「プレイス・ビヨンド・ザ・パインズ/宿命」(THE PLACE BEYOND THE PINES)

-父親の影-
2012年 米 デレク・シアンフランス監督



この前観た「L.A. ギャング・ストーリー」がなんとなく消化不良気味だったので、ライアン・ゴスリングの出演作として、5月にもう1本封切られるこちらの方にちょっと期待していた。本作は、撮影中にゴスリングとエヴァ・メンデスがくっついてしまったといういわくつきの作品でもあり、どういう映画なのかも少し興味があったので、観に行ってみた。
ワタシ的には、ブラッドリー・クーパーは別にどうでもいい俳優だけれども、案外繊細な内面演技ができる事が分かった。

あらかじめ、何もこの映画について知識を仕入れていかなかったので、ゴスリングとメンデスの腐れ縁的もつれが描かれる「貧しい片隅のギリギリの俺たちの腐れ縁」的な映画なのかと思ったら、中盤で予想外の展開となり、ちょっとビックリした。予想していたテーマと全く違った。 …ふぅん、そういう映画だったのね。

ゴスリングの役は「ハンサム・ルーク」と異名で呼ばれる移動遊園地の曲芸バイク乗り。ハンサムなのとバイクの運転が天才的な事だけが取り得の、単純で頭からっぽの刺青野郎である。ルークは、「ドライヴ」でゴスリングが演じたキッドとはネガとポジのような関係にある男だ。(どちらがポジでどちらがネガかというのはわからないけれども)働くといえば自動車修理工場しかなく、車やバイクの運転のワザはピカイチでエンジンには詳しい。そして惚れた女とその息子の為にヤバい道に足を踏み入れる、というところだけは共通しているが、あとは全く対象的なキャラである。キッドは思慮深く、他人と極力関わらず、余計な事はしゃべらないという自分の生き方(スタイル、ルール)というものをしっかりと持っている男であるが、ルークというのは様子が良いだけで何も考えていない、その場限りの行き当りばったりの頭の悪い男である。


”キッド”


”ハンサム・ルーク”

ルークは、好きで得意なバイクに乗ることで稼げる道として移動遊園地のバイク乗りなどというヤクザな仕事に就き、年柄年中旅ガラスである。幾つまでそんな仕事でやっていかれるかさだかでないが、刹那的に今を生きているから先の事など考えないのだ。ロミーナについても、辛うじて名前だけ覚えていたに過ぎない。が、そんな男も、かつて関係のあった女が、自分の知らない間に自分の子を孕んで生んでいたことを知るや、突如父性に目覚め、子供のために父親として何ができるかを考え始める。それまで行き当たりばったりで、女はその場で使い捨てのように生きてきたに違いない男が、赤ん坊の存在を知って、なにゆえに突如、涙ぐみ、その子の存在を心に重く受け止めてしまうのかは些か説明不足。まぁ、そういう男だという事なのだろうけれども、相手の女に、もう一緒に住んでいる男がいて、特に女が自分に縋りついたりしてこないので(内心はルークに今も惚れていて縋りつきたいのだけれども)、余計に父親は俺なのに…という気分にかられたものであろうか。




息子の存在を知って、俄然、父性に目覚めるルークだが…

さて。その女は田舎のダイナーのウェイトレスという、絵に描いたようなうらぶれた佇まいのラテン系の女性ロミーナ。演じるのはエヴァ・メンデス。色の浅黒さが一段と目だつ。演技が上手いという事なのだろうけれども、いきずりの男との間に私生児を生んで、あれこれ夢や希望もあるけれども、片言の英語しか話せない母親と1歳児の息子を抱え、黒人の恋人の家に転がり込んで、ウェイトレスで日夜働く女、というのがとても似合って見えた。でも、ライアン・ゴスリングとはあまり似合っていない。ワタシはラテン系の暑苦しい顔というのが苦手なので、それも影響しているかもしれないが、そもそもエヴァ・メンデスが好きじゃない事もあって(鼻と唇が近すぎである)、このカップルにはちと異議あり。巷の噂ではそのままゴールインしてしまいそうな二人ではあるけれども、…う~ん、そうなの?という感じではある。ま、本人たちが良ければそれが全てだから、端からとやかく言う事じゃないですけれど。 ちと脱線。失敬。



***
ゴスリング演じるルークはとても単純だ。あんたの息子だと知らされて、息子の為に何かしなくちゃならない、と思いこむ。一座をやめて、女と子供の住むしょぼったれた町に住み付く。そそのかされたとはいえ、短絡的に銀行強盗で子供に金を残そうなんて考える。アホである。そういう単純でアホっぽい男も、ゴスリングはちゃんと演じている。それらしく見えるからエライもんである。もう、体中刺青だらけ。銀行に入ってホールドアップをかける時も、声が裏返ってヒステリー女みたいなキンキン声になる。気が小さいのである。いわば等身大のキャラともいえる。
強盗も最初は上手くいくが、何度か繰り返すと段々雑になりボロが出る。ゴスリングを追う若手警官エイヴリー役にブラッドリー・クーパー。この人の顔はどことなく鳥っぽい。薄い水色の目に尖った鼻。くちばしの尖った体の大きな鳥みたいである。クーパーが登場して、ゴスリングの出番は終了する。へ~、そういう展開なんだね、ふぅん、という感じ。そこからはクーパー演じる警官が主役になる。

この警官エイヴリーは、ごく普通の男という事なのかもしれないが、一面的でないキャラである。世の中には100%の善人もいないし、100%の悪人もいない。薄汚れた社会の中で少し正義を通そうとすると、少し薄汚れなければならない。裏も表もよく見据え、清濁併せ呑んで生きてきた自分の父親とは違う生き方をしたいと思って生きてきながら、最終的には追い込まれてその父親の知恵を借りざるをえなくなるエイヴリー。しかし、このエイヴリーのキャラがイマイチ、消化不良というか、どういう人間なのかハッキリしない。まぁ、つまりは世間一般にいくらでもいる普通の男というのは、こういう感じのもんじゃないですか?というところを描いているのだとは思うけれども、それにしてもハッキリしないキャラではある。
ただ、普通の男が苦悩を抱えてしまった時の捌け口のない苦しさや、ずっと消える事のない罪悪感などはよく表現されていたような気がする。この映画の中で3回ぐらい泣くシーンがあったような…。エイヴリーはよく泣く男である。



エイヴリーを悪の道に引きずり込もうとするダーティな先輩警官にレイ・リオッタ。人相が悪くなっている上に肉もどっしり付いてきているので、昨今はこういうダーティな役が多い気がする。まぁ、よく似合ってはいる。



エイヴリーの物語が一段落つくと、15年ぽーんと飛んで息子の世代の話になる。ルークの事件があった頃、ルークの息子もエイヴリーの息子も1歳か1歳半の赤ん坊だった。それから15年が過ぎ、二人とも17歳前後の高校生になっている。エイヴリーは離婚し、息子は妻が育てていたが、内心で父恋いの気持ちがある息子は、母よりも父と暮らしたいと言う。そして、エイヴリーの息子とルークの息子は同じ学校の同級生になるのである。父親二人に較べて息子世代はどちらの息子もパっとしない印象。モヤモヤして自分が何をしたいのかハッキリしないハイティーンの世代の空気感を現すとこうなるのか。澱んでいる。



ルークとロミーナ(エヴァ・メンデス)の息子を演じるのはデイン・デハーン。ワタシはこれで初めて観たけれども、昨今売り出し中で、USでは才能ある若手として認知されてきている俳優らしい。なにがなし、若い頃のデカプリオから精気を抜いたような印象の若者だが、これからグングン出てくるのかもしれない。本作の演技的には、そんなにワァオ!という感じもしなかったけれども(若いのにかなりくたびれて見えたし)、しかし、自分の父親がどういう男で、どういう顔形をして、そういう生き様、死にざまをしたのかを知り、自分のアイデンティティを掴んで足元が定まり、父が愛したバイクという乗り物を自分で手に入れて親元を巣立っていくジェイソンの姿に、僅かにこの映画としてのカタルシスが感じられた。



一方、エイヴリーの息子を演じたデクっと小太りの俳優は、役も俳優もなんだかなぁ…という感じ。エイヴリーの息子はこの先も、内心で父親に認められたいと思いつつも(これも、そう思っているのかどうかハッキリしないのではあるが、きっとそうなんだろうと思われる)、シャキっとせず、問題を起してはオヤジを困らせるという事を繰り返していくんだろうねぇ…という気がした。

映画を観ていて感じたのは、「父親の影」という事である。あるいは父親というファクターを通じて描かれる血縁の物語という事であろうか。
警官だったエイヴリーは、裁判官である父親のように、時には汚れていると分かっているものも、必要とあれば飲みこむ生き方を嫌って警官になったのだが、人生のピンチに際して、父親の経験に基づく世間知に助けを求め、そして救われ、以降は、その死後も父親を尊敬するようになる。
そんなエイヴリーの息子は、州の司法長官に立候補しようかという父親を持ち、とうていその期待に応えられそうもない不出来な息子であるからか、あるいは期待もされていないからか、ドラッグやワイルド・パーティの誘惑に溺れ、父親の足を引っ張るダメ息子である。しかし、不出来な自分に散々足を引っ張られつつも当選した父親には誇らしげな目を向ける。このダメ息子にとって、エイヴリーは輝かしいヒーローであり、近づく事ができないゆえに、遠く憧れながら世をスネているという事でもあろうか。あるいは構われたいからフテている、という事か。この親子の物語はこの先もどろどろと問題が多そうである。

そして、ルークが銀行強盗までして金を残そうとした息子ジェイソンは、モヤーっと暗い落ちこぼれに育っている。母の夫である黒人男性をパパと呼び習わしてきたけれども、本当の父親について知りたい気持ちは抑え切れない。その父親がいかなる男だったか(何をしでかして、どうして死んだか)を知っても、ルークが身をよせていた自動車修理工場のオヤジに、「お前の親父には、なにか特別なところがあった。普通の人と違っていた」と言われると、世にも嬉しそうに微笑むのである。それはルークの供養になるのみならず、ジェイソンを救う一言だったのかもしれない。



***
これまで、何かといえば母親の存在は大きくフィーチュアされ、小説でも映画でもドラマでも、母親が子供に及ぼす影響については数多く語られてきたけれども、父親というものが子供の心にどんな影響を及ぼすかという事については、母親についてほど多くは語られていない気がする。151分という長尺で、視点を3回も変えて、この監督が描きたかったのは、『人間にとって、父親というのはいかなる存在なのか』という事ではなかろうかと思った。視点が3回変わる構成も珍しく、もうちょっとピリっとくる演出があってもいいようにも思ったが、まずまずだった。
***



お目当てのライアン・ゴスリングは髪を思いっきり明るいブロンドにして、鍛え上げた体にそこかしことTattooを入れ、刹那的に生きてきたバイク野郎が、息子のために生きようと決意して妙な方向へ突っ走っていく姿を演じていたが、アウトラインが近いせいか、ワタシはどうしても「ドライヴ」を思いだしてしまい、ルークの単純さに較べてキッドには美学があったなぁ…などと遠い目になってしまった。ゴスリングによれば、「ドライヴ」はお伽話で、「プレイス・ビヨンド・ザ・パインズ」はリアルな世界だ、との事で、それは確かにそうだろうけれども、ワタシはありえない話だろうと何だろうと「ドライヴ」の美学の方が遥かに好みだわ、と思い、ゴスリング単体で見ても、孤独で寡黙なキッドはやっぱり痺れるカッコよさであったなぁ、と改めて思った。

コメント

  • 2013/05/28 (Tue) 22:09

    こんばんは。
    ライアン・ゴスリングって私の目には、ジェイクとよく似てるように見えます。意外といい身体してるところも(*^_^*)
    kikiさんの好みの傾向がわかるような気がします。

    それと、デイン・デハーンって、綾野剛と似てるなって思いました。彼も数年前から売り出し中ですけど、日米で流行のタイプってかぶってるのかな?

    • ようちゃん #-
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  • 2013/05/29 (Wed) 07:05

    ようちゃん。
    そうそう。ジェイクとライアンは色々と被る俳優たちなんですよ。年齢も同じだし、俳優としてのありようも似ている。面差しも細面で両目の間隔が狭いところや、細マッチョな体つきもね。でも彼らのルックスが好みというよりは、決定的な役を演じているのを見て、お!と思った、という感じですね。ジェイクは「骨折り山」、ライアンは「ドライヴ」。
    本当に好みのタイプなのは敏ちゃんです。青年期から40代半ばまでの敏ちゃんの顔は、なんていい顔だろう、といつも思いますね。声も好きだし、まさに敏ちゃんこそ好みのタイプです。
    デイン・デハーンと綾野剛は線が細くて顔色のすぐれない感じが似てるかもですね(笑)

  • 2013/06/09 (Sun) 00:45

    kikiさん

    毎度遅くからお邪魔します。
    私の住む地では今日封切りでさっきこの映画を見て帰宅してきました。
    ライアンの出番が終わったらやっと落ち着いて鑑賞できた映画でした。
    あまりに頭の悪い男の役なので。(ブルーバレンタインのときも見ている間中痛々しくて早く終われと呟いていましたが)でも前半はやはりライアンのおかげで華やかではありました。ハンサムルークがいきなり父性に目覚めるのも彼自体いろいろあって孤独な中で家族を求めていたんでしょうか。ライアンはイノセントな役がよく似合う役者です。赤ちゃんのあやしかたもうまい。最初は恐る恐る抱いたけど(笑)
     洋画は父と息子の物語が多いですね。ハビエルバルデムのビューティフルを思い出しました。かすかな希望の見えるラストが救いでした。
     しかしエバメンデスか~確かにあまりお似合いには見えないけど本人たちの自由ですから...だからキャリーマリガンやエマストーンとは噂だけだったのね。

  • 2013/06/09 (Sun) 11:31

    ふうさん
    これもご覧になったんですねー。そうなんですよ。本作でのゴスリングは強烈に頭悪い男の役なんですわ。実にもう呆れるばかりに。(笑)この監督がゴスリングを使うと、毎度こういう感じになりますね。孤独な流れ者のライダーという点でシチュエーションは近いんですが、この脚本や企画は、ウィンディング=レフンの「ドライヴ」よりも先に出来ていたそうです。
    エヴァ・メンデスとはどうも鉄板な感じみたいですね。相性が良ければそれが全てなので、はたがとやかく言う事じゃないけれども、もうちょっと雰囲気的にも釣り合う人で相性が良い相手がいると良かったなぁ…とは思いますね。なかなかコリン・ファース夫妻みたいな理想的なカップルは出てこぬものですわ。(笑)

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