「黄金の丘 輝くとき フランス ブルゴーニュ」(世界で一番美しい瞬間(とき))

-気丈な未亡人の涙-
2015年 NHK BSプレミアム



時折見ているBSプレミアムの紀行ドキュメンタリー「世界で一番美しい瞬間(とき)」だが、行き先やテーマ、旅人(アナウンサー)、担当している制作会社などにより、仕上がりや印象は異なる。大体は、よくある紀行物だなという印象の回が多いのだが、今年に入り、1月に観た「黄金の丘 輝くとき フランス ブルゴーニュ」編は、味わい深く心に刻まれた、忘れがたい一編だった。



収穫の秋にブルゴーニュを旅したのは、「世界で一番美しい瞬間(とき)」の申し子と言ってもいい小宮山アナウンサー。イケズで男好きなナニワのおばちゃん(失礼)有働由美子アナに「ちょいとイケメンだがらって」とナレーションで毎度突っ込まれているが、イケメンだけど嫌味がなく、明るく爽やかでおおらかで感じがいい。おまけに日本人離れして背も高い。老若男女、国籍を問わず好感を与える彼は、まさに、この番組の申し子といえるだろう。



ブルゴーニュにはCôte-d'Or(コートドール:黄金の丘)と呼ばれる高級ワインの産地がある。その中のひとつ、サヴィニー・レ・ボーヌ村にあるワイン生産者、ドメーヌ・シモン・ビーズがこの回の舞台。ぶどう畑でぶどうを育て、収穫し、ワインを生産し、販売するところまで行うワイン生産者をドメーヌというのだとか。ボルドーにおけるシャトーのように、ブルゴーニュにおいてはドメーヌが重要であるらしい。ドメーヌ・シモン・ビーズはブルゴーニュでは著名な1級畑のドメーヌのひとつ。



現在のオーナーは、2013年に前オーナーだった夫を亡くした日本人女性・千砂さんだ。この回がとても忘れがたい印象になったのは、この未亡人オーナー千砂さんの魅力によるところが大きい。化粧気がなく、サバサバ、キビキビとしているが、颯爽として素敵な女性だ。



彼女は日本の大学を卒業後、スランス農業銀行に就職し、銀行員として働いていたが、顧客の一人だったパトリック・ビーズ氏に見初められて結婚し、以降は著名なドメーヌのマダムとして営業と販売を担当してきた。子供も一男一女に恵まれ、何の不足もない幸せな毎日を送っていた彼女を突如襲ったのは、2013年秋の悪夢だった。収穫日初日の夫の自動車事故と、半世紀に一度という雹の被害に見舞われ、収穫が例年の2割しかないという大凶作の年が重なってしまったのである。夫は車の運転中に心臓発作を起こし、意識不明のまま病院に運ばれた。慌ただしい収穫のさなか、午前中は畑で収穫の指揮をとり、午後は病院で夫に付き添うという生活を送った千砂さんだが、心臓発作で意識不明になった夫の体は徐々に毛細血管に血が回らなくなり、指先から黒ずみ始める。「魂ではなく肉体が死に始めている」…千砂さんは、夫との別れの時が来たのを悟った。

未曾有の凶作の年の、収穫の初日に夫は発作で事故を起こし、そのまま入院手当の甲斐もなく亡くなり、未亡人の千砂さんは、二人の子供とぶどう畑とともに取り残された。ずっと生産は夫任せで、販売、営業を引き受け、優雅にマダム然としていれば良かったそれまでと異なり、畑に出て土にまみれ、天候やぶどうの実の出来具合と格闘する日々が始まった…。秋が来て、畑でぶどうを味見して収穫の時期を見極め、近隣だけでなく遠方や日本からも収穫人を集め、収穫期間は毎日三食、50人分の賄い食を用意する。シモン・ビーズの賄い食はとても美味しいと評判で、秋にバカンスをとって、ここで収穫を手伝いつつ、賄い食を味わうのを楽しみに来る人も多いという。翌年もまた手伝いに来てもらうために、賄い食は常に美味しくあるように心がけているとか。秋に2週間ぐらい休みがとれたら、千砂さんのぶどう畑で収穫人として働いてみる、というのも乙な感じだ。ちょっと行ってみたい。…大変そうだけど。



畑でぶどうの摘み時を見定めるため、実を噛んで熟し度合いをはかる千砂さん。厳しい顔つきである。

サバサバして、気丈な雰囲気の千砂さんだが、夫を亡くしてまだ1年。思い出は生々しい。近しい人を亡くすと、3年は気分的に喪が抜けない。1年目はまだまだ、その人の事を考えたり、名前を思い浮かべるだけで、すぐに涙が滲んで来る。千砂さんも折々、涙を堪えつつ、1年前の夫の死とぶどうの凶作を語っていた。

たださえ辛い夫の死だが、かてて加えて彼女はフランス人ではなく異邦の人である。周囲にいるのは好意的な人、協力的な人ばかりとも限らないし、まだ40代の日本人の未亡人には、言葉には出来ない孤立感、孤独感があったとしても無理はない。例えてみれば、それは灘の造り酒屋の当主に嫁いだフランス人の嫁が、突如夫に死なれて老舗の造り酒屋を切り盛りしていかねばならなくなったようなものではなかろうか。伝統があるだけに責任は肩にずっしりと重く、しかも、どんな時にも味方になってくれたであろう夫はもう居ないのだ…。

小宮山アナウンサーは、収穫を丁寧にやりすぎて周回遅れになるわ、朝食や昼食時にワインやビールを飲むわ、キビキビと働いている他の収穫人たちと比べると、明るくおおらかだが、あまり役に立たないような感じもうっすらと漂っていたのはご愛嬌か(笑)



30歳というが26歳ぐらいな外観。しかし、その好青年ルックスとおおらかな性格が、気丈な未亡人・千砂さんの胸襟を開いたのか、収穫が終わった打ち上げの宴のさなか、小宮山アナウンサーと話をしながら、千砂さんは夫なきあとの苦難の1年を振り返り、その目に涙を滲ませた。収穫が無事に終わったという安堵もあったのだろう。
2014年に仕込んだワインがリリースされるのは2年後だとか。その時、2014年度のワインが、人々に希望を与えるワインになれば、と願う千砂さん。それは彼女自身の、魂の奥底からの祈りでもあるのだろう。


今年の収穫が無事に終わった事に安堵したか、ふいに涙が…

今日も明日も、昨日と同じ幸せな日々が続くと思っていたのに、順風だった人生に突如訪れた悲劇と蹉跌…。なにゆえに神はこんな試練を…。しかし、それも人生。一筋縄ではいかないし、誰にも予測はできない。ずっと幸せなままでもないし、ずっと不幸なままでもない。月日が巡れば、丘は再び黄金の収穫の秋を迎える。人生にも再び、巡り来る春があるだろう…。酸いも甘いもワインの味わい。ワインの香りの中にちらりと人生の機微が垣間見えた、とても素敵なドキュメンタリーだった。



ワインにまつわるお話というのは、フィクションでもノンフィクションでも、背後にホロリとするような人間ドラマが潜んでいるものが多い気がする。
ワインにまつわるフィクションでワタシがすぐに思い出すのは、「刑事コロンボ/別れのワイン」と、浦沢直樹のコミック「MASTERキートン」の「シャトー・ラジョンシュ1944」というエピソードである。「別れのワイン」についてはレビューを書いたのでそちらを読んでいただくとして、「シャトー・ラジョンシュ1944」についてざっくりとご紹介すると、舞台もブルゴーニュの、「シャトー・ラジョンシュ」というワイン生産者をメインとするエピソードだ。ちなみに、ワイン生産者を「シャトー」と呼ぶのはボルドーであり、ブルゴーニュの生産者は「ドメーヌ」と呼ばれるそうなので、「シャトー・ラジョンシュ」というのは命名の誤り、なのかもしれない。

で、エピソードの梗概はというと…
代々、名ワインを生み出してきたブルゴーニュの「シャトー・ラジョンシュ」だが、近年は経営が苦しくなっていた。当主ヴィクトールの若い妻は夫を説得し、それまでの天候任せの伝統的な生産方法から、合理的な大量生産方式に切り替えるべく、大手のウイスキー会社に、秘蔵の名酒「シャトー・ラジョンシュ1944」の最後の1本を売る事で、巨額の事業資金を捻出しようとしていた。「シャトー・ラジョンシュ1944」は第二次世界大戦下に命がけで造られたワインだった。その年、天候に恵まれ、摘み時を迎えたぶどうだが、畑のすぐ傍が戦場になってしまった為、収穫作業ができずにいた。少年だったヴィクトールと、使用人リベロは、意を決して砲弾の飛び交う中で樽1つ分のぶどうを摘み、ワインを仕込む。その戦時下のひと樽だけのワインは奇跡的な出来映えとなり、数が少ない事から高額で取引された。しかし、そんな名品はその後二度と出来ず、40年の間にシャトーの経営は徐々に傾いていった。最後に1本だけ残してあった「シャトー・ラジョンシュ1944」は「神の助けが必要なほど苦しい目にあったら二人で飲もう」と、ヴィクトールとリベロが約束した特別な1本だった。キートンは、その最後の1本に保険をかけるべく、現地に派遣されていた。ヴィクトールは合理化のため、リベロが命がけで守った「シャトー・ラジョンシュ1944」の最後の1本を売ってしまうのか…。

というわけで、長々と紹介してしまったけれども、「黄金の丘 輝くとき フランス ブルゴーニュ」を観ていて、ワタシはこの「シャトー・ラジョンシュ1944」を何となく思い出していた。霜や雹の被害を受けたりしながらも、伝統的な方法で造られているブルゴーニュのワイン、そのワインの香りと輝きの陰にある、オーナーの苦難の物語というところで、何となく思い出したのかもしれない。

*****


収穫が終わってひと月たち、コートドールの畑が美しい紅葉に染まる頃、亡き夫の命日に、彼が最も愛した畑で一人、新しい赤ワインをテイスティングする千砂さん。彼女のキリリと厳しく引き締まった、少し寂しげな表情で締めくくられたラストも忘れがたい余韻を残す。



折々ほのぼのした笑いも織り交ぜつつ、美しい風景の中にしみじみとした人間の心情と人生の機微が描かれるこのテイスト。なんだか、これはあの感じと近い…と思ってエンドロールを見ていたら、やはり、この回のディレクターは源孝志。制作会社はオッティモ。そう。あの「京都人の密かな愉しみ」の製作陣なのだった。音楽も同じく阿部海太郎。「世界で一番美しい瞬間(とき)」の音楽を担当している阿部海太郎は「京都人の密かな愉しみ」の音楽も担当している。そしてこの回は源孝志がディレクターをしていたわけか…なるほど納得。質が高いわけである。

「黄金の丘 輝くとき フランス ブルゴーニュ」を未見の方は、3月26日の午前8時から再放送があるようなので是非どうぞ。

コメント

  • 2015/02/16 (Mon) 11:23

    kikiさんこんにちは。

    地上波で観るべきものがあまりない昨今、
    BSプレミアムでは食指を動かされる番組がありますね。
    いつもご紹介くださるのを楽しみにしております。
    再放送ありとのこと(忘れないようにしっかりMEMO!)。
    ぜひ拝見したいと思います。

  • 2015/02/17 (Tue) 00:09

    akoさん こんばんは。
    何かと癪に触る事の多いNHKですが、BSプレミアムの番組は質が高い事は否めません。
    これは「世界で一番美しい瞬間(とき)」でも白眉の回だと思いますので、3月の再放送は是非、録画してご覧ください。

  • 2015/05/20 (Wed) 10:24

    かなり以前にブックマークに入れていたのにこのブログを読んでいなかった。
    内容の選択と質が高いですね。
    プレミアムのドキュメンタリーは良作が多いので「これは!」というのは、録画して繰り返し見ています。

    このブルゴーニュも、録画しているので2回は見ています。
    若いアナの身体を使ったルポと日本女性の奮闘ぶりに思わず涙ぐみながら、応援してしまいます。

    偶然、同じ年に近くを旅行したので、よけいに懐かしく感慨深いものがあります。
    秋になったら、13年物を避けて、シモン・ビーズのワインを飲みながら、もう一度録画を見るつもりです。

    • リベラリスト #-
    • URL
    • 編集
  • 2015/05/22 (Fri) 01:12

    リベラリストさん

    ワタシは映画でもドラマでもドキュメンタリーでも、自分のアンテナに引っかかったものだけを取り上げています。これもそんな1本です。「世界で一番美しい瞬間」は、この4月の番組改編で、ちょっとスタイルが変わりましたね。アナウンサーは行かせず、撮影だけしてきて、ナレーションをかぶせるという形式になりました。アナウンサーに仕事にかこつけて旅行させるとは!みたいなクレームが入ったのかなと想像して、ニヤリとしましたが…。

  • 2015/08/19 (Wed) 18:13

    この映像見逃してしまいました。ぜひ観たいと思いますが、どこにアクセスすればよいのでしょう。人と自然が織りなすドラマの結実としてのワイン!そう思うだけで、心が動きます!

    • Kiyoka Shinohara #-
    • URL
    • 編集
  • 2015/08/19 (Wed) 23:42

    Kiyoka Shinoharaさん

    機会があれば、是非観てみていただきたいドキュメンタリーではあるのですが、どこにアクセスすればいいんでしょうね。NHKオンデマンドの中に入っていなかったら、局に再放送のリクエストを出してみる、という手もありかもですね。

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