思いつきぶらり旅 博多小旅行

ー夏草や 炭坑王の夢のあとー



福岡方面へは昨年の1月に、母方の親戚の集まりがあって行ったのだけれど、その際、飯塚にある伊藤伝右衛門邸もちらっと見物したいなとは思いつつ、あまり余分な時間がなかった為、博多をちょこっと散策するぐらいで帰って来たワタクシ。
今年になって「花子とアン」を時折見ているうちに、ああ、そういえば去年福岡に行った時に、伝右衛門邸は見て来なかったんだったな、と思い、なんとなく見物がてらちょろっと福岡に行ってこようかしらん、という気になりました。

思いつきでぷらっと出かけた福岡。国内の主要都市に泊まる際には、そこのホテルがあれば宿泊することにしているモントレ・チェーンのホテルを予約。飛行機は、福岡出身の知人が、「帰省する時はいつも使っている、良いよ」とお薦めだったのでスターフライヤーにしてみました。黒が基調のスターフライヤー。シートも全席革張りとかで、座席数も他と比べると少なめでゆったりとした配置。ぎゅうぎゅう感が無くて良かったです。サービスも感じが良かった。なるほどね。関西か福岡/北九州に行くならスターフライヤー、いいかもですわ。

そんなこんなで、とある週末、羽田から福岡へとひとっ飛び。正午に福岡に着いて、空港から地下鉄2駅で博多へ。この空港からのアクセスの良さは福岡の大きな特徴で、他の追随を許さないものがありますね。空港から2駅ですぐに中心地に出られるなんてね。
思いつきの週末旅行で荷物も少ないし、ひとまず博多シティで博多ラーメンを食べてから、お目当ての「伊藤伝右衛門邸」見物にGo。


何はともあれ、1杯は食べておかないとね 博多ラーメン

博多から伝右衛門邸のある飯塚へはJRで新飯塚というところへ行き、そこからタクシーで10分程度。博多から西鉄のバスで行く方法もあるみたいだけど、乗り換えはあるし、大回りしていくので余分な時間がかかるしで、なかなかに厳しいので、JR+タクシーというのがベストだとのこと。博多から新飯塚までは快速で40分ほど。
JR九州は、急行や特急のデザインにこだわりがあり、豪華寝台特急ななつ星のデザインでも知られる工業デザイナー水戸岡 鋭治氏がデザイン顧問をしているせいか、ゆふいんの森などの有名な特急ではなく、在来線に毛の生えた程度の快速などでも、横がけの座席が他のJRとは異なるシャレたデザインだったりして、おー、JR九州、と思ったりする。少し見習ってちょうだいな、JR東日本。

新飯塚に近くなると、車窓にぼた山らしきものがちらほらと見えてきました。なるほど、確かにかつての炭坑町らしい。
こぢんまりとした駅前にはバスやタクシーのロータリーがあり、すぐに客待ちのタクシーに乗って、伝右衛門邸に向かいました。伝右衛門邸に行き方を問い合わせた時には、駅からタクシーで1メーター程度との事だったけど、さすがに1メーターでは無理で(初乗りは640円)、1000円でちょっとおつりが来る程度。炭坑王の本邸は、駅からちょっと離れたところに塀をめぐらして建っておりました。
周辺は古いお宅の多い一角で、伝右衛門邸だけが浮いてしまうという事もなく、周辺の雰囲気にしっくりと収まっておりました。


ご立派な長屋門

屋敷の前は狭い通りに面していて、通りに入ると左手に門の入り口があるという感じなので、わー、広い、とか大きい、とかは特に感じないんですね。でも、改めて見ると立派な門構えではございますわ。はい。見学料300円を入り口で払って内部へ。ちょうど観光バスの団体さんが入ったところで、法被を着たボランティアらしい説明員のおじさんが屋敷について説明してました。
もれ聞いたところでは、元は平屋建てだったこの本邸に2階を建て増したのは、白蓮を嫁に迎えるにあたって彼女の部屋を増築したからだとか。「その他にも随分と金を使うたとに、逃げられてしまったとですねー」という説明員のおじさんの解説に、団体さんは受けておりました。ははは。確かにね。


デンネムさんが白蓮のために建て増した2階の座敷


白蓮の居間の床の間に掛けられた自筆の軸
「朝化粧 五月となれば京紅の 青き光もなつかしきかな」

邸内にはデンネムさんこと伝右衛門さんと白蓮の写真の他に、「花子とアン」にちなんで、村岡花子の写真なども展示されてました。村岡花子の若くて痩せていた時は、ちょっとドラマの吉高由里子も似ていなくもないかしらん。一方、ドラマでは白蓮を仲間由紀恵が演じているので、ああいう派手な顔立ちの美人なのかと、知らない人は思ってしまうわけだけど、実物はかなりひっそりとした地味な雰囲気の女性なので、白蓮の写真を見て、期待したほどではないという感想を漏らす人もいましたね。まぁ、そうかもね。白蓮の持ち味は儚さが真骨頂。華やかさはないんざますわね。
柳原白蓮については、以前書いた記事「不幸な方が輝く人 その2「柳原白蓮」」などもご参照ください。


わかりにくいけど、左側が花子さんの若い時 二人の書簡などが展示されていた


こういう、物寂しげなクタっとした雰囲気が白蓮の持ち味

畳廊下が長く続く1階の部屋は、応接間と食堂が洋間で、それ以外は和室。庭に面した広大な本座敷は、いかにもな広さでしたね。本座敷の向こうにあるのがデンネムさんの座敷。眺めもいいし、やはりこの屋敷の中では一番いい部屋じゃないかと思いました。2階の白蓮の居間も庭を一望できて眺めはいいし、明るいし、作りも悪くない感じだったけれど、そこが一番いい部屋、というわけではないかもね、と感じましたわね。


昔のお屋敷は廊下が畳敷きなんですわね 見学者がワサワサしております


広〜〜〜〜い本座敷


さりげないところにも意匠がほどこされている


デンネムさんの居室「主人居間」の次の間(だと思う)に展示されていたデンネムさんの背広

応接間や食堂の重厚な洋間の作りはなかなか素敵でした。明治大正期の和洋折衷の屋敷というのがけっこう好きなので、庭の緑の見渡せる格調高い食堂はナイスだな、と思いましたね。その他、洗面所や、台所、トイレなども興味深く眺めました。昔の住宅が公開されている場合、そういう生活的な部分を見るのもとても興味深いですわね。洗面所の洗面台も木製で壁面にどっしりと据えられていて、お見事でざんした。建築に関して、どこで覚えたのか趣味が良かったという建築道楽だったデンネムさんだけに、細部に至っても、堂々としていながら繊細な意匠もある、いいお屋敷だな、という印象でした。


玄関脇の応接間 渋くて堂々とした佇まい


伊藤家の食卓 庭の緑が見渡せて、素敵な食堂でざんした



洗面台 木製の大きな洗面台 お見事


台所

後年、もっと建築道楽に拍車がかかっていたであろう時期に建築された博多・天神の別邸、銅(あかがね)御殿は現存していれば素晴らしかったんだろうけれど、残念ながら昭和2年に漏電で焼失。どんなお屋敷だったんでしょうねぇ。ちなみに、この銅御殿が完成したのは白蓮出奔後なので、彼女は一度も住んだ事はないそうな。

さて、飯塚の伝右衛門邸に話を戻すと、
母屋から繋がる蔵の中にも伊藤家ゆかりの品物や写真が展示されてあり、白連が去って10年ほどのちの伝右衛門の姿がおさめられた8mmフィルムなども流されておりました。もうだいぶおじいさんになっていたけれども、業界の集まりや、何かのイベントの際に、周囲と談笑したり、会食したりするデンネムさんの姿を、ふぅーん、と眺めました。伝右衛門の死後は一度売却され、数年前には取り壊しも検討されていたという伝右衛門邸だけれど、文化遺産として存続を求める飯塚市民の署名運動で取り壊しを免れ、飯塚市の所有となって現在は一般公開されているという事で、飯塚市民にデンネムさんがいまだに愛されているという事の証かな、とも思いましたわね。

姦通罪をはねのけて不倫の恋を成就させた白蓮のいかにも大正的なロマンスの陰で、世間での伝右衛門さんのイメージというのは、当時は一体どうだったのか分からないけれども、白蓮をモデルにしたと言われる菊池寛の大衆小説「真珠夫人」などの中では、ヒロインの夫は卑しいヒヒじじいのように描かれていたりして、良からぬイメージを植え付けられたのではないかと推察されますね。
でも昨今では、人としての器の大きさや、余計な弁解を一切しない生粋の川筋男らしい太っ腹さ加減にスポットが当たっている、というか、ただの成金で無学文盲なオヤジ、というのではなく、一代で財をなしただけの事はある、なかなかの人物だった、というイメージになってきているのは、デンネムさんの名誉のために良かったな、と思います。ドラマではデンネムさんに相当する役を吉田鋼太郎が演じていて、実物よりもなおさらに(多分)情のあつい筑豊の男、というキャラになっているので、いやでも炭坑王に同情が集まるように出来ている感じでもありますね。実際にも白蓮は、おとなしそうに見えて我が強いし、我儘な女でデンネムさんは手を焼いたんだと思うけれど、ドラマでは余計にその部分が強調されていて、若くて綺麗で家柄がいいというだけの我儘女に振り回される炭坑王が気の毒だ、という印象をたいていの人が持つんじゃないかという感じ。白蓮は悪妻の極みかも。ふほほ。



とにかく姦通罪に問われないために、言い分はこっちにある、という点をいち早く世間に訴えるため、夫に送るより先に、新聞社宛に絶縁状を送りつけて、それを夫は新聞で知る、というようなふざけた真似をデンネムさんがされた事は事実。ドラマでは駆け落ち相手の青年も白蓮も、知らないうちに仲間がやった事、という感じになってましたが、どっこい、実際は白蓮も宮崎竜介も当初からそういう計画で絶縁状を作ったわけです。その公開絶縁状に対して、デンネムさんの方も反論を新聞に載せたようではありますが、それはデンネムさんに取材に来た記者が勝手に内容を白蓮への非難攻撃に換えて出してしまったもので、内容がねじ曲げられている事を知ったデンネムさんは4回目ぐらいでその連載を差し止めさせたとか。そして、後足で砂どころか泥を顔にぶちまけられるような真似をされたにも関わらず、姦通罪にも問わず離婚に応じ、「末代まで一言の弁明も無用」と、口を閉ざして何も語らなかったとのこと。

さすが性根の座った川筋男。カッコいいざます。…いい男なのにねぇ。白蓮にあそこまでの熾烈な恋愛への願望がなければ、もう少し長く添っているうちに理解しあえたのかどうか、その辺は分からないけれども、伊藤伝右衛門は学はなくても、ひとかどの男であった、という事だけは間違いないですね。白蓮を嫁に貰った頃は、50になったばかりでまだまだ男盛りで男前でもあったんだし。まぁ、まだ男盛りだったから、あちこちに女が居たし、それも男の甲斐性という時代だから見てみぬふりをしていれば良かったんだろうけれど、白蓮というのは何せ自分を救い出しにきてくれる運命的な恋、というものに対する憧れが根強かったから、功なり名遂げた男のお飾り的な本妻、という立場で北九州の地で悶々と暮らすのは辛かったんでしょうね。デンネムさんとしては彼なりに白蓮を大事にしたんだろうと思うんだけれど。


中庭

伝右衛門邸は、もっと広いのかな、と思っていたけれども、確かにご立派ではあったけれども、想像していたよりはこぢんまりとした屋敷だったかな、という印象。数年前に信州に旅行した際、須坂で見物した「豪商の家 田中本家博物館」の方がもっと広くて豪壮だったような気がしました。(敷地も2000平米ぐらい田中本家の方が広い)
伝右衛門邸は庭が敷地のかなりの部分を占めてましたね。その芝生の庭に石の太鼓橋が架かっていて、これが伝右衛門邸のシンボル的な存在かな、と思います。ずっと以前に、永畑道子の「恋の華・白蓮事件」がドラマ化されたのを見た事がありますが、その時も、この伝右衛門邸でロケをしていて、白蓮を演じた樋口可南子が、庇髪の着物姿で、庭の太鼓橋の前に立っていたシーンをなんとなく覚えています。樋口可南子以外は誰が何を演じていたのかサッパリ覚えていないんだけれど、NHKのドラマだったらしいので、「花子とアン」につられて、そのうちアーカイブスで放映するかもしれませんわね。


2階の白蓮の座敷から見た太鼓橋


程よい和洋折衷感が心地よい屋敷だった

…というわけで、伝右衛門邸の見学を終え、門前にタクシーを呼んでもらって新飯塚駅に行き、JRの快速で再び博多まで帰って来たワタクシ。博多から地下鉄にちょろっと乗って繁華街・天神に行き、予約していたホテルにチェックイン。このホテルはモントレ・チェーンで、ワタシはこれまで、長崎、神戸のモントレに泊まった事がありますが、いずれも非常に印象が良かったので、福岡にもあると知って、ホテルモントレ ラ・スール福岡に泊まってみた次第。ラ・スールというブランドは、通常のホテルモントレとどう違うのかよく分からなかったけれども、福岡のモントレは天神の角地面に建っているものの、敷地が狭いせいか、ちとこぢんまりした感じでした。神戸や長崎のモントレに色濃く漂っていた異国情緒はかなり薄かったかな。ベルギー風、というふれこみでアールヌーボーなデザインもあちこちには有ったんですが、ポルトガルをイメージした長崎に及ばず、という印象でした。ちなみに、このホテルモントレ。東京都内だけで4つもあるんですが、東京に住んでてわざわざホテルに泊まらないものねぇ。終電逃して帰りそびれたらモントレに泊まってみる、というのもアリかな。でも、うちまでタクシーで帰った方が安いかもざんすね。ふほほ。

ホテルで1時間半ほどゆっくりして一息入れたら、待ち合わせの場所へ。
実は今回の旅では、福岡在住のミナリコさんとお会いする約束が出来ておりましたのよ。ミナリコさんとは、敏ちゃん関連の記事にコメントをいただいて以来、当ブログを通して足掛け4年のお付き合い。敏ちゃんが結ぶ不思議なご縁という事で、今回お会いできるのも楽しみでした。友人と一緒の旅だと、なかなか気軽に旅先でブログ関蓮のお知り合いと会う事はできなかったりするのだけど、今回は身軽なひとり旅だったので、ちょうどいい機会でした。ミナリコさんにお付き合いいただいて、海鮮の美味しい居酒屋「トクトク」へ。博多は水炊きが有名らしいんだけど、夏に鍋も暑いし、モツや焼き鳥も名物だけど、ワタシはモツ系が苦手なので、それじゃ居酒屋さんがいいかしらん、ということに。


色々頼んだけど、全部美味しかったざます 写真は唯一ちゃんと撮れた刺身盛合せ

蒸し暑い日だったのでビールが美味しくて、ビールばかり飲んでしまったワタクシ。ミナリコさんは梅酒三昧。お互いに土産ものなど交換し(ミナリコさん、珈琲舎のだの濃い珈琲、美味でしたことよん。サンクス)、なんだかんだと楽しくおしゃべりしたんだけれど、何を話したのか内容はもはや靄のかなた。ふほほ。ミナリコさんは、サッパリとした個性的なタイプか、ガーリーでお静かなタイプか、どちらもありそうかな、と思っていたのだけど、後者でした。スイーツ大好きでスリムなミナリコさん。不思議なんだけど、スイーツ大好きな女性って、痩せてる人が多いのはなんでざんしょ。甘いもの好きな人は、甘いもの以外には食が細いからかしらん。ふほほ。

ともあれ、トクトクで頼んだ料理はどれも美味しかったし、何よりリーズナブルなお値段にびっくり。さすが博多は美味しいものがリーズナブルに味わえるところざんすね。十分に飲食をして居酒屋を出たら、消滅しないうちに屋台も入っておかなければ、という事で、ジモティだけどあまり屋台には入らないらしいミナリコさんにおつきあいいただいて(そりゃそうかもね。ワタシも博多じゃなければ屋台に入ろうなんて思わなかったし、ましてや東京で屋台見かけても別に入ろうと思わないものね)、天神の屋台に入ってみました。


博多名物の屋台

屋台で楽しく飲食する人々 外人さんも混じっていた

その日は金曜の夜だったので、仕事帰りのサラリーマンがあちこちの屋台で楽しそうに飲食しておりました。チューハイを頼んでちびちびと啜りつつ、焼き餃子を注文。すると、おもむろに具の入ったタッパーを開けたご主人は、餃子の皮を取り出し、ささっと具を包んでその場で餃子を作って焼いて出してくれました。ほおぉ、作り置きなんかしないんだ。オンデマンドなのね。


注文が入るとその場で作られる餃子

美味でチューハイともよく合うお味ざました

博多名物で、それなりの風情もある屋台だけれど、衛生問題や、ゴミ問題、屋台で狭くなる道幅の問題など、地元の人には賛否両論らしくて、あった方がいいと無責任に思っているのは観光客だけなのかも。いろいろ規制が厳しくなって屋台の数は減る一方とか。今、営業している人一代限りで営業権の譲渡ができない、という「原則1代限り」のルールはまだ無くなっていないようなので、それが見直されるのかどうなのか、今後、福岡の屋台の存続については議論が重ねられていくんでしょうね。
ともあれ、まだ何となく博多の屋台が命脈を保っているうちに入る事が出来てよかったざます。全然なくなっちゃったら、やはり寂しいんじゃないかしらん。福岡らしさが失われてしまうような気がしますわね。無責任な観光客の意見で恐縮だけれど(笑)

そんなこんなで、ひとまず伝右衛門邸も見物し、ミナリコさんにもお会いし(博多の夜をお付き合いいただいてありがとう)、屋台にも入ってみたので、今回のささやかな週末旅行の目的はほぼ遂げたようなものなんですが、去年まで旦那さんが博多に単身赴任していて、たびたび福岡に遊びに行ったという友人が、「柳川も近いから寄ってみたら?お薦めよーん」と言うので、翌日は白秋の故郷、柳川に行ってみることにしました。
長くなったので、続きは次回…と思ったけど、水郷を川下りした、という以外には、途中から雨に降られて急いで帰って来たので、特筆すべき事もあまり無いため、割愛いたします。ぺふぺふ。あしからず。

コメント

  • 2014/07/24 (Thu) 17:01

    kikiさん

    さてさて、どこかにお出かけかなと思っていたら博多にいらっしゃったんですね。2007年(だったかな?)旧伊藤伝右衛門邸の公開当時、地元では大変盛り上がっていました。kikiさん書いて下さってるように伝ちゃん誤解されてて可哀想だった私。この時その評価がまさに180度変わりました。それまで、こんな田舎に、とか伝右衛門ひどいって言ってた人が「飯塚良いとこ、伝ちゃん良い男」と言い出したのには苦笑してしまいました。。。

    「花子とアン」私は見ていないのですが、伝ちゃんの名誉回復されていることがわかり嬉しいです。まあ、夫婦のことは端から見てもわかりませんので何とも言えないけれど、伝ちゃんがそんなヒヒじじい(菊池寛ひどいっス)や狸おやじでは無い事が周知されて良かったと思いました。

    ところで、天神にあった別邸の赤銅御殿は、kikiさん泊まられたホテルからすぐそこです(歩いて1分!念の為Google Mapsでチェックしました爆)。東隣のブロックにかつてありました。現在は伊藤ビルとなっていますが、当時の煉瓦塀の一部が残ってますよ。

  • 2014/07/24 (Thu) 23:14

    ジェーンさん こちらにもありがとうございます。
    さいざんすの。少し前に、週末旅行でちょろりと博多に遊びに行ったざますわ。博多は都会ですわね。東京よりもコンパクトだから、買い物とか飲食とか便利といえば便利ざんすね。

    さて、伝右衛門邸、一般公開され始めた当時は地元で話題になったざますか。それはそれは。
    長らく、勝手に作られたよからぬイメージをかぶせられてきちゃったのかな、と思われるデンネムさんですが、昨今はドラマの影響もあって、ご本人のいかにも九州男児という感じの男らしさがじわっと表に出てきているのではなかろうか、と推察しますわ。随分たってから名誉回復することもあるざんすね。

    銅御殿はあのホテルの近くだったんですか。そういえば伊藤ビルというビルになってて、昔のレンガ塀の一部がちょろっと見える、というのはワタシも何かで読みましたよ。伊藤ビルって、デンネムさんの子孫が持っておられるビルなのかしらん。ふふふ。興味深い。

  • 2014/07/26 (Sat) 19:38

    kikiさん、このたびはお会いできてうれしかったです。ブログ上のみでのお付き合いですが、なんとなく親しみをずっと感じていたのでお誘いいただいて感激でした!
    福岡生れの福岡育ちながら十分なナビができなかったことをお詫びいたしまする(笑)。トクトクもkikiさんのリクエストでしたしねえ(笑)。
    kikiさんはブログの通りとても話題豊富でしかも語り口が軽妙で気さくで、お会いするまではどんな方かとやや心配だったのですけど、そんな心配はさっぱり無用でした!
    さて、伝右衛門邸、写真で初めて拝見しましたが、立派なお宅ですねえ。洗面台の鏡に目を奪われました。実物見たい!です。ドラマ「花子とアン」での蓮子さんのお部屋も素敵だなあといつも思ってました。これは飯塚まで足を伸ばさねばなりますまいね。
    ドラマはちょうど伝右衛門さんが「弁明無用」と言うあたりが来週放送のようですね。本編であるはずの花子のほうよりも脇の蓮さま方のほうがドラマチックで見ててワクワクドキドキです。蓮さま、悪妻のようですけど、お写真で見るお顔はとても儚げ。こういう顔けっこう好きです。うふふ。

  • 2014/07/27 (Sun) 12:12

    ミナリコさん どうもどうも。その節はありがとうございました。
    昨年1月に、門司港〜博多と小旅行をした記事をUPした際、「来ると知らせてくれてたら、どこか案内できたのに」というコメントを貰ってたので、それじゃ今回はお知らせしようかしらん、とお声がけしてみました。お互い会うのは初めてだから、どんな人かしらん、と思いますわねー。ワタシは、ミナリコさんはサバサバ系の人かと勝手に思ってたんですわ。ふふふ。
    それにしても、あなたったら、意外にグルメスポット全然詳しくないんですもの(笑)お菓子の国の人だから、スイーツ系にお詳しいんざましょかしら。ふほほ。トクトクは、柳川観光を薦めてくれた友達が教えてくれた店ざんすのよ。

    で、伝右衛門邸。署名運動をして飯塚市民が守ったお屋敷だから、一度見ておいて損はないと思いますよん。応接間はしゃれた内装でいながら重厚感もあったし、なかなかいい感じのお屋敷でしたわ。柳原白蓮の写真は、いかにも大正時代だな、という感じがしますね。やはり夢路型というか、細身でくた〜っとしたはかなげな雰囲気が大正美人という感じでナイスかもですわね。

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