「映画 深夜食堂」

-マスターの存在感-
2014年 東映 松岡錠司監督



あの「深夜食堂」が映画になるというので、少し前から愉しみに封切りを待っていた本作。いかがな仕上がりになったのだろうと、早速、丸の内東映に行ってみた。
サービスデーの夜というのに、入りはザラリと5〜6割。サービスデーにこの入りで大丈夫かなと心配になったけれど、まぁ、「深夜食堂」ってお地味だものね(笑)
タイトルバックはもろにドラマ版そのまま。なにひとつ変えていない。ただ、VTRがフィルムになっただけだが、フィルムの映像はやはり質感が違う。解像度などは粗いのだが、フィルムには独特の質感があるなぁ、と見慣れたタイトルバックの映像ゆえに改めて映画ってフィルムなのだな、と当たり前の事を実感した。

「映画 深夜食堂」は、タイトルにも「映画」と銘打ってあるだけに、通常のドラマ版では垣間見ることのできない、店をやっている時以外のマスターの生活なども少しだけ描かれていて興味深かった。マスターったら、店の2階に住んでるのかと思ったら、こぢんまりしたアパートを別に借りているのね。ふふ。



映画になっただけあって、通常のドラマ版よりもマスター(小林薫)の存在感がくっきりしていたし、出番も多かった。ただ、ワタシがひそかにお目当てにしていた松重豊の竜ちゃんは、ほんの顔みせ程度に冒頭にちょこっと登場しただけで、あとは全く登場しなかった。松重豊があまりに売れっ子になってしまったせいなのか、それとも竜ちゃんがらみのエピソードは、ドラマ版の第1部、第2部で語られてしまったからなのか、ドラマ版第3部でも殆ど出番は無かったし、ファンとしてはやや寂しい気分でもある。これは一重に、やっぱりマッチゲさんが売れっ子になってしまったせいではなかろうかと推察される。竜ちゃんが殆ど出ないので、子分のゲン(山中崇)がちょろちょろと登場していたが…物足りない。



常連で毎度登場していたのは、忠さん(不破万作)とお茶漬けシスターズの面々。殊にもお茶漬けシスターズは時間があったのかどうなのか、殆ど出ずっぱりのように出ていた。ワタシとしては、小寿々さん(綾田俊樹)と竜ちゃん絡みのシーンを、店の中でもっと見せてほしかったのだけど…。松重豊の売れっ子中年状態が一段落するまでは無理か…。

それはともかく、小味なドラマなので、映画版では長い1つの物語を作るというよりも、オムニバス形式で3つのエピソードが展開するというのは程がいいな、と思った。高岡早紀のお妾さんの話も、いかにも柄にハマっていてふふふ、という感じだったが、3本のエピソードの中で最も良かったのは、2話目の「とろろご飯」だった。

無一文で田舎から出て来て、マンガ喫茶で夜を明かしたりしながら東京をさすらっていた娘、みちるを演じた多部未華子が巧い。顔を漠然と知っているぐらいで、どんなイメージも無かった女優なのだが、予想外の巧さにビックリした。このエピソードは、彼女の演技力で魅力のあるものになっていたといっても過言ではない。大体において、「深夜食堂」のような地味な物語の場合には、役者の演技力に、その成否がかかってくる度合いが大きいわけだが、メインのエピソードであり、時間も長かった「とろろご飯」の出来が良かったのは、多部未華子の演技力の賜物だと思う。



みちるは料理人を志して東京に出て来たものの、男に騙されて金を持ち逃げされ、故郷にも帰れずにさすらいつつ、ある日マスターの店で心ならずも無銭飲食をした事がキッカケで、折しも右手が痺れて料理が困難になっていたマスターを補佐する形で食堂を手伝うことになる。真夏にホームレスだと、若い娘だって鼻がまがるほど臭くなってしまう。多部未華子は、人目を気にしながら、自分の存在を引け目に感じるみちるの様子をよく出していた。まずは銭湯に行っておいで、とマスターに小銭を貰い、久々にお風呂に入ってスッキリする様子も、なんだか「良かったね、お風呂に入れて」と、妙なシンパシーを感じてしまった。

ただのホームレス娘かと思いきや、料理に心得があり、しかも上手なので、右手にしびれを感じて困っていたマスターが彼女を雇い、店の二階に暫し住まわせる。みちるは次第に店になじみ、彼女の料理は口うるさい常連たちを満足させる。そんな日常にささやかに幸せを感じるみちるが、ふと店の前を通りかかった風鈴屋から、南部鉄の風鈴を1つ買う。この風鈴の屋台も、ドラマ版第3部にちらっと登場していたが、深夜の路地裏を、りんりん、りりりん、と涼しい音をさせながら、数々の風鈴を吊った屋台が通っていくのは夢幻的な美しさがあり、また、子供の頃の縁日の情景を思い出させるノスタルジアがある。風鈴屋を呼び止めて南部風鈴を選ぶみちるに、思わず笑みが浮かんだワタクシ。南部風鈴って凄くいい音色なのである。高くて涼しい爽やかな音がする。昨年、小江戸・川越に遊びに行った際、ワタシも南部風鈴の音色に魅せられて1つ買った。見た目にはガラスの風鈴の方が美しいものがいくらもあるのだが、南部風鈴の音色はひと味、冴えが違うのだ。
南部風鈴を買ったみちるが音を楽しんでいると、中華屋の出前の娘が「…いい音」と言う。
この出前持ちを演じている野嵜好美はどこかで見た顔だと思ったものの思い出せなかったのだが、一緒に観に行った邦画の近作に強い友人が、「あれ、『ジャーマン+雨』の子だよね」と後で言ったので、あ、そうか!と思い出した。
横浜聡子の「ジャーマン+雨」で主役の少女を演じていた女優だったのだ。ゴリラーマンと呼ばれる不細工な少女を演じていた。不思議な持ち味の女優だな、と思っていたが、その後とんとお目にかからなかったものの、今回久々に姿を見た。友人によれば、ほんとにちょい役であちこちに顔を出しているよ、との事だったが、今回のように小さくても持ち味を活かした役を貰ったのは「ジャーマン」以来じゃない?とも言っていた。今回の彼女の役は中華屋・州崎飯店の女店員つたえで、交番の警官(オダギリジョー)のところに出前に行くと、彼が食べ終わるまで岡持を持ったまま、ジワーっと交番の脇に立って待っている、警官に片思いしている娘の役である。
ついでに書くと、オダジョーはドラマ版の第3部から、なぜか近所の交番の警官役になった。第2部まで店の常連だった和服姿の謎の男はあのまま旅だってしまったので配役が変わったのかもしれないが、唐突に警官の役で出て来てちょっと驚いた。そもそも、オダジョーが第2部まで演じていたあの男は原作には登場しないキャラだったので、あれはあのまま旅だってどこに行ったか分からない、という事になっているのかもしれない。第3部からオダジョーが演じている交番詰めの警官は、「まんざらでもありません」というのが口癖で、飄々としているが、いろんな物事をよく見ている、という感じのキャラ。オダジョーはこのぐらいの、ちょこっと出て来る役の方がいい味わいが出る感じだ。



また、この2話目にはマスターを秘かに慕う粋な年増役で余貴美子が登場する。少し貫禄が増したような体型も新橋の料亭の女将、という役柄に合っていた。余貴美子もワンポイントとしてとても効いていたと思う。濃厚な色気があって、小娘である多部未華子との対比が効いていた。この女将さんは、マスターに漬け物の糠床を提供しているのだが、マスターが若い娘を雇い入れたというのが気になっている。店の2階に彼女が寝起きしているというので、マスターと何か起こりはしないかと内心、気が気ではない。…ふふふ。年増だって中身は小娘のように可愛いのだ。



この2話目では、マスターの仕入れの様子なども垣間見る事ができて楽しい。八百屋のオヤジが何かといえばオクラを売りつけようとするのに少し笑った。仕入れに付いて行ったみちるが糸カボチャを見つけて、それで美味しいおひたしを作るのも、いかにも小味な食堂っぽくて良かった。みちる役の多部未華子は、卑屈なホームレス状態から、マスターの代わりに包丁を持つことでアイデンティティが確立し、才能ある女料理人として道を極めて行くであろう様子を繊細に演じ分けていた。料理をするようになってからは、その動作のきびきびした様子や、調理場での身ごなしなどが、料理人らしい雰囲気が出ていたし、無駄のない動作から、才能がありそうだ、という気配を醸し出す事にも成功していたと思う。また、東北の訛も上手で、我を忘れると訛が出てしまい、我に帰ると標準語に戻る様子なども、とてもリアルだった。

みちるがマスターにリクエストする料理が「とろろご飯」である。ご飯は麦ご飯なので、店の裏口で七輪に土鍋をかけて炊く。土鍋で炊いたご飯って凄く美味しそうだ。今度、やってみようかしらん。



特にレシピなどは紹介しないが、マスターがエピソードのメインの料理を作るシーンは、具を炒めたり、山芋を擂ったり、最後に皿に盛りつけたりする様子が大写しになる。この深夜食堂、「めしや」の料理は、昭和の大衆風味なのが肝だ。
ウインナーは真っ赤でたこ足に切る。カレーには福神漬けとらっきょうが皿の中に盛られている。ナポリタンはうどんみたいに太くて、鉄板に乗って出てくる…。ナポリタンって、鉄板の上に薄い卵焼きを敷いて盛られていたのだろうか。ワタシはそういうナポリタンは見た事がないが、昭和40年代あたりには、食堂や喫茶店で、そうやって出していたのかもしれない。


鉄板の上に薄焼き卵を敷いて盛られたナポリタン

最終3話目は、あの震災がらみのエピソード。福島にボランティアに通っていたOLが、震災で妻を亡くした被災者の男性に惚れられてしまうが…というお話。料理は「カレーライス」。炊き出しのメニューである。
福島で仮設住宅に住む被災者の男性に筒井道隆。彼に惚れられてしまうボランティアの女性に菊池亜希子が扮している。地味なエピソードの羅列ながら、役者の力量でその成否が決まってしまうのが、こういう映画の怖いところでもあり、醍醐味でもある。2話目の「とろろご飯」が、多部未華子や余貴美子など巧い役者の演技で白眉のエピソードになったのと好対照に、この3話目「カレーライス」は、筒井道隆が痛々しいほど下手である、という事がハッキリと分かってしまったエピソードでもあった。筒井道隆と監督の松岡錠司は長い付き合いである。筒井のデビュー作「バタアシ金魚」も松岡の監督作品だ。ワタシの好きな「きらきらひかる」もそうである。「きらきらひかる」の頃、ワタシはちょっと筒井道隆が好きだった。素朴だけれども独特の雰囲気があり、魅力があった。しかし、この映画で久々に見た筒井道隆は、下手の一言に尽きた気がする。別の俳優がこの役をやっていれば、もっと心情的によりそって見られたのかもしれないが、なんだか「とろろご飯」の余韻が薄められてしまいそうで、ダラダラと続く話にイライラしてしまった。



でも、話としては現実にもありそうなお話ではある。一過性のお為ごかしのボランティアには何か胡散臭い偽善を被災者が感じる事はあるだろうし、だからこそ、時間がたっても毎週のように通って来て、閉じこもっている被災者のドアを叩いてくれるボランティアが若いキレイな女の子だったら、心を動かされてしまう男性もいるだろう。しかし、女性の方もワケありでボランティアに精を出していたりして、世の中はそうそうきれいごとばかりでは動かないのである。…いかにも実際にありそうな話で、そうか、そういう事もあるよね…と思った。炊き出しのカレーライスの味付け指南をしたのがマスターというわけである。



…というわけで、深夜の30分ドラマが、地味ながらもきちんと映画になっていたな、という印象の作品だった。どこに出て来るのかと思っていた田中裕子も最後の最後にチラっと出て来て、出て来ると場面を浚って引っ込んだ。さすがの存在感というべきかもしれない。ドラマ版よりもマスター役の小林薫が目立っていたのも映画らしくて良かったと思う。ワタシ的には、次回はドラマにせよ、映画にせよ、もう少し小寿々さんと竜ちゃんをフィーチュアしたエピソードを作ってほしいと思うし、小寿々さんがどうして甘い卵焼きが好きなのかを紹介してほしいと思う。



それと、ワタシの素朴な疑問として、毎度、「深夜食堂」を見ていて感じるのは、店がほぼ深夜零時近くからオープンするにしては(そういう設定じゃないですっけ?違うかな)、普通のOLとか会社員とかが常連だったりして、常連客の設定に無理があるのでは?と折々思うのだ。作っている側も、ごく普通の居酒屋と同じような設定でいるような…。2軒目、3軒目に寄るとしたって、せいぜいでも夜10時ぐらいからのオープンでないと、堅気の勤め人は常連になどなれまい。(もしや、ワタシが知らないだけで、そのあたりの時間帯にオープンするという設定なんだろうか…)そのせいか、見ていると普通の居酒屋などが開く時間帯に開いている店のような感じがするのである。仕込みだって日中だし、少なくとも夕方6時ぐらいから開店する店のような雰囲気だ。でないと、ごく普通のOLが、そうそう真夜中に盛り場の裏通りの食堂に行かないでしょうよ、と面妖な感じがしないでもない。ドラマ版の第1部では、いかにも深夜にそういう食堂に集いそうな人々が客として来ていたが、段々、ごく普通のOLなどの割合が増えてきたので、何時頃からオープンしてるという設定なんだろうねぇ…と、いささか首を捻ってしまうワタクシなのだった。

コメント

  • 2015/02/09 (Mon) 09:46

    kikiさんこんにちは。
    さっそくご覧になったのですね。
    私はDVDになるまで待とうかどうしようか迷っているところです。
    松重さんはやはり出てこないんだ・・・。
    私も小寿々さんとの絡みが大好きなので残念!
    マリリンもあちこちに出てらしてお忙しいのかな?

    食堂の開店時間は0時だったと思いますよ。
    たしかにフツーのおつとめ人は無理っぽいですが、
    最近は三交代の勤務も多いようだし、
    不夜城東京ではアリなのでしょうか。

    薄焼き卵の上の鉄板ナポリタン、年がばれそうですが
    大好きでした!
    焼きそばバージョンもありましたね。
    目玉焼きをのせるのもいいですが、
    これもけっこういけました。
    懐かしいです~。

  • 2015/02/09 (Mon) 21:40

    kikiさんもとろろご飯のエピソードに惹かれたんですね!
    私も多部未華子のみちるには気持ちが吸い寄せられました。若い女の子が無銭飲食するまで落ちぶれているのに逃げたあとの皿やお箸がきちんと積まれてるのを見てほんとはいい子なんだねと思わされ、物語の展開につれていじらしく清潔感のあるきりっとした子なんだと納得させられていき、ほろっときました。余貴美子は可愛い年増だったし、田中裕子には思わず声をだして笑ってしまいましたよ。
    野嵜好美というんですね、あの女優さん。樹木希林みたいな女優だなあと思って名前を探したけど見つけられなかったです。こちらでわかりました、kikiさん、さすがです~
    今、どんなジャンルの映画でもテレビでもリアルな暴力描写が当たり前で、現実の世界はさらに恐ろしい暴力がはびこる昨今、ほっとする映画でした。説教臭くもないし、アートの七面倒さもなく、シリーズ化してぜひ竜ちゃんや小寿々さんをもっと出して欲しいです!

  • 2015/02/09 (Mon) 22:09

    akoさん こんばんは。
    見ましたよ、ちょっと楽しみだったから。
    でもDVDになってからでもいいかも、という感じの映画ではありますわね。
    松重豊は最初の方で1シーンだけ出てきます。マリリンはもうちょっと出番が多いですよ。忠さんの脇に座って何回かでてきますわ。

    やはり店の開店は零時からですよね。いかな東京が不夜城でも、普通のOLやサラリーマンが「常連」という頻度で通うのは無理がある時間帯じゃないかな、という気がしますね。凄く頻繁にタクシーで帰ってることになるでしょう?よほど店の近所に住んでないとね。何となく番組を作っている側が、時折、めしやは深夜から早朝の営業時間なのだという事をスコっと忘れているんじゃないかな、という気がするんですよね。

    ああいうナポリタン、お好きだったんですねー。そうなんだ、やっぱりああいう盛りつけってやってたんですね。昭和味の懐かしみが、今回の中では一番出ていたメニューだったかもしれませんね。

  • 2015/02/09 (Mon) 22:16

    ふうさんも早速ご覧になったんですね〜。
    「とろろご飯」良かったですよね。最初は、ナンなの?この娘は?という感じの多部未華子が、だんだんと、本当はマトモで真面目で料理も出来るという事が分かって来たあたりで、人に好感を持たれる控えめできりっとした娘に戻っていく様子が良かったですね。存在感が清々しいというか、とにかく、彼女の巧さにビックリしました。余貴美子は存在感と色気がありましたね。
    田中裕子はもっと出てもいいんじゃないかと思ったけど、まぁいいか。
    そうそう、あの出前の子、ちょっと気になりますよね。確かに昔の樹木希林みたいなキャラかな、という役でしたね。ああいう小味な脇役で、おもしろがってくれる監督に使われていくんじゃないかな、という気がします。
    今回の映画が当たれば第2弾もあるのかな。…どうかな。
    それよりも、ドラマ版の第4部があるかもしれませんわね。忘れた頃に。その時は是非、竜ちゃんや小寿々さんをもっと出して欲しいもんでございますわ。はい。

  • 2015/02/16 (Mon) 12:02

    こんにちは。映画を見た後検索してこちらにたどりついた愛知県民です。
    イタリアン(鉄板ナポリタン)は名古屋近辺の喫茶店(notカフェ)及び、あんかけパスタ屋の定番メニューですよ。
    こちらにいらしたときは、是非ご賞味ください。

  • 2015/02/17 (Tue) 00:11

    かみやさん こんばんは。
    なるほど。これは名古屋方面ではイタリアンという定番のメニューなのですね。そうか。知りませんでした。言われてみれば、鉄板の上に薄焼き卵を敷いてその上にナポリタンを、というのは名古屋チックかもしれませぬ。
    ありがとうございました。名古屋方面に行ったら、チェックしてみます。

  • 2017/07/24 (Mon) 23:22
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