「グランド・ブダペスト・ホテル」(THE GRAND BUDAPEST HOTEL)

-大人のためのお伽話-
2013年 英/独 ウェス・アンダーソン監督



いかにもウェス・アンダーソンらしい映画。劇場で観なくてもいいかねぇと思っていたけれども、1930年代がメインだし、いかにもヨーロッパ臭の色濃いロケ風景、とりわけ、あの淡いピンクの外壁を持つホテルの中を観てみたいという好奇心にかられて、劇場に脚を運んだ。

当初はシャンテで観るつもりだったのだが、突如観に行く気になったもので、席がもうかなり前方しか空いていず、他に行き易いところでやってないかと探したところ、なんと出来立てホヤホヤのコレド室町2「TOHOシネマズ日本橋」で上映されている事が分かり、コレド室町見物を兼ねて行ってみる事にした。

ワタシは昔から日本橋三越の佇まいが大好きなのだけれど、その三越のすぐ近くにコレド室町が出来て、日本橋界隈はまた新しい賑わいを呈している。銀座とも青山とも異なるネオ日本橋の空気は、ゆったりとしてシックでいながら、さりげに「お江戸日本橋」の空気もどこやらに混ざる、落ち着いていながらも華やかなスポットだ。ひたすら壊して新しいものを建てるだけの再開発ではなく、街の再活性化を見据えたガツガツしていない再開発の成功例じゃないかと思う。なるほど。再開発にも経済発展以外の、古い街の再生という意義があるのだね。ネオ日本橋の顔であるコレド室町は、先に作られたコレド日本橋よりも更なる落ち着きと華やぎのある空間で、やっぱり日本は経済的に盛り返して来てるのかな、日本てけっこうリッチだな、などという感慨を改めて抱いた。

その、そこはかとなくリッチな空間であるコレド室町2に入っている「TOHOシネマズ日本橋」は、これまでに出来た、どこのTOHOシネマズよりも広い空間を贅沢に使っている。六本木ヒルズのTOHOシネマズなどに比べて、開場前にのんびりと座っていられるソファがかなり増えたのもポイントが高い。また、シアターはこれまでの劇場と比べて一番前の列とスクリーンが近く、なだらかなカーブを描いて湾曲しており、スクリーン自体も大きくなっていて、最上階に座っても、スクリーンをかなり大きく感じられる。いいですね。狭いシャンテで上映している映画が混雑必至の人気作品だった場合、同じものをコレド室町で上映してくれれば、リッチな空間でゆったりと映画を楽しめる。どうせ見るなら日本橋で、という気分になるかも。こりゃなかなかよろしくてですわ。ふほほ。

というわけで、その大きなスクリーンで鑑賞した「グランド・ブダペスト・ホテル」。
本当に、モロにウェス・アンダーソンらしい映画だった。しかも、とにもかくにも色彩と映像が美しい。そして、ヨーロッパが濃い(ウェス・アンダーソンはテキサス出身のアメリカ人だけれど)。うーん、堪能。その映像美とアンダーソン作品と縁のある出演者達の豪華なアンサンブルがこの作品の魅力だ。

主役のコンシェルジュを演じるレイフ・ファインズは、特に目新しい役柄でも雰囲気でもなく、いかにも彼らしい感じで、折々コミカルに、けれど可もなく不可もなく演じていたけれども、これは群像劇でもあり、美しいヨーロッパの小さな街の風景と、その中で入れ替わり立ち代わり登場し、動き回る人物を眺めて楽しむ作品なので、アンサンブルの妙味を崩さないという事が大事なのだろう。グスタヴ一人が妙に目立ってしまっても駄目なので、そのへんもちゃんと計算されているのだと思う。


ふっ 私を包む”パナシェ”の香りを嗅ぎに来たまえ

このグスタヴは東ヨーロッパに位置する旧ズブロフカ共和国の名門ホテル「グランド・ブダペスト・ホテル」の名物コンシェルジュ。伝説のコンシェルジュと呼ばれるグスタヴだが、彼の名声は彼を目当てに次々とホテルにやって来る、リッチでお年を召された女性の常連客によって築かれている。そんなある日、彼の上顧客であるマダムDが何者かに殺害され、グスタヴは彼女の遺産相続を巡るゴタゴタに巻き込まれる事となる。このマダムDをティルダ・スウィントンが老けメイクで演じていて、かなりインパクトがあった。というか、観ている間はティルダ・スウィントンだと気付かず、本当に年を召された老女優が演じているのだと思っていたのだけど、エンドクレジットでティルダと分かり、ほっへ〜、と思った。本物のお婆さんにしか見えなかった。お見事。



グスタヴは、自分の母ぐらいの年代のリッチな女性たちに対して、ホテルのコンシェルジュとしてだけではなく、手抜きをせずにパートタイムラヴァーとしても、きちんと奉仕する。その女性たちは、皆リッチで年を取っていて、ブロンド、という特徴がある、というのが、何となく面白かった。
あまりにもお金を持ちすぎていると、人は孤独になりやすいものかもしれない。そして、そんな孤独なお金持ちの晩年を慰めるのは親類縁者よりも赤の他人だったりするものなのだろう。



グスタヴが取り仕切る「グランド・ブダペスト・ホテル」に、試験採用中の無国籍難民のロビー・ボーイ(ベルボーイ)、ゼロ・ムスタファ。飄々としてちょっとだけ気の効くムスタファは、グスタヴの忠実な僕(しもべ)となる。若きムスタファを演じているのはトニー・レヴォロリ。インドかアラブ系かなと思っていたけど、名前の感じではイタリアンなのかしらん。ともあれ、生まれはアメリカで、アメリカ人の俳優らしい。子役出身とか。なるほど、そんな雰囲気もあり。このレヴォロリが演じる若き日のムスタファは、大きな目玉がくるくる動いて言葉より雄弁だ。



一方、老いたムスタファを演じるのは、F・マーリィ・エイブラハム。お〜、サリエリ。ご健在である。F・マーリィ・エイブラハムを見ると、今だにどうしてもサリエリを思い出してしまう。当たり役のインパクトは絶大だ。



そして若き日のムスタファが恋に落ちる、ホテル近くの菓子店でケーキ職人をしているアガサを演じるシアーシャ・ローナンの、スレンダーで長身で無表情でちょっとキッチュな雰囲気に、ワタシは「ザ・ロイヤルテネンバウムズ」でグィネスが演じたマーゴを思い出した。こういう女性像はウェス・アンダーソンが好きなタイプなんでしょね。ふふふ。映画全体のトーンも、なんとなく「ザ・ロイヤルテネンバウムズ」と近いテイストだった気がする。


え? 似てないわよ

これは筋などを追う映画ではないので、とにかく物語のような映像と雰囲気に酔い、次々に登場するくせ者俳優たちの顔ぶれを楽しむ、という作品だ。出て来るのは一癖も二癖もある、くせ者大集合な俳優ばかり。
マダムDの邸宅の執事を演じるのはマチュー・アマルリック、マダムDの遺産を継ごうと躍起になる息子ドミトリーにエイドリアン・ブロディ。もう、ルックスがパーフェクトに役にハマっている。この人が出演する映画に外れはない。


殺し屋のウィレム・デフォー(凄い顔)とエイドリアン・ブロディ

ドミトリーの意を受けて邪魔者を次々に消していく殺し屋にウィレム・デフォー。近年ますます人相の悪さに磨きがかかっている上に、目の周りを青黒くしたメイクも相まって、かなり凶悪なご面相になっていたが、こういう役を楽しんで演じているんだろうな、と思う。思うけれども、本当に年々歳々、凄いご面相になっていくので、悪役しか演じられない感じになってしまって、ちょっと残念な気も…。意表を衝く、神様みたいな善人の役で観てみたいと思ったりする。実際はすごく練れたいい人なんだろうなぁ、と推察。怖い顔の人ほど優しくて気のいい人だったりするものね。
マダムDの代理人である弁護士にジェフ・ゴールドブラム。一時期ほど見かけないが健在だったのね。怪しい雰囲気の弁護士役だったが、けっこうアッサリと姿を消す。いや〜、あれは痛いだろうなぁ…。


久々にお見かけしたと思ったら、猛烈にユダヤ人っぽい雰囲気に…

その他、おなじみのオーウェン・ウィルソン、ジェイソン・シュワルツマン、エドワード・ノートン、ビル・マーレイらが登場。あはは、出て来た、出て来た、と観客を喜ばせる。ハービィ・カイテルもワンポイントで迫力の顔面力を放っていた。エドワード・ノートンは、この濃い顔ぶれの中では何かとても普通に見えた。



「グランド・ブダペスト・ホテル」とその伝説のコンシェルジュおよびベルボーイの冒険を描いた小説を執筆することになる小説家の若き日を演じるジュード・ロウも、違和感なく映画の世界にハマっていたと思う。
メインの物語は1930年代で、その物語を作家が知るのは1960年代ということで、ジュード・ロウが登場するのは1960年代のシーン。今や時代遅れとなり、客も少なく閑散とした過去の遺物のような「グランド・ブダペスト・ホテル」に、作家は長逗留することになり、そのうちにホテルのオーナーであるゼロ・ムスタファに出会い、昔語りを聞く。



1960年代の「グランド・ブダペスト・ホテル」は、内装がきちんと1960年代風になっている。豪華だったホテルのロビーも、どことなく簡素で現代風の内装になっているのも芸が細かい。華やかな過去と寂れた現在(といっても1960年代だけれど)との対比が鮮やかだ。

公式サイトによれば、この映画は全編ドイツのゲルリッツという田舎町でロケしたとの事。徹頭徹尾、この映画の世界にぴったりな場所がみつかり、スタッフは驚喜したとか。確かにね。こういう映画ではロケ地選びは最重要ミッションだ。それで映画の雰囲気も決まってしまうし、映画の出来も左右しかねない。あの淡いピンクの外壁のホテルは空き家になっていた古いデパートを改装して撮影に使ったらしい。高い崖の上、という設定はCGだろうけれども、建物をちょっと改装すれば撮影に使えてしまうというのは、さすがヨーロッパだなぁという気がする。そしてアメリカ人は、こういう濃いヨーロッパをさしつけられると弱いので、軒並み映画の評価が高くなったりもする。ふふふ、ヨーロッパ・コンプレックスは相変わらず根深い。



新しくて環境のいい映画館で、大きなスクリーンで目にもたのしい映像美を満喫した。小味な映画ではあるけれど、映画館で観る価値はたっぷりとある映画だった。冒険活劇というほど派手な映画ではないけれども、お伽話のような背景の中で浮世離れのした物語が展開していき、最後には、人生はうたかたの夢である、というほろにがな哀感と、人が生涯にわたってとらわれる思い出の懐かしさ、大切さ、重さというものが静かな余韻として残る。これはまさしく、大人のためのファンタジーである。こういうジャンルが、これから増えて行くような気がした。

*****
映画が終わると、もうコレド室町の中を仔細に見物して回る時間はなかったため、素直に外に出て来たが、通りに出ると三越の向かいにあるオープン・エアのカフェ(スペインバルだったかな)では、仕事を終えた日本橋界隈のサラリーマン男女が幾組もお酒を飲みつつ歓談していた。いい雰囲気だな、と思った。
ネオ日本橋、なかなかの素敵空間である。

コメント

  • 2014/06/21 (Sat) 23:36

    kikiさん

    お菓子のような映画でしたね。でもグスタフの晩年を語るくだりではなんだか
    切なくなりました。寓話の世界なのに。
    シアーシャローナンって好きな女優になりそうです。北欧系かと思ったらアイルランド出身とか。意外でした。デフォーの顔の怖さは怖さを通り越して吹きたくなります。出てくる俳優みんな顔で一発芸という感じで肩も凝らず楽しめました。そのままでいくと楽しかったで終わってあとは何もない映画になりそうなところ、kikiさんのおっしゃるようになぜかほろ苦な哀感があって余韻が残りました。

  • 2014/06/22 (Sun) 22:02

    ふうさん

    そうそう。架空の国のホテルの話で、お菓子のような映画でしたね。もう、いかにもレディースデーに女性客を集めそうな映画だけど、ラストのほろにがな感触が全体を締めていて、それがあって、あの綺麗な映像も生きていたかな、と。
    そうそう。出演者がみな顔で一発芸、という感じでしたね(笑)デフォーの顔で吹き出しちゃうっていうのは、懐が広いですね。まぁ、あそこまで行くと、もはや漫画だものね(笑)

  • 2014/06/27 (Fri) 20:04

    kikiさん、見ました!
    ウェス・アンダーソン初体験でしたが、なかなか好きな雰囲気です。
    実は途中うとうとしてしまって(仕事終わりに見たのでつい・・)筋についていけてなかったのですが、映像を見てるだけで楽しかったです。隅々まで目を凝らして見ないとなんだか勿体ないような。
    エンドロールがまたよかったですね。あれはチターの音色でしょうか?そして唐突に画面右下にアニメーションのロシア人みたいなのがぴょこんと現れてコサックダンス的なものを踊りまくる、こんなの初めてみました!キュートすぎる!!
    サリエリはサリエリとしてしか知らなかったですが「アマデウス」はかなりの回数見たので、サリエリ氏が健在でよかったです。
    アンダーソン監督、侮れませんね。ハマってしまいそうです。他の作品もチェキってみます!

  • 2014/06/29 (Sun) 15:48

    ミナリコさん
    ご覧になりましたか。ウェス・アンダーソン初体験ですね?ふふふ。
    お気に召されました? ワタシ的には全作品好き!というわけではないですが、好きな監督です。「ザ・ロイヤルテネンバウムズ」と「ダージリン急行」はぜひ、ご覧になってみてくだされ。
    で、本作は、特に筋はさして重要じゃないので、途中寝てしまっても困る事はあまり無いかも、という感じではありますが、見逃した画面があるのはもったいないな、という感じかな(笑)そうですね。エンドロールの曲は、多分チターじゃなかろうかと思われます。サリエリ氏、サリエリ以外にもちょこちょこと出ておられますのよ。健在です。めでたし、めでたし。

  • 2015/03/05 (Thu) 09:51

    kikiさんこんにちは。
    たいへん遅ればせながら、気になっていたウェス・アンダーソン初体験。
    映像がきれい~♪
    てっきりヨーロッパのかたかと思いきや、アメリカ人なんですね。
    これは映画館で観たかったですね。

    そしておすすめの「ダージリン急行」も続けて観賞。
    この監督は色彩にこだわっておられるのかしらん。
    きれいなブルーがあちこちにみられました。

    かばんを捨てる、しがらみを捨てる?
    ラストシーン、「ああ、すてきなかばんなのにもったいない~」と
    思った私はやはり凡人か。
    流れる♪オ~シャンゼリゼ♪もおしゃれでした。

  • 2015/03/05 (Thu) 22:59

    akoさん こんばんは。
    ご覧になられましたか。これは本当に映像がキレイですよね。独特の感覚だなと思います。
    ウェス・アンダーソン、ソフトな雰囲気だし、妙にかわいらしい人柄っぽいし、憎めないかわいらしい人みたいですが、意外にテキサスの出身なんですよね。幼少期から、かなり周囲から浮いてたんだろうなぁ、と推察しますが、いいですよね。肩に力が入ってなくて。
    「ダージリン急行」もご覧になりましたのね。キレイなブルー、あちこちにありましたね。ワタシは今のところでは「ザ・ロイヤルテネンバウムズ」が一番好きですが、本作と「ダージリン急行」はそれに次いで好きな作品です。(笑)

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