永久にモダンで色あせず「武井武雄の世界展」



子供の頃に買ってもらった挿絵の美しい絵本というのは、大人になっても心のどこかにしっかりと残っている。ワタシは子供の頃にたくさん与えられた絵本の中でも、特に「岩波子どもの本」シリーズが好きだった。随分お気に入りだった筈なのに、大人になるまでに、いつの間にか手元になくなってしまい、その後しばらく絶版になっていたと思われるので入手困難だった岩波子どもの本が、昨年、復刊された事を知り、ひとまず美しい挿絵が殊に記憶に残っていた2冊を取り寄せた。そのうちの1冊がサマセット・モームの原作に武井武雄が挿絵をつけた「九月姫とウグイス」だった。ああそうそう、この絵だわ、と表紙を観ただけで目が和んだ。印象的で洗練されたタッチは、子どもの頃に見た記憶のままだった。そんな武井武雄の世界展が日本橋高島屋で開かれているというので、会期終了を目前に鑑賞してきた。
武井武雄は長野県岡谷市の地主の息子として生まれ、芸大の西洋画科を出た。大正時代から活躍を始めた挿絵画家の第一人者で、童話集の草分けとして有名な「コドモノクニ」をはじめとする絵雑誌に作品を発表してきた。「コドモノクニ」では創刊号の表紙を担当しているとか。1894年に生まれ、1983年に亡くなった。ミッドな活躍時期は1930年代の半ばから1960年代後半ぐらいまでだと思われるので、武井武雄という名を聞いて懐かしく思うのは、シニア世代であるだろう。ワタシなどが武井武雄の挿絵を観た事があったのは、ひとえに岩波子どもの本に「九月姫とウグイス」が入っていたお陰であり、また、岩波子どもの本がロングセラーで長らく版を重ねてきたお陰だったと思う(「九月姫とウグイス」の初版発行は1954年らしい。ひょえー)。



久しく探していたけれど手に入らなかった「九月姫とウグイス」が2013年の秋に復刊され、古本ではなく新しい版のものを再び手に入れる事ができたのは、ひそかな喜びだった(子どもの頃、タイは昔シャムという国名だった、という事をこの絵本で知ったのだった)。その上、武井武雄の生誕120年を記念して展覧会が開催されているというのだから、これは行かないわけにはいかない。でも、会期が10日ばかりでとても短い上に、ここのところ忙しくてなかなか行かれず、終わる前に行かなくちゃとモガモガしつつ、辛くも間に合って観る事ができた。

日本橋といえば、三越には、あの建物が好きで、たまにぶらっとウインドウショッピング、というか、三越の建物を愛でにいくのだけど(空間をあまりにも贅沢に使った巨大な吹き抜けとか、その吹き抜けに昔から鎮座ましましているあのオブジェとか、ゆったりとした売り場のたたずまいとか…)、日本橋高島屋には随分久々に足を向けた。前に日本橋高島屋に入ったのは、いつだったか思い出せないぐらいに遠い昔のことだ。でも、日本橋の老舗のデパートには、そういう場所にしかない特有の空気が漂っていて何となく好きなワタクシ。日本橋高島屋も三越の建物ほど趣はないけれども、昔ながらの風格が漂っていて悪くなかった。

そんな高島屋8階の催し物会場で開催されている「武井武雄の世界展」は、非常に見応えがあって、とても内容の濃い展覧会だった。入ってすぐのところに挿絵の原画が展示されていたのだけれども、インクと水彩で描かれているという原画は、何十年も前に描かれたものとは思われないほどに色鮮やかで美しく、紙も古びていず、どうやってここまで綺麗に今日まで保存することができたのだろう、と妙なところに関心が向かってしまうぐらいに綺麗だった。絵そのものも、斬新な色使いや構図など、描かれてから何十年が過ぎようとも一向に古びないところか、2014年の今眺めてもモダンで無国籍な味わいが横溢している事に感心した。



挿絵だけでなく、かるたやトランプ、蔵書カードなども、そのデザインセンスを生かして素敵なものをあれこれと作っていて、子ども時代に雑誌の付録でこんなカルタが付いてきたら、さぞうれしかっただろうな、と大正から昭和初期の子どもたちの心情に思いを馳せたりした。



また、インクと水彩画だけでなく、銅版画をはじめとする各種の版画を手がけるに至ってさらに表現世界は広がり、「鳥の連作」と名付けられた一連の版画のシリーズなど、色合いといい造形といい、実にいい具合に仕上がっていて、こういう版画を部屋の壁にさりげなく掛けておけたら、なんと素敵なことだろうかしらん、と思ったりした。



この人の仕事として大きな比重を占めるものに、「刊本」と呼ばれる内容も装丁もオリジナルの手作り本がある。これは、本の素材として何を使うか、その話の内容により様々な素材を使い分け、お話を創作し、素材から印刷、装丁、函に至るまで、そのお話に沿って武井がトータルデザインし、職人に依頼して1冊1冊凝りに凝ってのハンドメイドで、ひとつの本につき限定300部で制作された「本の宝石」だ。この刊本が、ガラスの展示ケース2面にわたってずらりと並べられていたのは実に壮観で、表紙だけしか見られないものがほとんどなのだけど、どれもこれも一目見ただけで欲しくなってしまうような魅力的な本ばかりだった。この刊本は、会員制で約300人の会員に通しナンバー付きで実費で頒布されたものだった為、広く一般に見られる機会はほとんどなく来たらしい。だから今回の展示は、武井武雄の故郷である岡谷市の「イルフ童画館」に行かなくても刊本を見られるという、とても貴重な機会だという事になる。いやいや、実にどれもこれも、本当に素敵な本ばかりだった。それと同時に、実に見事なコレクターズ・アイテムでもあると思う。こんなのを密かに集めて揃えて持っていたとしたら、何を引き換えにすると条件を出されても、手放さないだろうと思う。

それにしても、亡くなってからでも、もう30年は経っている武井武雄の感覚の永劫の古びなさは新鮮な驚きだった。
その色彩感覚、そのデザインセンス、その「童画」への思い、多彩な趣味と好奇心、探究心など、何もかもが好ましいと思えるものばかりの展示物の中で、心地よく武井武雄の世界に浸る事ができた展覧会だった。子ども向けのお話の挿絵にはとどまらず、全てが大人の鑑賞眼にも鮮やかに訴える豊穣な作品世界を心楽しく漂った。素敵な時間だった。



ついでに、少女の頃は挿絵画家になりたい、と思ったりしていたのだっけ、などと昔の夢を思い出したりした。
昨今、趣味として銅版画を始めたいような気持ちがモワモワと沸き上っているのだけど、「武井武雄の世界展」を見て、ますますその誘惑が強くなった。

今回の展覧会は、武井武雄の故郷の岡谷市にある、彼の作品を常設展示した「イルフ童画館」以外では初の巡回展らしい。巡回展なので、次は横浜高島屋で4月の23日から5月5日まで開催されるとか。その後も、主要都市を巡回して開催する予定らしいので、ご興味のある方はぜひどうぞ。

コメント

  • 2014/04/11 (Fri) 11:44

    kikiさん、こんにちは!
    『九月姫とウグイス』これ、子ども時代に出会いたかった絵本です。残念ながら私は大人になって知りました。小さい頃どんな本を与えられたか、また出会ったかってとても大切なことですよね。後の人生に大きく影響すると思うので。kikiさんは幸せな幼年期を過ごされたのね。武井武雄・・・私の祖父も同年生まれです。昔、明治の終わりから大正にかけて、いえ昭和もいよいよ戦時色が濃くなるまでけっこうモダンな時代のスタイルがあったのだと思います。
    子ども時代、絵本は講談社や小学館だったわ〜。児童書は’60〜’70年代に盛んに発行された少年少女向けの世界文学全集を繰り返し読んでました。この頃の挿絵は今でも脳裏に焼き付いてます。素晴らしい画家たち!熊田千佳慕に池田浩彰・若菜珪・竹山のぼる・小松崎茂・柳柊二等々。特に池田浩彰の絵が好きだったわ。『ハイジ』や『小公子』『隊長ブーリバ』など外国のもそれはそれは素敵でしたが『古事記』や三島由紀夫の『潮騒』など日本のものにも惹かれました。日本画のタッチがあって後年、安田靫彦や鏑木清方など好きになる要因になったのでしょうね。でもパウル・クレーやシャガールも好きな私。ちと武井武雄と似てませぬか?だから大人になって出会ったのが残念でした!ああ、帰り来ぬ幼き日々よ。。。

    ところで、『不思議な国のアリス』の原書の挿絵はテニエルですよね。以前トロントの公共図書館(オズボーンコレクションで有名なとこ)で『アリス』の原書を見せていただいたの。係の方が日本人だったのも面白かったですが(後日談がある)、とにかくページをめくって(なんと素手で触ってok!)思いがけず出て来た言葉が「あら!アリスのドレスはブルーじゃないんだ。黄色なのね!」。するとその係の方も「え!?今まで気がつきませんでしたわ」。世界の童話の主人公ってたいていブルーの服(ピーター・ラビットやくまのパディントン他多数)を着てるのねと前々から思ってた私は帰宅早々ネットでチェックしてみた。思った通りすでに考察されてました(笑)。アリスの服の色の変遷ってなかなか興味深いですよ。でもディズニーのアニメの印象が大きく影響してるかな、やっぱり。

    おっと話を戻します。日本の絵本・児童書の歴史って結構長くて深いものがありますね。文章の添え物だった絵本の挿絵や童画そのものをアートにしてくれた武井武雄さんありがとう。彼にはイルフ童画館というこの上ないアーカイブがあるけれど、私の世代を心豊にする挿絵を描いてくれた上記の池田浩彰ほかたくさんの画家の作品はどこに行ったのでしょうね?kikiさんの『武井武雄の世界展』のレポート読んで嬉しいやらちょっぴり切ないやらのジェーンです。私の住む地域にも開催に向けて調整中とのこと。巡回してきたら是非見に行きます!

    さて、4月も半ばにさしかかりました。イマイチお天気が不安定ですがベランダの花たちはきちんと咲いてくれてますね。うちも3月に入った頃からムスカリ・アネモネ・水仙・ペチュニアそしてチューリップが咲き出しました!♪あか・しろ・きいろ・・・って感じで。紫や朱色もあるよ。まあ、春の定番の花達ですが。kikiさんちのはユリ咲きの「紫の夢」かしら?数年ぶりに春のベランダがにぎわってます。kikiさんを見習って植えたカサブランカも芽が出て10cmほどに伸びてます。アイリスは倒れるので切り花にして沖縄ガラスの徳利を花瓶替わりに挿して飾ってます。

    ほんとにお花のある生活って人生に張り合いができるわね。毎朝カーテンを開けてベランダの花達を観る瞬間に幸せを感じます。kikiさんの藤の花はその後どんな具合ですか?以前藤棚を作る気でしょ?と言ったのは実は私が作ろうと思っていたからなんです(笑)。藤棚っていうとベランダいっぱいを想像されたのかな?ではなくて小さなベンチの上をアーチ状のトレリスに蔓を這わせたら一人用藤棚ができるかな!?って思ってるの。
    では、次回のベランダ通信も楽しみにしてるおぅ☆いつも長文スマソ。

  • 2014/04/13 (Sun) 01:09

    ジェーンさん
    本やレコード(基本的なクラシック曲などの)などについては、子どもの頃に母が随分とあれこれシリーズで取り寄せてくれました。だから、その頃に読んだ本や聴いた音楽は全部覚えてます。絵本は講談社のもあったし、本当にいろいろあったんだけど、ワタシは岩波子どもの本が一番印象が強かったようです。次に印象深かったのは、小学校に入ってから読んだ立原えりかの「木馬が乗った白い船」。これは泣いた覚えがありまする。
    もう少し大きくなると、うちも少年少女向けの文学全集が届くようになって、夢中になって読んでましたわ。「三銃士」とかね。ワタシはアラミスのファンでした。ふほ。挿絵画家たち、熊田千佳慕・池田浩彰・若菜珪・竹山のぼる・小松崎茂・柳柊二と上がってきた名前のうち、ワタシが聞いた事があるのは小松崎茂だけかも。他の人も、絵を見れば あー!と思う人がいるのかもしれませぬ。

    「アリス」のテニエルの原画の衣装の色が黄色だった、というのは知りませんでした。ディズニーのアリスは水色のワンピースに白いエプロンでしたっけね。確かに、世界の童話の主人公がブルーの服を着ているような気がするのはディズニーのせいかもしれませぬわね。

    武井武雄の展覧会、そちらの高島屋で開催された暁には、ぜひともご覧になってください。きっとお好きじゃないかと思いますわ。「九月姫とウグイス」、良い感じでしょ? とにかくセンスが古びないんですよね。すごく昔に描かれたものなのにね。

    ジェーンさんのベランダ庭園も、春の花が随分咲いてますね。季節が来て、花がちゃんと咲く、というのは嬉しいもんですよね。ムスカリとかアネモネも咲いてるんだ。いいですね。 そう、うちのチューリップはいかにも紫ですが、惜しい。「紫の夢」じゃなく「夢の紫」というらしいです。で、そちらも百合の芽が出てきましたか。こちらもおもむろに出てきてます。藤はというと、ひとまず昨年の晩秋に鉢植えにして様子を見てますが、見た目にはまだ枯れ枝さん、という感じです。でも枝の又に花芽がぽちぽちと沢山あるので、そのうちにあそこから何か伸びてくるのかな、と思ったりしています。今年いきなり咲いたらすばらしいんだけど、はてさて、どうなりますことか。ちゃんと咲くようになったら、小さなアーチってのもいいかもですね。ふほ。

  • 2014/04/16 (Wed) 14:53

    kikiさん☆

    紫の夢・・・じゃなくて夢の紫? あ"〜!!てっきり紫の夢だとばかり思ってましたわ。最近言葉を逆さに読んじゃう事が頻々と起こってorz。「波瀾万丈」が「万丈波瀾」になったりね(笑)向田邦子が妹さんと「札の辻」か「辻の札」かで口論する話を書いてたのを思い出しちゃったけど。さすがに気になるな。そしてこの現象の困ったところは、違うとわかってすぐに訂正するのだけど結局どっちなのかわからなくなってしまうの。あ、書いてる今でも紫の・・・じゃなくて夢の紫ね。昔の記憶はとても良いのだけどね。

    文学全集。そうそう、うちも毎月本が届いてました。私も夢中になって読んでましたよ。ちなみにうちは小学館のカラー名作「少年少女世界の文学30巻」でした。はい『三銃士』三人の中ではアラミスが確かに良かったけど、私の心を惹いたお方は枢機卿リシュリューでしたわ。その後毎月配本の谷崎の新々訳『源氏物語』や『川端康成全集』を読み始めて一気に大人の本・小説の世界へ。だから現代物ジュブナイルはほとんど触れてなくて。kikiさんがその年齢で立原えりか(それもごく初期のもの)を読まれたのは羨ましいな、私は雑誌などでみじかい物語や詩を読んだ程度でした。

    ちょっと時が遡るけど、うちにもディズニーの大型絵本『眠れる森の美女』がありましたのよ。kikiさんのと同じ物かしらね〜。アニメをキャプチャーした豪華な本で透明ビニールのカヴァーが付いてました。実はこれ、どういうわけか弟に与えられた絵本でしたが彼は興味を示さずもっぱら私が独占して楽しんでました。オーロラ姫の美しさに魅了された一人です。でも金髪フェチにはなりませんでしたがww

    では、藤の花がご無事で咲きますように祈っています☆

  • 2014/04/17 (Thu) 23:07

    ジェーンさん
    向田邦子の「札の辻」「辻の札」の話は、ワタシもあの辺を通るたびに思い出します。そして標識に書いてあるのを読んで「札の辻」だな、と確認します(笑)これはさすがにもう間違えないかも。「夢の紫」もお忘れなくね。
    「三銃士」でリシュリューがお好きでしたか。ほっへ〜。シブいご趣味ですのねん。三銃士では最後に王妃が、カーテンの向こうから手だけを出して、ダルタニャンが恭しくその手にキスするところが好きでした。それと、悪女だけどやっぱりミラディはいいですね。美人は悪い女でないとね。ふっほっほ。

    ワタシが持っていた「眠れる森の美女」は、そんな豪華な装丁じゃなかったような気がしますわよん。でも、オーロラが眠りについたというシーンで、見開きいっぱいにバラを一輪胸に抱いて眠っているオーロラの金髪の艶を熱心に眺めた事は、いまだに思い出せますわ。あの頃、幼稚園に行くとお姫様の絵ばっかり描いてたもの、ワタクシ。

    夢の紫は花が咲いてからも背丈がすくすくと伸びてとても長持ちしてますし、アジサイも緑の葉がいっぱい。バラもつぼみが出てきましたが、藤だけはねぇ…。ウンともスンとも…。いまだに枯れ枝さん状態なんですけど…あんなんで、そのうち咲くのかなぁ…。うう。

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