下北沢の広島風お好み焼き」、第12話の「目黒区中目黒のソーキそばとアグー豚の天然塩焼」で、夜更けて、風呂あがりに洗い髪を乾かしながら見ているというのに、すぐにも店に行きたくなって困った。このうち、実際に行ってみるとしたら、もっとも行き易いのは中目黒の沖縄料理の店で、行こうと思えば友と予定を立ててすぐにでも行かれそうだけれど、他はなかなかそうはいかない。物理的にちっと遠いからで、池袋や下北沢でさえもワタシ的にはテリトリー外なのだが、八丁畷(はっちょうなわて、と読みます)と来た日には、まず仕事でもプライベートでも行く事はないだろう。が、そういう、行く機会がないだろう土地のお店が紹介されるのを見ているのも、それなりに楽しいし、興味深い。
いやー、それにしても、下北沢の広島風お好み焼きはおいしそうだった。「鉄板焼きって何か、ライブ感があるんだよなぁ」「鉄板はステージだ」か。そそりますね。味付けの選べる鉄板焼きも垂涎ものだった。下北って殆ど行かないけど、あの店には一度行ってみるべきかな…。



このドラマは、井之頭五郎が行く土地、そこで入る店など、暗黙のコンセプトがあり、企画がとてもしっかりしているな、と思う。原作者が作曲したというテーマ曲も、井之頭五郎とドラマ全体の雰囲気に合っている。井之頭五郎が下戸の甘党で、和菓子屋の店先で季節代わりの新作の菓子や餅などの張り紙をみると、いてもたってもいられずに店に入って買ってしまう様子など、微笑ましいといえば微笑ましい。昨今では男子の甘党は増える一方ではないかと思う。女性よりも男性の方が、スイーツ好きが多いような気がするのは気のせいだろうか。井之頭五郎のように下戸の甘党もいれば、酒飲みの甘党というのもいる。後者は糖尿にご用心である。

ともあれ、井之頭五郎は酒を飲まないという設定のため、あぁ、この料理でビールを飲んだらすごく美味しいだろうに…という時にも、水かお茶をごくごくと飲んで、またパクパクと料理を食べている。主人公を下戸という設定にしたのが面白いんじゃないか、と松重 豊がインタビューで語っていた。酒を飲んだらありがちな感じになってしまう、と。酒に気をとられないだけ、食べ物にのみ意識が集中するようになっているのだ、と。なるほどね。そうかもしれない。しかし、ワタシはやはり、あの広島の鉄板焼きで冷たいビールをごくごくと飲みたいと思う。


期待に胸をふくらませる五郎

こういうグルメ・ドラマや居酒屋探訪などの番組を見るといつも感じるのは、世の中には美味しい店、おいしい料理がゴマンとあるというのに、その全てを味わう事は不可能であるということだ。どう頑張っても、実際に賞味できるのはごく限られた一部でしかない、という諦念。または無念の溜息である。実に、人間はごく限られた可能性の中でしか生きていないのである。 
あぁ、機会を逃さず美味しいものを食べに行かなくっちゃ。

コメント

  • 2013/04/26 (Fri) 15:30
    「映画ベース」のご案内

    Kiki's random thoughts (kiki的徒然草) 管理人様

    はじめまして。紀平と申します。

    私は現在「映画ベース」という映画のレビューサイトを開発しており、
    是非映画に関心のある方からレビューの投稿や、
    サイトをご利用頂いてのご意見やご感想などを頂ければと思っております。

    「映画ベース」
    http://kota.lolipop.jp/eigabase/


    まだまだ立ち上げたばかりの未熟なサイトですが、
    一度サイトにお越し頂き、
    ご利用をご検討頂けますと幸いです。

    どうぞよろしくお願い致します。

    //----------
    // 映画ベース
    // http://kota.lolipop.jp/eigabase/
    //
    // 紀平 光太
    // kihira@kota.lolipop.jp
    //----------

  • 2013/04/27 (Sat) 22:16

    紀平さん はじめまして。

    「映画ベース」のご案内、ありがとうございます。
    サイトを訪問させていただいて、検討させていただきますね。

  • 2013/04/28 (Sun) 19:44

    そうなんですよね。深夜の30分ドラマはここのところ、味わい深い楽しい番組がフツフツとあるんです。
    「深夜食堂」や記事に紹介されてる「孤独のグルメ」などを見て、時間的にもう胃の中がお休みタイムなのに、な~んか・・・うん、小腹が空いてきた、明日はアレ食べに行こう、自分で作ってみるか・・・と、生唾が出てくる。罪な時間帯の罪な番組です。笑

    まあ、他にも「食」以外で好きな番組がいくつもあったり、そして同じ設定で毎回ごとに製作スタッフを変えて、ある意味エクスペリメンタルな試みをやってたりするんです。
    DVDなんかの売り上げもいいみたいだし、週の楽しみとして、なにかの刺身のつまみたいなエッセンスが視聴者の心を掴んでいそうです。

  • 2013/04/29 (Mon) 08:18

    sanctuaryさん
    深夜帯というのは以前からちょっと面白い番組(ドラマ以外の)が流れている時間帯ですよね。スポンサーがうるさくないので実験的に色々な番組を作れるということで。で、視聴率がいいからというのでゴールデンタイムに移すと面白くなくなっちゃう、という事の繰り返し。深夜帯に30分ドラマを流すというのは少し前からのトレンドみたいですが、通常の時間帯よりも自由度が高いんでしょうね。結果的に話題になってDVDの売り上げがよければ深夜帯に放送する方が誰にとっても美味しいのかも、ですね。

  • 2013/05/01 (Wed) 20:58

    松重さん、いいですよね!!
    私、松重さん大好きなんです。私は基本あまりテレビを観ませんが、たまたま見ていたドラマでの出演率が高く、いい味出しておられて。結構華族みんなファンです。
    でも、このドラマのことは全く知りませんでした。kikiさんのこの記事で初めて知りました。
    今娘に聞いたら、うちの方でも伸也に放映されてるそうです。連休中にでもみようかな。

    • ようちゃん #-
    • URL
    • 編集
  • 2013/05/01 (Wed) 22:17

    ようちゃん。
    松重さん(まっちげさんと呼ばれるらしいです)、ひそかに好きな人多いですよね。長くやってる人なんだけど、ここ1,2年で目立つところに出てきたような…。
    「孤独のグルメ」は彼の初主演ドラマだそうです。深夜帯の味な30分ドラマで初主演というのも、それらしくていいな、と。そちらで放映中なんですね。なんか、これ見てると食べに行きたくなって困りますよ(笑)

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する