「L.A. ギャング ストーリー」(GANGSTER SQUAD)

-L.A. 1950-
2012年 米 ルーベン・フライシャー監督



昨年、撮影中の写真をあれこれと見て、1950年代のファッションがよく似合っているライアン・ゴスリングの姿に、いやがうえにも期待しちゃうね、と思っていた本作。USでも封切り前までは出演者の顔ぶれもあってかなり期待されていたようなのに、いざ封切られたらウンともスンとも評判を聞かない。全米初登場も確か3位ぐらいで揮わなかった。…ふぅん。出来はあまり良くないってことね。でもまぁ、トレーラーを見た限りでは時代考証はよくしてあるみたいだし、三つ揃いのスーツにソフト帽を被ったゴスリングもスクリーンで眺めたいので、観てみることにした。

この映画の時代背景はまさに「L.A. コンフィデンシャル」などと同じ時期、つまりギャングのミッキー・コーエンがL.A.を牛耳っていた時期である。ジェームズ・エルロイの大好物である、「暗黒のL.A.」だ。ミッキー・コーエンの周辺には興味深い登場人物が多い。彼はニューヨークはブルックリン出身のユダヤ人。子供時代に西海岸へ移住した。当初はボクサーだったが、次第にシカゴ・マフィアの用心棒として暗黒街に足を踏み入れて行く。彼が西海岸で頭角を現すキッカケになったのは、ユダヤ系マフィアのボス、マイヤー・ランスキーが東海岸のように確固たる犯罪組織のない西海岸は埋もれた宝の山だと目とつけた事に始まる。

ランスキーは、尖兵としてベンジャミン・シーゲルをハリウッドに送り込む。シーゲルは「バグジー」という映画になった、あのベンジャミン・”バグジー”・シーゲルである。ラスベガスを作った男である。映画でバグジーを演じたのはウォーレン・ベイティだが、実物の方がずっとハンサムな感じである。(実物の方がブリリアントだと、映画スターでも魅力の程を伝え切れない時がたまにある)青い目のカリスマ性のあるハンサムマン、バグジーは瞬く間にハリウッドに溶け込み、名士になる一方で、裏では西海岸でのシノギの道を確立した。通信社を奪い取っての競馬のノミ行為で莫大な利益を上げるようになったのである。このシーゲルの用心棒として、同じユダヤ系のよしみで組織から派遣されたのがミッキー・コーエンだった。バグジー・シーゲルとミッキー・コーエンはコンビでL.A.を掌握する。その後、L.A.での安定した日々に退屈したバグジーはラスベガスへと関心を移し、フラミンゴ・ホテルの建設に血道をあげるが、それが命取りとなる。砂漠の真ん中に、儲かるかどうかも分らないホテルを建設するためにコストをかけ過ぎた事などから出資者の親分衆の不興を買い、暗殺されたと言われている。


”バグジー”・シーゲル 真っ青な瞳がトレードマークだったという

「L.A. ギャング ストーリー」では、そのバグジーの死後、コーエンがすっかりL.A.を自分だけのものにしたところから描かれているので、魅惑の伊達男バグジーは登場しない。また、ミッキー・コーエンの側近で、ラナ・ターナーを愛人にしていたジョニー・ストンパナートもミッキー・コーエンを彩る人物として欠かせないが、ストンパナートも「ラナ・ターナーと××してるぜ」というセリフでしか登場しない。ストンパナートはその後、ラナ・ターナーと痴話ゲンカ中にラナの娘に刺されて死ぬ。ギャングの愛人だった上に、そのギャングを実の娘が刺し殺すという大スキャンダルに見舞われたラナ・ターナーだが、しぶとく女優として生き延び、中年期以降は母ものに主演するなど、殺人がらみの大スキャンダルにも消えない強さを発揮した。
ちなみに、1950年にミッキー・コーエンが逮捕されたのは殺人容疑ではなく、アル・カポネなど、あまたのギャングたちがそうであったように、脱税で逮捕されたらしい。刑務所に入っても鼻薬をかがせて楽な役務で模範囚として過ごし、4年かそこいらで出てきて、ハリウッドに舞い戻った。脱税ではその後、1961年に再度逮捕されている。この刑期は15年と長く(実際は10年で出所する)、アルカトラズ及びアトランタで服役している間にミッキー・コーエンの時代は終わりを告げた。服役中にパイプで殴られて杖なしで歩けない体になり、出所後は文字通りの余生を数年生きて、62歳で死んだ。


ミッキー・コーエン


ジョニー・ストンパナートとラナ・ターナー

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映画の梗概はというと、バグジー亡き後、L.A.を独りで牛耳って我が世の春を謳歌していたコーエンを組織ごと潰すために、ロス市警のウィリアム・パーカー本部長がひそかに立ち上がる。まっとうに裁判にかけても証言するものがなく有罪にできないため、警官である事を隠し、目には目を、の非合法な作戦を決行する部隊「ギャング部隊」が市警内で極秘に組織され、コーエン帝国にゲリラ戦でゆさぶりをかけていくのだが…というお話。

「L.A. ギャング ストーリー」でミッキー・コーエンを演じたのは、ショーン・ペン。ショーン・ペンなりに最善を尽くしていたと思うけれども(撮影の途中で作品の出来は想像がつくだろうに、よく最後まできちんと付き合って、その役としては最善を尽くしたなぁと思う。エラい)、人物像の描かれ方が平板で、よくあるギャングのボス、という範疇を一歩も出ていなかった。セレブである事にこだわったコーエンとしては、ショーン・ペンのコーエン像は軽やかさや愛嬌が足りないようにも感じた。また、ロス市警のパーカー本部長の極秘指令を受けて”GANGSTER SQUAD”(ギャング部隊)という少数精鋭の組織を作り、コーエン潰しに躍起になる警察側のメインの人物、オマラ巡査部長をジョシュ・ブローリンが演じていたのだが、演技的には可もなく不可もなく演じていたものの、主役として決定的に華が不足している事は否めなかった。この人は脇の方が光る人で、主役タイプではない。



で、ワタシのお目当てのライアン・ゴスリングはどうだったかというと、やはり彼の演じる役としては、キャラクターに陰翳の足りない描きこみ不足のキャラで、スラリとしたハンサムマンで女受けがして、ちょっとはみ出してはいるが、根っこはまっとうでいい奴だ、というキャラなのだけど、これもありきたりと言えばありきたりである。だから、何かといえばやたらに煙草ばかり吸っているのが目についた。ただ、ゴスリングはスクリーン映えしていたことは確かで、50年代の粋な帽子とスーツがよく似合い、ジッポーのライターでスタイリッシュに煙草に火をつける様子はサマになっていた。でも、あまりにも何回もジッポーをくるりと廻しながら火をつけるシーンが出てきたために、あれをマスターするのに随分練習したんだろうねぇ鏡の前で、という気配を濃厚に感じたのはワタシだけだろうか(笑)カッコつけすぎという感じで自然さに欠けたから。ふふふ。でもまぁ、金魚さんことエマ・ストーンともスクリーン上の相性はいいし、ゴスリングが出てくるシーンはそれなりに楽しく眺めた。なんたってハンサムマンがカッコよく登場するのは目の保養にはなる。エマ・ストーンも肌の白さと肌理の細かさが印象的だった。



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余談その1
ライアン・ゴスリングはここ数年、休みなしに映画に出ずっぱりで来たため、俳優業は少しの間、休業すると言っているらしい。今は自身の初監督作品にかかりきっている最中だろうと思われるけど、それが終わったら少しぼんやり過ごすのかもしれない。まぁ、休みもなしに仕事ばかりしてたら身も心も擦り減るものね。たまには少し休んでゆっくりと一息つくのも大事ですわね。のんびりと頭を空っぽにして、また意欲が湧いたら戻ってきて、ライアン。


ちょっとノンビリさせてもらうよ

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L.A.からギャングを一掃しようと極秘作戦を企てるパーカー本部長を演じていたのは、そうかしらん?と思っていたが、エンドロールで名を確認するまでハッキリと分からなかったニック・ノルティで、うんと太ってすっかり爺さんになっていた。また、”GANGSTER SQUAD”に唯一紛れ込むメキシコ人の警官役でマイケル・ペニャが出演していた。


ニック・ノルティ(左)マイケル・ペニャ

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余談その2
マイケル・ペニャが、ワタシのアイドル、ジェイク・ジレンホールとパトロール警官を演じた「End of Watch」は8月17日から遂に日本公開らしい。ふぅ…やっと観られるのね、ジェイクの新作。いやー、長く待ったよ。いつも長く待たされるよ。もっと、とっとと仕入れてきて公開してほしいよ…。よろしく頼むよ。でも、まぁ、とにかく夏になったら観られるわけである。楽しみに待つと致そう。


やっとのことでこの夏、日本公開の「End of Watch」

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と、脱線したところで「L.A. ギャング・ストーリー」に話を戻すと、
全体に、それなりにはまぁまぁ面白いのだけれども、なんというかストーリーが平板で、この手の映画にありがちであり、登場するキャラもステレオタイプでなんら目新しいところがない。それが、燻し銀のベテランや、今が旬といった感じのいい役者たちを集めながら、本作が凡作に終わった原因だろう。肝心のスクワッドのメンバー達も、それぞれ、きちんと描けば味の出そうなメンツを集めているのに、掘り下げが足りなくて何か勿体なく思った。例えば、老いた早撃ちの名手であるマックスを演じたロバート・パトリックも、演出によっては味わいを出せたであろうに、中途半端なカッコよさを中途半端に示しつつ死んでしまった。ナイフ投げの名手である黒人の巡査コールマンも、もっとキャラを出そうと思えば出せた筈である。勿体ない。そういう点でも、「アンタッチャブル」なんかはよく出来ていたな、と今更に思うわけである。



また、ラストもなんだかご都合主義な印象で、ここでミッキー・コーエンが逮捕されたからといって、そう簡単にL.A.からギャングが一掃されたわけでもないし、天使の町がその後、幾久しく平和に包まれたというわけでもないだろうに、と思ってしまう。
ボクサーであるミッキーに最後は殴り合いで勝利して逮捕に至るオマラ巡査部長の男気は結構だが、なんだかねぇ…。ジョシュ・ブローリンがそんなところでカッコをつけてもしょうがないという感じもする。残念ながら盛り上がらない。この監督はジョシュ・ブローリンが好きなんだろうと思うけれども、どうも空廻っている感じだった。また、ブローリン演じるオマラ巡査部長の身重の妻を演じている女優が、どことなくダイアン・レインをくたびれさせたような雰囲気で、顔がちょっと似ていたのが些か皮肉な感じもした。(噂によると、素のジョシュ・ブローリンはアル中のDV男で、三度結婚して三度とも離婚。2004年に結婚したダイアン・レインとも今年遂に離婚に至ったようだ)



ただ、本作のいいところは50年代のL.A.という時代色を非常によく現したプロダクション・デザイン(美術)と衣装にあるといえる。50年代のL.A.という雰囲気がどのシーンを切り取っても横溢している。プロダクション・デザインに関しては、「L.A. コンフィデンシャル」よりもウワテであると思う。大通りを彩る鮮やかなネオンサインのショットなど、「さらば愛しき女よ」のタイトルバックのカットを思い出した。レイモンド・チャンドラーの世界にも繋がっていくショットだ。ゴスリング演じる巡査部長ジェリーが、コーエンの女であるグレイス(エマ・ストーン)と初めて出会うナイトクラブのセットや、ブレントウッドのコーエンの住い、コーエンが篭城するホテルなど、セット美術がどれもこれもムーディで、50年代という色と空気をよく出しており、印象的で素晴らしかった。背景も本当にきっちりと時代色が出ていて、小道具の端々まで神経が行き届いていた。大詰めの銃撃戦をチャイナ・タウンに持ってくるところにも、時代色を出そうという強いコダワリを感じた。ふと、監督はストーリーや人物描写よりも、そういう方面に気合を入れすぎたのかな、とも思った。監督のそういうコダワリは、エンディング・タイトルに出てくる50年代L.A.を表現したスケッチボードにもよく現れていると思う。このエンド・タイトルは必見。

コメント

  • 2013/05/10 (Fri) 23:46

    kikiさん

     お久しぶりです。昨日映画館へでかけ(映画館もレミゼラブル以来)ライアンに会ってきました。DVDで他の場面をすっとばしてライアンの出演シーンだけ見たい映画でした。うっとりするほどスーツが似合ってましたわ~
     映画的には平板な感じが否めず、ショーンペンがなんだか可哀想でした。でもロバートパトリック、いい感じの渋めのおじいちゃんになっていてかっこよかったです。ジョバンニリビジも久しぶり(ほんとに映画を見なくなってます..)
    ライアンは見れば見るほど、特に整った顔立ちというわけでもないのになぜかくも魅力的なのか?ジェイクもそうだけど品のよさですかね。でも妙にエキセントリックというか色っぽい香りもあるし。
    まあ、ジャズや町並、映画を見ている間中、50年代のLAの雰囲気を楽しめて、久しぶりにLAコンフィデンシャルを思い出しながらダブルで楽しめただけでもよかった。なかなか時間がとれない分こちらへお邪魔してkikiさんの映画鑑賞のおこぼれに預かってます。感謝です。

  • 2013/05/11 (Sat) 22:11

    ふうさん。
    ご覧になったんですねー。ゴスリングありきで。(笑)ほんとね。他のどうでもいいシーンはガンガン飛ばして、彼の出るシーンだけ観たいなって感じの映画でしたね。ショーン・ペン、手抜きしないで偉かったですね。あんなに頑張る甲斐もないような映画だったのに、エライわぁ、と感心しました。ライアン・ゴスリングは存在感に華があるんでしょうね、やっぱり。スター・オーラですね。2005年ごろまでは本当にイケてなかったのにねぇ。いい男になりましたね。
    ワタシが見てきたものがご参考になれば、なによりですわ。そうそう。本文中にも書きましたが、ジェイクの「End of Watch」が、この夏やっと日本でも観られるようです。楽しみですね。ふほほ。

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