「ベニシアさんの四季の庭」

-赦すということは、過去を手放すこと-
2013年 テレコムスタッフ=NHKエンタープライズ 菅原和彦監督



京都・大原で営まれているベニシアさんのスローライフを追ったTV番組「猫のしっぽ カエルの手」から派生したドキュメンタリー映画。映画として、劇場であのベニシアさんの庭を観るのはどういう感じだろうかな、と思い、観にいってみた。

冒頭、TV番組でも見たシーンが幾つか出てきて、既に見た事のある(新鮮味のない)映像が多いような、わざわざ映画にする甲斐のないものを見せられたら困るなぁ、という懸念がふとよぎったけれども、その後は映画オリジナルの映像の方が多くなり、「猫のしっぽ カエルの手」とは、また異なる雰囲気のベニシアさんのドキュメンタリーになっていたと思う。無論、ベニシアさんの庭も、大原の自然も折々に盛り込まれている。

この映画について、「イギリス貴族が波乱万丈の果てにみつけた安住の地」というような紹介文があり、確かにそれはそうなのだが、イギリス貴族の家に生まれて波乱万丈の生涯を送った、という表現に、よりふさわしいのはベニシアさんの母ジュリアナさんの方ではないかな、とワタシは思う。ベニシアさんはイギリス貴族の娘だった人の娘、という感じだろうか。ベニシアさんの父は貴族階級ではなかったようだ。母のジュリアナさんはスカーズデール子爵であるカーゾン卿の三女として生まれ、美貌で恋多き女性だった。18歳でベニシアさんの父と結婚するが、数年で離婚に至り、実家のケドルストン・ホールに子連れで戻り、ロンドンの家とケドルストン・ホールを行き来して暮らした。今はナショナル・トラストが管理するカーゾン家の邸宅ケドルストン・ホールにベニシアさんの幼少期の思い出が色濃く残っているのは、それゆえらしい。ケドルストン・ホールはベニシアさんにとって母方の祖父の家、という事になる。


母の実家だったケドルストン・ホール

母ジュリアナさんはその後も結婚と離婚を繰り返し、ベニシアさんには父親の異なる妹や弟が出来たが、貴族の家では子供は別棟で生活し、親とは朝と夕方ぐらいしか顔を合わせず、養育は全て乳母に任され、親のスキンシップが極端に足りない状況で成長せざるをえないことに、ベニシアさんは孤独感を抱いていた。そしていやに格式ばって、使用人とは口をきかないようにしつけられる事にも強い違和感を感じていたらしい。ベニシアさんの父は舞台俳優だったが、彼女が14歳の時に亡くなってしまう。ちょうどその頃、子供たちが懐き過ぎたという理由で、長年馴染んだフランス人の乳母が解雇されて去って行き、多感な年頃のベニシアさんはショックで脱毛症になるほど深く落ち込んだという。
母のジュリアナさんは何度かの結婚・離婚を経て、最後は好きな男性を追ってアイルランドに移住し、そこで小さなホテルを経営しながら晩年を過ごし、事故で亡くなった。ベニシアさんの弟妹たちは母についてアイルランドに渡り、今もその地で暮らしているようだ。

ベニシアさんは19歳でイギリスを出てインドに向い、グルについて瞑想をしながら生活したのち、21歳で日本に来た。どこかでふと耳にした尺八の音色に魅せられて、日本にどうしても行かなければ、と思ったらしい。そして日本に一歩降り立った時から、長くここに居ることになるだろう、と思ったという。
別に自分のルーツでもなんでもない、どこまで遡っても全く関係のない国を無条件に好きになることはよくある。だからといって、実際にそこに行って住みついてしまうかどうかというのは、また別のお話だろう。ベニシアさんは行動力があるし、とにかく意志が強い。日本に行く前に、母の元を尋ねて旅費を出してくれと頼んだところ、母は日本に行くよりアイルランドのホテルを手伝ってほしい。日本に行くなら親子の縁を切る、と言ったが、ベニシアさんはそうまで言われても母の言葉を振りきって日本に来た。それは運命なのか。それとも必然だったのか。

このあたりの話は特に映画では語られない。ベニシアさんの本を2、3冊図書館で借りて読んで知った事だ。映画では、ベニシアさんが故国イギリスを久々に訪れ、懐かしいケドルストン・ホールを訪問する映像も入っていたが、これはTV番組で放映されたものの一部をそのまま使っていた。そこに、映画版として貴族の習慣や生活に馴染めなかった、という意味合いのベニシアさんのナレーションが加えられていた。映画は折々に、訥々とベニシアさんのナレーションが入って進んで行く。

大原の里、そしてベニシアさんの庭の四季を追いつつ、映画はベニシアさんのプライベートにも触れていく。現在の夫とのなれ染めや、夫の浮気、夫の岩登り中の事故、そして最初の夫との間に生まれた次女の妊娠と統合失調症の発病。精神を病み、未婚で息子を産んだ次女を引き取ったベニシアさんだが、夫と次女の間にギクシャクした空気がある(というか夫が次女に時折苛立ちを覚えるらしい)こともそこはかとなく伺われた。この次女の生んだ一粒だねが時折TV番組の方にも登場する孫のジョー君である。この子は天使のような子だ、とベニシアさんは言っているが、ほっそりとして可愛い顔立ちのジョー君は、色々と厄介な事の多い境遇ながらも、祖母ベニシアさんの愛情に包まれて無邪気にノビノビと成長している様子が微笑ましい。このジョー君は病気の母ジュリーさんを深く深く愛していて、あんなにベニシアさんに可愛がられていながらも、七夕の短冊に願う事は、ただひたすらに母の幸せと健康のみなのである。


「天使のような」可愛い孫息子のジョー君と

ベニシアさんは日本に来て、暫くして日本人男性と結婚し、一男二女をもうけたが結婚生活は13年で破綻。子供三人を抱えたシングルマザーとなり、英会話学校の経営と子育てに追われる日々を送った。そんな頃に知りあったのが現在の夫、梶山氏である。
梶山氏はなかなか率直な人で、ベニシアさんと結婚後にフランス女性と恋に落ちて家を出てしまい、彼女を追ってフランスに行くかどうか迷ったのちに、ベニシアさんと息子の悠仁君の元に戻った事も自分でざっくばらんに語っていた。この人は、そもそもは大学を出てのちインドなどを放浪して日本に戻り、京大の近くでインド料理店を出していた。そこにベニシアさんが通っていたのが知合うきっかけだったらしいが、店で顔を合わせてもロクに話もした事はなかったのに、ある正月に唐突に梶山氏がベニシアさんに電話をしてきて、今から訪ねていくけどいいですか?と言ったらしい。梶山氏は直感的な情熱家で、ついでに言うと白人女性好きであるようだ。

その電話を受けた時に、ベニシアさんは、彼と長く一緒にいることになるだろう、と予感したという。ベニシアさんはこの世に偶然というものはない、と言う。そうなるべくしてなるのだ、と。二人は9歳の年の差があったが、最初から気が合って仲のいい夫婦だった。息子も1人生まれた。だが、数年後梶山氏は突如フランス女性と恋に落ち、家を捨てても、とまで思い込んで、実際、家を出てしまった。ベニシアさんにはまさに青天の霹靂。最初の結婚が破綻したあと、再婚する時に、今度こそは何があっても家庭を守ろうと決意したのに、またも家庭は危機に曝されたのである。ベニシアさんは心労でやせ細りつつ、ひたすらに祈りながら待ち、そして夫はフランス行きをやめて帰ってきた。帰ってきたと思ったら、今度は岩登り中に岩場から落ちて頭蓋骨を割るという大怪我で入院し、再起不能かと危ぶまれた。思いつきで行動する年下亭主には苦労させられる。しかし、この夫が大原に移住しようと言い出して、大原に住んだ事がベニシアさんの今に繋がっているのだ。人生は面白い。


大原の家で家事を楽しむベニシアさん この人の仕事は、いつも丁寧で手間を全く惜しまない

人生に何も問題のない人など居ない。誰しも、何の波風もない人生など送ってはいない。誰にだって何かしらの問題はあるし、苦労も苦悩もあるだろう。ポイントは、人生の途上で何かしらの問題に突き当ったときに、それにどう対処するか、なのだ。ベニシアさんには、夫に裏切られたという失意を捨てられず、結婚を破綻させる道もあっただろうし、離婚しないまでも、帰ってきた夫と表面波風は立てないが、他人のような関係になってしまうという道もあったかもしれない。けれども彼女は夫を赦して、全面的に再度受け入れる道を選んだ。「赦すことは過去を手放すことです」という彼女のナレーションが印象に残った。現実問題として、肉親の間でも夫婦の間でも、何かで亀裂が生じてどうしても赦せない、という事が起きることはあると思う。けれど、赦せないと思い込んで拳を硬く握り締めているうちは、自分のうちなる地獄も続くのだ。そんなマイナスの感情からは、よいものは何も生まれない。いつまでもそれを抱えていずに、どこかで相手を赦すことが、自分を解放することにもなる。 理屈としては分かっても、いざとなった時にそれを実践できるかどうかは難しい問題だとは思うけれど…。

そして、様々な問題が降りかかってくるたびに、ベニシアさんは庭に出て、草花の手入れをしながら心の平安を保とうとしてきたのだろう。早朝、家族が起きだす前に、1人夜明けの庭に出て、草むしりや、剪定などの手入れをするベニシアさん。庭にいると天国にいるような気分になる、と言う。庭いじりをしている時が、一番幸せな時間だと。庭いじりは、母ジュリアナさんの趣味でもあった。多分、幼い頃や若い頃は、ベニシアさんは母よりも父の方をずっと好きな娘だったのではないかと思う。幼い頃に両親が離婚してしまい、父にはたまにしか会えなくなったので、余計に父恋は募ったかもしれない。日常的な愛情は主に乳母から注がれ、気性の激しい母とは、若い頃は精神的に距離があったのではないかと推察される。けれど、「猫のしっぽ カエルの手」を見ていても、ベニシアさんは母の話をよくする。母に教わった料理のレシピ、母がしていたナプキンの畳み方、母が好きでよく作っていたデザートのことなど…。ベニシアさんは、母ジュリアナについても過去を手放して赦したのだな、と思う。それに、頑固で意志の強いところは、きっとこの母親譲りなのだろうし(笑)



映画の最後に、ベニシアさんの先夫との間の長男(イギリス在住)が久しぶりに大原に母を訪ねてくるシーンがある。先夫との息子である長男と、現夫との息子・悠仁君は、年齢も離れているし、父親が違うのに、一目で兄弟と分るほど似ている。つまり、双方母親似の息子だという事なのだ。この長男が、離婚後、子供を抱えて働きづめだったベニシアさんに「ママ。外に出て、出会いを探しなよ。ずっと独りでいたらいけないよ」と励ましてくれたと彼女の本に書いてあった。
ベニシアさんを介して、息子たちは確かな絆で繋がっている。なにせ、あんなに顔が似ていては、到底、他人とは思えない。半分しか血が繋がっていなくても紛れもない兄弟だ。そして、その時々に、喜びだけではなく、苦しみも悲しみも味わいつつ紡いできたベニシアさんの歳月が、けして徒労ではなかったこと、確かな実を結んでいることを、観客もまた実感するのである。日々せっせと世話をしている庭の花が、季節が来ると確実に花を咲かせ、種を落とすように…。
庭を巡る季節は、人生を彩る様々な時期、事柄を象徴しているようでもある。草花を愛でて得られるものは癒しばかりではない。冬の枯れ果てた茎や枝から、季節が来るとまた新しい芽や葉が出て、瑞々しく青々と繁っていき、春には再び花が咲く。もはやこれまでとも思えるような冷え枯れた様子から一転して、季節が来ると生命が再び瑞々しい命を得て輝くさまは、何度見てもアメイジングであり、不思議な感動に浸される。ワタシは主に草花のこのアメイジングな再生っぷりにひきつけられてベランダ・ガーデニングをささやかに楽しんでいるのだけれど、ベニシアさんにとって、季節がくると再生する庭の花々は、まさにこれでもうダメだと思ったところから新しい転機を得て人生を生きてきた自分の半生の縮図のようなものなのかもしれない。

わざわざ映画にしなくても、TVのスペシャル番組でも良かったんじゃないかしら、という気もしないではないけれども、銀座シネスイッチの佇まいによく似合う映画だったし、誰か、または何かを「赦す」という事について思いを致させる映画でもあった。

コメント

  • 2014/02/04 (Tue) 12:54

    kikiさん、こんちは!
    昨年、とうとう見逃してしまいました。もう10年以上前NHK教育の「英語でガーデニング」って番組の講師で登場されたベニシアさん。毎回イギリス人のお庭拝見コーナーがあって紹介されるお庭&インテリアが素敵で今でも録画したのをとってます。その頃より今のベニシアさんの方が綺麗だし若くて元気になられたみたい。人生いろいろあったのは知ってました。離婚やお嬢さんの病気のこと。ですがご主人の浮気は知らなかった!人は見かけによらないのね。
    イギリスに帰られた時のtv番組を見て、お母様の波乱万丈さに驚きましたが、逆にベニシアさんが日々の暮らしを大事にする意味が分かったような気がしました。きっとお母様とは違う生き方・・・温かい家庭を築く・・・がしたかったのだと。でも血は争えずご自身も波乱な人生を送ることになったのでしょうね。

    英語番組を見てた頃、大原に落ち着いて良かったねと思ったけれどちょっと心配もあった。90年代に流行った「南仏プロヴァンスの12か月」のピーター・メイル氏みたいになってしまわないかと。(大きなお世話かな〜)静かだった村が観光客であふれて地元民に反発されてイギリスに帰った・・・みたいな。その後またプロヴァンスには戻ったみたいですが。大原では大丈夫です、よね!?

    生き物を育てるって大変だけど、心が落ち着きますよね。やっぱりDNAに組み込まれた本能のなせる技かな。そしていつも「sense of wander」を感じます。

    kikiさんのチューリップ芽が出て来た様ですね☆ 私もkikiさんに習ってまたベランダをお花でいっぱいにしようと決意。昨年秋いろんな球根を手当たり次第ネットで注文したら、なんとダンボール一個分も来てしまってベランダがプランターだらけ。ご近所さんや母に分けても、数えてみたら11個になりました。足の踏み場もないって、こんな状況なのねと妙に納得(笑)
    で、うちもチューリップの芽も出てきましたよ!アネモネやラナンキュラスも。あ〜咲くのが楽しみです。

    寒いけれどもう立春ですね。毎年この時期ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第5番『スプリング』が聴きたくなります。と、今聴きながら書いてます。早春って感じがして大好きです。

  • 2014/02/05 (Wed) 23:37

    ジェーンさん
    去年、見逃しちゃったんですのね。まぁ、フィーリングとしてはあの番組と殆ど変わりませんけれどね。
    10年以上前に「英語でガーデニング」という番組があったんですね。知らなかったですわ。ベニシアさんは、おデコ出してるとちょっとね…。今のヘアスタイルは雰囲気に合ってていいかもですわね。
    梶山氏のラブアフェアについては、TV番組との差別化という点で、この映画版の肝だったかもしれませんね。平和にほのぼの、マッタリと流れているTV番組と、一味違うところがなければ映画にする必要もないわけですし。かなりあっけらかんと自ら語ってましたが、勇気の要る事だったろうなぁと思います。反響も色々あるでしょうしね。
    ベニシアさんが家庭や家族を凄く大事にしているのは、家族愛などの薄い環境で育ってしまったから、という事が大きいでしょうね。若い頃にはお母さんに対して反発心もあったのかもしれませんが、年齢がいくにつれてお母さんが懐かしく、近しく感じられているのかな、という感じも受けますわね。まぁ、大原まで庭を見物に行く人もいるようなので煩わしい事がないわけでもないんでしょうが、ベニシアさんは大原にしっかりと根付いているんじゃないでしょうかしらね。

    ジェーンさんも球根を沢山買って植えられたのねー。芽が出てくると楽しいですよね。ワタシは昨秋、藤の苗も買ったんですが、これがちゃんと晩春ごろに芽を出すのか、花は咲くのか、非情に気懸かりです。今の状態だととても花など咲きそうもないのよねー。ま、様子を見ますわ。ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第5番『スプリング』ねぇ。確かにホワホワと春の気分ですが、胃腸薬のCMのBGMでよく使われている気がするので、脳裏に胃腸薬が浮かんじゃったりして。ふほ。

  • 2015/06/16 (Tue) 17:26

    ベニシアさんのテレビ番組、大ファンです。映画があるのなら是非みてみたいです。京都のベニシアさんの英会話教室は私が通院している病院の近くらしいと分かったのは先日のテレビからでした。こちらの記事で更にベニシアさんの深い人生を知ることが出来て、本当に嬉しいです。
    わたしは医療過誤に遭い、チタン固定術と医療過誤、という感じでヤフーブログを書いています。もう9年経ちました。様々な社会の仕組みを身をもって経験しました。教師でしたが職場復帰も出来ないまま退職しました。
    医療過誤と隠蔽と 更に事実誤認のまま判決を出す裁判という理不尽な経験も含めて社会に発信していきたいと思っています。ベニシアさんの美しい庭に吹く風のようなものを感じながら。

  • 2015/06/16 (Tue) 23:16

    星降る子 さん はじめまして。
    医療過誤に遭われたんですか…。しかもそれを隠蔽されたとは、いろいろと大変な目に遭われたんですね。なんと申し上げていいのか、言葉がありませんが…。
    京都にお住まいなんですか。ついでにベニシアさんの英会話教室に通ってみられる、というのもいいかもしれませんよね。週に2回ぐらいは教室に出ているとか番組で言ってましたよね。今はどうなのかしらん…。
    様々な葛藤はおありだと思いますが、好きな花の鉢をいくつか育ててみるのは、それなりに癒し効果があるのではないかと思います。冬を超えて、春夏秋と花のシーズンは毎日、水をやるのが本当に楽しいです。
    ベニシアさんの映画はもうDVDも出ていると思うので、半額デーにでもレンタルしてご覧になってもいいかもしれませんね。

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する