東京散歩 2013年秋 浅草

-古い繁華街の復権-



9月は涼しくなったのに、10月に入ってから、なにやら台風の影響で妙に蒸し暑い日があったりして、ゲンナリ・グッタリしたもんでざますが、そこを過ぎて漸く秋の空気になってきたかな、という昨今ですわね。上天気のある休日、水上バスでぶらりと久々に浅草に出てみました。
この日は素晴らしいお天気で気温も10月としてはやや暑かったのですが、午後、のんびりとゆりかもめで日の出桟橋に行く間も、桟橋に着いてからも、東京湾の水は真っ青で麗しいお天気でした。でも、素晴らしいお天気の休日、というのは、人がおおいに出盛るわけでして…。
日の出桟橋で友と待ち合わせ、水上バス乗り場に行くと、浅草方面行きは長蛇の列。ガーン。何なの?この人出は!と思ったら、はとバスツアーご一行様が、桟橋でバスを降りて水上バスに乗り換えて下町散策というコースが組まれているらしく、いやもう、来るわ来るわ、大人数で。あまりの乗船者の多さに水上バスも5分遅れで運行するほどの盛況ぶり。これはひとつ見送って次のに乗ろうと、列の先頭で待つこと暫し。でもはとバスも次のが到着して、我々の背後は結局長蛇の列となりました。スゴイね全く。そりゃ浅草なんて地下鉄でぴょろっと行けばいいんだけれど、天気がいいと水上バスに乗りたいのが人情ってもの。キモチいいのよ、水の上は。でも、みんなそう思うのね。で、折角だからデッキに出ようとか、最後尾で景色を楽しもうなんて思ったんだけど、デッキは無いタイプの船だったし、最後尾に座っている人は何故か誰も動かない。席を立たないんざます。なんで?周回してんの?



仕方なく空いている席に座ったけど、窓辺は取れず、通路も人で埋り、最寄の窓から見える景色を見るのが精一杯というありさまに。それはそれとして、異国からの観光客の方々は確かに増えているな、と実感しましたね。近所のアジアから以外に、欧米からの旅行者が水上バスにも随分乗ってました。嬉しそうにあっちこっち写真撮ってましたわ。私たちの2列前にも白人30代夫婦と子供3人の家族連れが乗っていて、おとーさんは一眼レフで水上から見る東京の景色をアングルを選んで撮ってました。東京に家族旅行に来て楽しいのかなぁ、と些か疑問にも感じつつ、小さい子供3人連れて異国を旅するのは大変だろうねぇ、と若くてキレイなブロンドのお母さんを眺めたり。彼らは多分、オーストラリアかニュージーランドからの観光客じゃないかなと思います。欧州からじゃ遠すぎるし、彼らの雰囲気的にもそんな感じが漂ってました。一番上の女の子はお母さんに似て可愛い顔立ちでしたが、この子がお父さん大好きなのが、ちょっと見てても分るんですね。パパの腕に頭をもたせかけたり、一生懸命話しかけたりね。ママよりパパの方が好きなのね、と微笑ましく眺めました。一番下はまだ2歳ぐらいの赤ん坊で、終始、泣き喚いていましたが、若いお母さんは落ち着いて対処してました。いやぁ、お若いのに泰然としておられる。端倪すべからざるもんだねぇ。


パパ大好き!って感じの女の子 かわいい子でした


途中、永代橋だの清洲橋だのを通過したんだけど、今回は殆ど見えず…人多すぎ



過去に何度も撮っているのに、ここに来ると撮らなければ!という気にさせられて撮ってしまうこの眺め う~

異国の観光客一家を観察しているうちに、船は隅田川を遡って浅草、吾妻橋の袂に到着。浅草から水上バスに乗ろうと待ち構えている人々も長蛇の列で、いやはや。大変です。ワタシ達は、何はともあれお腹が空いたから、ソバ屋で憩わなくちゃ!並木だ、並木へ行かなくちゃ!と人ごみを掻き分けて雷門通りを向い側に渡り、並木通りへ。そう、浅草に来たら並木藪。…と言いつつも、今回初めてやっと入れたんざますわ。数年前の浅草探訪では、行列の並木藪を敬遠して吾妻橋を越えた先にひっそりと佇む吾妻橋やぶそばで蕎麦をしたためようと思ったら、改装中で休業だったり(ガーン。それで池之端まで我慢して藪蕎麦に入りました)、一昨年、浅草に来たおりは今度こそ並木藪だ!と意気込んで行ったら、なんと並木藪が改装のため休業中だったりして、とにかく浅草では目当ての蕎麦屋になかなか入れないという事態に遭遇していたんですのね。でも今回は、ちょうど蕎麦屋が一段落する午後遅くの時間帯だったせいもあり、並木藪には行列もなく、さくっと入れてしまいましたのよ。ラッキー!


一路、並木通りへ


「並木でなければダメなんだ」という午後を味わいに並木藪へ


一昨年改装した店内 シンプルで美しく、けれど歴史も感じさせてくれる

この並木藪については、名うての蕎麦好きだった杉浦日向子が「王者」と呼んで、特選五店のうちの筆頭に挙げていましたが、まぁ、彼女が褒めなくても並木藪は名店中の名店で、昔からあまたの蕎麦好きを唸らせてきた名うての老舗ですわね。池波正太郎も焼き海苔と絶品の鴨なんばんで菊正をやるのがいい、とエッセイに書いていたような気がしますが、有名で美味しいだけに、なかなか入れないというイメージがあったけれども、そんな並木藪も午後三時を過ぎれば案外さくっと入れるんですのよ。改装を終え、キレイになった店内は、数年前に入った池之端藪蕎麦の店内とも似た雰囲気がただよい、老舗の圧迫感はなく、居心地のいい空間でした。遂に入ったという感慨とともに、昔から店内に置いてあるという菊正宗の菰被りを眺めたりしました。ベテランのおばちゃん店員さんは「常連一見のわけへだてがないのが、真に心地いい」と杉浦女史も書いていたけど、実にその通り。ワタクシらは、天ざるそばとビールを注文。いやぁ、濃い目のそばつゆが藪蕎麦で食す、という実感を煽り立てますね。蕎麦も細めで実に美味。天ぷらは海老とししとう。でも、思ったよりも蕎麦の量はありました。藪蕎麦って、ざるの上に乗った蕎麦の量がそよそよしているのが定番だけれど、予想していたよりは多めだった、という印象。男の人には物足りないかもしれないけれど、「腹を満たすのではない。時を満たすのである」と杉浦女史も書いている通り、キモチのいい休日の午後のひとときを、名店で蕎麦を賞味し、その空間を賞味する、という気持ちの贅沢が嬉しいわけですのね。ザルの上にやたら盛り上がったソバはヤボってものだし。


天ざるそば 嗚呼、並木の天ざるそば である


帳場のおっちゃんも良い味をだしている さすが並木藪

まさに「ようこそ、ソバ好き連へ。おとなになって、良かったね」(杉浦日向子とソ連「ソバ屋で憩う」)という一行が実感として噛みしめられる午後のひととき。その日はビールだったけど、もうちょっと寒くなったら日本酒をちびちびやりつつソバを味わうのもいいですね。大人になったら、大人の楽しみが待っている。若い頃には分からなかった楽しみを存分に味わえるようになる。いやぁ、大人になるって楽しいね。若いうちは若い楽しみ。大人になったら、大人の楽しみ、でございます。人生、至るところ楽しみあり。

***
2年前の夏に浅草に来た時には伝法院通りを冷やかして歩きました。下町育ちの友人の話では、昔はガラの悪いところだったそうだけれど、平成17年に江戸時代の町並み風に改装してから観光客もぶらつきやすくなり、浅草観光の目玉になったとか。ふぅん。まぁ、とにかく、商店の屋根の上などに弁天小僧が居たり、鼠小僧が居たり、道端に天水桶があったり、壁に人相書きが貼られてあったり、要は谷中の商店街の規模を大きくして、もっと大掛かりに江戸風味にした感じ(谷中商店街の店の上には、あちこちに猫の像がありますわね)で、通り沿いの様々な商店をひやかして歩くのも面白い通りざます。




鼠小僧


右は弁天小僧だろうけど左は何かな 白波五人男のうちの誰かかな または切られ与三郎かな





前に来た時は、江戸切り子のグラスを売っている店と、オリジナルてぬぐいの店が気に入りました。浅草寺周辺には、永井荷風が晩年に毎日ランチに来ていたという「アリゾナ」もまだ健在で、ちと嬉しくなりました。こののちも、店の佇まいもずっとそのままに残っていって欲しいなぁ、と思います。


江戸切り子のグラスたち いいデザインだったが欲しいと思うものはお値段もよろしかった


オリジナルてぬぐいの店 ワタシが異国からの観光客だったら数枚買ってしまっただろうな


荷風が晩年に毎日ランチに通ったアリゾナ いまも健在



***

並木藪で、ソバと店内の雰囲気を味わって大満足で外に出ると、時刻はそろそろ夕方に。さぁて、どこに行ってみようかねぇ、と楽しく思案しつつ、友もワタシもこれまで一度も行った事のなかった花やしきを覗いてみようということになり、雷門通りに出て、大層な人出で賑わう仲見世を通って観音様にお参りし、それから本堂脇の細道から花やしきへと向いました。


観音様に参る善男善女 ともあれ、猛烈な人出だった


本堂の脇から花やしきへと伸びる裏通り


下町の摩訶不思議空間 花やしき

花やしきは、真ん中ににょっきりと立ったBeeタワーがランドマークですわね。名前だけは知っていたけど、一度も入った事のなかった花やしき。なんでも始まりは江戸時代らしいのですが、その頃は富裕層向けの植物園だったらしいんですね。だから名前も花屋敷だったと。明治時代まで植物園だったようです。大正から昭和にかけて遊技場になり、ちょっとした動物園みたいになった事もあるらしいのだけど、その後、第二次大戦中に一度取り壊され、遊園地として開業したのは戦後の昭和22年らしいので、現在の花やしきは、実質的にはそこからがスタートってことのようです。



何はともあれ、ワタシが子供の頃は遊園地といえば水道橋の後楽園で、たまに読売ランドにも行きましたが、花やしきって一度も行った事なかったなぁ。いまどきの子は舞浜のディズニーランドがメインでしょうが、しかし、今、この時代に花やしきが生き残っているのは何故だろう?などと思いつつ入って見ると、いやもう、とにかく古いものが目白押しなんですね。メリーゴーランドも、家々やビルの脇を上がったり下がったりする小さなローラーコースターも、古いものをそのまま使っている。変に新しくしないところがミソなんでしょね。





浅草寺の裏手という立地と、昭和40年代ぐらいのまま、時が止まったかのようなアトラクションの数々。実にもう、ノスタルジーのテンコモリというかなんというか…。その微妙な古くさ加減が若者には不思議な魅力となり、大人の郷愁をそそり、子供は子供でそれなりに楽しめるという不思議な空間を提供しているんでしょうねぇ。何故か分らないのだけど、下町の細々したビルに囲まれたせせこましい遊園地の中にいると、不思議に楽しくなってくる。なんでだろう?古いまま押し通しているところに魅力を感じるせいかしらん。古いんだけれども乗ると案外面白いというアトラクションが多いせいかしらん。そういえば、花やしきのお化け屋敷はホンモノが「出る」という噂があったところだそうだけど、それは数年前に取り壊されたようで、今は新しいお化け屋敷が出来ているらしいですね。それとは別に、その日、ワタシ達が入ってみたのは、「スリラーカー」という、古い木製のカートで移動していくもので、他愛もないアトラクションだったけれど、古いだけに、妙に怪しい空気がモワリと垂れこめていたような気がしたのは気のせいか…。



その日、大層もない賑わいのため、ローラーコースターは一丁前に一時間待ちだというので諦めて、Beeタワーから浅草の夜景を眺めてみることにしました。タワーからぶら下がっているのはお菓子の家だった事をワタクシらは初めて知りましたのね。しかもけっこう大きくて4人乗りなんですわね。でも、動き出すと、そのお菓子の家はあっという間にするすると高いところまで登って、浅草寺の灯りや、ライティングされたスカイツリーなどが彩る浅草の夜景が眼下に拡がりました。暮れなずむ空と、あちこちにともり始めた街灯りが夢幻的で、えもいわれぬコンビネーションでした。


Beeタワーに吊り下げられたおかしの家に乗って浅草の夜景を眺めるのも、またオツです


せせこましいけど味わい深い 不思議空間・花やしき

花やしきを初めて見たのは、映画「異人たちとの夏」。風間杜夫演じる主人公が、浅草の寄席で父親そっくりの男(片岡鶴太郎)に出くわし、その男のあとをついて歩くシーンの背景に、花やしきのBeeタワー(当時は人工衛星塔という名称かな)が夜目にもくっきりと映ってました。あの映画の中でも浅草のシーンは常にノスタルジックでえもいわれない空気が流れてましたが、ホンモノの浅草も、様々な通りや、通りに面した店みせが不思議なノスタルジーに包まれていて、えもいわれぬ空間でした。




花やしきを出ても、浅草寺へと続く花やしき通りには、まだ夢の続きのようにノスタルジーが漂っている


浅草寺境内に入ると、ライトアップが輝かしい五重塔が夜空に映えている

花やしきを出て、浅草寺の本堂脇を通り、仲見世の裏を通って再び、雷門通りへ。観光地ではお約束の人力車があちこちで客待ち、客引きをしていて、なんだか京都の四条通りみたいでした。京都は町全体が日本の歴史と文化だけれど、異国の人が東京観光に来て、いくらかでも昔の日本の空気や文化を味わいたいと思ったら浅草に来るしかないものね。現在と江戸時代が絶妙なブレンド具合を醸し出しているのも面白いんでしょうね。外国人観光客以外にも、スカイツリー効果で国内の観光需要も増加した観のある浅草。とにもかくにも賑わってましたわ。はい。

こうなったら神谷バーで伝説の電気ブランでもひっかけて帰ろうか、と神谷バーに寄ったものの満席で入れず。いやぁ、休日の浅草の人出は猛烈ざます。ほんとに賑わってます。驚いた。スカイツリーの完成が、浅草に確実に活気を蘇らせたな、と思います。スカイツリーの膝元の商店街にはさほどの経済効果はなさそうなのにね…。


神谷バーも大繁盛だった

ここ数年、時折、ぷらっと浅草散歩に来ると、いつも人で混雑していて、元気だなぁ、と思う事が多くなりました。ワタシが20代の頃は、浅草にサッパリ興味がなく、殆ど来た事もなかったけれども、それでもたまに会社のオジサンにお寿司など食べに連れていってもらうと、さほど人通りもなく、ちょっと寂れた印象だったのを覚えています。忘れられた古えの繁華街、というのが浅草のイメージでした。浅草が繁華街として全盛だったのは、昭和も戦前までじゃないかな、と思います。その余光は昭和30年代か、せいぜい40年代までしか保たれず、その後、長い低迷と衰退の時期を経て、また時代の波が浅草を表面に押し出してきたんだな、と感じます。昨今の浅草は繁華街、および観光地として完全に復権を果たしたな、という印象です。この勢いはオリンピックに向けて、ますます加速していくんでしょね。



満員で神谷バーに入れなかったワタクシらは、川のほとりのビヤホールでアサヒビールを飲み、ノスタルジックでいながら新鮮だった浅草散歩をしめくくりました。帰りはおとなしく、便利な地下鉄で。帰路、ちょこっと銀座にも寄りましたが、浅草の賑わいに較べると休日の夜の銀座はひっそりと人も少なめだったような…。銀座、大丈夫かな。それに引き換え、浅草は元気だったなぁ…。



銀座に元気がないというよりも、浅草が猛烈に元気なんでしょね。銀座は勤め人相手の街なのでウィークデーの方が活気があり、浅草は観光客相手の街なので週末の方が活気がある、ということかな。それはそれとして、昨今の浅草の復活を見ていると、街にも栄枯盛衰があって、廃れる時があれば、ときめき栄える時もある。時代の流れとともに、街も生きて時代を呼吸しているんだなぁ、と浅草の賑わいを興味深く眺めたkikiでござるのでした。

コメント

  • 2013/11/15 (Fri) 12:02

    よい時間をお過ごしになられたご様子ですね

    私も下町散策は好きで以前はよく出かけたものですが
    最近は地元周辺をうろつく程度になってしまいました(笑)

    ノスタルジーに浸れる下町は楽しいですね
    そういえば銀座も久しく行っていないですね・・
    今度重い腰を上げて七丁目のライヲンにでも
    行ってみようか・・なんて思ってしまいますね

    お邪魔しました

  • 2013/11/16 (Sat) 20:28

    henryさん
    はじめまして、でしょうかね。

    下町散策、よく行かれたんですね。
    まぁ、行きたい時とそうでもない時がありますよね。
    自分の中のブームみたいなものが、ね。
    よく知らない街をほっつき歩くのは面白いですよね。

    逆に、銀座は暫く行かないと店が入れ替わったりするので
    なかなかスリリングです。そんな中で昔から変わらない
    7丁目のライオンは貴重ですよね。壁のモザイクを眺めつつ
    ジョッキを傾けるのも、またオツです。
    銀ブラついでにライオンでビールを一杯、是非やってください。

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