「山口小夜子 未来を着る人」展

-瞳の魔力、天性の表現者-
2015年4月11日〜6月28日 東京都現代美術館



モデルのみならず、晩年にはデザイナーやパフォーマーとしての活動も行っていた山口小夜子の軌跡を展覧会という形で眺められるという事で、東京都現代美術館に「山口小夜子 未来を着る人」展を見に行った。

東京都現代美術館という美術館があることは知っていたのだけど、現代美術にあまり興味のないワタシは、これまで一度も足を向けた事がなく、従ってどこにあるのかロケーションをチェックしたこともなかった。いずれにしても、上野の森か千代田区のどこかだろう、と漠然と思っていたのだけど、東京都現代美術館は江東区木場(正確な住所は江東区三好)にあり、木場公園という縦長の公園の北の端に建っていた。全然知らなかった。東京に生まれ育ってウン十年、まだまだ知らない事は沢山ある。



公園の一角に美術館がある、というのは素敵なロケーションだ。殊にも今は春たけなわ。公園の木々は若い緑の華やぎに溢れている。お天気がいいと、本当に気持ちがいい。春の光に当たった若い緑の鮮やかさと、生き生きとした輝きはちょっと言葉にできない。この瑞々しさは春だけのもので、夏には失われてしまう刹那の輝きだ。



そんな春の空気を味わいながら木場公園の中を通って東京都現代美術館へ。
へぇ〜、こんな立派な美術館がこんなところにあったのだねー。知らなかった。1995年の開館というからもう随分前からあるのだけど、一度も来た事がなかったワタクシ。でも、山口小夜子のお陰で知らなかった素敵な美術館にも来る事ができたわけである。


公園の一角にある素敵な美術館

館内の雰囲気は、ちょっと国立新美術館などと近い雰囲気もある。思っていたよりもずっと広い美術館だ。公園に面した壁面は大きなガラスがはまっており、窓辺に置かれたカラフルなソファがいかにも現代アートの美術館らしい雰囲気だ。


カラフルなソファがアクセントになっている

場所がら、窓の外にはスカイツリーも見える

さて、お目当ての山口小夜子展はというと…。
山口小夜子という人は、一度見たら忘れられない強いインパクトを持った極めて個性的なビジュアルの持ち主というだけでなく、ただ服をまとって歩く人というだけでもなく、総合的な意味での類い稀なパフォーマーだったのだな、という事を再認識した。



前に「思い出の化粧品モデルたち」という記事にも書いたのだけど、ワタシが山口小夜子という人を初めて見たのは、資生堂の「ベネフィーク」という化粧品のCMだった。雑誌にも、彼女の極めて個性的でインパクトの強いモノクロの広告写真が載っていて、子供心にもその写真に惹き付けられたワタシは、彼女の広告写真を見かけると切り抜いてスクラップした。ベネフィークのCMそものも好きだった。展覧会には資生堂の専属モデルだった時代のコーナーがあり、そこで、かつての懐かしいベネフィークのCMも幾つか流されていた。日本文化×山口小夜子のようなものが2本と、そういう系統ではない、ワタシが見たいと思っていた系列のベネフィークのCMが1本、リバイタルの数本のCMに混ざって流れていた。冬の夜長にスウェーデン刺繍をする山口小夜子(織っているのは勿論自分の顔)。どことは説明がないのだけど、ヨーロッパのどこかの森の中のロッジにでも居るような雰囲気だ。外には雪が音もなく降っていそうな感じである。そういう「雰囲気」を醸し出すことが巧いCMだった。訴えていることは、この季節は寝る前にベネフィークのクリームでお手入れして寝ましょう、というだけなのだけど、とにかくこのCMシリーズは雰囲気重視で、ゆったりとして、悠揚せまらない感じが子供心にも良いなぁと思っていた。ワタシが勝手にベネフィークのテーマと名付けているあのBGMも久々に耳にすることができた。ベネフィークのCMを見ていると、70年代の、幼い子供だった自分や、その頃の事がとても懐かしく思い出されてくる。ベネフィークCMは古いので3本しか無かったが、リバイタルのCMに混ざったその貴重な3本を、ワタシは3回転ぐらいずっと見ていた。


「ベネフィーク」のころ

会場に入るとすぐに、ファッションモデルとしてデビューして間もなく資生堂の専属モデルになった時代の広告写真が展示されているコーナーがある。ここでワタシは、懐かしいあのベネフィークの広告写真の数々をとくと眺めた。大きく展示されているものにワタシが覚えているものは無かったのだが、小さなポジを展示してあるガラスケースの中に、バスローブを着て、シャワールームから出て来た濡れ髪の山口小夜子を撮ったシリーズがあった。あぁ、これよ、これ。懐かしい。懐かしすぎる…。

そして、資生堂のモデルになったばかりの山口小夜子は本当にまだ若く、時折、いわゆる「山口小夜子」的な表情ではない表情を見せているカットなどもあって新鮮だった。そして、もう随分昔の広告写真なのに、写真も彼女も、いささかも古びていない事に感心した。



山口小夜子は2007年に60にもならずに亡くなったのだが、晩年までストレートの黒髪をボブにして、あの印象的な目化粧をした「山口小夜子」のままだった。あのムードは彼女にしか出せない独特のものだった。

ベネフィークの広告は最も古いものだが、リバイタル以降の資生堂の広告写真も、アーティスティックで雰囲気満点のものが目白押し。飾られた数々のポスタービジュアルの美しさには、見飽きない魔法がかけられてでもいるようだ。
殊にもセルジュ・ルタンスとのコラボで生み出された魅惑のポスターの数々は、その独特の世界観が山口小夜子にピッタリと合っていて、イメージ通りのモデルと、そのモデルによって喚起されたイメージを思う存分表現することが出来たアーティストとの幸福なコラボの結晶だと思う。



ファッションモデルとしての山口小夜子のコーナーでは、パリコレのランウェイに立つ山口小夜子をビデオで初めて見る事ができた。ワタシは子供の頃に見た資生堂のCMで山口小夜子を化粧品モデルとしては見ていたのだが、ファッションモデルとしての彼女を見る機会はなかった。だから、そのコーナーで流されているビデオで、服をまとって歩くファッションモデルとしてのありようを初めて見た。そして、山口小夜子がいかに高い表現者としての能力を持っていたのかを知った。
自分が着ている服の魅力、その意外な特色、隠されたポイントなどを、ゆったりとランウェイを歩きながら優雅な動きや手の表情、または上着を脱いだり、羽織ったりする仕草などでアピールしている。時には即興で踊りながら出て来て、ランウェイをずっと踊りながら戻っていくものもあった。その踊りも、体の動かし方が他のモデルとは異なっている。独特で、しかもセンスがある。踊らないまでも、ファッションモデルとしての彼女は常に、デザイナーに指示されたのではなく、自分でその服のアピールポイントを考えて、最も効果的に見えるようにパフォーマンスしていたのではないか、と見ていて思った。
その服を着て歩くことで、どのような世界観を体現できるのか、をパフォーマンスしてみせているのだ。ただ、服を着て綺麗に歩いてくるだけではないのである。その服を着ることで、その人が纏う事のできる世界を表現しているのだ。彼女のウォーキングは、ただ攻撃的に歩いて来て、ランウェイの先端でポーズし、くるっと回って大股で帰って行く、というだけのよくあるモデルのウォークとは全く異なるものだった。山口小夜子は天性のパフォーマーだったのだろう。静的な動きでも動的な動きでも、常に山口小夜子のままで、独自の世界をさっとそこに作り出してしまうのだ。

山口小夜子は、70年代にロンドンのマネキンメーカーが彼女から精密に型をとり、小夜子モデルというマネキンを製造した事でも有名だ。このマネキンは、当時は世界中のウインドウを席巻したというが、今でもアナ・スイのブティックでは小夜子マネキンが健在の店もあるらしい。その小夜子マネキンが今回の展覧会場のあちこちに立っていたが、実物大であろうそのマネキンの顔の小ささや、華奢な体のバランスの良さは、ファッションモデルなんだから当たり前といえば当たり前だけれども、やはり選ばれた人のものだなぁと今更に感心した。普通の人間とは全く異なるバランスである。その山口小夜子でさえ、欧米のモデルたちの中に入ると、時に顔が大きく見えたりするのだから、一体、欧米のモデルたちの顔や体のバランスというのはどうなっちゃってるんだろうねぇ、と思う。人間離れして、何か別の生き物のようなバランスなのかもしれない。


天性のパフォーマーだった

後半は、モデルの一線から退いたあと、山海塾と接して、ともにパフォーマンスを行った事を皮切りに、80年代後半からはパフォーマーとしての存在を前面に出していった活動の軌跡が、公演のビデオや、彼女がデザインした舞台衣装、そのデザイン画、そしてビデオ・インスタレーションなどで紹介されていた。
そして彼女はそこでも、揺るぎなく、ブレることなく、山口小夜子であり続けていた…。

*****
山口小夜子は古びない。あらためて今回の展覧会で、それを再認識した。彼女も「永遠のアイコン」である事が許された人なのだ。オードリー・ヘップバーンが永遠に古びないように、山口小夜子も常に新鮮な驚きを見る者に与えることのできる稀な人種なのだと思う。

70年代、彼女の登場はセンセーションであり、欧米でも忽ち有名モデルになったようだが、彼女が特に欧州で人気があったというのはさもありなんと思う。彼女のビジュアルにはアメリカよりもヨーロッパの方がしっくりとフィットする。その内面的でミステリアスなありようは、アメリカよりもヨーロッパの空気に似合うのだ。しかし、彼女はただのオリエンタリズムやエキゾティシズムを喚起させる存在というだけではなかった。黒髪のボブヘアで印象的な目化粧をしたモデルが誰でも山口小夜子になれたわけではないだろう。彼女には、彼女にしか表現できない独自の世界があった。その表現力とあのビジュアルがあいまって、他に類をみないユニークな存在になったのだ。
今回の展示で、山口小夜子は素晴らしい表現者であることを認識した。そんな彼女の表現者としての能力は、モデルとしての活動をやめてパフォーマーになってからの方が本番になったのだろうと思う。彼女はその嗅覚で、自分に取り入れたい世界と同化し、消化し、次々に新しい活動にチャレンジしていった。



様々なモデル以後の彼女の活動を知る事ができたのも有意義ではあったが、しかし、ワタシにとってこの展覧会は、資生堂のイメージモデルとしての山口小夜子を再度、しっかりと網膜に焼き付ける事ができた貴重な機会だった。

広告写真の彼女は、今も少しも色あせず、不変の蠱惑で見る者を絡め取る。
70年代の最初の頃は、あのボブヘアも、後の人形の髪のようにまっすぐではなく、少しウェーブが出て膨らんだりしていたのも新鮮な発見だった。生まれつきストレートヘアではなく、実は少し癖毛だったのかな、と思った。
また、彼女の目が印象的なのは、あの独特の目化粧の効果ばかりでなく、彼女の黒目の色が茶色がかった、いわゆる鳶色の瞳だった事も大いなる効果を生んでいたのだと気付いた。黒っぽい目よりも、茶色がかった少し薄い色の瞳の方が目化粧はより映える。そうか、あの目が磁力のようなパワーを放っていたのは鳶色の瞳だったせいなのか…。
山口小夜子というと、先入観で、髪も真っ黒、目も真っ黒と思いがちだが、そうではなかったのだ。その事にも、今回の展覧会の写真を見ていて初めて気付いた。



ひとわたり会場の展示を見て歩いたあとで、ワタシは再び資生堂の広告のコーナーに戻った。最後にもう一度ベネフィークのCMを見るために…。このCMがなにゆえこんなにワタシを惹き付けるのか人に説明するのは難しいのだが、上にも書いたように、CMの持っていた独特の空気感や、山口小夜子のビジュアルと佇まいが品のいいナレーションとあいまって作り出される優雅さなどが、子供のワタシを魅了し、その記憶が、遠く大人になったワタシをも魅了している、という事なのかもしれない。

「山口小夜子 未来を着る人」展は、知らなかったパフォーマーとしての山口小夜子の側面を知る事ができたと同時に、懐かしい資生堂のモデルとしての彼女に再会できた展覧会でもあった。いい企画だったと思う。

それにつけても、もう一度ベネフィークの全CMを見たいなぁ。ミュージアムショップに資生堂のCMを集めたDVDを売っていたけど、ベネフィークが全部入っていた感じでもなかったので買わなかった。でも、あれは、一応買っておくべきだったかしらん。草刈正雄のブラバスとかも入ってたみたいだし…。う〜む。

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