「ロング・グッドバイ」

-やっぱり微妙-
2014年 NHK(土曜ドラマ)




レイモンド・チャンドラーの「The Long Goodbye」の翻案ドラマ化作品の放映が始まった。つっこみどころ満載じゃなかろうかと、かなりのけぞりつつも予約録画しておいて、「ロング・グッドバイ」の1話目を観てみた。50年代の雰囲気をムーディに再現する、という事に非常に心を砕いているのは分かったし、全体のトーンとしては、ロバート・ミッチャムの「さらば愛しき女よ」の空気感を強く意識している、あるいは参考にしているな、というのも伝わってきた。だから方向性としてはOKなのだけど、…う〜ん。やはり、どうにも微妙な感触だった。

まだ1回目ではあるけれど、このドラマを観ていて、脚本家も演出家も演じている俳優も、マーロウのキャラ設定について、どういう風にしたらいいのか確信が持てずにやっている、という感じが強くした。マーロウのキャラ設定がどうにも魅力がない。いつもしがらんだ顔をして、ひたすらに無口で、たまに口を開くと、うなるような声で台詞を言えばいいというものではないのだ。マーロウには独特のユーモアセンスが不可欠なのだけど、これが浅野演じるマーロウ(役名は増沢)には決定的に欠けている。マーロウには、落ちついて無口なだけではなく、どこか飄々としていてほしいのである。制作サイドはミッチャムの「さらば愛しき女よ」を研究している気配がするので、マーロウのキャラ設定についても、もっとこの映画を参考にしてほしかったと思う。ミッチャムのマーロウが魅力的なのは、あの独特のユーモアセンスとハードボイルドな世界に生きるタフガイっぷりが、分ちがたくミクストされているせいなのだ。ただ、くたびれた顔でむっつりと黙っていればハードボイルドだ、というわけではないのである。



浅野忠信が演じているマーロウは、もし15年前にこのドラマが企画されていたら小林薫が演じていたかもしれない。浅野忠信は段々、小林薫に持ち味が似てきている気がする。妙にくたびれて元気のない顔つきも似ている。その精気のないスタレ具合が似通っている。一言でいうと、しょぼくれて元気がないのである。適度なくたびれは味のうちだが、まだ若いのにくたびれ過ぎていると、ちょっとどうだろう、と思ってしまう。小林薫だって、くたびれ始めたのは50代後半からで、40代の頃はまだパリパリしていた。


くたびれて、そこはかとない”うらぶれ感”を漂わせる浅野忠信

ともあれ、浅野のマーロウにはもう少し飄々としたユーモアと、落ち着いた大人の男が時折かいま見せる人としての優しさ、みたいなものをにじませつつマーロウを演じてもらいたい。もう収録は終わっているだろうので、今から言っても遅いだろうけど…。

また、テリーのキャスティングにもかなり異論ありだった。綾野 剛という俳優をまともに観たのは今回が初めてだけれども、う〜ん。他の役で観たらどう感じるのか分からないが、テリーに合っているとは思えなかった。そもそも、どうしてテリーの年齢設定をマーロウより随分若くする必要があったのか、よく分からない。役に合わせて俳優を選んだのではなく、まず綾野 剛をキャスティングすることが先に決まっていて、脚本がそれに合わせたという事かもしれない。
礼儀正しい酔っぱらい、というところだけは原作に描かれているテリーのありようを踏襲していたけれども、それ以外は、なんともかんとも…。「ロング・グッドバイ」についての記事では、過去から何度もしつこく繰り返しているけれども、テリーというのは、「あまり類のない型のプライドを持った、どんな欠点があろうともけして嫌いになれない人間」なのである。もの静かで礼儀正しく、不思議な魅力をたたえた男なのだ。そういう雰囲気を出そうとしていたのは分かるけれども、「かなり自己破滅型の、なんだかワケのわからない男」にしかなっていなかった気がする。これは脚本のせいか、演出のせいか、演技者のせいか、その全部なのか…。まぁ、全部かな。



テリーを演じるのが井浦 新だったら、脚本が今のままだったとしても、原作が表現していたテリーの不思議な魅力を、幾分なりとも体現することに成功したんじゃないだろうか、という気がする。アラタなら浅野とも年齢が近いから、あえて若造に設定する必要もない。ひょんな事から知り合った二人が、夕方の早い時間に開店したてのバーに行って、カウンターでギムレットを飲みながら会話し、何となく心地の良い時間を過ごすうちに、静かな友情が育っていくありようも、もう少しちゃんと表現できたのではなかろうか、という気がする。何より、今、ドラマ化するなら、テリーは井浦 新で観たかった、と思う。


このように表情だけで何かを伝える事ができたのではなかろうか…


原作通り、バー「Victor's」でギムレットを啜りつつ語り合うシーンもあるのだが…

そんなわけで、キャラ設定に問題のある浅野マーロウと、キャスティングに違和感のある綾野テリーでは、物語の核となる男の友情の部分がちゃんと描けていなくても無理はない。ただそういう設定になっているから、二人は互いに友情を感じたことになってるんだろうけど、このドラマを観ただけだと、お互いに一体どこが気に入って友達になったのかサッパリ伝わってこない。綾野テリーは「あなたのような男になりたかった」と浅野マーロウに言うのだが、「あなたのような」とはどのような男なのか、浅野マーロウが綾野テリーにそんな部分を見せただろうかなぁ、と思ってしまう。原作では、一方が一方に憧れるような関係性ではなく、イコールな友達だし、テリーの年齢設定を若くした事からそんな設定になったのだとは思うけれども、ちょっと面妖である。要は、増沢のように自分だけの尺度を持って流されずに生きるような男になりたい、ということを言わせているのだとは思うけれども、二人で居るときに、綾野テリーに憧れられるようなものを特に浅野マーロウが提示していないのに、そんな設定になっているから妙なのだ。設定だけが先走りしているのである。


絵づらだけは、とても絵になっているのだけど…

そしてマーロウがなぜテリーという男に魅力を感じたのかも、殆ど伝わってこない。それは、「ヴィクターズ」での二人の会話や、そのシーンに、あまりにも芸がなさすぎる、という事が挙げられるし、テリーという男についての魅力的な側面を殆ど描けていない、という事もある。せっかく原作通りにヴィクターズでギムレットを飲むシーンを入れてあるんだから、そこで二人が、互いに相手に他の人間とは異なるフィーリングを感じている、という事を視聴者に伝えられないといけないわけだが、そこがサッパリなおざりというか、どうでもいいような詰まらない会話にしかなっていず、せっかく時代背景を表現するセットや小道具に凝っても、肝心の友情の描写がこれじゃねぇ…という印象しか残らない。つまりは、やはり脚本に一番問題があるという事なのかもしれない。


時代色は本当によく出ている


昔の東京もさりげなく再現されている

全体に、俳優の演技に首を捻らざるを得ないようなドラマの中で、大富豪ハーラン・ポッター(役名:原田平蔵)を演じる柄本 明の臭みと胡散臭さ全開の芝居に、盤石なベテランの練れた存在感を感じたし、増沢を捉えて尋問する刑事役で登場した遠藤憲一も、いかにもそれらしい存在感で手堅かった。

この先も、観なくても仕上がりは何となく予想がつくようなドラマではあるが、5回のドラマなので、ひとまずは最後まで観てみようとは思っている。毎回、つっこみながら観る、という事になってしまいそうだけれど…。

小説なりコミックなりがドラマや映画化された場合、その原作のファンは、たいてい、映像化作品について満足することはできないものではあるけれども、毎回期待を裏切られるというのもガックリすることではある。制作サイドからすれば、コアな原作ファンというのは厄介きわまりない視聴者だろうと思うので、ちょっと同情する部分もあるんだけれど…。

コメント

  • 2014/04/22 (Tue) 21:20

    SHERLOCK関連の記事にコメントしたことのあるくらしなです。お久しぶりです。
    たまたま私も「ロング・グッバイ」を観たものですから、ちょっと一言。あれあれあれ?という出来でしたね。私は脚本に難ありだと思いました。「カーネーション」で絶賛されてた方が担当のようですが、説明過多な台詞で残念でした。kikiさんほど原作に思い入れはないですけど、割に最近原作を読んだので記憶に新しいのですが、間違っても「あなたのようになりたかった」なんて言わないですね。どうでもいいことはペラペラ喋っても、肝心なことを言わないのがマーロウであり、チャンドラーだと思います。どうした脚本家?と言いたいです。
    綾野剛は、滑舌が悪くて台詞が聞き取りにくい。雰囲気はあると思うので黙って曖昧に微笑む役とかいいかもしれません。あとはサイコパス役。
    がっかり感が強いのは浅野忠信です。こんなに演技演技してる人でしたっけ? 彼の映画はずいぶん昔に観たきりなのでおぼろげな記憶しかありませんが、もっとうまかった気がするんだけどなあ。役にスッと入り込む人だった気がするのです。うーむ、同世代なのでがんばってほしいです。
    新くんのキャスティング、大賛成です。このドラマのキャスティングは、NHKが今いちばんお気に入りの人を集めた感じですから、新くんが入ってもよかったですよね。

  • 2014/04/22 (Tue) 23:21

    くらしなさん こんばんは。
    ご覧になりましたか。なんか、「あれあれあれ?」ですよね、これ。
    脚本が問題の根本ですわね。説明ナレーションがうざいし。警察に取り調べを受けて殴られたマーロウを新聞記者が送ってくれる場面は原作にもあって、ああいう記者をちゃんと登場させた、というのはふぅん、と思ったけれども、記者の語りが随所に入るというのはどうもねぇ…。
    浅野忠信、あんな不器用な感じの俳優でしたっけね。何か「幸せの黄色いハンカチ」とかの高倉 健を思い出してしまいましたわ。あんまり不器用で。浅野は昔に比べると台詞を明瞭にしゃべるようにはなったんですが、台詞が不明瞭だった昔の方が雰囲気のある俳優だった気がします。顔つきも何となく妙な方向に変わってきたな、と。…とか大こき下ろし大会になってもいけないので、この辺にしますが、ちょっと役不足感がありますね。
    テリーの役は、アラタで観たい感じでしょ?スケジュールが合わなかったのかな。ワタシがキャスティング担当だったら絶対にそうしたんですけどね(笑)綾野 剛はまた別の役で出てもらうとか。例えば原作で、精神科医が面倒を看ている、気がふれた美声年が出てきますよね。ああいう役の方が面白かったんじゃないかしらん、という気がしますわね。

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