スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

うちの百合が咲きまして

-百合で思いだす漱石作品など-



昨年の晩秋に、チューリップと一緒に、初めて百合の球根を買ってみたワタクシ。
ベランダでできるガーデニングの真似事など限られているけれども、種や球根から花を咲かせてみる、というのは結構楽しいもんでして。

昨秋「オリエンタル・ハイブリッド 巨大芳香性百合 混合」と銘打たれた球根を5つほど深鉢に植えてみましたのよ。混合なので、品種は1種類ではなく、オリエンタル・ハイブリッド系の百合の球根が5種類入っていたんですわ。だから咲いてみないと、どれがなにやら分らない。で、年を越して、春先にチューリップはすくすくと芽を出して伸びてきたけれども、百合は長いこと、ウンでもスンでもなくて、もしや土の中でご臨終になっちゃったんじゃ…と危ぶんでいたら、5月に入って、土の中からギザギザと何やら緑色のつくしんぼうみたいな茎が顔を出してきました。



百合なんて球根から植えるのは初めてだから、あんな緑のつくしんぼうみたいな感じで土中から出てくるとは知らなんだワタクシ。伸びていく過程で、皮が剥けるようにギザギザと茎にくっついていた葉が開いていくわけですね。鱗茎というそうな。言い得て妙。ふぅーん、面白い。毎日少しずつ伸びていって、そのうちに、中心からぽちっと小さな蕾が出てきて、それが徐々に大きくなって、(あるポイントに来ると、一晩で一回り大きくなってたりして、なかなかスリリング)固かった蕾が柔らかくなり、薄緑色だったのが咲く直前になってくるとほんのりと花の色がついてきて、何色の花かが分ってくる。このあたりになると、今日咲くか、明日咲くか、と毎朝、ベランダを覗くのが楽しみなんですわね。

そして、遂に咲きましたんざますわ。うちのリリーちゃんたちが。
まず、最初に咲いた巨大輪の百合は、「コンカドール」というもので、中心が黄色く、ふちが白い。そして、確かに大きい。とても大きな花を咲かせました。芳香性と銘打ってあるだけに、ふふ~む、確かによい香りなり。


ぽわぁっという感じで咲きましたのよ

ほんとに大きいんですよ この花

お次に咲いたのは、ピンクの鹿の子百合という感じの「カスケード」でした。これは花のサイズもお手ごろで、何より色が華やかで大変に結構ざます。そしてもちろんのことに、よい香りを放っております。





次に咲きそうなのは、まだ蕾が小さいので、ちょいと先のお楽しみかしらん。咲いてみないと何だか分りませぬが、なんだろうなぁ。ふふふ、ふふふふ。



…というわけで、品種が特定されていない混合の球根だったので、何が咲くのかお楽しみ、という部分もあいまって、長い間、土中にあったものが顔を出し、茎がすくすくと伸びてちゃんと花が咲いた暁には、ちょっとした満足感がありましたねぇ。

5つの球根を植えてみて、ちゃんと育って蕾が出たものは3種類でした。あとの2種類は球根に瑕でもついていたのか、茎も葉もちゃんとしているけれど蕾が全く出ないものと、葉がクネクネして、背も伸び悩み、葉先も少し枯れて丸まっているなど、なにか育つ前からねじくれちゃってる感じのものとで、2品種は花が咲くには至りませんでした。…そういうものもあるのだね。

これから咲くものも含めて3種類はOKだったので3勝2敗という感じだけど、ともあれ、ベランダに出ると百合の香りがほわーっと漂って、それまでベランダの香りを一手に引き受けていたクチナシを圧倒し始めました。風向きにもよるけれども、やはり百合の香りの方が強いのかも。窓を開けていると網戸越しに、室内にいても百合の香りがそこはかとなく漂ってきますのよ。

*****
百合というと、ワタシはなんとなく夏目漱石の「夢十夜」第一夜を思い出します。
死んだ女が百合に生まれ変わって目の前で咲き、鼻先で骨にこたえるほど匂った、というあれです。

男の目の前に横たわった女は、とても死にそうには見えないけれども、静かな声で「もう死にます」と言う。男は透きとおるほど深く見える女の黒眼のつやを眺めて、これでも死ぬのか、と思う。女は、だって死ぬんですもの、しかたがないわ、と言い、死んだら大きな真珠貝で穴を掘って埋めてください。そして天から落ちてくる星の破片(かけ)を墓じるしに置いてください。と頼み、百年、私の墓のそばにすわって待っていてください。きっと逢いに来ますから と言うと、すっと目を閉じて一筋の涙を流し、こときれる。

女の澄んだ黒眼が盛んに強調されているのが印象的。漱石は細おもてで眉の濃い、黒眼勝ちな大きな眼をした女が好みだったんでしょうね。奥さんは全然好みのタイプじゃなかったのね…。もうちょっと好みに合った人にすれば良かったのにね…。でも、生活が満ち足りていたら小説書かなかったかもしれないしね。

男は頼まれたとおりに女を埋めて、その墓のそばに座る。やがて数え切れないほどの月日がたったあと、地面から斜めに青い茎が自分の方に向って伸びてきたのに気づく。茎は見る間に長くなり、「すらりとゆらぐ茎の頂に、こころもち首を傾けていた細長い一輪のつぼみが、ふっくらとはなびらを開」く。真っ白なゆりは男の鼻の先で骨にこたえるほど匂う。男は白い花びらに接吻し、百年はすでに来ていた事に気づく…。

実にもう、何と言うか気恥ずかしいばかりにロマンティックですわね。天から落ちてきた星の破片(かけ)とか、百年の歳月を待つ男とか、死んだ女の化身の白い百合とか…。けれど、それは死を内包したロマンティシズムであり、エロスとタナトスが、骨にこたえるほどに匂うゆりの香りの中にたゆたっているのが、この第一夜の真骨頂。香りに敏感で、香りの官能に身を委ねる男であったらしい夏目漱石の感性と嗜好が如実に伝わってくる一篇。ワタシは初めて読んだ少女のころから、「夢十夜」では、この第一夜が一番好きなのざますわ。
「文化五年辰年だろう」の第三夜もいいけれども、テーマが原罪っぽいし、重くてコワイので、第一夜のロマンティシズムがやはり一番好ましいでざますかしら。うふふ。

百合はまた、「それから」にも重要なモチーフとして登場しますわね。代助と三千代にとって、百合は過ぎ去った懐かしい昔の象徴であり、これから犯そうとしている甘美な罪の象徴であり、その結果、ともに地獄にまっしぐらにつき進もうとしている二人の、険しい苦しい旅立ちへの餞(はなむけ)でもありますわね。




「兄さんと貴方と清水町にいた時分の事を思い出そうと思って、なるべく沢山買ってきました」

江藤淳はその漱石研究の著書で「百合は女の象徴であり、それが喚起する濃密な情緒は、花が男女を結びつける性を象徴することを暗示している」と書いております。「夢十夜」の第一夜や、「それから」に百合が印象的にフィーチュアされているのは、漱石の嗜好とあいまって、そういう心理学的な要素がまつわってのことなんでしょうね。

*****
ワタシは花として百合が昔から好きで(同じくゴージャスでクラス感のある花でも、蘭は好きじゃないんざます)、その香りにも、その姿にも好ましいものを感じます。今年咲かせたのと違う品種を取り寄せて、来年また咲かせてみたいなぁ、などと思ってますが、ものによってはかなり背が伸びてしまうらしいので、色々と事前に調べてから取り寄せないと、ベランダであんまり伸びられ過ぎても困っちゃうしね。

*****
今年の春から夏にかけては、あれこれとベランダの花を楽しみました。紫陽花と梔子は6月中、ずっと目を楽しませてくれ、咲いたばかりの梔子を切っては、玄関先や机の上に置いて香りを楽しみました。今も楽しんでいます。そして現在では、梔子と百合がベランダで芳香合戦をしています。百合の背後では朝顔がつるを伸ばしていて、これもそのうち蕾が出てくるでしょう。





また、今年は猛暑に備えてグリーン・カーテンにも挑戦していて、リビングの窓の外にゴーヤのプランターを置いて、柱を立ててネットを張り、夏の苛烈な日差しを遮るゴーヤのグリーン・カーテンを出現させるべくセッティングしました。ゴーヤは着実につるを伸ばし、葉を繁らせてきています。いいぞいいぞ。ふふふのふ。この夏は、一味違うグリーンな夏になるのか。繁り具合に期待です。



*****
ベランダから都内の庭園に眼を向けると、7月末から8月は上野の不忍池の巨大な蓮が咲くことでしょう。弁天堂を臨む池一面に葉をそよがせ、桃色の花を咲かせる大きな蓮は実に壮観です。蓮って本当に、お寺の祭壇に備えてある金の蓮の飾りそのままなんだわねー、と妙なところに感心しちゃったりしてね。一度も見た事がない方は是非一度、蓮の咲いている時期に不忍池を散策されることを強力にレコメンドしましてよん。




蓮の葉の波のむこうに弁天堂





最盛期が真夏なのでちょっと暑いけど、不忍池の蓮は夏の風物詩。散策がてら一度は見物して損はない光景です。

というわけで、今回はkikiのベランダ通信でした。

コメント

  • 2013/07/11 (Thu) 15:38

    はいさい!kikiさ~~ん!
    こんちは。素敵☆素敵。kikiさんちのリリーちゃんたち、頑張って咲きましたね。コンカドールちゃんは、なんだかでっかくて存在感ありすぎww カスケードちゃんは、最近どこでもモテモテね。ゴージャスだけど、可憐でかわいい。さて、残るもうひとりは何ちゃんかな?

    家から車で30分ほどのところに年中お花を咲かせている庭園があって紫陽花の前には百合が咲きます。今年行きそびれたのだけど見に行った人の感想では、色とりどりなのでかえって白い百合を見ると「新鮮」に感じたのだそう。百合とかカラー(海芋)って、昔は白ってイメージがあったのだけど、今はバラエティ豊かになりましたね。

    そうそう、「それから」の白百合。映画ではテッポウユリを使っているのかしら?印象深いシーンです。でも、テッポウユリだと真っ白だけれど匂いが無いのよね。白くて尚かつあの強く甘く重い香りは・・・当時はヤマユリだけなんだそう。塚谷裕一著「漱石の白くない白百合」に書いてありました。でも、ヤマユリも真っ白ではなく黄色いすじが(コンカドールみたいに)入っている上、斑点もたくさんあるの。漱石にしても他の日本の作家もこのヤマユリを白いと表現しているのが不思議なんだけど、唯一、非常に正確な描写をしているのが三島由紀夫なんだって。この辺、心理学的に推察してみるとおもしろそうですね。

    漱石は正岡子規と歩いているとき田圃の稲を見て「あれは何だ?」と聞いたので子規が驚愕したとか、三島由紀夫は松の木も知らずドナルド・キーン氏をあきれさせたとか、ウソかマコトがわからぬ逸話があるけど。。。
    天才だもの!!こうでなくちゃね。なんだか、天才なのに天文学の知識がないシャーロックとかぶります(笑)

    私も、安井かずみ風に言うとwww「造形的にしっかりとしたお花」すなわち百合とかカラーが好きだったのだけど、最近は野山の花もすきになってきました、路傍のスミレも種類がたくさんあるので写真を撮ってきて図鑑で調べるのもたのしい。植物がでてくる小説は読みながら想像したり、ネットでチェックしたり。数年前の映画「西の魔女が死んだ」は公開楽しみにしてたんだけど(シャーリー・マクレーンの娘のサチさんは良かった)
    期待してた「ギンリョウソウ」や「キュウリ草」が出てこなくて、監督ってば、全然原作理解してないじゃん!とひとり腹をたてたジェーンでした。

    かく言うわたしの庭は。。。以前はベランダを、素足で出られるようにデッキにして(といってもお風呂用すのこを敷き詰めただけなんだけどww)プランターや鉢に花をさかせて、あれ?どんな花たちだったっけ?季節の良い時分にはクッションを持ち出して寝そべったりと結構楽しくベランダライフやってましたの。ところが数年前体調を崩したのと、マンションの大規模改修工事のためベランダの物すべて撤去したことが重なり、今に至ってガーデニングと呼べるほどのことはしてないの。現在は、大好きなハーブ「バジル」と朝顔が去年のこぼれた種から育っています。あ、トマトの苗とローズマリーも。お花は頂き物の鉢植えハイビスカスがこのところ次々と咲いて。なんだかね、ターシャじゃなくてダーチャ(ロシアの菜園別荘)に宗旨替えかな、なんて思ってました。でも、kikiさんのベランダ通信を読んでいるうちに、やっぱりお花があるといいな、そろそろベランダガーデニング再開しようかなと思い始めているところです。kikiさんと(そのお花たち)に力を貰ったみたい。。。


    さて、最後のトピックです。上野の不忍池の蓮!!何年も前から見たいと思ってました。それは、玄侑宗久著・坂本真典写真の「祝福」という本に出会ったからです。小説と不忍池の蓮の写真とのコラボレーションなのですが、その写真の蓮の美しさと言ったら!うっとりとして見ているだけであの世に行ったみたいになりました。そしていつしか我知らず泣いてた。小説の内容はすっかり忘れてしまいましたが(ごめんなさい宗久さん)この世のものとは思えぬ蓮の花はしっかりと心に残って生きてる間に一度は見に行きたいと。でも、写真でみるのと生でみるのでは印象が違ったりして。。。とか考えてたけどkikiさんrecommendなら大安心です。いつか必ず行ってみますね。
    では、紫陽花さんと梔さんにもよろしく!







  • 2013/07/12 (Fri) 03:45

    ジェーンさん
    そうなんですよ。長い長い時間かけて、茎が伸びて蕾が大きくなって、やっと咲きましたのよ。でも、咲いたと思ったら1週間弱で散ってしまうんですわ。だから、最初に咲いたコンカドールはもうすっかりと散ってしまいました。案外、早かったなぁ。そして最後に残った1品種はまだ咲きそうもないので、品種はわからぬままでごわす。

    そうそう、いろんな色の花があるから、白い花がかえって際だつ、というのはありそうですね。そして百合もカラも確かに白以外の花が増えましたね。

    「それから」の映画ではテッポウユリを使ってそうですね。形からして。そして、テッポウユリって香りがないんですか。知らなかった。日本原産のユリはみんな香るのかと思ってたら、そんな事はないんですね。ふぅん。そして、漱石の時代には白っぽい芳香性のユリはヤマユリしかなかったと。ヤマユリなどを元にカサブランカが作られたりしたのは、漱石の時代より後なんでしょうかね。…というかそれが日本に入ってくるのは、ちょっと先になったりしたのかも。カサブランカを見たら、漱石先生喜んだに違いないのにね(笑)
    そして三島がヤマユリの描写を克明にできたのは、きっと植物図鑑などできっちりと調べたからじゃないか、と。几帳面な人だから。

    そうですね。大きくて形のくっきりした花以外でも、気になる花はけっこうありますね。野の草花に心惹かれるというのも、確かにありますわね。野の花とはちょっと違うかもだけど、私は花や茎や葉の色が素敵なフランネル草という花も最近、好きなんですよ。葉や茎のグリーンがどことなくシルバーがかっているというか、なんとなく好きです。

    ジェーンさんもベランダガーデニングやっておられたんですね。そうですか。
    今はハーブを何種類か育てておられるんですか。ハーブもいいですよね。でも、ベランダで育ちますか? さほど手間がかからなければワタシもやってみようかな。
    ベランダガーデニング、是非再開されてくださいよ。窓をあければ花がある、という生活はやっぱり良いんじゃないかな、と思います。

    「不忍池」。 そんな印象的な写真があるなら、それを眺めるだけの方が印象的かもしれませんが、とにかく一面に大きな蓮の葉が浮き、その合間、合間に桃色の花が顔を出している様子はなかなかのもんでした。
    写真集の写真がよほどにきれいに撮れていたのでしょうが、私のこの写真を見ても分るように、一度見たら忘れないほどのインパクトでかというと、どうかなぁとも思いますが、あまり期待し過ぎずに観れば「ほほぉ」という感じになること請け合いです。

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する