「ブルージャスミン」(BLUE JASMINE)

-身から出た錆-
2013年 米 ウディ・アレン監督



5月はなんだかんだと慌ただしく過ごしているうちにあっという間に過ぎ去ってしまった。気がつけば記事も5月中にまだ2本しかUPしていない。なんと。こんなに記事を書かなかったのはブログを始めて以来初(笑)しかし、そろそろ通常モードに戻って来たので、久々に映画を観てきた。
これは、ケイト・ブランシェットの演技やウディ・アレンの脚本の評価は高いけれども内容はシビアそうだし、「欲望という名の電車」みたいなのは正直しんどいのであまり観たくないな、と思っていたのだけど、トレーラーを観た限りではそんなにじくじくと暗い感じでもないので、少し時間が出来たのを幸い、「ブルー・ジャスミン」を観に行ってみた。
お話としては、ありきたりな女の転落劇である。特に何一つ目新しい事は無い。なぜ、ウディ・アレンが今更こんなベタな転落劇を撮ってみようと思ったのかに興味が湧くけれども、お話の筋自体にはこれといって新しさはない。しかし、評判通り、ケイト・ブランシェットの演技は見事の一言だった。二昔前なら、この役を演じたのはメリル・ストリープだったかもしれないが、メリルだったら、わたし目一杯演じてます!的な空気が否応でも全編に漂ってしまったのではなかろうかと思う。が、ケイトの演技は本当に自然で、たとえば他の女優がパニクった演技の際に、震える指を髪につっこんで悩む仕草をしたら、もっとクサクサな空気が画面に満ちると思うのだが、ケイトはあくまでも自然にさらりと、そういう定番的な表現もこなしてしまうのである。一切の臭みと「やってます!」感なしに。それはワンランク上の高等なテクニック、という感じがした。



このお話には、二人の対照的な女が登場する。若くして玉の輿に乗ったが、玉の輿が割れたジャスミンと、その血のつながらない妹ジンジャーである。二人は産みの親は別々で、ともに養女として同じ養父母に育てられたのだが、志向も性格も見た目も全く違う。離婚して二人の肥満気味の息子を抱え、安アパートに暮らす妹のジンジャーを演じるのはサリー・ホーキンス。どこかで見た顔だなぁ、何を演じていたっけなぁ、と映画を観ながら思っていたのだが、「ジェイン・オースティンの説得」のヒロインを演じていた女優だった。ということはUKの女優だけれども、見事にアメリカのワーキングクラスの女性の雰囲気を出していたと思う。ガリガリと痩せてメリハリのない体つきも、何やら幸薄オーラをふんだんに醸し出している。気がいいけれども向上心がなく、無教養で低所得の男に引っかかり易いタイプである。



ジンジャーが最初の夫と離婚に至ったキッカケは、ジャスミンの夫から持ちかけられた儲け話がパーになったせいなのだが、それでも妹は、ジャスミンは家族だから、と血縁のない姉を受け入れる。この妹が、自動車修理工で粗野なチリという男といい仲で、妹を間に挟んで、妹の男と失意の姉が水と油のように合わない、というあたりは、モロに「欲望という名の電車」を想起させるが、本作と「欲望という名の電車」は似て非なるものだろう。「欲望という名の電車」には、徹頭徹尾、シビアで救いがないが、本作はコメディ仕立てになっていて、ヒロインの行く末は似たようなものかもしれなくても、描写がシリアス一辺倒ではないのである。まぁ、たまに笑いにくるまないと、自業自得ではあっても、どんどん抜き差しならない、誰も助けてくれないところに追い込まれていくヒロインの姿を見ているのは、辛気くさくて嫌になってしまうだろうと思われる。



ジャスミンは、大学在学中に夫となる男と出会い、中退して結婚する。夫のハルは男前で甲斐性があり、ジャスミンはセレブ妻として何不自由ない結婚生活を謳歌してきたのだが、出来すぎた話には落とし穴が待っているのは定石である。

その落とし穴に落ち、何もかも失ったジャスミンが失意の果てに、血の繋がらない妹ジンジャーを頼ってサンフランシスコに来るところから映画は始まり、過去と現在がザッピングする形で話は進んで行くのだが、最初のうちは過去に唐突に戻るのが少し分かりにくい印象を与える。まぁ、なれて行くうちに亭主役のアレック・ボールドウィンが出ていれば過去のシーンだな、とすぐに分かるのだが。



アレック・ボールドウィンは、一時期、一体どうした?というぐらいにぶよぶよと膨らんでしまい、二枚目だったなんて誰も覚えていない過去になりつつあったが、少し体をしぼったのか、昔の面影をやや取り戻していて、リッチで二枚目で胡散臭い夫、という役どころにステレオタイプ過ぎるほどにハマっていた。ひねりなしといえば、ひねりがなさ過ぎるキャスティングといえるかもしれない。

ケイト演じるジャスミンは、この夫との思い出や、夫にまつわる事柄だけでいつも頭が一杯になっている。脳内で常に反芻しているので、過去の1シーンが目の前に幻影のように浮かんで、それについて心の中で思っている事が口をついて出てしまい、端から見ると、面妖な独り言を大声で言うメンヘルな女という事になってしまうのである。冒頭、ジャスミンがシスコに向かう飛行機の中で、たまたま隣り合わせただけの初老の婦人に、相手の都合も構わずに、息もつかせず自分の事だけをしゃべりつづけて辟易されるシーンがあるが、これが常に自分だけで充満していて周囲の見えないジャスミンを端的に表しているように感じた。

余談だが、特にメンヘルじゃなくても、おしゃべりな人に辟易するという事はよくある。ワタシは以前、職場で、30分黙っていると窒息して死んでしまうんじゃないか、と思われるほど、黙って仕事を続けるのが困難な人と席が隣になり、頻繁にどうでもいい事を話しかけられてほとほと参った事がある。(脱線)

ジャスミンは平凡な人生を望まず、元はジャネットという平凡な名前だったのを嫌ってジャスミンと名乗った。ジャスミンは夜咲く白い花である。夢は夜ひらく。
平凡な人生を望まない人は、平凡でない生き方をしたいと常に願っているので、ありきたりでないパートナーと出会って、望み通りに平凡でない人生を送ることになりがちだが、では、それで幸せかというと、かなり微妙なことになる。
平凡な主婦になど絶対にならない、と断言していたジャクリーヌ・ブーヴィエは、ジョン・F・ケネディと出会って結婚し、非凡な人生を送る事になるが、夢に見たとおりの空中ブランコ乗りのような男を夫にした結果は、絶え間ない夫の女手入りに苦しめられたあげくに、若くして未亡人になるという過酷な運命だった。

ジャスミンは容姿にも恵まれ、本人によれば学校の成績も悪くなかったのに、出会ってしまった運命の男が女好きのペテン師だったばかりに運命を狂わせる女である。ジャスミンについて、ワタシはもっと勘違いした、もっと救いようのない女なのかと、当初思っていたけれども、妹のところに転がり込んで、いつまでもスーパーで細々とパートしている妹の食客ではいられないとなれば、歯科医の受付を嫌々勤めつつも、インテリア・デザイナーになるためのWeb講座を受けるために、パソコン教室に通ったりする地道さ(アホみたいな回り道ではあるけれども)も持ち合わせてはいるのだ。まるきり地道な努力ができないというわけでもないのである。まぁ、きょうび誰でも使えるパソコンが、なんであんなにも手間取っていつまでも使えるようにならないのか、というのは見ていて首をひねるけれども…。

チビの歯科医に肉薄されて、嫌々やっていた受付を辞めざるを得なくなったところで、ふとした事からリッチで毛並みのいい男と知り合って惚れられ、いい具合にまた第2の玉の輿人生を歩むかに思われたジャスミンだったが…というわけで、ここからは見てのお楽しみ。
ジャスミンと出会って恋に落ちる、政界に出馬したいという野望を持ったサラブレッド系の男を演じるのは、ピーター・サースガード。特に二枚目でもないのだけど、ここのところ、モテ系の役が多いような気がする。何故だろう?目元が夢見るような感じだからかしらん。



私生活ではジェイクの姉、マギー姉ちゃんと仲睦まじく、二人目の子どもも産まれているサースガード。堅実な脇役として地歩を着々と固めているな、と感じる。このサースガード演じるドワイトにジャスミンがつく嘘は、さほど罪のあるものとも思われず、まぁ、いかにもジャスミンという女がつきそうな嘘なのだけど、結婚しようかと思っている相手に嘘がばれた時の事を考えてもみない浅はかさというのが、ジャスミンの運の尽きをもたらしているとも言える。

しかし、それにしても、最後の最後に分かるのは、全て身から出た錆、という事実である。それほどまでに頭に血が上るほど、夫に夢中であり、夫に全てを依存した人生だったという事なのだろうけれども、ジャスミンが最初に出会った相手が、金持ちでもハルのように後ろ暗いところのある男ではなく、ドワイトのような人の良さそうなお坊ちゃんタイプの男だったら、あるいはジャスミンも夢見るセレブで居続ける事ができたのであろうか。しかし、ドワイトが政界を目指している以上、その世界に一歩足を踏み入れたら、汚濁は免れまい。どちらの男に先に出会っていたとしても、結果は同じだったような気もする。

普遍的なテーマを、笑いを所々に交えつつも、飽きさせずに観させるウディ・アレンの熟練の語り口には、練り上げられたプロの仕事を感じたし、地道にやろうとしながらも、肝心なところで過去にしっぺ返しを食らうヒロインを演じるケイト・ブランシェットの、普通に巧い女優とは一段階レベルの違う巧さを楽しむ事ができた。逆に言えば、それ以上の何があったわけでもないのだけれど、ケイト・ブランシェットを見ているだけでも飽きなかったし、うがった見方をすれば、貧相な外見にも関わらず、次から次へと女性に手をだし、遂には養女にまで手をつけるという節操もない恋愛オタクおやじぶりを発揮しているアレンの、これまでのパートナーに対するエクスキュースのような映画、という見方も出来るかしらん、という気もした。



それにしても、人間というのは、なまじ夢に見た通りの出会いを若い頃にしてしまうと、その事だけに生涯捕われて意識が固着してしまうものでもあろうか。ジャスミンの頭の中には、夫となるハルと出会った夜に流れていた「ブルー・ムーン」のメロディが永遠に流れ続けているようだ。孤独だった人間が新しい恋を得る喜びを歌った「ブルー・ムーン」。
しかし、その夢がいつまでも続かないと知った時に彼女のとった行動は…。



全ては浅はかすぎたジャスミンの身から出た錆ではあるのだが、ごく若いうちにスポイルされた生活に慣れ切ってしまった女が、生涯、安泰にくるまれていられる筈の夢が崩壊した時に、自分を冷静に保っていくことなど、とうてい無理な相談かもしれない。若いうちにスポイルされすぎるのも考えものである。

コメント

  • 2014/06/07 (Sat) 00:17

    kikiさん

    お久しぶりです。この映画はケイトブランシェットの映画でしたね。いじわる爺さんの監督がいじめまくってもケイトはびくともせず。
     98分という時間を最後まで目いっぱいかつたっぷりケイトの演技を味わった映画でした。すべてが明らかになったラスト近くのケイトの壊れっぷりが静かなのに怖かった~(もともとこわれていたジャスミンでしたけど)
     振られたジャスミンが高級な服を汗びっしょりに濡らして帰ってきたら、妹が彼氏とよりを戻していちゃついている。(この妹役の人、やせぎすの貧相な女優さんだと思っていたら、レッドカーペットなどでは普通に女優然としてびっくりでした)シャワーを浴びてふらふらと外にでたジャスミンが直視できませんでしたわ。
     ピーターサースガード、なんだかやせてました。病気でもしたのかと思ったけど、老けたのかな?(ファンのかた失礼しました)この人も胡散臭い役、うまいですよね。ジェイクがらみでなんとなく気になる役者さんではあります。

  • 2014/06/08 (Sun) 14:47

    ふうさん この映画、女性を中心にヒットしてますよね。
    それというのも、ウディ・アレン作品におけるケイト・ブランシェットを観たいから、というのが大きいんじゃないかと思うんですが、その潜在的な期待におおいに応えたケイトの存在感と演技でますますじわじわヒットする、という感じなんでしょうね。妹役のイギリス女優、レッドカーペットではゴージャスでしたか。貧相で幸薄そうなところにユニークさを見いだしていこうとしている女優のように思っていましたが(笑)
    サースガード、痩せてましたね。太ると健康によくないので、少ししぼった結果じゃないですかね。ジェイクの義兄だし、お友達でもあるから、ちょっと親身な目線で観てしまいますよね(笑)

  • 2014/06/08 (Sun) 23:54

    ケイトブランシェット、クールな熱演っていうのか、こくがあるけど後味スッキリ的に演じていてよかったと思います。ウッディアレンの映画はどれも「救い用のない状態ストーリー」で観ていてイラつくのですが。

  • 2014/06/09 (Mon) 23:05
    Re: タイトルなし

    intelchippyさん
    ウディ・アレンの映画は「救い用のない状態ストーリー」ばかりでもないと思いますが、ともあれ、本作ではケイト・ブランシェットの演技は一段階レベルが違うな、という感じでした。

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する