暑いんだけど、面白い 夏の四国路

-愛媛編その1 しまなみ海道 道後温泉-



さて、二日目は、うどんだけじゃない香川県から、JRの特急で松山へ。
いきなり松山に行くのではなく、途中、しまなみ海道も寄りたかったので今張で途中下車。
前に、「にっぽん縦断 こころ旅」で、高所恐怖症の正平氏が半べそ状態で、「自転車乗りの聖地」と呼ばれる来島海峡大橋を自転車で行かされそうになり、雨の中を高架の上まで昇りはしたものの、どうしても渡れずに泣きを入れて橋を回避し、連絡船での通行になった回を見ていて、しまなみ海道を自転車で渡ってみるというのは乙だなぁ、などと思っていたワタクシ。今張に着いて自転車レンタルしようかねぇ、などと思っていたのだけど…。
とにかく、暑い。暑いし、橋にたどり着くまでかなり昇っていかなくてはならないし、普段からそんなに自転車を愛好しているわけでもないのに無茶すぎるという結論がアッサリと出て、しまなみ海道を行くバスが出ているから、それに乗って四国側から行かれるところまで行ってみよう、という事になりました。




まぁ、とにかく確かに しまなみ海道って感じの景色ではありました


バスはエアコンが効いていて快適だし、混んでもいなくてやはり正解。自転車にしてたら死んでたねぇ、と友と苦笑い。
途中でこまこまと降りたり乗ったりはできないので、ひとまず、しまなみ海道の真ん中へんに位置する大三島という島まで行ってみることに。で、島の港で降りたんですが、ここは船着き場があるだけで、他には何もないんざますわ。でも、瀬戸内海は真っ青に穏やかで、実に瀬戸内海という感じでした。




いやぁ、瀬戸内海ですねぇ

とにかく暑かったので、この大三島にあるという海洋温浴施設「マーレ・グラッシア」でひと汗流そうかねぇ、と相談し、そこへ向って歩き出したんだけど、何せ暑いし、松山に行く途中なので荷物も全部持っているし、大雑把な地図だけで道もあまりよく分らないし、という感じで、炎天下に、どうもこのへんじゃないの?と行ったあたりには「伯方の塩」の工場が。その向う側にどうやらそれらしい施設が見えるのだけど、ワタシらは工場の背後の道に入ってしまったらしく、「マーレ・グラッシア」にはどうやったら行き着けるのか分らず。途中に正面の方に出られる道があるんだろうけどね、とウロウロ行ったり来たりすること20分ばかり。ようやくそれらしい道がみつかり、やっと行き着いたんざますが、どうやら「マーレ・グラッシア」というのは「伯方の塩」が塩を作るついでに、塩を使った温浴施設をこさえて、従業員の慰労や、近隣の住民のくつろぎのために作られたコミュニティ施設なんだな、と分った次第。むろん観光客もOKでざますが。
何はともあれ伯方の塩は、いまだに天然の製法で塩をこさえているらしい事が工場の裏手を歩いているときに分かりました。


伯方の塩 大三島工場

ひとまず、ここの食堂で昼食を済ませ、少し涼んだけれども、戻りのバスの時間がタイトで風呂に入っている時間は無いことが判明。道に迷ったりしていた分がロスタイムか。14時台のバスを逃すと、次は16時台になってしまうので、14時台のバスに乗り遅れないようにバス乗り場まで急ぐことに。
どうせ今夜は道後で本物の温泉に入るんだものね。もう暫く汗をかいておきましょ。



というわけで、大三島から乗ったバスは今張経由でそのまま松山へ。伊予鉄バスの終点は松山市駅でした。
松山はJRの松山駅と、市電のターミナル松山市駅というのが少し離れてるんですね。元々市電の方が発達しているので、メインになるのは松山市駅の方なんだな、という事が行ってみて分りました。何はともあれ、松山でホテルにチェックインし、一息つくと、さぁて、お目当て道後温泉まで市電でGO!



ちょっと寂びれ感のあった高松に較べると、松山は元気な地方都市の活発な空気と、城下町で長い歴史のある町のレトロチックな良さが混在してました。そして、松山といえば市電ですわね。松山に限らず、市電が街の足としていまだに重要な役割を果たしている地方都市は幾つかありますが、「市電のある街に外れはない」というのがワタシの感想。長崎も、岡山も、函館も、市電が残っている事が確実に街の魅力を引き立てているような印象でした。松山でも、市電は市民の重要な足であり、ワタシ達のような観光客にとっても風情のある嬉しい足でございます。目抜き通りを、時折ちんちんと鐘を鳴らして走るこぢんまりした市電はバスとも電車とも異なる味わいで、格別ですのよね。



東京も、荒川線以外に都電復活しないかなぁ。ここまで都心の道路が過密になると、いまさら道路の上に都電の線路を引くのは、どう考えても不可能って感じではありますが…。都心部を都電を乗り次いであちこち移動できたら最高ってもんですわね。地下鉄が網の目のように発達した現在では、もう都電復活は望めないとは思うんだけど。東京で都電に乗りたーーーい!ざます。

ま、都電復活願望はさておいて、いよいよお目当ての道後温泉に行くべく、ホテルを出て市電の停留所へ。道後温泉までは市電で20分程度。その間、県庁だとか、お城の前だとか、目抜き通りを車と共存しながら、ノンビリと進む市電に心ウキウキ。
松山市は道も広いし、建物も立派で(特に県庁舎は素敵ざました)、歴史のある地方都市の良さをたっぷりと湛えておりましたね。元々、松山は漱石の「坊ちゃん」絡みで文学の町と銘打ってきたのだけど、昨今では、司馬遼太郎の「坂の上の雲」の比重がかなり大きくなって、ますます文学の町としての顔が強力に打ち出されてきた感じがしました。
秋山兄弟の生家跡だとかが、子規だの漱石だのの記念碑やゆかりの場所とともにクローズアップされてました。また、松山は大江健三郎と伊丹十三が高校生活を送った地でもありますわね。伊丹十三といえば、彼が自ら演出し、伊予弁で出演した「一六タルト」のローカルCMを彼のドキュメンタリー番組で見て大受けしましたが、「一六タルト」は今もなお松山を代表する銘菓として健在のご様子で、あちこちに大きな看板が出てました。

そして、中心地を抜けた市電はレトロチックな道後温泉駅へ。
いやー、駅やその周辺の佇まいからして既に道後温泉的風情に溢れた道後温泉。ナイス。
人々がそぞろ歩く方向についていってみると、あった、あった、ありました。あの風格ある「道後温泉本館」の建物が。周囲はそれなりに小奇麗な現代の町なんだけど、あの明治27年に建てられた、風情たっぷりの道後温泉本館の建物が、その中にあって浮いてしまわず、あたりの風景にしっくりと納まっている事に、とてもホっとしましたね。




さすがの風格

ここの入浴コースは4つあって
ただ大浴場(神の湯)に入るだけのもの(¥400)
大浴場+休憩室利用(¥800)
大浴場(神の湯)+二階の小浴場(霊の湯)+2階の休憩室利用+又新殿(天皇の休憩室と専用浴室)見学(¥1200)
神の湯+霊の湯入浴+3階の個室休憩室利用+又新殿見学(¥1500)
という感じ。ワタクシらは¥1200の霊の湯2階席コースでいってみることにしました。折角だから又新殿を見学しないとね。
夏目漱石がここに来ると利用したという三階の個室は「坊ちゃんの間」と名付けられて見学無料。これも是非にも見なければ。うふふのふ。

夏目漱石は「坊ちゃん」の中で、四国の赴任地についても、そこの人についても、けして褒めては書いてないざますわね。土地については「こんなところに住んで二十五万石のご城下だなどといばっている人間はかわいそうなものだ」とかなりの上から目線だし、人についても大抵は、田舎者でトロそうにみせかけて案外こすっからいという風に書いている。小学生の時に初めて「坊ちゃん」を読んだ時にも、中校ぐらいで読み返した時にも気付かなかったけれども、オトナになって随分たってからふと読み返した時に、坊ちゃんは四国(松山)に着いた最初から喧嘩腰で、随分言いたい放題な事を言っている(つまり漱石が書きたい放題に悪口雑言(笑)を書いている)というのに気づいて唖然としたことがありました。こんなんで松山の人は気を悪くしないのかしらん、と。でも、よくよく読んでみると「坊ちゃん」の作中で、その土地が松山だとは明記してないんですね。漱石本人が一時期、松山の中学校に教師として赴任していたので、その四国の町は松山がモデルなんだろうと分るだけのことで、そうだとは書いていない。



だとしても、そこは松山である事は明白なわけで、言いたい放題な事を書かれても松山の人は坊ちゃんの舞台になった事を喜んでいるのか、松山はいまだに「坊ちゃんの町」でもあるわけで、そういうおおらかな懐の広いところも松山のいいところじゃないかな、と思います。まぁ、立派な道後温泉本館も残っているし、近代文学史上、最も人口に膾炙した小説中にモデルとして登場するということは、とにもかくにも大きな観光資源であることは間違いないものね(笑)
「ほかのところは何を見ても東京の足元にも及ばないが、温泉だけは立派なものだ」と、道後温泉を褒めているのだけが唯一の褒め言葉という感じの「坊ちゃん」だけれど、確かに漱石が褒めるだけの事はある建物と温泉でしたね。
お湯は滑らかで本当に気持ちが良かったし、小浴場の霊の湯では貸し切り状態で温泉を楽しむ事もでき、ここであまりに気持ちよく湯に浸かっていたので、1階の大浴場・神の湯に入る権利もあったんだけれど、これ以上風呂に入ると湯当りしそうなのでパスしました。大浴場は混んでいそうな気配もしたしね。




湯上がりに坊ちゃんだんご オツです

その後、二階の休憩室の窓辺で夕風に吹かれつつ、お茶とお菓子のサービスを受け、汗がしずまるのを待って又新殿(ゆうしんでん)の見学に。全ては選んだコースにより、システマティックに従業員のおばちゃんたちが誘導してくれるんですわね。天皇(皇室)専用休憩室および浴場のある又新殿を案内してくれるのは、専門の解説のおじさんで、この案内もなかなかシステマティックでした。又新殿、写真撮影不可だったのが残念だけど、いかにも明治の御世に、大帝が温泉で休息されるために作られた部屋という感じが如実に伝わってきましたね。一般とは別に作られた皇室専用の入り口から、すぐに御座所というか、休憩される部屋に入れるのだけど、ここで休憩した気分になれるのかしらん?と、恭しく奉られた白いカバーのかかった椅子や、その両脇に立った古風な蜀台を眺めて思いましたね。皇室専用の浴場も見せてもらいましたが、石造りで案外狭く深い湯殿で、ちょっとコワイ感じも。一般向けの浴場の方が快適ですわね、こりゃ。むやみと奉られて別扱いになるのも楽じゃないわね…とお察ししましたわ。そこに天皇専用の浴場と休憩室が作られたのは、道後の温泉は随分長らく道後温泉本館でしか入れなかったかららしい。その後、昭和に入って、あちこちの宿で温泉を引けるようになり、天皇も道後温泉本館でお湯に入る必要がなくなったので、又新殿はその役目を終え、もっぱら歴史的な文化財として大事に保存され、一般の見学もOKになったという事のようざます。昭和天皇は通算で三度ぐらいしかその又新殿を使われなかったとか。…まぁ、確かにね。趣はあるし、いかにもそれらしいけれども、温泉に入って寛ぐという気分にはなれぬものねぇ…。

その後、個室が並ぶ三階の一番奥の角部屋、見学自由の「坊ちゃんの間」も見学。
ワタシたちの前に、何の集まりか体育会系のノリの男性5、6人が坊ちゃんの間を見学していて、床の間の脇にかけられた夏目漱石の有名な肖像写真を見て、「ソーセキって、イケメンじゃーん」とか言ってました。あの写真を初めて見る人もいるのかしらんね。
そうそう、夏目漱石はとってもイケメンなのよーん。
漱石先生が愛用した個室は3階の角部屋で2方向に窓があり、葦の簾が下がって、こぢんまりと心地いい部屋でした。




坊ちゃんの間に飾られた「イケメン」の写真

でも、道後温泉本館は、まさに期待していたとおりのところで、たっぷりと滑らかな温泉を楽しみ、急な階段であっちこっちと繋がっている本館の建物内も楽しめて、言うことなし、の温泉タイムでした。松山に住んでいたら、内湯があっても仕事帰りに市電に乗って、神の湯に浸かって気持ちよく汗を流して帰る、なんてことやるのも乙かも。地元の人の朝湯会なんてのもあるそうな。道後温泉、松山になくてはならぬ名物ですわね。



湯上がりに少し道後の町を冷やかし、土産ものを物色したあと、夕食をしたためましたが、道後でまたしてもご当地キューピーに出くわしてしまい、「マドンナキューピー」だの「タルトキューピー」だの、珍品があれこれと並ぶ中、坊ちゃん列車の車掌のコスプレ姿がレアでかわゆい「坊ちゃん列車キューピー」を松山来訪記念にゲットすることにしました。



今回の四国旅では、「すだちキューピー」に続いて「坊ちゃん列車キューピー」もゲットするなど、かつてないほど、ご当地キューピーに食指が動いた旅でもありました。なんでだろうか。レア度かな(笑)

道後で夕食をしたためてから、市電に乗ってホテルに戻る際、温泉に行く時の市電でワタシの隣に座って居た地元のお婆さんが、偶然、帰りの市電にも乗っていて、しかも松山の中心街で降りる時に、電車賃がないから後で取りに来てくれ、と運転手さんに訴えかけておりました。なんでも温泉に入っている間に財布を盗られたとのこと。ほんとかいな?という感じでしたが、運転手さんも結構ですよ(均一150円の運賃だしね…)と苦笑いしながら言っているのに、そのお婆さん、運転手さんの名前を知りたがったり、自分の家はどこそこの裏手だ、などと説明したり、どうも運賃をなくしたというのは口実で、誰かに家に来てもらいたいのかな、という気配が見えました。毎日、市電で道後温泉に行っている、との事でしたが、まさか、毎日あんな具合に、乗り合わせた市電の運転手さんに電車賃ないから後で取りに来てくれ、と言っているんじゃ…と、ちょっと気になったりしてね。一人暮らしが長いのかな…。市電のひそかな名物婆さん(というか困ったちゃん?)という感じかな。ふふふ。
そんなこんなの人間模様が垣間見られたりするのも、地方都市の市電ならでは、かも知れませぬわね。

市電と温泉と町の佇まいで、ワタシ達はすっかりと松山が気に入りました。ワタシはそもそも今回の四国旅は松山目当てだったから、イメージ通りのところでなんだか嬉しかったざます。

さて。今回の四国旅、最終回は愛媛の内子町です。 続きは次回。

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