「あなたを抱きしめる日まで」(PHILOMENA)

-受け容れること、赦すこと-
2013年 仏/英 スティーヴン・フリアーズ監督



久々に映画館で新作を観賞。これはスティーヴン・フリアーズの監督作品という事もあるし、内容的にも何となく気になっていたのでシネスイッチに観にいってみた。実話がベースの、老いた母による生き別れた息子を探す旅。その旅路の果てに待つものは何か。
遠い昔に息子と引き離された母を演じるのはご存知、ジュディ・デンチ。
フランスのパテとイギリスのBBCによる共同制作。

1952年のアイルランド。10代で妊娠してしまったフィロミナは家を追い出されて修道院で男児を出産する。修道院では彼女のような「ふしだらな娘」たちが、毎日1時間しか子供に会う時間を与えられず、強制的に労働させられていた。そのうちに、幼い息子は修道院から養子に出されてしまい、消息が知れなくなった。それから50年近い歳月が流れるまで、幼くして引き離された息子の事を誰にも話さず、胸に秘めてきたフィロミナだったが、ついに娘のジェーンに秘密を打ち明ける。ジェーンは母の願いを叶えようと、落ち目の元BBC記者、シックススミスに相談を持ちかけるが…。

というわけで、本作は老いたフィロミナの息子探しに同行するジャーナリスト、シックススミスを演じたスティーヴ・クーガンの熱意により、映画化が実現した作品。原作は2009年にイギリスで出版された「The Lost Child of Philomena Lee」(マーティン・シックススミス著)。この原作を読んだスティーヴ・クーガンは映画化プロジェクトを立ち上げ、ジャーナリストを演じる他、脚本の執筆にも加わっているという熱の入れよう。確かに、オックスフォードを出た、シニカルだけれども根っこは熱いジャーナリスト役にピッタリとハマっていた。



マーティン・シックススミスは、BBCの記者から首相の顧問になったが、失言でクビになり、悶々とした日々を送っていた。ふとした事でもちかけられたフィロミナの息子探しを取材し、記事化して、記者としての再起を図ろうと、その企画を雑誌社に持ち込み、取材費を得る。
かくして、日曜日には礼拝を欠かさない敬虔なカトリック信者のフィロミナと、皮肉屋で無神論者のシックススミスは、修道院を皮切りに、彼女の息子の行方を捜す旅に出る。

フィロミナはカトリックの信者だ。イギリス本土はプロテスタントだが、アイルランドはカトリックなのである。無神論者で宗派云々は無関係であろうとも、原作者マーティン・シックススミスのカトリックに対する嫌悪感や偏見が窺えるような気がするのは、そういった事も無関係ではないだろうと思う。

また、映画を観る前は、フィロミナは若くして産んだ息子と引き離され、その後の長い年月を一人で生きてきたのかと思っていたのだけど、修道院を出てから結婚したのか、その後、ジェーンという娘を産んでいるのである。しかし、フィロミナの夫は登場しないので、未亡人になっているのか、またも未婚の母だったのかは分らない。とにかく、娘のジェーンと暮らしているのがフィロミナの現状だ。そして、何故、50年も経ってから息子が居た事を娘に打ち明けたのかも、映画を観た限りでは分からなかった。この辺は原作を読まないと分らないのかもしれない。ともあれ、些か唐突の観はあるけれども、じっと50年も想いを秘めてきた、というのが、苦労してきた昔の女性らしいという感じがする。



この映画を観ていると、カトリックの修道院というのはヒネこびて捻じ曲がった老嬢達(シスター)が信仰心をひねくれ曲がらせて立てこもる悪の巣窟のように思われてくる。神という名のもとにあこぎのし放題というような印象を受ける。未婚で妊娠してしまった寄る辺のない女たちを預かり、出産させる代わりに、念書を取って産んだ子供は取り上げ、密かに富裕なアメリカ人と養子縁組して法外なあっせん料を得ていたり、修道院で出産した女たちを(高額な費用を払わない限りは)4年間修道院で強制労働させたり、お産で死んだ母子は裏庭に犬猫のように葬られていたりと、皮肉屋のジャーナリスト、シックススミスの怒りが「告発」としてこの物語で炸裂している観もある。この映画についても、カトリックの修道院の描かれ方に関しては批判の声もあるようだ。

でも、大体において修道院なんてキレイに取り澄ました上辺の裏で何が行われているものやら…という先入観もあったりするので、さもありなんという感じではあった。ふしだらな女は罰されるべきだ、と逆子も無理にそのまま出産させる修道女の意地の悪い様子には、処女のままひからびていく女の救われない意固地さが浮き彫りになっていた感じがした。

祭りの日に、様子のいい男に誘惑されて関係を持ってしまい、一夜の恋花火が徒になって妊娠してしまった娘時代のフィロミナを演じるのはソフィ・ケネディ・クラーク。赤毛で美人じゃないところが、老いてジュディ・デンチにバトンタッチしても違和感がなかった。



老いたフィロミナを演じるジュディ・デンチは、まぁ、デンチさんなので安定感抜群だ。権高な夫人も自然に演じれば、苦労人の田舎のおばちゃんも自然に演じる。デンチさんは、また一段と顔が皺っぽくなっていたけれども、不思議な愛嬌があり、皺だんだ顔の中で、ふたつの青い目だけが瑞々しい存在感を放っていた。本作ではベタなロマンス小説が大好きな初老の女性をさらりと演じて、変に力演していないのがよかったと思う。ロマンス小説が好きで無知なフィロミナには、しかし、長い人生の中で彼女が培った人生訓がきちんと出来上がっていて、インテリを自認するジャーナリストのシックススミスに、意見を言うべき時には、きちんと自分の意見を述べ、そして諭すべき時には諭すのである。ホテルの従業員に対して(だったと思うけれど)態度がぞんざいだったシックススミスに、そんな風に人と接してはいけないわ、とたしなめる。「あなたが上り坂の時に出会った人は、落ち目の時にまた会うかもしれないのよ」と。



修道院がアメリカ人に私生児を養子縁組していた事を突き止めたシックスミスは、雑誌社から旅費を貰ってフィロミナをアメリカに連れて行く。ビジネスクラスでワシントンに飛び、それなりのホテルに宿泊し、シックススミスの記者時代のツテで息子の消息をたどる二人は、やがて、アンソニーと名付けたフィロミナの息子がアメリカに来てマイケルという名になり、成人して大統領の側近(レーガン~ブッシュ時代)を務めるまでになっていた事を知る。そして奇しくも、昔、記者時代のシックススミスが取材でワシントンに来た際、記者会見の会場でフィロミナの息子と出くわしていた事も分る。アメリカ人に引き取られた息子が立派に成人していた事を知り、自分と一緒にいたらとてもそんな人生は送れなかっただろうと、息子と引き離された過去に折り合いをつけようとするフィロミナ。果たして彼女は、一目会いたいと思っていた息子に会えたのか…。

このあとは映画を観ていただければと思うが、この作品は淡々と、折々ユーモアを混ぜて描かれ、BBC制作のドキュメンタリーを観ているような雰囲気だった。

フィロミナは、受け容れがたい事も受け容れる柔軟性を持ち、カトリック修道院の仕打ちにも、自分は罪を犯したんだから仕方が無い、と言う。罪とは?と問うシックススミスに、セックスを楽しんだもの、と答える。息子の父親はハンサムで、とても上手だった、と。フィロミナはあくまでもカトリック信者なのだが、ガチガチなのではなく、人生の享楽にも目をつぶらない。そして、その結果を受け容れるのである。

殆ど人身売買に近い事をしておきながら、証拠隠滅を図ったり、引き裂かれた母と子を会わせようとしない修道院のありように怒りをぶちまけるシックススミスに、「私は赦す」とフィロミナは言う。赦すことには非常な苦痛が伴うけれども、誰も憎みたくないから、と。

無知な田舎者のおばちゃんであるフィロミナだが、人生を生きる中で彼女なりに培われた物の見方や人生訓にはそれなりに筋が通っていて端倪すべからざるものだという事と、シニカルな無神論者のシックススミスが、修道院に対して怒りを募らせるような「熱さ」を持っている事が、ややベタではあるけれども、鮮やかな対比を成していた。シックススミスのジョークがフィルミナには悉く通じないところや、彼女の愛読するロマンス小説の筋書きを延々と聞かされて辟易する様子など、ところどころ、クスっとくる小さな笑いを織り交ぜつつの、淡々とした展開がドキュメンタリーに近い雰囲気を醸し出していたと思う。監督のスティーヴン・フリアーズは、あまり手を加えずに素材(原作)を生かして映画化することに徹したんだな、という気がした。



フィロミナの息子役は、幼い子供の時を演じる子役も、成人してからを演じる俳優も顔の雰囲気が近く、デンチさん演じるフィロミナの息子としても違和感のない顔だちだったのが良かったと思う。そういうキャスティングにもさりげなく神経を使っているのだな、と思った。

コメント

  • 2014/06/06 (Fri) 22:16

    kiki様 始めまして。
    「シャーロック。」からこちらへお邪魔しました。

    「あなたを抱きしめる日まで」は近くの映画館での上映がなく、
    VD(BR)発売までお預けです。
    昨日(6/5)、アイルランドの未婚の母とその子供を収容する
    修道院系の施設で、800人の子供の遺骨が見つかったとの
    ニュースがあり、おどろいております。

    これからも宜しくお願いいたします。

    • ガーデニア #-
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    • 編集
  • 2014/06/08 (Sun) 14:20

    ガーデニアさん 初めまして。

    「あなたを抱きしめる日まで」のようなミニシアター系の映画は、上映される映画館が限られてしまうのが難ですが、ミニシアター系というのはたいてい、劇場で観なくてもDVD鑑賞に向いているという感じではありますよね。
    ただ、DVDになるまでがけっこう長いので、観たいと思いつつ待つのがちっとイライラ、ですが(笑)
    アイルランドの修道院系の施設で800人の子どもの遺骨がみつかるというのは、何か背後に大きな歴史の闇を感じさせますね。修道院ていうのは神の名のもとに何が行われているやら分からないというイメージが強くなってしまいそうです。
    また、いつでも気が向いた時に遊びに来てください。

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